三皿目 も、もう一回あがいてみよう

第7話 二の矢、始動

 翌日は休みだった。俺が休みということは当然理衣花も休みだし、携帯が逝っているので店にも連絡できない。

 だから、今日は一日赤貝から離れられる……と思ったけど、授業中は赤貝のことしか考えていなかった。なんだろう、赤貝のことしか考えない高校生って、渋いとかそういうよりむしろ変だよね。

 ちなみに幼なじみはぐっすり眠りにつかれておりました。寝る子は育つ、っつってね。それくらいしかフォローのしようがない。


「はいはーい、みんな静かにしてー」

 昼休み、教壇に上がって元気な声を出すは、我がクラスの学級委員、鵜新うにいくらさんだ。ハキハキしていて、クラスの中心メンバーの一人。その上統率力もあって、人気は上々。

「今度の演劇コンクール、うちのクラスは何をテーマにやるか、決めたいと思います」

 演劇コンクール? ああ、そういえばそんな時期だな。

 演劇コンクールとは、わが校で一年に一度、全学年のクラスがそれぞれに作った演劇を披露する、目玉行事のうちのひとつだ。

 生徒は最初こそえーだのやりたくねーだの言うものの、結局何だかんだ楽しかったりする、ツンデレ系の行事なのだ。ツンデレ系の行事ってなんだよ。

「一応こっちでもいくつか考えてみたんだけど」

 鵜新はそう言うと、黒板にその案を丁寧な字で書き並べていく。

・桃太郎

 さすがにこの年になってな……

・シンデレラ

 もう見飽きたな……去年なんて3クラスくらいこれやってたけど。

・宇宙戦艦ヤ○ト

 これは超やりたい。おい脚本は誰だ。

「でー、この中で決めるのもいいんだけど、他にもなにか意見はあったらお願いねー」

「はいはーい」

「どうぞ、海老原さん」

「男女逆転劇なんてどう?」

「ああー、それはあるね。みんなはどう?」

 男女逆転? それじゃあ俺は古代役にならないってことか? ふざけんな、反対だ反対。

「じゃあ、賛成の人の挙手を求めます。賛成の人ー」

 40人が手を挙げました。めでたしめでたし。


「で、何で俺がシンデレラなのかな」

「あんたがグーしか出さないからでしょうが。途中からわかったわそんなの」

 帰り道、俺は理衣花にさんざん嘆いていた。

 何をって、紛れもなくさっきの演劇コンクールの話。

「俺以外に適任いただろ。何でそのなかで俺が選ばれちゃったんだよ」

「選ばれたんじゃなくて、負けたの」

「うるせぇな」

 俺はあのあと、男子全員による役決めじゃんけんなるものにおいて破竹の5連敗を喫し、見事主役のシンデレラに大抜擢されたのであった。お前ら呪ってやる。

「お前も王子さま役じゃん」

「私も負けたんだって」

 このクラス、演劇に対する嫌悪感はそんなにないものの、どうしたものか主役に率先して選ばれたいといった勇気のあるやつが致命的に欠如していた。

「まあいいじゃん一ヶ月後なんだから」

「まあそう言われりゃそうなんだけども」

 一ヶ月後といえば、職を失っているかもしれない時期だよね。

「話題性はあったと思うんだけどな……」

「あれ以降、私のやつは全然伸びないんだよ」

 理衣花は携帯をいじって確認する。見せてもらうと、そこには1リツイートしか記録されておらず、しかもその1というのが浅利であるので、実質的にはゼロということになる。

「まあ、すきゃろっぷさんの方で、ある程度拡散されてるっぽいけどね」

「やっぱあいつすごいんだな」

「あいつって……」

 理衣花は今の会話にどこかしっくり来なかったようだ。年下なんだしバイト歴でいっても俺の方が先輩なんだから別にいいだろうが。

「むしろ神様とかそういうレベルでしょうが!」

「頭おかしいんじゃねぇか?」

「はあ? あ、あんたもしかして、あんたも反オタク勢力なのね!?」

 言いがかりだろ。

「なんだよ反オタク勢力って。暇人か?」

「違うわよ! 日夜いかにしてオタクの足をすくおうかずっと考えてる、オタクの永遠の敵よ!」

「……それは暇人なんじゃなかろうか」

「うるさい!」

「はい」

 なんだよとかお前こそうるせえよとかお前に食わせるタンメンはねぇとか、口答えしようと思ったらいくらでもできたのだが、素直に従っといた。ちなみに口答えって目上の人にするものらしい。理衣花は目上の人ではないので訂正しよう。

「男女逆転か……」

 思い出したように理衣花が呟く。忘れていたようだが、本題はここ。

「シンデレラって美貌で有名なあのシンデレラだよな」

「その他にどのシンデレラがいるのよ」

 確かにそうだな。

「しっかし、あんたがシンデレラねぇ……」

 理衣花はなにか感慨に浸り出してしまった。やめろ、その視線はどういう目だよ。口許笑ってるけど目は笑ってないやん。怖いよ。アルカイックスマイル。

「お前こそ白馬の王子さまかよ」

「あっ、こっちに矛先向けて逃げようとしてるでしょ」

「うるせぇな、境遇的にはお前も一緒だろっての」

「まあ否定はしないけども」

 さっきまでの意味深な笑みを俺から前方に向け、攻撃の的となることを巧みにかわそうとしている。

 だが、俺の話術はその程度のものではない。腐っても接客業。

「お前が俺にガラスの靴はかせるのか? 0時までになんとか?」

「ま、まあ、そうなるわね」

 若干歩を早めながら、理衣花は言う。

「で、クライマックスには? シンデレラと結婚? そうかそうか、結婚かー。結婚ねー……」

「う、うーるさい! うるさいうるさい!」

「じゃあ俺も魔法が解ける前に、靴でも買いにいきますかねー」

「するし!」

 突然声を荒らげた理衣花は、俺の針路を塞ぐように立ち止まる。うるせぇなここ公道だぞ。

「……シンデレラと王子さまは、結婚するし……」

 理衣花はぼそぼそ顔を真っ赤にしてそう言うと、突然に振り返ってまた歩き出してしまう。

 そのあともなんだか呟いていた理衣花。小声すぎて俺には聞き取れなかったが、たぶん俺にはさほど関係ないんだろう。主役級の役割を与えられたのが嬉しいのか、役作りに夢中になっているのかもしれない。いいことだ。

 

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