第10話 みんなでやれば怖くない
さて、いろいろあったものの、始まった男女逆転作戦。それはそれなりの効果を発揮していた。
特に炙里さんの反響が目立っている。
たとえば、
「あれ、新人さん?」
「いや、男女逆転中なんですよ」
「そうなんだ、君は参加しなかったの?」
「え? いや、参加してますよ」
「まっさかー、これで男の子だなんてねー」
「よく言われますー」
「え? ……え、マジで男の子なの?」
「はいー」
そう言ってお客さんを落胆させたり。
はたまた、
「ねえお嬢ちゃん、ここ座っていいからさ、おすすめとかないの?」
「あー、そうですね、赤貝なんてどうでしょう」
「いや、まだそのテンションにはないなー。ていうか若いのに渋いねー」
「いやー、男でもさっぱりしたの食べたくなることありますから」
「は? いや男じゃないよね」
「あ、今男女逆転中なんです」
「うっそだー」
「ほんとです、証拠見ます?」
「……赤貝一皿もらうわ」
といったように、男性客を打ち負かせてみたり。毎度ありー。あと証拠見せたら犯罪だから。
こんな感じで、炙里さんを中心に、それなりに結果を出しつつある男女逆転。もうちょっとで目標の数まで届くのではないか。
この店は、何度も言うように、周りの回転寿司チェーンとは絶対的にお客さんの入りが少ない。よって、赤貝云々という前に、まずお客さんを入れないといけないのだ。
だから、話題性という面では、とにかくプライドも恥も捨てて、何でもやっていかないといけない。そういう時期に入った。
「55番テーブル、赤貝お願いしまーす」
「はいよー」
話題性の塊、炙里さんが、またも赤貝の注文をとってきた。す、すごい……今日だけでこれで20皿は行っていると思う。回っている皿もわりかし消費されているので、普段よりは売れているだろう。
――もっとも、普段の10倍は売らなきゃいけないんだけど……
「はい、赤貝です」
若干顔の青ざめたお客さんに、赤貝を提供する。大学生くらいかな、いろいろ期待したんだろうけど、申し訳ない。でも安心してください、あなたが買い支えたお陰で、間接的に炙里さん、喜んでますよ。
誰が拡散したのだろう、店はすでに満席、玄関に並んでいる人が出てくる始末である。ありがたい限りだ。開店セール以来なんじゃないだろうか。
「な、なんかすごい人だね」
「そうだなー」
この機会にレーンに流れるお寿司を全部赤貝にしてしまおうと思い立ったので、俺は理衣花を呼んでその作業を行っている。二個に一個、マグロ、赤貝、サーモン、赤貝、みたいに。ばれそうでばれない、紙一重の攻防だ。
「炙里さんすごいねー、めっちゃ売ってるじゃん。普段の数倍だよね」
「ああ、そうだな……ここまで来ると正直開いた口が塞がらないレベルだな」
「顎関節症?」
「アホか」
常識が欠けてるだろ。致命的に。
「なーんかなー、本当の女の子は私なのになー……」
突然呟いて、理衣花は残念がる。
「私より男の人の方が『かわいいかわいい』って言われるってどういうことよ」
想定外のスペックを持ち合わせる助っ人の登場は、これまた想定外のところに影響しているらしい。
食品を取り扱うという仕事の都合上、照明が明るめに、かつ温かく設定されている店内。働いている人間も、お客さんも、揃って活気づいてきたところに、ショボくれていては分不相応だ。
「そんなことないと思うけど」
「えっ?」
「だから、お前も別に見劣りしてないってこと」
「……ちょっとなにいってるかわからない」
あまり人を褒めるのは得意じゃないから、回りくどく言ってもダメか。やっぱり、まっすぐ言おうか。
「理衣花だって、かわいいと思うぞ」
ド直球。プロポーズくさいまである。
「――当たり前でしょ」
少しの間黙りこくってなにか考えていたのか、下を向いたまま動かなかったが、突然顔をあげて、
「ほら、駄弁ってないで仕事仕事。大体こんなやつに認められたって嬉しくもなんともないわー」
一人で誰に向かってでもなく話し出した。
一瞬たりとも目を合わせてくれなかった理衣花の顔は、遠目から見ても少し赤らんでいた。
何が嬉しくないだよ、バーカ。
さて。
今まであまりかかわってこなかった店長が、ワクワクした表情で、
「僕もやりたい」
と爆弾発言をした。
「またまたー、店長、冗談は顔だけにしてくださいよ」
「赤貝関係なくクビにするよ?」
ふざけんなこの野郎。
「みんなを見てたらやりたくなっちゃって……ほら、炙里さんはいろいろ話題になってるとおり可愛いじゃん? 蒼さんもボーイッシュな感じで可愛いじゃん? あとは……そんなもんかな」
「俺は!?」
「どうしたの大間くん、女装に目覚めた?」
「目覚めてねぇ!」
「じゃあなんで一回食いついてきたの?」
「意図的にはずされた感じがなんかムカついたんですよ」
「じゃあ言っていい? あんまり――」
「わかりました、いいです」
「はいよ」
肯定されるのも否定されるのもなんか嫌だった。
「で」
一言腹の底から出した店長は、静まり返った会議室で言い放つ。
「僕も女装したら可愛くなると思う」
「……まだ今なら病院やってます。急ぎましょう店長」
「いや素面だよ?」
「事態は一刻を争いますよ店長」
「蒼さんまで……」
音速でロックを解除して病院に連絡しようとする理衣花。その指の動きたるやまさに電光石火。中毒もここまでくればもはや一芸である。お前も一緒に診てもらえよもう。
「待って、待ってって」
必死にもがく店長。落ち着けって。
「わかった、女装しない、しないから!」
ついに店長は正気に戻った。さよならキ○ガイおかえり平穏。
「ちょっとくらいいいじゃん……」
割りとがっつり落ち込む店長。そんなにやりたかったの? 娘いい年してなかったっけ。絶対嫌がるって。
「おじさんもね、夢を見るのよ」
おい語り出したぞ。
「若い子がどんどん入っては辞めていく。そういう業界なんだ店員ってのは。店長はかわるがわるやってくる若い人材を使い捨てる嫌な立ち回りなんだ……」
「別に使い捨ててるわけじゃ」
「いいのいいの、君らが悪いんじゃなくって、僕が勝手にそう思い込んでるだけだから」
もう好きにしてくれ。せっかくフォローしようとしたのに。
「でも、そういう個人的負の連鎖をたちきりたいんだよ」
個人的負の連鎖て。
「もう使い捨てる立場とか考えるのはやめよう。夢を持とう。希望を持とう。そう思ったんだ」
「店長……」
右隣に涙目の理衣花がいた。どこに泣く要素があったんだよ。
「だから、僕も夢の扉を真ん中から切り開きたかったんだ!」
「鯵夫だけに?」
「アジの開きじゃないわ! 夢! 夢の扉!!」
キレのいいツッコミを聞いたので満足です。撤収ー。
「ねぇ、あんた」
「ん?」
持ち場に戻ろうとした俺を引き留めたのは、神妙な面持ちの理衣花だった。
「やらせて……あげようよ」
「……何を?」
「店長に、女装」
「お前正気か!?」
「だって……!」
既に声に嗚咽が混じってしまっている。嘘でしょなにこの人。
「こんなに……こんなにやりたがってるのに、やらせてあげないなんておかしいよ!」
「おかしいのはお前の頭だ!」
どういう思考回路でそんな結論に至ったのさ。
と、ここで今まで口を出してこなかった炙里さんが突然宣告する。
「じゃあ、見せてもらいましょう」
「え?」
「店長がどのくらい女装をしたいのか、その意識を、形にしてもらいましょうか」
顔色一つ変えず、そのかわいい顔から飛び出したのは、一つの妥協。
それは、店長と俺らの意思確認。
ていうか。
「……つまり、土下座しろってこと?」
「それは店長の『誠意』次第です」
こいつ鬼だな。
「わかった……見せてやるよ……誠意を……」
冷ややかな地面から、凄まじい覇気が飛んでくる。それは周囲の概念を吹き飛ばし、絶対になる。
「まさか、これが伝説の、
何を盛り上がっているの理衣花さん?
「うおおおおおおおお!!!!」
凄まじい雄叫びと共に、店長は全身を捻りに捻る。そして。
目の前に、右肘が頭の後ろにあり、左腕と右足がくっついた状態で左足で片足立ちしつつ、上半身を右に90度傾けた店長がいた。
「は?」
目の前に広がる衝撃映像に、ただ一言それだけ絞り出すと、理解に努める。
「理衣花さん……」
「はい……」
「これは……そういうことですよね」
「仕方ないです……」
全く理解できない俺をおいて、二人でなにやら話を進める理衣花と炙里さん。炙里さんもそっち側の人間なの?
「女装を許可します」
「やったー」
「は? なに言ってんの理衣花」
「レベル7のこの大技を決められては……どうしようもないわ」
「は?」
「炙里さん、いいですよね」
「はい、全然オッケーです」
炙里さんの許可がおりたので、理衣花は更衣室に走っていく。すぐに、着替え一式を持ってきた理衣花がそれを店長に手渡す。
「じゃ、大間くん、そういうことだから」
「えっちょっ……えー……」
女性用の制服に身を包んで接客を始めた店長を、俺はただ無言で見送ることしかできなかった。
あと、理衣花と炙里さんは何の道に通じているのだろうか。わかったら即刻もとの世界に引き戻そう。
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