第15話 一ノ瀬優貴 彼の想いに、なんと応えれば

一ノ瀬優貴 彼の想いに、なんと応えれば

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 世界というのは、自分がねじを回さなければ動かないものだと思っていた。そんなことを考えていたのはいつ頃のことだっただろう。朝がやってきたから自分が起きるのではなく、自分が起きたから、朝がそこにある。なんて、くだらないことを頭のどこかで考えていたこともあったような気がする。

 しかし、そんなことはまったくない。別に自分が起きなくても朝はやってくるし、自分が天動説をかたく信じ、神が、超高度な知的生命体が人間を創造なされたのだと信じ、それが世界の常識だったとしても、地球は太陽を中心に回り続けるのだ。惑星は太陽をひとつの焦点とする楕円軌道を描いているのだ。そんなこと、わかりきっていたはずなのに。

 自分がタイミングを計って、警察に出頭する。それだけでこの一件は終わりかと思っていた。もちろん、嫌ではない、といえば嘘になるが、一番嫌であったのは自分が警察に出頭し、長い間塀の中で生活することではなかった。まず第一に、〝自分で決着がつけられなかったこと〟だ。自分ができるだけ何事も起きないように気をまわしていたつもりだった。しかし、自分がどれだけ努力したかの過程に意味はなく、結果としては最悪の事態を迎えてしまった。自分の最愛の人物が、殺人者になってしまうという結果が。

 こんな出来事があった後であっても、一之瀬の考えは慢心に向いてしまった。

 〝自分が自首してしまえば、この一件は、まだ、丸く収まる〟と。

 自分が動かなければ、この一件は動くことのないものだと、思っていた。いや、思っていたわけではない。確信していたのだ。太古から伝わる常識のように。それが当然のことであるように。信じきり、疑うようなことは一切しなかった。

 しかし、その幻想はあっさりと破られる。事件は、一之瀬が予想していた方向より遥かあさっての方向を向き、進み始めていた。そして、一之瀬がそのことに気付いたときにはもう、進路を変えることも、速度を弱めることすら叶わない状況だった。

 世界というのは、自分がねじを回さなくても、回っていくものなのだ。

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