ジオメトリア

 僕は最強のコンタクト・ドライバーの称号に相応しく、世界中で僕にしかできない職人芸『2機同時コントロール』を久々に披露した。電神・バラクーダと同時に電神・秋水をも遠隔操作するのだ!

 これは車を運転しながらカップラーメンを食べつつ映画を鑑賞して、その感想をリアルタイムで文章に綴りながら世界配信するほど脳が忙しくなってしまう。

 電神・秋水を現場に接近させると、対空砲火がオレンジ色のネックレスのように僕の分身を捕らえにかかる。


「畜生、邪魔するんじゃねえ!」

 

 フリーダム号からの砲撃を巧みに避けながら、ウミサソリに電磁砲の照準を合わせるのは至難の業だ。斉射された電神・秋水の20㎜質量弾が、水柱をいくつも上げた。だが敵は水中なので、威力は半減しているだろう。

 幸いな事に衝撃に驚いた特大ウミサソリは身をひるがえし、深淵へと潜っていった。

 今度はナノテク・コンタクトを通したアラートが脳内に響き渡る。地対空ミサイルが接近したが、ベクタード・スラストを効かせて推力偏向の超機動でかわした。水面付近まで降下して逃げると、着弾による数メートルもの水柱が幾本も立ち上り、撃墜されそうになる。

 デュアン総督は、水しぶきに全身ズブ濡れとなり波にもまれ、今にも沈みそうなほど衰弱している。

 ……スタッフよ、電神への攻撃より、まずは総督様の救出からじゃないのか?

 ようやく裸になったパリノーが、命がけで湖に飛び込んでデュアンの元に泳いで行った。


 ウミサソリは、もうデュアン総督をあきらめたか……いや、Uターンしたウミサソリが再び獲物を狙う。よほど腹が減っているのだろう。無数にある体節をくねらし、虹色に変化する胴体中央から延びるヒレ状の脚をせわしく動かしながら泳いでいる。


「デュアン様! お気を確かに!」


「……ああ、お前か。馬鹿な奴だ、私など見捨てておけばよいものを……」


「何をおっしゃいますか、総督!」


 パリノーが泳ぎ着いた時、デュアン総督は半分意識を失い、ブイごと沖に流されて漂う危険な状態だった。アマゾネス達はお互いにピッタリと抱き合い、素肌を寄せ合って体温が低下してゆくのを少しでも防いだ。

 その時、不気味な虹色の脅威が忍び寄り、周囲の甲冑魚を追い散らす。貪欲なウミサソリの巨大なハサミが水面下より二人の体に迫ってくる。


 間に合ったか! 電神・バラクーダから放たれたスーパーキャビテーション魚雷がウミサソリの頭胸部に命中し、衝撃で外骨格が弾け飛んだ。わざと信管を作動させなかったが、カーボンモノコックを思わせる頑強な厚いボディが真っ二つに折損した。ウミサソリは腸内の黄色い内容物を水中にまき散らしながら、暗く冷たい地獄のような湖底の深みへと、静かにいざなわれてゆく。

 おびただしい数の甲冑魚が、次々とウミサソリの肉片へと群がる。そいつらは、まるで銀色のヘルメットにぶよぶよの尾ヒレを付けたような不格好極まりない魚群だ。

 デュアン総督が甲冑魚に貪り食われないように、電神・バラクーダを操艦して奴らを追い払った。上手に彼女等をバラクーダの背に乗せると、仲間のいるフリーダム号に向けて電神を浮上させたのだ。


「我々のいる湖岸に向かわせた方がいいのかい?」


「いや、フリーダム号の方に……向こうでいい」


「感動の親子対面ならず、か……」

 

 ゴールドマン教授は、皺だらけで節くれ立った手を心臓の位置に触れたまま、乱れた呼吸を落ち着かせるのが精一杯のようであった。


 チクブ島宇宙センターよりデュアン総督の降伏宣言が、特使のパリノーによって我々の元にもたらされたのは、その日の夕方になってからである。

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