ロベルタ

 チトマスは、鉄条網とテトラポットで構成されたバリケード沿いに車を進めていく。辺境地帯まで来ると田畑は少なくなり一応遠くまで見渡せるが、透明のケプラー植物は背が高く、どこにケプラーモクズガニが潜んでいるのか分かりづらい。

 見えない敵の恐怖心から、スタリオン高機動車のハッチを閉め切っているので視界も悪いのだ。


「カクさん、運転代わってよ……」


「いい事してくれたら代わってやるぜ」


「いい事って?」


 チトマスが運転しながら、カクさんのヒソヒソ話に左耳を傾ける。


「そ・れ・は・ね・フゥ~~~~」


 カクさんがピアス付きのチトマスの耳に熱い吐息を吹きかける。


「やめんか!」


 チトマスはスタリオンのハンドルを抜いてカクさんに投げつけた。


「な、何でステアリングが外せると知っているんや?」


「いいから運転してよ! 尻尾からデータ通信して運転できるんでしょ」


 

 時々放し飼いにされている馬が群れを成して逃げてゆく。スタリオンの姿にびっくりしたのだろうか。

その時、一頭の馬の尋常ではない鳴き声が聞こえた。


「何、何なの?!」

 

 二人がドアを開けて外をうかがうと、大きめの馬が空中に逆さで浮かんでいた。

 思わず目を疑ったが、状況が分かるにつれ、背筋の凍るような恐怖に血の気が引いた。馬は前脚と後脚をそれぞれ巨大なケプラーモクズガニの左右のハサミに挟まれ、宙吊りにされていたのだ。

 非情にも生きたまま落下してしまった馬は、もう助からないだろう。

 二人は悲鳴を上げてスタリオンのドアを閉めると、カクさんを急かして退散した。だがすぐに冷静に戻ると、黒い化物との間合いを確かめる。


「で、でかい! 一戸建ての小さな家ぐらいの大きさかも! あれは侵入してきた奴の一体だわ」


「お馬さんの仇は、必ず取ってやります」


 そう言うとアディーはスタリオンの屋根にあるパイプガードにバレットM82をロープで慎重に縛りつけた。


「訓練でもほとんど撃った事ないけど、思い出してきたわ」

 

 銃身の前部にマガジンを叩き込む。レバーを引いて初弾を薬室に送り込み、いつでも撃てる状態にした。

 チトマスは観測員を買って出る。

 ケプラーモクズガニは、今しがた屠った馬を左ハサミで押さえ、右ハサミで少しずつちぎりながら、うまそうに肉片を口に運んでいた。今が絶好のチャンスだ。奴の急所は口元。一番甲殻が薄いところで、重要器官が集中する場所でもある。

 警戒しながら車でギリギリまで接近していく。遮蔽物もないので2~300メートルが限界だろうか。

チトマスが望遠鏡を覗きながら、風向きを計算する。スコープにケプラーモクズガニの左右に開閉する口元が入った。馬の肉片が生々しく、吐き気を催す。


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