15
中身ずっしり、味ごっちゃり、なメロンパンは非常に食べづらく、ジャムがこぼれないように四苦八苦しながら食べ終わる頃にはササキとユギの二人も食べ終わっていて、隣のアヤなどは退屈そうにあくぴまでしていた。
「それで、どんな話が?」
眠たげにあくびを漏らしていたアヤが、唐突に切り出した。なんのこっちゃとマジメは首を傾げるが、ササキとユギは互いに顔を見合わせてわずかに驚いた様子だった。
不思議そうな顔を浮かべているマジメに気づき、アヤはあくびを噛み殺しながら苦笑した。
「たった数時間話しただけの後輩をお昼に誘うなんて早々ないだろう? そもそもそれほど仲良くなっていないんだし」
「それは確かにそうだな」
頷き、マジメはお茶を飲んだ。
二人の話が終わったと見たユギは、音を立てないように立ち上がると口を開いた。
「それで話なんだけれど、実は頼みたいことが……」
「まぁ待て由木くん。ここは部長たる私が話そう。これも部長の責務だからな」
おや、と意外そうにササキを見やったアヤと同じく、マジメも意外に思った。
今までの行動からしてすべて唯一の部員に丸投げしてもおかしくはない印象だったのだが、部長という自覚はあるらしく、責任感も持ち合わせているようであった。
立ち上がったユギを座らせると、今度はササキが立ち上がり、腰に両手を当てわずかに胸を張ると、堂々と言い放った。
「我が部活に入れ!」
その堂々たる叫びに目を丸くしたマジメは、対面で頭を抱えてしまったユギの姿を見つけた。それと同時に、隣のアヤから腕を引かれるままに立ち上がると、そのまま引っ張られていく。
アヤの向かう先は部室の引き戸だった。
「うわー! 待ってくれ後輩たちよ! ちょっと言葉が先走ってしまったんだぁ! 頼む、どうか帰らないでくれ! リテイクさせてくれぇ!」
慌てて駆け寄ってきたササキがそう叫びながら引き戸にとりついて二人を行かせまいとした。その必死さに偽りはないように見えるが、アヤは言葉のナイフを取り出した。
「バカで間抜けだとは思っていたけど、流石に立場を盾にすることはないと思ってたのに……失望したよ」
ぐさり。そんな擬音が聞こえたような気がして、蝉のように引き戸にくっついていたササキが崩れ落ちた。
「違うんだ……違うんだ」
そうぶつぶつと繰り返し呟きながら幽鬼のように立ち上がると、部室の隅で膝を抱えて座り込んでしまった。
入れ替わりに、ユギがマジメたちの前に立って頭を下げた。
「ごめんなさいね。梓、気合いをいれるといっつもこうなっちゃうの」
「そのようだね。それで、どんな話だい?」
しれっと話の先を促す辺り、ササキがああなるとわかっていて言葉のナイフを突き刺したようである。こいつ鬼か、とマジメがわずかに体を引くのも無理はない。
ユギの言葉に、二人はひとまず腰を落ち着けることにした。
壁際ではユギがササキを慰めながら新しい茶葉に入れ替えている。
ことり、と置かれた湯飲みを両手で包みながら、ユギが口を開いた。
「実は、私たち謎部の活動に参加してもらえないかなって」
「謎部の活動……ですか? 何をするつもりで?」
「今回は簡単な学外清掃なんだけど、文化部全体でのボランティアなの。部活動ごとに場所が割り振られていて、もちろん私たちも清掃に参加するのだけれど……」
「そこから先は私に任せてもらおう……」
声に覇気がなく、鼻を赤くして落ち込んでいる様子のササキがそれでも部長としての責務を果たそうと空席に腰を下ろした。
ちらちらとアヤに怯えた視線を向けているところを見るとまだまだダメージは抜けていないようである。
「ありていに言ってしまえば人手が足りないのだ。私たちの持ち場は河川敷なのだが、見ての通り謎部は現在二人だけだ。いくつかの部活が共に清掃するとはいえ、所詮文化部、数など知れている。だから一人でも多く生徒を集めようと、河川敷担当の部活で話し合ったのだ」
「その結果、他の部活、もしくは部活に入っていない生徒を助っ人にしようって話になったの」
「ふぅん。合計人数はどれくらい?」
「私たちを含めて六人よ。本当は割り振られる部活がもっと多いはずだったんだけど、直前になっていくつかの部活が廃部になっちゃって……しかもその部活がことごとく河川敷清掃に割り振られていた部活で……」
重々しくため息を吐くと、ユギは疲れたように肩を落とした。
確かに、だだっ広い河川敷をたったの六人で掃除するなんて、日が暮れても終わらないであろうことは容易に想像出来る。そもそも六人のうち、真面目に清掃をしようと考える生徒はどれほどいるのだろうか。こうしてマジメたちにお願いしているササキたちくらいしかいないのではなかろうか。
特に予定のないマジメとしては手伝うこともやぶさかではない。
「俺、手伝いますよ。どうせ暇ですから」
「ほんと……」
「本当かい!? ああ! ありがとう小田原くん! これで我が部も救われる!」
「部が救われるってどういうことかな、部長さん。まだ説明してないこともあるみたいだけど?」
笑顔でアヤがそう言うと、ササキはびくりと肩を震わせた。
「あ、ああ、すまない。気がはやってしまった。ごほん。実はだな。この清掃活動に参加しないとこの謎部が廃部になってしまうのだ」
「顧問の先生はちゃんと在籍してくださっているのだけれど、部員が三人しかいないから……」
ササキの言葉を引き継いでユギがそう続けた。
「部員が三人? もうひとり部員がいるんですか?」
「ああ、ちゃんといるよ。我が謎部の副部長がな。ただ、事情があって彼女は学校に来れないのだ」
残念そうに言うササキを見たアヤが頷いた。
「なるほどね。部活が創設されてから一度も姿を現したことがない副部長、というのは、この謎部にいたのか……」
「あら、常磐さんはこの高校の七不思議を知っているのね」
「もちろん。自分が通う学校だからね」
微笑み合うアヤとユギに置いていかれたマジメはさっぱりわからず、困惑していた。
「ハジメくんは七不思議って聞いたことはないかい?」
「七不思議? 放課後、誰もいないはずの音楽室のピアノが勝手に鳴る、とかだよな?」
「うん、それだ。その中の一つに、正体不明の副部長って不思議があってね。三年間もの間、ずっと副部長の席は埋まっているのに該当する部員がいない部活、というものがあったんだ」
「ああ、なるほど。それがこの謎部なのか……」
確認するようにササキを見やると、彼は何故か険しい顔つきで重々しく頷いた。
「こーら、無駄に深刻そうな話にしないの。その癖直しなさいって言ってるでしょう?」
「おうふっ」
「あの子が学校に来れない理由があるのだけど、本人のいないところでは話せないの。ごめんなさいね」
ユギのチョップに呻いたササキは、どことなく嬉しそうな顔をしていた。
「それで、どうかしら? たいしたことは出来ないけれど、お礼はちゃんとするから良かったら手伝ってほしいな」
お願いっ! と両手を合わせるユギと、同じポーズながら偉そうに胸を張るササキに、マジメとしては引き受けても構わなかった。アヤはどうなのかわからないが、思案顔を浮かべていることから、手伝うか迷っているのだろう。後押しになればとマジメは先に口を開いた。
「さっきも言いましたけど、俺手伝いますよ」
「本当? ありがとね」
「うむ、流石小田原くんだ。心優しいキミにはいつでも我らが謎部の部員になることを許可しよう!」
今にも小躍りしそうなササキはマジメの手をとるとそんなことを言った。いつでも歓迎! と言われても、あまり嬉しくないから不思議だ。
ササキに手を握られながらぶんぶんと上下に振られていると、ふとササキの動きが止まった。怯えたように後ずさるササキの視線を辿ると、アヤがユギに手伝う意志があることを伝えていた。
「二人とも手伝ってくれるのね? 本当にありがとう。お掃除が終わったらしっかりとお礼させてもらうわね。梓が」
「私がか!? いや、部長たる私が客人に礼の一つもしないのはおかしいな。よし、清掃後の食事は任せてくれ! 一人千円以内で奢ろうではないか!」
「梓の言葉は気にせず、好きなだけ食べてくれていいからね」
にっこり。その微笑みはまるで悪魔のようだった。
微笑むユギの隣でササキが驚愕と共に抗議しているが、そこに笑顔のアヤも加わって完全に泣き出す手前だった。
そのあと、ササキを散々にいじって満足したユギとアヤの二人は、男子二人を放置してボランティアに関する詳細な話をしていた。それをしっかりと聞き取りながも、マジメは、哀れみの視線を机に突っ伏したササキに向けることを止められずにいた。可哀想だ、とは思うが、ドエス二人組を止められる自信はないし、巻き込まれでもしたら目も当てられない。
いつも通り、マジメは傍観していた。
きゃぴきゃぴと楽しげに話す二人に置いていかれたマジメは、手持ち無沙汰になってとりあえずお茶を啜った。
そういえば昼休みはまだあるのだろうか。気になったマジメが時計を見ると同時に、昼休み終了のチャイムが鳴った。
「あ……っと、時間だね。続きは放課後にでも聞くよ」
「そうしてくれると助かるわ。どうせならお茶しながら話さない?」
「おお、それはいいね。授業が終わったらまたここにくるよ南さん」
「ええ、また後でね彩ちゃん」
「なんか仲良くなってるな……」
いつ名前を呼び合う仲になったのだろう。マジメが聞いていた限りでは、そんな会話はなかった。
「……じゃあ、部長さん。俺も戻りますね」
楽しげなユギたちを見て、ちょっとだけ寂しくなったマジメは背中に雲を背負ったササキに声を掛けてから部室を後にした。
その一言に救われたササキが何かとマジメに構うようになるのはまた別の話である。
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