第6話

 夢を見た。

 ドラゴンになる夢だ。

 翼を大きく広げて、広い海原を飛んでいた。風が強く、よく晴れていた。空も海も見渡す限りに青色が広がり、たなびく雲の流れは速い。冷えた風には寒さを感じるが、何もかもがよく見える。雲の隙間から飛び来たる、翼ある異形の影どもを見逃すこともない。

 こんな日が好きだった。

 狩りをするには、最高の日だ。

「来た」

 と、背中の上で誰かが言った。首筋を軽く叩かれる感触。

「数は六。ワイバーンだ、いつもの鉄クズじゃない。幻獣を出してきたな」

 いいだろう、と、俺は思う。

 鉄クズどもの相手には飽きている。姿を隠すべき雲は少なく、この状況なら互いに避けようがないし、やつらを逃がすつもりもない。ワイバーンとは、つまり、ただの空飛ぶトカゲどもだ。相手に襲いかかることは知っているが、真に戦うということを知らない。やつらの臓腑には炎がない。

 俺は翼を振るって加速する。

 骨が凍えるような寒さも心地よい。高度を稼ぎながら、すぐに最高速度に到達する。

「行こう」

 と、背中の誰かが言った。言われずとも、そうする。翼ある異形どもの影が近づいてくる。俺は咆哮をあげて、攻撃を開始した。やつらを狩ることは容易い。すでに咆哮を浴びて浮き足立っている。

 やつらは本能で知っている。

 俺がやつらにとって天敵であり、決して敵わない相手であることを。

 万能感ともいうべき、原始的な破壊衝動があった。俺は牙の生え揃った口を大きく開き、喉の奥から湧き上がってくる熱を感じた――そうだ。ドラゴンは炎のブレスを吐く。膨大な熱量が空中に炎の軌跡を描くと、哀れな先頭の一匹が瞬時に焼かれ、落ちていく。馬鹿め。

 その瞬間、首筋にちくりと小さな痛みを感じる。

「スオウ! 無事か?」

 誰かが背中で怒鳴っている。うるさいので首を振った。ただのかすり傷だ。それよりも、いまの痛みの原因を考える。

 気合のあるやつが、俺に肉薄してきたのか。すれ違いざまに爪でも振るったのか。上等だ。俺は急旋回をして、その勇敢な愚か者を探そうとした。異形どもの影は散開しようとしている。その瞬間、何かと交錯したように思った。その姿を捉えきれないほど素早い。

 もう一度、今度はさらに強く、首筋への衝撃。突き刺されたような痛み。寒気を感じた。

 あり得ない、と俺は思う。

 この空の上においてドラゴンよりも素早く、強力で、狡猾な戦士がいるものか。しかし痛みは再三訪れる。首筋を何かに貫かれた。やけに寒い。俺は思わずうめき声をあげて――


 ――目が覚めると、まず首筋に鋭利な角が突きつけられているのがわかった。

 いつもの寮の部屋の天井、いつものベッドで、しかし窓が開いているのでクソ寒い。そして布団の中には銀髪の少女によく似た生き物がいて、俺にしがみついて寝ている。角が首筋に刺さりかけているのは、そのせいだ。

 俺はその少女のような生き物、つまりユニコーンのサヤを掴んで、引き剥がす必要があった。

 こいつは見た目が少女なので、身体的な成長レベルはせいぜい小学生といったところだが、やっぱり抱きつかれると俺はすごく恥ずかしい。もしも万が一、幻獣を見ることのできるやつがこの寮に他にもいて、見つかったらどうする? それ以上に、このままでは起きられない。

「おい」

 引き剥がしてフローリングの床に転がしてやると、サヤは不満そうな唸り声をあげながら薄く目をあけた。ギ、ギイッ、と、軋むような声が喉から漏れた。寝言のようなものだろう。

「お前、また芹沢の部屋から抜け出してきたな」

 これで三日連続だ。さすがに困る。

 俺の部屋が個室でよかった。緑洋館学園付属、梅花第一寮。場当たり的な改築を繰り返しているオンボロ男子寮だが、部屋数だけはやたら数が多く、生徒の収容には困っていない。

「ギ」

 サヤは目をこすりながら、俺の足元でうずくまるような姿勢をとった。まだ目がじゅうぶんに開いていない。

「芹沢と仲良くしろよ。あいつのところで寝ろって言っただろ」

「ギ」

 芹沢の名を口にすると、サヤは犬歯を剥き出しにした。かなり鋭い。どうやら芹沢に対しては、相当な警戒心を持っているらしい。

 俺はこいつを説得することを諦めた。言葉は通じているような気はするが、それをどのくらい理解して、行動できるのか良くわからない。いちおう俺の言うことには、少しだけ従うような気配もある。

「芹沢に逃がすなって言っとこ。寒いし」

 アクビをしながら、窓を閉める。室内なら半袖のシャツでじゅうぶんな季節だが、窓を開けると寒い。俺はまだ足元でうずくまり、目をこすっているサヤを見つめた。見た目はまさしく人間の少女に違いない。

 だが、俺は根本的なところで、こいつを同じ人間だと思えずにいた。このあたりは直感的なものなので、うまく説明できない。俺にはそうとしか思えない、というだけのことだ。

 芹沢の話を信じるなら、こいつはユニコーンであり、スオウとおなじく『幻獣』と呼ばれる生き物だという。こいつらにはこいつらの法則があり、その中で生きている。あれから三日ほど経過するが、毎日が新しい発見だらけだ。

 そう、たとえば、食事。

 尾形さんがいなくなって気づいたことがある。スオウもサヤも、基本的には食事を必要としないようだ。俺がスオウに与えていたバターサンドクッキーは、本当にただの嗜好品のようなものだったらしい。おそらく。たぶん。――というのは、少し悩んでいる部分もあるからだ。とりあえずそのことについては、今朝は後回しにしておこう。

 とにかく、学校に行く必要がある。

 俺はヘッドボードに置いておいたバターサンドクッキーを手に取り、袋を破って、サヤの方に差し出した。

「ほら、起きろ。俺は学校行く」

 効果は覿面に現れた。サヤは素早く身を起こし、差し出されたクッキーに噛み付いた。貪り食う、という言い方がしっくりくるような勢いで、あっという間に平らげている。

 それから肯定的な唸り声をあげた。

「ウ!」

「スオウと違って、お前は愛想が良くて助かるよ」

 そう、スオウ。

 当面の問題は、すべてあいつのことだ。

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