ヴィンドボナ

「スパークリングワインはこの世で最高の酒!」

 

 テーブルに並ぶフルートグラスにはロゼに香る泡立つ液体が注がれていた。立ち上がったデュアン総督自らの勧めを断わる訳にもゆかず手に取って会釈した。


「オーミモリヤマ市、自慢の美酒は四感で楽しむことができるのだ……」

 

 そう言うとデュアン総督は、しげしげとグラスを眺める。


「まずはこの綺麗なピンク色と、グラスの底から立ち昇ってくる細かな泡を視覚で楽しむ」

 

 彼女は鼻先に、ゆらゆら揺れるロゼの液面を近付けた。


「そして麗しい芳香を嗅覚で感じ取る」

 

 続いてグラスの口をダイヤのピアスが光る耳元まで寄せた。


「ぴちぴちと微かだが聞こえるだろう、泡が弾ける囁きを聴覚で楽しむのだ」

 

 最後に彼女はロゼの液体に口付けする。


「ああ、何という至福……味覚が優しく刺激されるわ!」

 

 僕はうっとりと目を閉じている彼女を尻目に、白い手袋を外した。そして自分のグラスの中に人差し指を突っ込んだ。


「なな、な!」


「デュアン総督、こうすると指先に泡が弾けるのが感じられて、触覚でもワインを楽しむことができると思います」

 

 だだっ広い会場の空気がみるみる凍り付いていくのを感じる。


「オカダ査察官、至高の芸術品にその指を突っ込んだな」


「なあに、地球で流行っているジョークですよ」


「……今度、無粋で無礼な振る舞いをしたら、どうなるか考えてみるがよい」

 

 彼女は気分を害したのかケープを翻し、側近と共に特別席に戻って行った。


「怒らせるつもりは、なかったのだが……」

 

 奴隷達の薄汚れた顔が脳裏に浮かび、とても祝賀モードの気分にはなれない……パリノーの件もあるしな! もう、さっさと用事を済ませて帰っちまおう。

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