デボザ
その時チトマスが声を荒げ、アディーにすぐ戻るよう伝えた。付近のコンクリート製のゲートの壁に一際大きな動く影あり。もう一体のケプラーモクズガニが壁沿いに近付いてきているのだ。カクさんは緊張したのか立毛筋が刺激され、毛が少し逆立った。
「うわ! また出たぜ。スタリオンの固定武装にグレネード弾を補給できていれば、応戦できたんだが」
「よし、次はこれを使ってみよう」
チトマスが武器ケースから取り出したのはタイヤ程の大きさの重い地雷。これは警備隊から拝借した物で、まるでマンホールの蓋のようだ。
ゲートの壁までスタリオン高機動車をそろそろと移動させる。そして二人がかりで壁沿いに三個設置した。
……どうも奴は死んだ仲間の匂いを嗅ぎつけて近寄ってきているらしい。いつ壁から離れて方向転換するか分からない。
「うまくいくかどうか分からないけど、いわゆる未知数だけど、とにかくやってみようよ! アディー」
二人は急いでその場を離れた。そしてチトマスはスタリオン高機動車を操縦するカクさんをナビゲートして、最後の地雷一個を仲間の死骸そばに置くのを忘れない。
「すぐに逃げるのよ、カクさん! ダッシュ!」
スタリオンを飛ばして現場から離れる。道路外の荒れた土地なので、舌を噛みそうなくらい車が揺れる。そのうち水溜りでぬかるんだ場所にタイヤを取られて、身動きできずに止まってしまった。
「ヤバいよ。動かなくなっちゃったぜ」
カクさんは慎重にアクセルを操作するが、余計ぬかるみに沈み込む程、車体は重い。
「うはー! えらいこっちゃ!」
「とりあえずここで様子を伺いましょう」
アディーは対物狙撃銃のスコープでモクズガニの動向を観察する。まだ壁沿いに歩いているが、若干歩みが速くなっているような気がした。マガジンに残っている12.7mmの弾丸は空だ。つまり銃本体に装填されている残り一発しか撃てない。
「よし、よし、そのまま進んで踏んじゃいなさい」
ハッチから頭を出したチトマスが望遠鏡を覗きながら呟く。このケプラーモクズガニの個体はハサミに黒々とした大量の毛を生やしている。今までに何人もの人間を犠牲にして成長してきた奴かもしれない。カニのくせに慎重派で経験豊富にして知性に優れた個体か。体の割に小さな両目をピンと甲羅から立ち上げ、緩急をつけて歩を進める。
地雷原まで……あと一歩。
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