お嬢様へ…
あふひ みわ
~プロローグ~
冬の海は静かに波と風の二重奏を奏でていた。
時折強く吹き付けてくる風は、潮騒の音と共に耳元で大きなうねりを伴って掠めてゆく。
此処に一人で立っていれば、光の中で眩しそうに笑うあの方がじきにやってくる気がする。否、あれはもしかすると幻だったのかもしれない。
幻影を追っていただけだったのかもしれない。が、幻にしては長い時間が二人を通り過ぎて行った。
……幻影でもいい。もう一度逢いたい……
燕尾の襟元が時折、強い風に煽られ耳元でぱたぱたと音を立てた。
――アスカ、こちらにいらして?ほら、あんなに空が高いわ――
ふと風の音に混じり懐かしい声が聞こえた。が、その声の主の姿はなく、むなしい幻聴は波と風の音に掻き消されていった。
分かってはいても視線がその姿をまだ探している。だがその視界に映るもの空と同じ色に染まり何処までも広がる海…。
潮騒の悪戯に少しばかり苦笑を零(こぼ)し空の向こうをじっと睨み付けた。
海風が激しく猛り始め、波を背に歩き始める長い影は白い砂浜に反射さえしない。
ふとゆっくりと海へ振り返れば、鉛色に曇る空から一筋の光にも似た明るい色が浪間に落ちてゆく。すると冬の玄界灘は一つの幻影を映し出した。
巨大な海のスクリーンに映し出されたのは、大きく古い唐草模様の鉄細工が施された外門。
門番宜しく警備員らしき男を通り過ぎれぱ、中世欧風の手入れの行き届いた前庭と屋敷へ続くアプローチが広がり、そのまま進むと間もなく松平の屋敷が現れた。
此処で過ごした時間が、それまでの人生を大きく狂わせる事となろうとは誰が想像出来ただろうか。
さあ、どうぞお入り下さいませ。これからとある一人の女執事、蓮アスカの物語へとご案内致しましょう。
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