イルマタル

「夫婦二人しかいないのに、この料理、どう見ても僕らが来る事を前もって知っているような量だぜ」


「旦那さんが力仕事だけに、単に大食らいなんじゃないの」


「銃も家に持ち込み禁止だったし、何か臭うんだ」


 臭うって、さすがオオカミだな。ボクは奥さんが一生懸命作ってくれた料理を前に、微妙な表情のスシローに少し腹が立った。いや、お腹が空きすぎてイライラしていたのかもしれない。


「スシロー! スシローは今、いかに人間らしく生きていくか修行中の身だと言っていたね」


「ああ、確かに言ったよ。それがどうしたの」


「スシローは助けてくれた優しい人達の心遣いに素直に感謝できないの? 奥さんの顔を見たかい? たぶん、久しぶりの来客にできる限りの事をしてあげようと、笑顔のまま大変そうだったじゃない」


「そうだね、旦那さんも僕に服をくれたし」


「うまく言えないけど、人の心の温かさを感じて欲しい」


「……うん、分かったよ。困った人に対する助け合いと、子供に対する保護の精神だね」


 スシローは、出された料理の匂いを鼻をヒクヒクさせながら一通り嗅ぐと、もう何も言わずスープを啜った。奥さんがやって来て、ボクらの食が進んでいない事に目を丸くする。


「あら、やだ。私達を待っていなくていいのよ。どんどん食べてちょうだい」


「はい、いただきます」


 ボクは美味しそうに料理を頬張った。実際に美味しかったのだが、残さずに食べる事で奥さんや旦那さんに対する感謝の意を示すつもりだ。

 エビ豆は郷土料理でコリコリと素朴な味がした。甲冑魚は頭胸部の堅くて食べられない所をわざわざ全部取り除く手間がかけられており、白身の上品な味付けにほっぺが落ちそうになる。見た目はグロテスクだがこんなに旨い魚なんだな。ふなずしパイは発酵食品だが焼く事によって臭みを消して食べやすくしている。巨大シジミスープも貝柱一個でお腹一杯だ。


 満腹になると何だか眠くなってきたな。腹の皮が突っ張ると、瞼の皮が緩んでくるって名言があるけど正にその状態。スシローの方を見てみると、すでにテーブルに突っ伏して眠っている。何て行儀の悪い男の子なんだろう……まるで仔犬みたい。ボクの方が恥ずかしいよ……暖かくて、とってもイイ気持ち……ボクも、すごく眠い。もうダメだ……。


「おやおや、お父さん。二人共、もうおねむなのかい?」


「最後の晩餐の味はどうだったのかねえ」


「早速、片付けて明日の準備に取りかかりましょうか」


「ホッホッホ~、忙しくなりそうだな」


 そんな老夫婦の会話がスピーカーの音量を徐々に減らすように聞こえてきた……かな?

 壁に立て掛けてあったゴールドマン教授の物と思われる杖が床に転がった。


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