オレンジ・パープル
18
男が消えてから、カフェテリアの客たちはマジメたちも含めて無事に保護された。
肉体的には無事であっても、精神的には重傷である彼らは、念のためということで病院に搬送され、問題のない者たちは順次自宅に送り届けられることになった。
未成年のマジメたちは軽い事情聴取ののち家へ帰され、その中の一人であるマジメは、自室のテレビの電源を入れていた。
ニュース番組へとチャンネルを変えながら、マジメは自分と同じように家に送られた三人を心配していた。
男が消えて、警察に保護された後も、アヤたちの顔色は悪いままだった。
無理もない。目の前で人が死んだのだ。死線をくぐり抜けてきたマジメであっても、人の死を目の当たりにして少なくないショックを受けたのだから、平和に暮らしていた彼らの衝撃はマジメ以上のものだっただろう。
なんと声をかけ、慰めればいいのかわからなかったマジメは、ただ三人を見送ることしか出来なかった。
人の死を目の当たりにして、マジメも思うところがあった。
きっと、白黒の世界であっても、ああやって人は死ぬのだ。夢だろうと現実だろうと、変わることのない現象の一つ。
黒丸に襲われたとき、ヒイに助けられなかったら、マジメもああして、いや、ナイフで刺されるよりも無惨に死んでいたのだろう。
ニュース番組では、早速今日の事件が取り上げられていた。黄色い立ち入り禁止のテープが貼られたカフェテリアがカメラで映され、レポーターが事件の詳細と被害状況を伝えていた。
犯人はまだ捕まっていないらしい。
ニュースによれば、今も男は逃走しているらしく、マジメたちが遭遇した前にも後にも、同じような殺人事件を起こしたそうだ。その凶悪性から、男の顔写真と実名、更に指名手配されたことまでニュースは伝えている。
この後には警察による記者会見も控えていると、親身にしてくれた若い警官が漏らしていた。
評論家気取りのタレントが、事件の凶悪性と犯人の人間性、更には警察の無能になにやら憤慨しているが、当事者としては冷めた目を送るほかなかった。
あんな人間は、警察であっても手を焼くだろう。
カメラが会見場に移ったが、マジメは続きを見るつもりはなく、テレビの電源を落とした。
事件の後で食欲がないためまだ食べていないが、もう眠るつもりだ。
今日は酷く疲れた。しかし、眠った後もまた、命のやりとりをしなければいけないことを思い出した。
こんなにも疲れる日は初めてだった。
時計を見ればまだ午後十時だ。白黒の世界に行くにはまだ余裕がある。少しでも体を休めようと目を瞑っているうちに、いつの間にかマジメは穏やかな寝息を立てていた。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
顔を青くしていたアヤたちは大丈夫だろうか。
ふわふわと漂う意識の奥で、ふと記憶が瞬いた。
きっと、人が死ぬところなんて初めて見たに違いない。ショックは大きかったはずだ。
多分、二人の先輩は大丈夫だろう。マジメは、震えながらもユギとアヤを守ろうとしていたササキを思い出していた。
問題はアヤだ。自分はろくに慰めることも出来なかった。ササキたちが代わりに支えてくれているだろうが、心配なもの心配なのだ。
天才だといっても、マジメと同い年の少女でしかない。人死なんて初めて見たはずだ。
わがままで、子供っぽくて、どんなに頭が良くても、マジメと同い年の女の子でしかない。
たゆたう意識はゆっくりと浮上する。
ごつごつと固く、肌に食い込む感覚にマジメの意識は覚醒した。
しかし何故か頭部だけが柔らかい枕に包まれている。
ベッドで寝たにしては背中が痛い。確かに硬いマットレスではあるが寝苦しいほどではないはずだ。それに、常用している枕もこんなに柔らかくはない。
それに、この香り。すぅっと寝入ってしまいそうな優しい匂いに、目覚めたはずのマジメは再び意識が遠ざかっていくのをおぼろげながらに感じた。
「小田原くん、ねえ小田原くん? あれ、起きたと思ったんだけど……」
心地良い枕がくすぐったそうに身じろぎして、マジメは眠れないと枕を両手で押さえた。厚みはないながらも弾力のある感触はやはり覚えがなく、人肌ほどに暖かい枕の魔力はそれはもうもの凄いものであった。
「わわっ、うぅ……くすぐったい。やっぱり膝枕なんてするんじゃなかったかなぁ……でも、小田原くん気持ち良さそう」
ぽつりと呟いた言葉はやけに大きく響いて、眠りに落ちかけていたマジメの耳にも届いた。
膝枕、という言葉を聞いて瞼をこじ開けたマジメが見たのは、羞恥に頬を赤くしながら、困ったような笑顔で見下ろすヒイだった。
視線が混じり合い、ヒイの笑顔が真っ赤に染まった。それと同時に、マジメは半ば転がるように飛び起きて、ヒイの膝から頭をどかすとこのときばかりは憚らずに叫んだ。
「なっ、何してんだ!」
心臓に悪い、と続けたマジメに、ヒイは赤みの取れない頬に微笑を浮かべた。
「その……寝苦しそうだったから、つい」
気遣いたっぷりに言われてしまえば、不用心だと叱ることも出来なくなってしまう。言葉に詰まったマジメは、唸りながら後頭部を掻き回した。
その後頭部は、ついさっきまでヒイの膝に乗っていたんだよな、とつい視線が彼女の太腿に吸い寄せられて、慌てて目を逸らした。
二人ともすっかり黙ってしまったせいで、居心地の悪い気まずさが残った。
恥ずかしくてヒイに顔を向けられず、真っ黒な空を見上げていたマジメは耐え切れずに叫んだ。
気まずいのは似合わない。どうせなら、笑っていてほしい。
「あー! もうやめやめっ! こういう気まずいのはナシ! 膝枕してくれてありがとう!」
やけっぱちになりながら叫んだが、そのせいで顔を見せることは出来ない。
一向にヒイを見ないマジメだったが、背中を向けた彼の耳が真っ赤になっているところを見る限り、相当な勇気を振り絞って叫んだのだろう。妙なことを口走ったのも、和ませるために違いない。
だからこそ、
「ううん、どういたしまして」
お礼を言うのはこっちの方だ、とヒイはマジメの心遣いに感謝した。
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