第18話 最終話……
黒マント、黒ハット。黒スカートに、黒いロングブーツ。ワンポイントに赤い蝶ネクタイを着けた以外、ほとんど黒ずくめの衣装を見にまとったその人は、帆立に向かってそう言う。
それはつまり、この漫画家が、浅利帆立であることを知っているということで。
「あ、あなた、理衣花さんだったんですか?」
「そうなんです。まさか、原作者様に知られていたなんて! 光栄です」
「いえいえこちらこそ! 一度会って話をしたかったんです」
「そんなにですか! なんだー、言ってくれたらいつでも行ったのに」
「私もですよー」
「ちょちょっちょっちょっちょっとまて」
「何よ」
「何です?」
「今ものすごいおいてけぼりなんだけど」
おいてけぼり過ぎてちょっと前のネタ使う始末。
「あの、さっき見せた写真の人、この人なんですけど、それが理衣花さんだったんです!」
「えっ、写真持ってたんですか⁉」
「アシさんに撮ってもらったんですよ」
あんたアシさんパシりすぎだろ。
「なんだー、言ってくれれば渡したのに」
お前は本物の指示待ち人間だな。
「そうなんですか……世界って狭いですね」
「ですねー」
ガールズトークというかファンと作家の会話というか、いずれにしろ俺が省かれてるのは間違いなくって、いたたまれなくなったのでレジに回った。
「4536円です」
「おい見たか、あれ」
「見た見た。あの人でしょ? 毎回コミケとアニメジャパンに来るすっげーレイヤーの人でしょ」
「そうそう」
前の若い三人組がヒソヒソ話し合っている。知り合いがかなり有名人だったことに驚きを隠せないが、先に進もう。
「今なら怪盗トロンプ・ルイユの撮影会できまーす! 写真一枚は赤貝五皿分でーす!」
理衣花自身がそうやって宣伝をする。地毛の茶髪を普段はツインテールにしているが、今日はハットの下に特に結ばず、下ろしただけとなっている。まあそれはそれでありだと思うよ?
しかし商売上手な理衣花は写真一枚を赤貝五皿分と、少し高めに設定してきた。これは諸刃の剣だ。どうしたって色紙より高いものにては出しにくくなる。しかし写真一枚で五皿分、つまり色紙五枚分を稼げるのだ。
「ちなみにー、色紙と撮影は別なので、色紙一枚と撮影一回の権利はあわせて赤貝六皿分になりまーす。被らないでーす。別々でーす」
さらっと、帆立も便乗して鬼設定をプラス。ワンクッションおくことでかなりの枚数の消費をあおった。えげつない。女って怖い。
でも、そんなに大金をつぎ込んでまでこのイベントに参加してくれる人なんて多いだろうか。正直俺だったら五百円プラス税も払って理衣花を撮りたくはないし、何枚も色紙をもらうことへの特別な何かもない。つまり参加する理由があんまりないのだ。
だから、撮影一回と色紙を買う人なんているのだろうか? なんて、ネガティブな皮算用もしてみた。
結論から言うと、そんなことはなかった。
イベントにまったく興味のない人は、完全にスルーの割合が高い。たまにそういう人の中に好きで赤貝を食べる人はいることにはいるが、その人たちはなんかの記念にもらっていく程度の人もいれば、何ももらわずに帰らない人もいる。しかし、逆に色紙目当て、理衣花目当てで来る人もいる。さっきの人は十五皿全部赤貝で、そのまま撮影2回色紙5枚を獲得して帰った。一人で十五皿赤貝食ったら気持ち悪くなるかどっかがかゆくなるかしそうだけども、そういうのはもはや別腹とか関係ないとかそういうことありそうなものだ。俺は無理。
「色紙、これで全部な」
「はい、ありがとうございます」
どさっと。いつも渡す倍くらいの量だが、これなら多分尽きないだろう。もうね、この帆立に紙を渡すっていう作業ゲーやめたいってのあるから。
「八時か……」
閉店まで、残り一時間。このデスゲームの終焉が近づいている。長かった。
帆立のために用意された色紙は昨日の残りと合わせて一万枚。だから、 色紙の残量で売れ行きを把握することはできない。
「ありがとうございますー」
間延びした挨拶で男性客に色紙を渡す帆立。どうでもいいけど帆立ってこっちの世界では語尾を伸ばす傾向にあるな。そう言うのもあれなのかな。スイッチなのかな。
職業上冷房が効いている店内。暖房もかかることにはかかるけど、気持ち程度。 俺ら高校生はレジとか雑用系が多いので、窓際にいることが多く、結構寒かったりする。雪の日に出勤したところで人来ないんだから別にいかなくていいだろとも思うけど、世のため人のためお金のため。いろいろ呑み込んで働いているのだ。別に愚痴ってる訳じゃないよ?
しかし、二週間という時間は長いのか短いのか、あと一時間で終了してしまう。なんかさみしいような気がしてならないのだが、それはそれで俺の性格がおかしくなったとかそう言うことだ。
ちょっと整理する書類があったので裏手に向かうと、そこにはついに眠りにさえつかずボーッと、なにか俺たち常人には見えないなにかを眺めている店長がいた。悟っているとか言われても受け入れるレベル。
「て、店長。これ置いときますね」
「…………ごめんね…………ごめんね」
怖いからやめて?
「あの、置いときますよ」
「…………やめて…………やめて…………!」
「店長!」
「うーわお!」
どっかで見たなそのポーズ。
「どうしたの? ……はっ、倒産!? はあーん」
「まだ大丈夫ですから!」
もう涙さえでないのかな。声だけでわーんわーんと泣き叫んでいる店長は、そのまま自身の右に置いてある湯呑みを取って、口に持っていき、そのままそれを机に落とす。こぼれちゃってるよ?
「あー…………ぅん」
「ふて寝すんな!」
緑茶と涙の入り交じる卓上、顔を埋める四十前半のおっさん。家族には見られたくないワンシーンだ。
「大丈夫です。理衣花も入って、今日で目標達成ですから。安心してください」
「そうなの……?」
「はい!」
「その自信はどこからわいて出てくるんだろうね……」
人がせっかくやる気だしたっつーのにやめてそういうの。
「みんな、あと一時間、頑張ろう」
フロアに戻った俺は、みんなに向かってそう声をかける。コスプレイヤーが二人目の前に並んでいるという風景はなかなかに壮観である。探偵に怪盗って横並びになっていいのかな。
「もうそんな時間なの?」
「そう。意外と」
「楽しい時間は一瞬ですね」
「ねー」
なんなんだお前ら。二週間前からは考えられないくらい元気いいぞ。
「とにかく、あと一時間弱、頑張るぞ」
「「おー!」」
くそっ、元気いいな。
「あ、先輩、色紙補充してほしいんですけど」
「え? ……いや、さっき全部渡したよね」
「え? まっさかー! 全部渡したなんてそんなまさか――マジですか?」
「いやマジマジ」
「えーっ!」
「ちょっと、ここお客さんもいるから」
「あっすみません」
慌てて口に手を当てる帆立。手遅れだけどね。
ぽん
店の電光掲示板に、13という番号が点灯する。
「あっ、13番テーブルおあいそです」
「私、行くね」
「いやお前いま怪盗だからね?」
その格好で接客してたらなんか別の店みたいじゃねぇか。コスプレ喫茶ではありません。100円の回転寿司屋。
「あっそっか、じゃああんた行ってきて」
「どうせそうなると思ってたけどな」
暖かい店内を歩く。お客さんが席を完全に埋めきってしまっている上に、普段は使わない時間待ち席もほぼ満席である。すげー、俺が生きてるうちにこんな光景見られたのか。正直PS6の方が早いと思ってたよ。
相も変わらず赤貝だけがぐるぐるとレーン上を回っている。時々玉子とか回ってるけど、基本ラインは三皿に二つ赤貝ということだから、玉子とか納豆巻きとかはレア物になっている。なお、注文すればなんでも食べられるので、皆さまレーンの上にあります注文画面の方からどしどしご注文ください。
「いち、にい、さん…………十七皿ですね、此方をレジの方までお持ちください」
慣れた手つきで伝票を渡すと、レジ業務に就く。バカ店長め、お客さんの入り方見誤ったろ。あと一人はほしい。炙里さん来てくんねぇかな。
しかし、このテーブル、女子高生二人組にしてはよく食うな。
後ろにやって来たパートさんを捕まえてテーブル拭きを任せると、俺は駆け足でレジに向かう。巻き上がったほこりが皿に入らないよう、細心の注意を払いながら。し
「1836円、丁度ですね」
この人は親切な人だ。予め用意された小銭を渡したから。値段がわかってから小銭を取り出すやつらは動作一個一個が遅すぎて、嫌になってくる。36円なんて5コイン分だ。それをたくさんの小銭で埋もれた中から見つけんの大変だよな。わかるわかる。でも、一回こっちサイドに立つとムカつくことこの上ない。おっせぇよとか叫びたくなる。でも、安心と信頼のために抑える。すべては清らかな雇用のため。
「では、こちらのレシートを持ってあちらのテーブルまでどうぞ」
キャピキャピした……って言われればそうでもないが、そんな二人組も帆立のサイン会には参加した。よく見るとカバンにストラップがついている。隠れファンなのかな。
時計の長針が七を指す。法令違反ではないので、今日は22時までの勤務となっている。長いだるい帰りたい。
続々とお客さんがなだれ込んだというか溜まったというか、そんな感じでレジ前に並ぶ人まで出てきている。嬉しいわ。
そして、帆立が突然立ち上がる。
初夏の夜。若干蒸し暑くまでなってきた今日この頃。そんな外とは打ってかわって涼しい店内も、今日ばかりは少し汗ばむくらいだ。
すーっ、と大きく息を吸い込んだ帆立は、高らかに宣言する。
それは、これまででは考えられなかった、勝利宣言。
「ごめんなさーい、色紙、完売です!」
蒸し暑い夜空のもと、二週間に及ぶ戦いが、終わった。
「よしっ! よーしっ!」
終わった、終わったぞー! これで安心と信頼の雇用が守られた! パワハラみたいなこの死闘が終わったー!
「ありがとな、帆立、理衣花」
横で探偵と怪盗が抱き合っている。なんともシュールな光景。んなことしてる暇あったら捕まえろし。
「いやー、浅利さんのおかげですよ」
「いやいや、理衣花さんが来てから倍増しましたよ」
「いやいやいや、私なんて、浅利さんがいなかったら生まれてない立ち位置なんですから」
「いやいやいやいや――」
「ねぇそれいつまで続くの?」
延々と抱き合って謙遜しあっている二人。なんなの? この終わらない茶番は。
「あのさ」
「ん?」
一連のことが終わって安心感が顔に表れまくっている理衣花が、上目遣いで訊く。あざとって考えればいとかそういうのじゃなくて、単に身長差……だと思うといろいろなものに耐えられるね。上目遣い反則。
「結局、何枚分用意してあったの?」
「ああ、それは――」
俺は特に悪びれることもなく、真実を言った。
「15000」
「……え?」
「いいか、初日から今日まで、俺らが売らなきゃいけないのは20000皿。十二日目までに売ったのが4060皿。つまり、二日で売らなきゃいけないのは、15940皿」
「ちょっと何言ってるか分からない」
お前小学生からやり直してくれないかな。
「帆立に頼んだのは、そのうちの15000枚分の色紙。そんなに大量の色紙よく集まったな」
「いえいえ。これでも人気漫画家ですから」
にへっとだらしなく微笑む帆立。どんなに売れっ子漫画家でも高校生は高校生なのだ。多少は自慢したいときもあるだろう。
「で、でもさ、何皿分かは色紙出てないわけでしょ? その分がまだ何枚だかは分かんないじゃん」
いわく、理衣花の撮影会に回った方々の分、そして帆立と理衣花には興味がなくただ好きで赤貝を食べた方々。彼らの分がカウントされていないため、まだ売り切ったわけではないのではないかということ。たしかに、そちらの分は、目に見えるかたちとして売り上げがわかるものではないので、何とも言えない。
が。
「これを見てくれ」
俺は、半身を右側に向ける。さっきまでかつて無い盛り上がりを見せていた、そのテーブル。
「「?」」
理衣花と帆立は揃って俺の示す方向を見る。
そして、気づく。
「レーンに赤貝が……」
「回ってない……です」
二人で順番に驚きの言葉をのべる。仲良すぎだろお前ら。打ち合わせした?
また、いつもどおり涼しくなった店内。そこには、帆立と理衣花の輝きも、お客さんの高揚感もなく。
ただそこには、わずかな余韻が残るだけで。
「わかったか?」
何も回っていないレーン――それはそれで問題な気もするが――は、それ自身が、あることを示す。以前なら考えられなかった、完売宣言。
「赤貝、二日で16000枚、完売です!」
バイト仲間二人と、パートさんと、数人のお客さんのまばらな拍手とに囲まれながら、赤貝デスゲームは終わった。
全員のクビは繋がった。
店長のミスは帳消しになった。
――みんな、そう思っていた。
「店長、終わりましたよ」
「ぅん、おつかれー……」
大きな隈を目の下に作っている店長は、こちらを一瞥すると、そのままテーブルに突っ伏してしまった。ばたんきゅー。
「店長、やりました、やりましたよ。16000皿、完売です!」
「あー、それはすごいねー……」
ばたんきゅー。
「あ、あの、店長?」
「もういいよ……もうね、いいの……」
なんだよこいつ。誰がお前のミスカバーしてやったと思ってんだよ。張り合いねぇな。もうちょっと達成感みたいのないの?
「あの店長、やりましたよ?」
何とも言えない空気感に耐えられなくなったのは帆立も同じようで、訊いてしまう。
「はあ…………申し訳ないとは思ってるよ」
ゆっくり上体を起こした店長は、そのやつれた顔で話し出す。どうやったらそんな顔になるねん。隈とかの次元越えてるぞ。
「もっと早く言おうとは思ってたよ? でも、君たちがそんなにやる気だしてわーってやって、それでもってなんか達成するとかしないとか騒いでたから、あんまり言い出せなくなっちゃったんだけど……」
なにうじうじしてんだ気持ち悪いな。あんたそれでも父親かよ。
しかしにわかに、通り風。それは、俺の体を生暖かく通り抜ける。鳥肌。
「あのさ……赤貝なんだけど、今日の売り上げ8000を計算して、合計売り上げ枚数を算出するとね……」
店長は震える指先で電卓をいじる。その手つきは、もはや店の主のものではない。
何度もCEボタンを押して、やっとのことで数え上げた枚数は。
――19999
「…………へ?」
19999って…………いちまんきゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうきゅうってことか…………? いや待て、でも確かに今日…………
「うん、悩んでしまわないで、この紙を見てくれる?」
ホワイトボードを背に、店長が差し出したのは、一枚の紙。エクセルを駆使したその紙は、無機質にも、無慈悲にも、冷たく数字が並んでいた。
「ここにね」
店長は、その紙の下部、品目ごとの合計欄のところを指差す。赤貝の項目だ。品目名を見なくても分かる。数字がずば抜けてるもの。百皿行ってんのこれとマグロくらいだ。マグロと並列の赤貝ってどーよ。
「書いてあるでしょ? 19999って。始まった日……水曜日だね。先週の水曜日がここ。そして……あったあった。ここが昨日。これを足すとね…………」
タケッタケッ。おぼつかない手つきで電卓を操作する店長。これは緊張とか絶望云々というより、ただ単に電卓ビギナーなんじゃないかという疑問が湧き上がったが抑えた。なぜなら早く帰りたいから。
「出た。11999――それに、今日の8000を足すと? はい、蒼さん」
「うぇっ!? ……えーっと……いちまんせんきゅうひゃく……」
「はい、浅利さん」
「店長! そんな早く計算できませんよ!」
「あなたは算数からやり直してきてください」
「その通りです」
「ちょっと二人とも揃って私をバカにして……も、もう知らないです!」
華麗に片足で回れ右した理衣花は、そのまましゃがみこんでいじける。その辺は小学生なんだから早く算数やんなよ。つーかお前よく高校受かったな。
「で、浅利さん?」
「い、19999……ですか?」
「正解です。19999、お見事でした。何番?」
「何番って?」
「1から25の数字をお答えください」
「アタックチャーンスとか言わせねぇよ?」
「そこ、言葉遣い」
この状況でふざけるあんたもあんただろ。
「つまり、そう。19999皿しか売れていない。まあ、この数字で『しか』っていうのも贅沢な話ではあるんだけどね……しかし、我々が目指した……いや、到達すべきだった数字は?」
「…………20000皿…………です」
「だよね」
チカチカと、頭上の蛍光灯が点滅する。買い換えてほしいところだが、それすらできないほど金欠なんだろう。こんだけ切り詰めてもダメだったんだから、仕方の無いことっちゃあ仕方無いんだろう。そりゃ人件費も削りたくなるわな。
「まあ、つまり、そういうことなんだよ……」
ででででーん……
力なくゲームオーバーっぽい効果音をつけて力尽きる四十のおっさん。汚いので床に這いつくばらないでください。
とか言ってる場合じゃない。
「一皿……足りない?」
「あれだけ売ったのに……?」
俺らが売った皿の枚数は、19999枚。それは、20000に及ばない。
――わずかに、一皿。
「一皿…………」
その数字は、越えられないひとつの壁。
天国と、地獄。
「計算は? 間違ってない?」
「お前が言っても説得力ねぇよ」
ねえ理衣花さん。あなたが間違えたって言うのはなんかねえ。人のこと言えないっていうかね。つーかあれだよ。電卓で計算したんだから確かだろ。
「ちょっと私がペンで計算する!」
理衣花は、安心と信頼の電卓を疑い、自らの足りない脳みそを優先したようだ。
「えーっと、あれ? くり下がりってどうやるんだっけ」
隣でカリカリと無駄に鉛をすり減らす理衣花。地球にやさしくね?
ていうか、足し算なんだからくり下がらなくね? あいつは今どこに向かってるの?
「やっぱりおかしいよ」
カンッ! という派手な音を立ててペンを机に叩きつけた理衣花は、計算結果の書かれたであろう紙を引っ付かんで見せる。
「71999皿売れたはずだよ!」
「アホかお前は!」
俺の言葉に大仰に驚いた顔で返す理衣花。人の口ってそんなに開くんだ。衝撃。
「だって、11999に8000を足したらそうなるでしょ⁉」
「なるかアホ! どっからツッコめばいいんだ!」
8000が60000になっとるがな。思考回路がショートしてない?
「いやー、おかしいよ。突破しまくりだよ」
一人変なところで盛り上がっている理衣花。お前そこじゃないだろ。前の計算が間違ってるだろ。つーかマックスで28000皿までしかないんだから、あり得ないことくらい気づけるはずなんだが、そこもまた理衣花クオリティである。以後お見知りおきを。
「でも、実際数え間違いあるかもな……」
わずかな期待を胸に電卓をうち始めるが、叶わず。震える指先でも押し間違いをしない辺りがまた店長クオリティ。理衣花クオリティとはまた別種の素晴らしさがあるね。理衣花クオリティの素晴らしさ? 脱力感くらいだな。
「……どうします?」
か細い声で問う帆立。さっきファンと接していたときよりも不安そうな声。
「どうするも何も……」
そんな声にも、俺は応えられない。
「8000皿は売り切っちゃったわけだし、今日中にその売り上げを達成することはできないよ。だから、僕らの負けは決まったってわけ」
床と一体化していた店長が、その体勢からむくっと起き上がって、そのまま力尽きる。遺言が哀しい。
月が東の空に昇る。奇しくも満月だった今日という日は、その光を受けきらなかった。
一皿に泣いた、初夏の夏。
俺らの挑戦は、幕を閉じた。
14日合計:19999/28000
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