ジーゲナ

 寒くなってクシャミで目を覚ました。窓から差し込んでくる朝日が眩しい。ここはどこだっけ……。

 周囲を見回してみると、昨日食事したテーブルの上だった。何だか変だ、体が動かない。それもそのはず、ボクは戸板のような物に両手首と腰、両足首を縛り付けられていたのだ。昨日奥さんから貰った薄い上着と膝までのズボンだけで寝てしまったから風邪をひいてしまいそうだ。


「スシロー! スシローはどこ? ここにいるのかい?」


 ボクは首と目だけを動かして周辺を観察したが、見当たらない。床からイビキが聞こえてくるから、恐らくその辺りで寝っ転がったままなんだろう。


「スシロー!」


 彼に謝らなくてはならない。この状況は普通じゃないよ。どう考えても昨日の夫婦に騙されて拘束されたんだ。警戒する事を怠ったボクが悪い。睡眠薬入りの食事なんて、とんでもなく古典的な罠だ。毒物じゃなかっただけ、まだマシか……。

 台所からパタパタと軽快な足音が聞こえてくる。


「もうお目覚めなのかい? お嬢さん。そういや、名前を聞く暇もなかったねェ」


「ブリュッケです! 奥さん、どうかこの縄を解いて下さい」


 今度は足下からズシズシと重い足音が聞こえてきた。


「それは、できない相談だな、ブリュッケさん」


「ああ、旦那さん! 何でこんな事をするんですか?」


 ボクが少し首を上げて抗議すると二人はいやらしく笑ったのだ。


「今日は久しぶりにケプラーシャンハイガニの猟に出ようと思うのだ」


「お父さん、張り切ってますね。高級食材は高く売れますからね」


「そうとも、大量捕獲間違いなしだ! 奴らは柔らかい女の子の肉が大好物だからな」


「長年猟をして辿り着いたノウハウなんですよ。罠を仕掛けるにもエサが大事なんです。他の肉ではなぜか引っ掛からない。生き餌が一番で、子供が最も食い付きがいいんですって」


 ボクは震え上がった。よくそんな恐ろしい事を平気でペラペラとしゃべれるもんだ。


「旦那さんは漁師は漁師でも違う意味の猟師だったんですか。カルキノスハンターなんですね」


 ふふん、と鼻で笑った旦那さんは、口髭をいじくりながら答えた。


「いや、違うね。我々はちょっと名のある湖賊だったのさ。カピタン鈴木とアロハ山川と言ったら昔から騙し討ち専門の湖賊として有名なはずだよ」


 奥さんは昨日と同じで、少し皺の目立つ優しそうな笑顔でボクに告げた。


「もう、歳だから湖賊は引退しました。今は面が割れていない辺境の地で隠居生活。でもね、年寄り二人が不自由なく暮らしていくためには、やっぱり金が必要なんです」


 引退宣言をしたならば、真面目に働いてみたら? という意見はこの夫婦には通用しないだろうな。今までに何人の人間がこの二人の手にかかって犠牲になったのか。妙に冷静になった頭で考えてみる。そうだ、ゴールドマン教授は?


「ここにハンティング姿の男性が現れませんでしたか? ちょうど、あなた方と同じ位の年齢の」


「さあな」 「知らないわね」


 夫婦はほぼ同時に素っ気なく答えたのだった。

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