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つくま
【ATTRACT】
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一九八六年 一月二日(木)
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それは、中学生最後のお正月。
家族でデパートの初売りセールに出かけた時だった。
高校受験を間近に控えたぼくは、当然おとなしく家で留守番しているつもりだったけれど、たまには気分転換も必要だという母の意見に押し切られ、山道を車で揺られること一時間。
到着と同時に「お一人様一点限り」のお米だのティッシュペーパーだのカセットテープ十本セットだのに並ばされ、ようやく解放されたと思ったところで、はたと途方に暮れる。
お年玉のおかげで財布の中身には余裕があったものの、こんな時期に読みたかった本を買うのは自殺行為だし、身の回りの品なら両親が買いそろえてくれる物で十分。
本当に「福」と呼ぶに値する景品が入っているのか疑わしい福袋で貴重な運を使ってしまうつもりもなく。
わざわざ受験勉強を中断して遠出したというのに、やりたいことも、やるべきことも、なにもない。
文具売場で、消しゴムとシャープペンの芯を補充する。
ちょっと贅沢に、ジューススタンドでしぼり立てのミックスジュースを味わってみる。
いよいよやることがなくなって、ジュースの空き容器をもてあそびながらしばらく考えた結果、ぼくは、久しぶりに駅前の景色でも眺めてみようかと思い立ち、エスカレーターで屋上へ向かった。
そこに、見たこともないテレビゲームがあった。
最初はそれがテレビゲームであることに気付かなかった。
お金を入れるとしばらく動き続ける、子供向けの乗り物の一種だと思った。
戦闘機のコクピットを模したような大きな機械が、男の子を乗せたまま前後左右に揺れ動いている。
男の子は真剣な面持ちで目の前のブラウン管を睨み、慌ただしく操縦桿を操作している。
コクピットの中ですっかりパイロット気分に浸っている……わけではないらしい。
視線の先に映し出されているのは、コンピューターグラフィックで描かれた色鮮やかなファンタジー世界。
紫がかった空、草むらと樹木が立ち並ぶ大地、そして無数の岩石が空中に浮かんだ不思議な空間を、赤い服のヒーローが疾走していた。
前へ……それこそ飛行機のコクピットから撮影したかのように、凄い速さで、前へ、前へ。
ヒーローを阻止しようとしているのか、SFチックなデザインの戦闘機が次々と飛来しては、ラグビーボール状の弾を撃って来る。
ヒーローも宙に舞い上がり、脇に抱えた大きな銃で次々と敵機を撃墜する。
軽快なシンセサイザーのメロディー。絶え間なく響く銃撃音に爆発音。足元に重く伝わるモーターの振動。
近くを通る人が一様に目を向け、足を止める。
気が付けばぼくも、吸い寄せられるように人だかりの一画へ加わっていた。
音楽がどこか不気味な曲調に切り替わり、前方に巨大なドラゴンが現れた。
火の玉を吐きながら迫るドラゴンは、子供が遊ぶには少し迫力がありすぎるような気がする。体当たりを仕掛ける時アップになるギョロリと目を見開いた顔は、離れたところから見ていても、ちょっと怖い。
そのうえ、強い。ヒーローの撃ち込む銃弾が、カンカンと音を立てて弾かれる。
どうやら弱点――恐らく顔面――以外ではダメージを与えられないみたいだ。でも相手は止まることなく空中を動き続けている。なかなか狙いが定まらない。
さらに、時間が経つにつれだんだんドラゴンと火の玉の速度が上がって来た。
男の子は必死に操縦桿を動かし、それに伴って操縦席も大きく揺れる。必然的に、後ろで見ているぼくたちも、上体を揺り動かしながら戦いを見守ることになる。
矢継ぎ早に放たれる火の玉を、ついにヒーローはかわし損ねた。
悲鳴を上げて、ヒーローが後ろに倒れる。世界が静止した中、ヒーローは再び立ち上がり銃を構える。人工音声が「GET READY」と戦いの再開を促す。
しかし、男の子はくやしそうに操縦桿を小突き、そのまま席を立ってしまった。
やがて表示される「GAME OVER」の文字。
この時になって、ようやくぼくは、目の前の大きな機械がテレビゲームであることを理解した。
「SPACE HARRIER」――【スペースハリアー】。
それが、あのテレビゲームの名前らしい。
ぼくは、テレビゲームのことをよく知らない。
この屋上プレイランドを始め、目にする機会はたまにあったけれど、実際に触れてみたのはほんの数回きり。
パッと思い付くタイトルも【ブロック崩し】とか【インベーダー】とか、そのぐらい。小学校の近くの駄菓子屋で、よく上級生が遊んでいたっけ。
あのシンプルな画面でピコピコ言っていたテレビゲームが、わずか数年でここまで進化していたとは素直に驚きだ。
コンピューターの急速な進歩ってやつを、まさかデパートの屋上で実感することになるとは思いもしなかった。
……遊んで、みようかな?
あの迫力ある映像を、耳に残る音楽を、動き回る操縦席を、実際にこの身体で体感してみたいと思った。
あのゲームが一回いくらか知らないけど、まさか今の所持金で遊べないほど高くはないだろう。
念のためポケットの中身を確認しているうちに、誰かがゲームを始めたらしい。再び軽快な音楽が流れ出す。
ぼくは小銭を手のひらに移しながら、順番待ちに加わろうと顔を上げ……。
「うあ……」
思わずうめき声が漏れた。
操縦席で興奮のあまり奇声を上げているのは、ぼくの弟だった。
それはもう、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいのはしゃぎっぷりで、ただでさえ目立つゲームだと言うのに、輪をかけて周囲の注目を集めてしまっている。
さすがにこの状況でテレビゲームを遊ぶ勇気は、ぼくには無い。
これだけの観客の前でつたないゲームの腕を披露するのも、今このゲームを遊んでいる変な中学生の身内だと知られるのも、どっちも遠慮したい。
財布をポケットに戻して人混みを離れ、最初の予定通り、外へ向かう。
テレビゲームの電子音が自動ドアに遮られた途端、街の真ん中とは思えない奇妙な静寂に身を包まれた。一月の風はさすがに冷たく、屋内と違って人の姿は無い。
停止したままの乗り物の脇を抜け、フェンスから街の景色を見下ろすと、眼下では車や人々がミニチュアのようにちょこちょこと動きまわっている。
ちょうど駅前ロータリーの一番端から発車したバスは、ぼくの地元へと向かう路線。
もし第一志望の高校に合格することができれば、ぼくは毎日あのバスに乗ることになる……。
その帰り道。
弟は、一ヶ月分のお小遣いと同じ額を例のゲームに使ってしまったことがばれて、残りのお年玉を「お母さん銀行」に没収された。
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