第9話 見た目は女、頭脳は男

「そうなんですよー、ほんと、嫌になっちゃいますよねー」

「ですねー。でも、そこはお互い様ってところですから」

「そうですかねー」

 午前10時。俺と炙里さんは、おあいそに向かったお客さんの机に残された皿を片付けていた。他企業には皿を投げ込むことでルーレット的なのができ、当たれば商品みたいなシステムはあるみたいだけど、うちにはない。ついでに電車みたいなのに乗せて注文された皿を届けることもない。時代遅れだな。

 バイト三人で乗りきれてしまうのもどうかと思うが、今のところ日曜の午前に従業員が五人以上入ったことはない。なぜならそれでも人が余るからだ。現に、こうして三人のうち二人がテーブルの作業に入っていることから、現在の店内の様子がお分かりいただけるだろう。

「主役なんですか?」

 金髪JK――だと思いながら仕事をすると元気が出る――とならんで仕事をしながら、演劇コンクールの話をしている。俺がシンデレラで、理衣花が王子様だということも。

「そうなんですよー。だからどうにも変な感じで」

 もっとも、今こうして年上かつ後輩と接しているのも変な感じだけども。

 うずたかく積み上げられた全品100円の皿を片付ける。さすがに大学生が男四人で来るとすごい量になるな……80皿くらいあるんじゃねぇか?

 果たして、この中に赤貝は含まれているのだろうか。

「そういえば、あのポスター面白いですよねー」

「ポスター? ああ、赤貝のやつですか?」

「はい、赤貝なのにトリックアートを使う労力の無駄遣い感が否めませんよねー」

 この人はいまの店の状態をご存じ無いのだろうか。

「でも、お客さんにはかなりのまずまずの好評を得ていますよ」

「『かなりのまずまずの好評』ってどういう尺度なんですか」

「文字通りです」

 それがわかんねぇんだよ。

「男女逆転ですかー、いいですね、やってみたいです」

 あんたすでにほぼ女の子じゃん。

 ……待てよ? この容姿の人が男女逆転をしてみたいと言っている……これはもしかしなくても、炙里さんが見られるということでは!?

「よし、やってみよう、男女逆転」

「わー、楽しみです!」

 両手を合わせて丁寧に喜ぶ炙里さん。丁寧に喜ぶってなんだよって感じだけど、丁寧に喜ぶとしか言えないからこうしておく。

 そんな炙里さんも、何か勘違いしているようなので、忠告しておく。

「炙里さん、今からやるんだよ?」

「え?」


「というわけで、男女の制服を交換したいと思いまーす」

 時刻は10時半。俺らバイト三人組は、揃って裏手に回ってきていた。

「ちょまってちょまって」

 真っ先に議論の流れを断ちきったのは理衣花だった。

「はいなんですか理衣花さん」

「どういう流れで制服を交換する流れになったの?」

「利害の一致」

「利害の一致ですかね」

「打ち合わせでもしてるの?」

 もはや店長一人でどうにかなってしまう店内は、もう彼一人に任せてしまっている。

「わかった、制服を交換すればいいのね? ところで私の制服は帰ってくるのよね?」

「そんな制服泥棒みたいなことはしないかな」

 ただ、炙里さんが着た制服は持って帰りたいかな。

「……でも待って、炙里さんはまだいいとして、あんたなんて、その身長のバイトなんていないよ? どの服着るの?」

「理衣花のでいいよ」

「え、私の!?」

「うん、なんか自然かなって」

「嫌よ、私の制服があんたに着られるなんて。世界が破滅するわ」

「そんなに嫌か……なら仕方ない、浅利さんのを着るしか」

「わかった、私のでいいわ」

「ありがと、これで話が早く進む」

 是が非でも浅利の服を着させたくない、という感じで、理衣花は自らが生け贄になることを決意したようだ。俺ってそんなに穢れてる?

「じゃあ、炙里さんは浅利さんのでいい?」

 身長的に理衣花と同じくらいの炙里さんは、少し窮屈かもしれないが浅利のを着てもらう。

「じゃあ、各自着替えようか」

 やはりなんの疑いもなくトイレに向かう炙里さんに、俺は一抹の希望を捨てきれていない。


「いいですよ、出ますねー」

「は、はーい……」

 扉の向こう、恐らくはドキドキのお着替えタイムが始まっていたのだろう。顔が見えない状態でこの声を聞くとなんか変な気持ちになるけど、まあそれはもういい。

「お待たせしました」

「い、いやっ、全然! 待ってないですから」

「どうしたんです? 声が裏返ってますけど」

「まあ気にしないで」

「そ、そうですか……で、どうです? この格好」

 そういわれて思い出したけど、そういえばこの人、今女子用制服来てるんだった。なんか悪くて目をそらしていたけど、これは、つまり――


 目の前に、寿司屋の店員の美少女がいた。


「あ、今、目の前に美少女いたとか考えました?」

「い、いやっ、全然」

「じゃあその微妙な笑みはなんなんですか?」

「これはほら、あれですよあれ、発作です」

「えーっ、大丈夫ですか!?」

 ちょうどいいアホさ加減にたすかったわー。

「んじゃ、俺も着替えてきますんで」

「はいー」

 なんだかぽわぽわしている炙里さんに背を向け、トイレに入る。もうトイレの話は飽きてきたよね。割愛するよ。


「んー、やっぱり胸のところがきついなー…………あ、着替え終わった?」

「自分で言っておいてあれだけど、やっぱこれ辛いものあるな……」

 女子用の制服に身を包んだ炙里さんと俺は、今度は逆に男子用の制服を着た理衣花と対面した。

 三角巾の中から後ろに結った髪を出すスタイルで立っている理衣花。別に特別な感想はない。色が違うだけなんだよね。ちょっとフリフリしてるのが女子用ってだけ。

 その辺の配慮があるのかないのか、理衣花の胸の辺りにはかなりぱっつぱつになってしまっている。こんなことを言うにもなんだけど、こいつは小学生の時からそれなりにその辺の成長が始まっていた。それは今に至るまで継承され続け、たぶんクラスで一、二を争うサイズだと思う。

 まあ、本人の前では絶対にそんなこと言わないけど。

「――どっか変? 私」

「主に胸の辺りが窮屈そうだな」

「えっ?」

 おっと。

「やっぱりそうかなー……もうちょっと、こう、なんていうの?」

 といいつつ自ら胸の位置を確認しだす理衣花。あれ俺の制服だよな…………はっ、現実に帰れ俺。

「そ、そろそろ仕事に戻ろうか」

 いろいろどうにかしてしまいそうだったので、急場をしのぐために強引に仕事に戻らせる。

 のれんをくぐって店内に戻ると、店長が珍しく働いていた。皿は片付ける、ごみは捨てる、お客さんはさばく、寝る――あ、おい、ぶん殴るぞ。

 妙に重くなった頭を揺らして、爆睡する店長に歩み寄る。

「店長、起きてください、そこレジですから。寝るとこじゃないですから」

「…………厚焼き玉子に引火する」

 だからどんなとっぴな夢を見たらそうなるんだっつの。

「店長、ほんとに起きてください」

「…………ふみゃ? 新人さん? かわいい子が入ったなぁ」

「いやなにいってるんですか店長。俺です。大間です」

「大間くんはこんなかわいくないよ?」

 このおっさん、早くも眼球がおかしくなったんじゃないだろうか。

「頭にこんなピンクのリボンつけた子見たことないよ?」

「え?」

 頭に……リボン?

 急いで頭をわしゃわしゃすると、手が異物を検知。

 とっさに異物を右手のなかに収めると、確認する。

 そこには、果たしてリボンが。

「誰がやった?」

 再び眠りについた店長を放って、店内を見渡す。一面に赤貝の気持ち悪い3D画像の貼られた店内の壁際、クスクス笑う二人組の姿があった。

「あいつらか」

 俺は、ピンクの割りとかわいいリボンを握りしめ、二人のもとへ向かう。

 おあいその整理を行っていた理衣花と、使用済みの皿を洗うためにまとめていた炙里さんが、揃ってこちらを向く。

「誰がやった」

 理衣花は炙里さんを指差し、炙里さんは理衣花を指差す。素直になれよこの野郎。

「どういうことだ?」

「リボンは炙里さんの」

 理衣花が口火を切る。ちょっと笑ってるだろお前。

「で、計画は私」

 やっぱりちょっとずつ笑いながら、説明を終わらせたとばかりにこちらを見る理衣花。

 なるほどそうかそうか、リボンが炙里さんで、計画は理衣花と。

 ……あれ?

「リボン、炙里さんのなんですか!?」

「はいー。かわいいので持ってました」

 やっぱあんた男じゃねぇだろ。


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