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「やっぱりそうだったのか! 以前部室に来たときから怪しいとは思っていたが、やはり私の目は正しかったのだ!」


 一体なんのこっちゃと振り返ってみれば、見覚えのある顔がなにやらキメポーズのようなものをとっていた。


 片手で両目を覆い隠し、指を開く。残った腕は大きく開き、上体を後ろに逸らせばササキ流キメポーズの完成である。


 マジメは非常にしょっぱいものを口にしたときのような顔になった。きっと隣ではアヤも同じような顔になっているに違いない。そう思って横目で見ると、彼女はうつむいて肩を震わせていた。


 確かに面白いが、それは自分と無関係のところでササキを見ていると面白いのであって、自分が渦中にいるとなるとまったくもって笑えない。しかしアヤはいまにも座り込みそうなほど笑っているし、ササキは周囲の奇異の目も気にせず未だにキメポーズのままだ。


 いっそ逃げ出してどこか人のいない教室の隅で頭を抱えていたほうがいろいろと楽なんだろうな、と遠い目のマジメはササキの背後に見覚えのある顔を見つけた。


「んもう、梓ったら。またそんな恥ずかしいことして……あら?」


 そうこうしているうちに、ササキを探しにきたユギに発見されてしまい、二人はちょうど良いからと部室に招かれたのだった。

 見慣れない資料室に入ったマジメは、例の緊迫感を覚えた。どうにもなれないこの部屋は、やはり体感的には狭く感じられる。


 閉め切られたカーテンをユギが開けに行き、ササキが湯沸かし器のスイッチを押した。


「さて、ようこそ。我が、世界征服の方法を考える会へ」

「こら梓、違うでしょ?」

「だが由木くん、私は納得していないのだよ。そもそもなんだね謎研究部とは。部活の目的がさっぱりわからないじゃないか!」


 この部活の設立者はササキだと聞いていたのだが、名付け親は違うらしい。


 確かにこの名前では入部希望者なんていないだろう。興味本意で見にくる生徒はいそうだが、それではただの見せものである。


「梓こそ、何よ世界平和のために世界の謎を解き明かす佐々木梓とその他プラスアルファの団。略してSSS団って。バカじゃないの?」

「なんだとぅ!」


 やいのやいのと口喧嘩を初めて二人に放置された形になったマジメたちは、とりあえず目の前の椅子に座ることにした。


 正直、あまり関わりたくない。ならば今のうちに逃げてしまえばいいとも思うがそれだと後が怖い。なので我関せずを貫くつもりである。


 一方、アヤは電気ポットの沸騰ランプがついたのを見て、勝手に茶葉や急須を使い、お茶を入れはじめた。もはや彼女を止めることすら諦めて、そんなことも出来るんだなぁと感心していたマジメの前に湯飲みが置かれた。


 礼を言いながら弁当箱を開けると、隣のアヤも同じように小さな弁当箱を開けて箸を伸ばしていた。


「バカ! 由木くんのバカバカ! バカって言う方がバカなんだぞこのバカ!」

「バカって言った方がバカなら梓の方がバカよ! このアホ! マヌケ! オタンコナス! 格好つけ! 中二病!」

「な、なんと……」


 子供じみた喧嘩に発展した先輩二人を眺めながら、マジメはため息を吐いた。隣ではアヤが食事を進めているし、きっと先輩方も昼食はまだだろう。一緒に食べるために誘ったと考える方が、関係性の薄い自分たちには妥当だ。


 仕方なく、本当に仕方なく、マジメは喧嘩を止めることにした。目の前で喧嘩されながら昼食を取れるほど図太くはないし、このまま放置して二人の間に亀裂が走ってしまったら嫌だ。


 しかし立ち上がろうとしたマジメをアヤが止めた。


「常磐?」

「大丈夫だよハジメくん。二人は本気で喧嘩をしているわけじゃないよ。お互いの不満をぶつけ合っているだけさ。そうでもなかったら、あんな子供じみた喧嘩にはならないよ」

「それは……確かに」

「ある種の友情の証、といったところかな。気をつかう必要のない関係は憧れるよ」


 そう言いながらアヤは小さな卵焼きを口に入れた。


「気を使う必要のない関係かぁ……」


 もとより友人の少ないマジメには、そんな友人はいない。だが、憧れる気持ちはわかるつもりでいた。


 アヤとは軽口を叩き合える関係で、ヒイとは背中を預け合う関係。数少ない友人の二人がどちらも女性というところに何も感じないわけではないが、今の友人関係でも満足していた。


 だけども、気の置けない男の友人という関係も、憧れている。


 流石に昼食に誘ってくれた先輩の手前、弁当に箸を突っ込むことに躊躇いを覚えていたマジメは二人の喧嘩が終わるまで見守ることにした。というか、既に隣で咀嚼しているアヤがいるのだが、彼女はどんなときでも自由奔放なので仕方がない。


 幼稚な罵倒で激しく言い合う二人の横顔をしばらく眺めていると、どことなく痴話喧嘩に見えてきた。その想像も、おそらく間違ってはいないだろう。


 一通り罵り合って語彙が尽きたのか、息を切らせた二人が互いにそっぽを向きながら目の前の椅子に座った。心なしか、ササキの方が息切れの度合いが酷いように見えるのだが気のせいだろうか。ひょろ長い外見からして体育会系ではないことは明白だが、それにしても体力がない。対してユギはといえば息は切らせているものの、少し休めば治るような軽さである。


「……ふぅ。そんなに私のことバカだって言うならお弁当あげないから」

「はぁ、はぁ、バカにするな。たかが昼食を抜いたところでどうにかなるものか……」


 息を整えたユギがカバンから出した二つの弁当箱を机に置くと、そのどちらも開けて一人で食べ始めてしまった。一つはササキの分だったことは今の会話からわかるが、当の本人は意地を張って弁当を見まいとしていた。


「あ、小田原くん。その唐揚げ貰えるかしら? 私のおかずは好きに持っていってくれてかまわないわ」

「はぁ、じゃあこの春巻きでも貰いますね」

「あ、ハジメくん私も唐揚げほしいな。このミニトマト以外は持っていっちゃダメだからね」

「お前ね……」


 和気藹々とおかずの交換を始めたマジメとユギ、そしてアヤの三人はもはやササキをいないものとして扱っていた。いや、マジメだけはちらちらと視線を向けているが、女子二人は完全に無視だ。


 と、そのときだった。


 いくら本人が意地を張ったところで、目の前で楽しそうに食事をされては腹の虫も鳴くというものである。


 部室中に響いたササキの腹の虫は、本人の意志とは関係なく鳴き始めた。


 赤っ恥をかいたササキは耳まで真っ赤にして机に突っ伏した。


「こ、これは声帯模写だ! 腹の虫のな!」


 説得力皆無の言い訳に呆れ返ったユギは、とっとと弁当箱を空にしてしまおうと箸を往復させる速度を上げた。


 彼女としては、一言謝罪の言葉を口にしてくれればそれで許すつもりであった。いつもなら昼食抜きを突きつけると素直に謝ったし、今回もそれで決着がつくだろうと思っていたのだが、


「後輩がいるからって格好つけちゃって……」


 ササキにだけ聞こえるように呟くと、彼は突っ伏したままびくりと肩を震わせた。


 図星のようである。


 ササキの気持ちはわからなくもない。久方ぶりに部室に訪れた後輩に格好良いところを見せれば部員が増えるかもしれない。その上、ポスターで失敗した分を取り戻そうとしているのは長い付き合いでわかる。だが、何もこんなことで意地を張らなくても、とササキを見やった。


 そもそも、その後輩の前でみっともなく口喧嘩を繰り広げたのである。威厳もなにもない。


 と、ユギは思っているのだが、どうやらササキにはその考えまで至らなかったらしい。


 一つため息をこぼして、ユギはほとんど手をつけていない方の弁当箱をササキの前に置いた。


「ほら、梓。お昼休みも終わっちゃうから早く食べて」

「む……うむ、いただこう。その、すまなかった由木くん」

「ええ、私も言い過ぎたわ。ごめんね梓」


 それっきり、二人は喋らなくなってしまったが、仲違いされているよりはずっと良い。雰囲気も穏やかになったし、なによりやっと落ち着いて昼食をとれる。


 気を揉む必要のなくなったマジメは先ほどよりも早いスピードで咀嚼を繰り返すと、あっという間に弁当を空にしてしまった。


 弁当箱を片付けて、湯気の立つお茶を啜った。ちらと隣を見ると、アヤがメロンパンをかじっていた。


 そういえば忘れていた、と同じようにメロンパンをかじり出したマジメは、思わずパンを取り落としそうになるほど驚愕した。


 三種類のジャムが、お互いを邪魔しあっているのだ。


 自己主張の激しいジャムたちは混ざり合うどころかそれぞれの味を際立たせ、溶け合うことなくまさにジャムを同時に食べたような味だった。そこにハチミツと生クリームの素晴らしいコラボレーションが組み合わさると、今度は生クリームの激しい自己主張によってハチミツは瞬く間に飲み込まれてしまうのであった。


 つまり、あまり美味しくないのである。


 苦労して手に入れた戦利品がこんなにも大味で残念な代物だとは思いもしなかった。


 アヤの横顔も、どことなく無表情に見えるし、彼女も美味しいとは思っていないのだろう。


 ご馳走を期待して蓋を開けたら、湯気の立つお粥が出てきたような、そんな残念な気持ちになった。

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