アルデュイナ


「さあさあ、チトマス先生。3年B組は3階ですよ」


 教頭先生は散弾銃からまだ熱いショットシェルを抜き去ると、何事もなかったかのように微笑んだ。


 いや、本当に尼園あまぞの女子高等学校はワイルドな学校だな。さっきの学生も少しだけ気絶した後、むくりと起き上がり制服の埃を両手で払うと『ちょっと流血したんで、保健室に行ってきまーす!』と言い残し、壊れた自転車を引き摺りながら階下に降りていった。


「本当にしょうのない子! シェッツは3年B組の遅刻常習犯なので、先生……厳しくご指導願いますね」


 教頭は、散弾銃を私に向けたまま、早速自分に期待をかけるような事を言ってきたのだ。ひえ~……!


 

 3階に上がると、言葉にも言い表せない独特の臭気が廊下にまで充満していた。嫌がるソムリエールを捕まえて無理に表現してもらったならば、人工的フレグランスと動物の雌の香りと廊下に落ちているゴミとワックス臭が混じったような……思わず窓を全開にしたくなるような空気だ。


「あらまあ、せっかく今日は新人の担当教員が着任する日だというのに! 後で掃除させておきますね」


 教頭は3階の廊下にゴミや私物が散乱していても平然としていた。体裁をどう取り繕っても隠しようのない現状なのだろう。むしろ早くから現実問題と向き合えということなのだろうか。


 3年B組までの長い廊下は、昼間なのに薄暗いような息苦しい雰囲気で、ただならぬブラックな気配を漂わせていた。危険回避能力に長ける私の本能が『近寄るな! 近付くな!』とさっきから殺気を告げているのだ(笑)。それにしてもチャイムが鳴ったら教室に生徒が待機しているのは奇跡的だな。外でサボっている人影や授業を抜け出す不届き者の姿は見られない。


 何やら教室前にいっぱい散乱しているぞ。割れた窓ガラス片に飲みかけのペットボトル、スナック菓子や生理用品の袋、脱ぎたての黒い靴下が窓際に干されている。まだまだあるぞ、ファッション雑誌にジャージと、なぜかブルマまでもが落ちている。これはいわゆる大盤ブルマいだな。

 んん? 向こう側にも何か落ちているぞ。徐々に近寄ってズームしてみよう。まさか……いや、あの白いフワフワ感のある物体はもしや……。

 いやな予感がしていたが案の定、ショーツも廊下に忘れられていた。白黒の縞パンであった……まだ新品だったのが、せめてもの救い。洗濯前の黄ばんだモノだったら正直、私は立ち直れなかっただろう。

 極めつけは大き目の生魚が3年B組前に落ちていた。なぜ魚の死体が教室前に置いてあるのだろう。誰か無断で猫でも飼っているのだろうか、それとも鮮魚店の娘が昼食に寿司か刺身を食おうとしていたのだろうか。謎が謎を呼び、想像力が掻き立てられて脳細胞が激しい社交ダンスを踊っているのを感じる。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る