インゲボルク

 派手な原色の紋付き袴に茶色リーゼントの下品な野郎達が、肩をいからせながら集団で前列を目指す。まるで奇妙な大名行列だ。パイプ椅子に座る着飾った男女をマスクしたままで『邪魔だ!』と恫喝しているのが見えている。リーゼントがジャンプして舞台に登ると、色付き眼鏡上の剃った眉をヒクヒクさせながらマイクを司会から奪い、唾を飛ばす。


「よくも今まで抑圧してくれたな! 立ち上がれ、男も女も皆、俺達は今日から自由だ!」


「そうだ! 尊敬する先輩に倣って、酒飲みながらイッチョ派手に成人の日を祝おうZE!」


「誰だ若い奴らに覇気がないと言った奴は!」


「これからは俺達の、YA――男達の時代だYO!」


 オーミモリヤマ市民ホールは瞬く間にカオス状態に陥り、壇上の煌びやかな衣装のオバ様方は声も出ない様子だった。急に立ち上がり、ヒールを踏み外して転倒するお偉いさんも……。


「ひゃはは! 最高だぜ、成人式は~、ブゲッ!」


 思わず金色紋付き袴リーゼントの、薄汚いヒゲの生えた頬に拳を叩き込んでしまった。無残にも壇上からゴミ袋のように階段を転げ落ちてゆく。


「何しやがる! 野郎、てめぇ!」


 茶髪軍団が急に殺気立つ。油断した瞬間、後ろから仲間に羽交い締めにされる。これでは多勢に無勢だ。柔道で鍛えた腕力を発揮すると、スーツの背が破れる音と共に開襟シャツの前ボタンが弾けた。


「デカい! あら? 女?」


 後ろの男を背負い投げで床に叩き付けると、渾身のハイパーローリングキックに百烈ビンタを織り交ぜながらヤンキーどもを壇上から全て蹴り落としてやった。はずみで花瓶が割れて美しく飾られていた色とりどりの花々が散らばり、フローリングがみるみる水浸しとなってゆく。


 再びマイクを奪い返し、はみ出したブラをしまい服装を正すと、水に濡れた右手で乱れた前髪をすくい上げた。


「権利だけを主張して、大人としての責任を取らない奴らは子供だ! 恥を知れ、恥を!」


 落ちていた紅い薔薇を胸に挿しながら、憂い顔で放つ台詞は注目を浴びた分、最高に気持ちよかった。


 階下の鼻血を出した中二病の野郎どもは、同じ新成人達によって取り押さえられたのだが、女の子の白い襟巻きが真っ赤に染まってしまったのは本当に気の毒な事である。


「応援しているぞ! とにかく頑張れ! ニュースにもならない大多数の真面目な若者達!」


 よく分からない拍手が会場に響き渡り、スコールのようにいつまでも止む事はなかった。側に座っていたミューラー市長が眼鏡の奥で複雑な表情を浮かべていたのが、妙に印象的……。


 だが私にとって、その晴れ舞台は、ヤバい底辺高校への赴任が決定的になった瞬間でもあったのだ。


  


 

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