エレオノーラ

 V-22オスプレイはオーミモリヤマ市上空を通過し、北部のビワ湖まで一直線の飛行ルートを採った。

 ケプラー22b最大の淡水湖であるビワ湖は大陸に閉ざされている。地球のバイカル湖と似た水深2000mを超える巨大な古代湖であり、調査は未だに進んでいないのが現状だ。見た事もないような固有種の宝庫らしい。カルキノスを筆頭に甲冑魚やそれを捕食するウミサソリ類が支配する、人類の力が及ばない未知の世界でもある。


「コツコツと数十年もかけて修理してきたシャトルだが……ついに役立つ日が来たようだな」


 特別仕様に改造された後席のデュアンはマイクを通じてパイロットに話しかける。操縦するのはケプラー22b総督府、諜報部所属のパリノーだ。


「私も特殊諜報工作部員として、この日のために訓練を積んできたようなものです」


「宇宙に行く者はパイロットではない。今日からアストロノーツと呼ばせてもらうぞ」


「誠に勿体ないお言葉で恐縮です……デュアン総督」

 

 ビワ湖南西部のチクブ島宇宙センターに、ゴールドマン教授を含む前回の査察団が使用したスペースシャトル・フリーダム号が鎮座している。約4kmのロケットスレッド軌道射出型に改造された機体は格納庫に入れられたまま、きれいに整備されている状態だ。

 デュアン総督は、オスプレイの窓越しに振り返り、オーミモリヤマ市の全景に見入った。

 初代から数えて八代目に当たる彼女は統率力に優れ、政治経済も安定した有能な人物と世間一般から評価されていた。


「私は、もはや総督として失脚したも同然だ」


「……そんな事はありません!」


 操縦しつつ、パリノーはマイクの音を増幅させた。


「奴らの軍門に下るくらいなら、むしろ私は尊厳のある死を選ぶ」


「総督がいなくなれば、オーミモリヤマ市は秩序崩壊してしまう事でしょう」

 

 デュアンはヘルメットを脱いで、さらさらとした髪を掻きあげた。マイクに向かって静かに語る。


「私はケプラー生まれのケプラー育ち……生粋のケプラー人として、はるか上空の宇宙から美しい我が星を眺めてみたかった」


「総督……」


「そして地球人の干渉と支配からこの街を、この星を守る事が私の使命なのだ。一旦、辺境の地に引く事になろうが再び力を取り戻した暁には、必ずや地球勢力を排除して返り咲いてやる」

 

 感動したのか、パリノーは言葉も出ない状態であった。幸い、敵の無人戦闘機電神・秋水にも捕捉されずに済んだようだ。

 やがて発射場近くにオスプレイは降下を始める。緊急連絡を受け、ヘリポートに待機していた職員が、わらわらと集まってきた。


「さて、これからが本当の正念場だ」


 チクブ島宇宙センター常駐のスタッフと共に、手際良くシャトル発射の準備に取りかからなければならない。

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