Attack~空振りに終わらない~

 ――どうしてこうなったんだっけ。

 中華麺に舌鼓を打っていた自分をぶん殴りたかった。ジョンをぶちのめした罰が当たったのか。

 いまフレデリカはガーニーの助手席に押し込められている。サイファーの所有している大型のもので、六人くらい平気で乗れる。とはいえ後部座席はほとんど物置状態だが。後ろにヘンリエッタとサイファーが並んで窮屈そうにしている。ハンドルを握っているのは――ジョン・ドゥであった。

 あのあと中華街から帰って五時間の仮眠を終えると、瞬く間に荒事への準備が始まったのだ。目を白黒させて戸惑った。中華麺をたくさんおかわりしている内に、その裏で荒事の準備を押し進めていたとは。

 就寝する前にサイファーが手配したのか、起床した瞬間に武器・弾薬で満杯の木箱とご対面する羽目になった。ガーニーに乗り込むまでにも色々とあったのだが。

 それらは厳選され半分が返され、必要なものだけが最後尾に詰められた。たぶん銃弾の一発でも撃ち込まれたら、このガーニーは確実に爆発炎上するだろう。ダイナマイトまで積んでいるのだから。

「道はこっちで合ってるのか?」

「ただいま近道を全力疾走中だ。良いガーニーはやっぱりいいねえ。加速が全然違う」

 ハンドルを握ってアクセルべた踏みのまま、重武装のジョンはケラケラと笑って答える。その武装内訳はモンドラゴン自動小銃にウィンチェスターM1912ポンプ・アクション散弾銃、そしてアーカム45二挺であった。さらに最後尾の物置には穴倉で手に入れた二振りの倭刀が鎮座している。

 まだ明け方のロンドンを大型蒸気四輪車がタイヤを盛大に横滑りさせながら、無鉄砲なまでのハンドル操作と奇跡的な幸運か、一度も事故は起こっていない。だが常にハラハラさせられるのはジョン以外の三人なのだ。

「も、もう少しゆっくり走りませんか?」

「チンタラ走っていたら気づかれるだろォ!?」

「猛スピードで走っているほうが気づかれるんじゃないかな……?」

「こんなんで新しい支部を潰せるのかねえ。敵さんは大勢いると思うんだが」

「バカ野郎! 俺様は勝つぞ! 勝つんだよ!」

 そしてガーニーは大きなビルを目の前にした。モルタルと鉄筋で作られた無機質で殺風景なものだ。ただ、極限まで無駄を排した近代的な印象も与えるのだが。どちらにせよ伏魔殿にはおあつらえ向きと言えそうだが。

 ジョンはブレーキを一切かけなかった。アクセルから足を離すことすらしない。

 器用にハンドルを握ったまま両手にアーカム45を持った。45LongColtを長さを変えずに自動拳銃用のリムレス実包に変えた45AutomaticLongPistol弾を使うM1911の模倣品だ。その関係で強度を上げる必要があったのか、もとの銃より一回りも大きい。なのにジョンは器用にハンドルを握りながら二挺を握りしめている。

「ああムネデリカちゃん、シートベルトは外しておけよ。

「…………えっ、それは」

「いいか? 俺様は突っ込むって言ってるんだ。突っ込むって言ってるんだよ!」

「ああ、もぅ!」

 言われるがままシートベルトを外した。両手に二挺を構えなおす。

 サイファーもジョンが何をしようとしているのかを察する。眉間を押さえながら後ろから大口径散弾銃を引っ張り出す。その口径――驚くべきことに八ケージだ。大型の猛獣でも引き裂けるほどの威力がある。ヨーロッパからはるかに南の新大陸調査の際、獰猛なネコ科の猛獣や暑い皮膚を持つ像やサイを相手取るために作られたものだ。それをサイファーは表では言えないルートで手に入れていた。

 フロント・ガラスに銃口を向ける。ジョンとフレデリカは顔を背けた。

 発砲した瞬間、ガラスは跡形もなくなった。散弾はそれだけに留まらず、玄関のガラスにさえ食い込んだ。透明なガラスに蜘蛛の巣めいたヒビが入り、一瞬で真っ白になる。

「これで満足かい?」

「あー最高だよォ!」

 ビルの前は騒然となった。あわててバリケードを設置し始めたり、ブローニング機関銃を銃座とするなど対策を行っている。だが準備を終える前に爆轟がすべてを断ち切った。点火済みのダイナマイトを投げたのはヘンリエッタであった。窓を開けて放ったというアウェイにもかかわらず見事に集団の真ん中へ投げ込んで見せたのだ。

「やるじゃねえかァ! 掴まってろよォ!!」

 ガーニーは入り口の柱に激突し、急停止した。

 シートベルトを締めてなかったフレデリカとジョンは投げ出された。だが、それこそが狙いであった。入り口の扉はダイナマイトで吹っ飛んでいたから、あとは慣性によってエントランス・ホールに放り出される。

 背中合わせになるように二人は二挺拳銃を構えた状態で宙を舞っている。

 ――承認要請を確認。

 ――基底時間から上位時間へとシフトします。

 フレデリカの視界は明瞭になり、何もかもが遅延する。舞うガラスの破片も、コンクリートの破片も、エントランス・ホールに大挙していた構成員の驚いた顔も、何もかもがゆっくりとした動きになっていた。

 そのままフル・オートで撃ちまくる。とは言え毎分一〇〇〇発の連射も単射に等しいほどだ。スライドが後退し、起きたままになるはずの撃鉄が倒れる瞬間まではっきりとわかる。

 それでタイミングを読んで照準を合わせれば、発砲と同時に血煙が舞うことになる。

 ――百発百中の拳銃によるフル・オート射撃。

 この凄まじい不可能同然の神業はフレデリカの手によって遂げられた。

 ジョンはかなり外してしまっていた。無理もない話だが、それでも十人以上は仕留めていたらしい。

 撃ちかけられた銃火は思っていた以上に少ない。遮蔽物は死なない肉の壁がある。自分よりも二〇センチくらい背が高いおかげで流れ弾も飛んでこない。

「でッ! どュグふふッ!」

 奇怪な声と奇妙な動きは立て続けに撃ち込まれた機関銃の弾丸が原因だろう。

 瞬く間にジョンの身体はハチの巣になった。鮮血と肉片が飛び散り、奇怪な地図を大理石の床に描く。

 それでも倒れることはない。おそらくは脳天を吹っ飛ばされようとも。

 見よ、射入孔は瞬く間に塞がっていき、弾丸は絞り出されるように抜け出ていく。アーカム45を仕舞い込むと、背中からモンドラゴン自動小銃を構える。メキシコがスイスのシグ社に発注して製作したものだが、発注側のキャンセルにより採用を見送られた不遇の自動小銃だ。

 すでに相当数がアーカムに流れ、技術だけは一級品の技術者によって模倣品が作られている。サイファーが持っていたのは純正のシグ社製をホーレスによって改造させたものだ。銃床がサム・ホール・タイプである時点でもはや原形は留めていない。狙撃用にスコープが取り付けられている。

「お返しだァ!」

 ボルト・アクション方式とは一線を画する連射で次々と構成員に弾丸を送り届ける。スコープの零点補正は一五〇メートル前後で行われていたが、そんなことなどお構いなしの命中率だ。おそらく最初の一発で十字線クロス・ヘアのズレを体幹で覚え、あとは勘で照準を修正しているのだろう。常識外れの射撃術としか言いようがない。

 モンドラゴン自動小銃の銃声に交じって『Howler In The Moon』の砲声が聞こえてきた。

 肉片と血煙を生じさせながら上半身が吹っ飛んだ。

「何やってんだ、僕の分も残しておいてくれよ」

 左手で納刀したままの野太刀を担ぐように持ち、規格外の巨銃を軽々と右手一本で構えたサイファーがいた。二メートルを超える巨躯に長大な野太刀と規格外の巨銃はよく合う。銃口から立ち上る硝煙を吹き消しもせず、二階のほうへと照準する。

 マンリッヒャーM1895を構えていた構成員が柵ごと粉砕された。血に染まった大理石が降ってくる。

「こっちだ!」

「機関銃を持ってこい!」

 また二〇人以上もの大所帯が雪崩込もうとしている。

 そこに火のついたダイナマイトが三つも投げ込まれた。

 建物全体が激しく揺れた。崩れ出さなかったのは、もはや奇跡的と言うほかない。

「やり過ぎたかな?」

「ン、一番やり過ぎてると思うぞ」

「派手にやるじゃねえかァ!」

 大きな包みを背負いながらダイナマイトを三本も投げたのはヘンリエッタだった。

 つかつかとフレデリカに近寄ると、包みを手渡した。

「ほら、忘れものだ」

「……本当はちゃんと持って降りるつもりだったんですけど」

「そこの頭のネジがグラスゴーまで行った男に台無しにされたというわけか」

 包みを縛る黒革のベルトを外すと、出てきたのは『Song For Fog』であった。サイファーの持つ『Howler In The Moon』と同じ七〇口径もの巨弾を使う大口径狙撃銃だが、その姿は以前とはかなり違う。

 ホーレスから受け取った時のことを思い出す。



 ◆◇◆◇◆



「どんでもないじゃじゃ馬だった」

 息も絶え絶えのホーレスが絞り出すように言った。

 しわの刻まれた顔は血の気に乏しく、異様に巨大な右腕の義肢は傷ついて黒煙を噴いている。全身に刻まれた痛々しい傷跡は正体不明の凶器をよりわからなくさせる。

 カウンターの前に置かれているのは巨大な銃。フレデリカのために作られた稀代の魔銃であった。

「あの鎌は……?」

 帰って来てからサイファーに言われて鎌と『Song For Fog』をホーレスに預けたのだ。

 何か考えがあってのことなのか、と訝しんだが要は改造してもらったらしい。というよりは合体というべきか。

「あの鎌と『Song For Fog』は一つになった。改造には手間取ったが、私にかかればどうということはない。少々、鎌の石にひどく暴れられたよ。旧き神、人界を黄金の眼で見つめる神。夢見るままに待ち続ける狂った神と同じ姿をした、人類の味方である神性。その力は私の権能と相性が悪い」

「黄金の眼、ですか?」

「君の眼とは無縁だ。その眼は“彼方なるもの”に直結している。君に自覚はないだろうが、出来ぬことなど存在しない全能の力にさえ昇華する」

「…………え?」

 思わず近くの鏡を見つめた。黄金の双眸は鏡の中でも変わらぬ色合いであった。この眼にそれだけの力があるということが、ホーレスの冗談としか思えない。普通ではないということは、今までの出来事から知っているのだが。

 瞳の奥で玉虫色の光が煌めいたような気がした。

 思わず顔を鏡に寄せようとする。その前にホーレスの手によって引き離された。

「それ以上はやめておけ」

「目の奥で……なにか……」

「その輝きの源は今の君では直視できん。狂いたくないのであれば、見ることはやめておくことだ。あれこそが『彼方なるもの』であり『全にして一、一にして全』の存在だ。彼のものは脊椎動物でありながら無脊椎動物で、有機物でもあり無機物でもある。気体でも、液体でも、固体でも、現実物質でもあり、エーテル体でもある。この天地の狭間にある森羅万象を観測によって書き換える。遥か彼方の高みから、この基底三次元上における変化を生み出す存在なのだ。この世に起こり得るすべての変化の源であり、その全てを幻にしかねない」

「そんな……」

「恐れることはない。その玉虫色の輝きは君の道を切り開く光明となり得るだろう。いまはそこのじゃじゃ馬を扱うことを第一目標にすればいい」

 フレデリカは新しく生まれ変わった『Song For Fog』を手に取る。

 反動抑制用のマズル・ブレーキは円筒形状のものに改められ、銃身はより強度のあるものに変えられている。改造店の中で一番目を引くのは銃床だ。薄い板金を重ね合わせた実用性など皆無なものだ。これでは発射の反動を受けて、射手の肩へもろに食い込むだろう。

 銃把を握って肩付けする構えをとっていたが、今度は銃身を握り込んだ。まるで長柄武器ポール・ウェポンでも構えるかのように。

 銃床が蠢いたかと思えば、瞬く間に凶悪な大鎌の刃が展開された。

 マズル・ブレーキは石突の代わりを果たすように円筒形状に改められたのだ。

 長大な銃身を柄の代わりに扱っているわけだから、バランスとしてはぐっと刃のあるほうに寄っているはずだ。それをわずかにしか感じないのは、やはりホーレスの人智を超えた妖技術の賜物か。

「感想はどうかね?」

「とても……いい感じです」

「鎌も銃も君のためにあるだろう。見合った使い手になりたまえ」




 ◇◆◇◆◇




「しっかし、親玉が出てくるかと思ったが、当てが外れたかなァ?」

「なんだ、親玉を引きずり出す気だったのか」

「あの穴倉で俺様たちはさんざん暴れまわったよなァ? あそこが本拠地だとしたら、いつまでも長居するわけにはいかねえだろォ?」

「ま、一理あるな」

「誰も出てくるような気配はないけどね」

 エントランスホールでひどく暴れまわった割に、建物の中は異様な静けさに包まれている。また増援が出てきてもおかしくないが、人の気配すら欠片も感じられない。

「どうやら別ルートから逃がそうとしている可能性があるな」

「俺もそう思ったところだァ。また地下から逃げるんかねェ?」

「それはワン・パターンだと思うんですけど……」

 次の瞬間、建物全体がけたたましく揺れた。

 全員が屋上のほうを見上げる。天窓までは吹き抜けで取り囲むようにそれぞれの階層が成り立っている。

 無機質なこのビル唯一の飾り気と言える天窓は一瞬で真っ白にひび割れた。

 振ってくる鋭いガラスの雨など気にせず、ジョンは吹き抜けを三角跳びの要領で飛んでいく。サイファーもヘンリエッタとフレデリカをひょいと担ぎ上げると、同じように飛び上がっていく。

「邪魔だァ!」

 一発の銃弾が天窓を吹っ飛ばす。元からヒビが入っていたのだから、砕け散るのは当然であった。

 四人はほぼ同時に屋上に辿り着く。

 巨大な機影が出迎えた。水平に伸びる主翼は端から端まで二〇メートル以上、頭から尾翼までは一五メートルほど。特徴的なのは主翼の左右に鎮座する圧縮蒸気噴射口だ。ここから高出力の機関で生成された圧縮蒸気を噴射して飛翔するわけだが、油圧式の可動機構によって噴射口は自在に角度を変えることができる。無論、地面と垂直なるように向けておけば、その場で速やかに離陸が可能だ。

 二〇世紀初頭の今において唯一の垂直離着陸汎用戦闘機の名をサイファーは呟いた。

「ブレードオルカまで持ってんのか……」

 風防ガラスは陽光による幻惑防止の化学処理によって外側からは煤けているように見える。おかげで操縦手も乗り込んでいる人員の姿も見えはしない。

 サイファーとフレデリカは銃を構えた。並大抵の装甲であれば余裕で粉砕する七〇口径もの巨弾だ。飛行の要となる圧縮蒸気噴射口に撃ち込めば、ブレードオルカの巨体は呆気なく地に落ちる――そのはずであった。

 けたたましいほどの砲声が連続して聞こえてくるやビル全体を揺るがした。もう一機のブレードオルカがコック・ピット下の武装である三〇ミリ機関砲を掃射しながら接近してきたのだ。個人携行の小銃や据え付けの大口径機関銃など比べ物にならない機関砲は、ビルの重要な柱や鉄筋に至るまで撃ち抜いていく。

「うわぁ!」

「ぬわわっ」

 大きな揺れが一つ、それと同時にビルはゆっくりと傾き始める。

 ブレードオルカはサイファーたち四人を見下ろすように滞空し、人間など跡形もなく粉砕する三〇ミリ機関砲でじっくりと睨み付けている。

 このままでは倒壊に巻き込まれて終わりだ。だが下手に動けば三〇ミリ機関砲の餌食になる。

「ヘンリエッタ、フレデリカを連れて飛び降りれるか?」

「いきなり無茶を言うなぁ……でも、やろうと思えば」

「五秒間だけ掃射を遮ってやる。ヘンリエッタ、どうにかしろ」

「俺様はどうするんだよォ?」

「オフェンス、これだけで充分だよな?」

「へっ、やってやるさァ」

 フレデリカが何か言おうとしたが、ヘンリエッタによって一瞬のうちに抱えあげられた。

 そのまま傾いているせいで急斜面になりつつあるビルの壁面に、ブーツの踵を擦り付けながら滑り下りていく。

 ブレードオルカも黙ってはいない。機関砲がうなりを上げたが、迫りくる弾雨は幾たびも振られる神速の剣閃によってすべてが叩き落される。とはいえ三〇口径七・六二ミリ五〇口径一二・七ミリとはわけが違う。三〇ミリという破格の機関砲弾は弾き続けるのも容易ではない。ゆっくりとだがサイファーは着実に後ろへと追い詰められている。倒壊し始めているビルの屋上という、足場の悪条件も原因か。

「なめてくれるな。これでも『実力行使請負業』の看板掲げてんだ」

 コック・ピットでこちらを睥睨しながら嗤う操縦手に、いつもの不敵な笑みを見せつける。こんなもので自分を殺せると思うな、と言わんばかりに。

 野太刀は刃を黒く染め上げる。一切の光を吸い込む漆黒に身を変えた刃は、サイファーの権能を帯びている。あるゆる一切を、森羅万象を打ち砕く破壊の力を。

 操縦手は叩き付けられた殺気に危機を覚えたのか、一気に機体を上昇させる。油圧式の圧縮蒸気噴射口の可動機構が、急激な動作に悲鳴を上げつつある。その真下を漆黒の剣閃が飛んだ。距離など任意で、進行上の一切を切断する空間切創だ。

 近くのレンガで装飾された煙突が斜めにずれた。

 操縦手は冷や汗を流しただろう。今度機関砲ではない、別の武装の引き金を引く。

 左右の主翼に据え付けられた一二〇ミリ榴弾砲が火を噴いた。

 屋上は爆炎に包まれる。それはフレデリカとヘンリエッタからも見えた。すでに地上に降りているというのに。

「サイファーさん!?」

「容赦なしだな……」

 ヘンリエッタはグルカナイフを抜いた。これだけのことを仕掛けてくるなら、こちらにも増援を差し向けてくるだろう。フレデリカも『Song For Fog』から『All In One』と『One In All』の二挺に持ち替えた。使い慣れたカスタム・ガンは自分の手と同化したように扱える。

 現にこちらに叩き付けられる複数の殺気を感じる。

「ふう、ヤバかった」

 背後からの声に腰を抜かしそうになる。

「サイファーさん!? 大丈夫だったんですか?」

「ン、こいつを盾代わりにして飛び降りた」

 手にした灰色のロング・コートにはわずかに煤がついている。あれで一二〇ミリ榴弾砲の直撃ないし爆風を防いだというのか。破れも傷も存在せず、きちんと着用者の身を守る。超常の産物としか言うほかない。

「頑丈だねえ」

「僕の“力”を混ぜてあるから、多少はな?」

 コートを羽織り直すと、抜刀術の構えをとる。ヘンリエッタとフレデリカも気付くほどの殺気だ、サイファーほどの手練れであれば気付かないわけがない。

「ジョンさんは……?」

 返答は親指で方向を指し示すだけ。後ろに向けられた親指の延長線上に視線を移せば、サイファーに構っている間にブレードオルカはジョンの接近を許してしまっていたようだ。おそらくジョンは二刀流で飛び掛かったに違いない。巨大な機体は回転しながら、死へと真っ逆さまに墜落するだけだった。操縦席の窓に張り付いているジョンは、二刀をガラス越しに操縦手へと突き立てたのだろう。頭が半分吹っ飛んでいるのは、護身用の拳銃ないし軽火器による反撃を食らったのか。

「あの調子なら大丈夫そうですね」

「顔が半分しかなくても驚かなくなってきた。私もおかしくなってきているみたいだね」

「この業界でおかしくならないほうが珍しいんじゃないか?」

「じゃあ隠れている連中を全員殺してから、みんなで揃って帰るというのはどうだい?」

「ン、いいんじゃないか。らしいやり方でさ」

 その言葉を皮切りに増援が躍り出た。

 サイファーは漆黒に染めた刃を振るって空間切創を飛ばす。一瞬で八人近く真っ二つになった。鮮血と臓物が奇怪な絵画を描く。

 ヘンリエッタは奇妙な軌道でスローイング・ダガーを放つ。上空へと放られたダガーはまるで豪雨のように降り注ぐ。それも一本一本に火炎のルーン刻印がしてあったから、一瞬でダガーが刺さったものは火だるまになった。物理法則によらぬ魔導の火炎はいかに転がりまわっても消えることを知らない。

 フレデリカは『Song For Fog』の大鎌を地面に突き立てた。大鎌の刃は機関部のほうにあるから、銃把を掴むには少し前に進む必要がある。そのまま弾丸を撃ったとしても石突のほうから発射されるだけだ。だが装填されているのは空砲だ。大鎌の刃は得物を目の前にして舌なめずりでもするように蠢いている。

 発砲と同時に大鎌は刃鎖に変わり、大蛇の用に石畳を粉砕しながら突き進む。軌道上にいた増援が荒々しく刻まれていく。刃鎖を素早く手繰り寄せて大鎌に戻すと、くるりと身を反転させて石突――すなわち銃口を向けた。大鎌の刃は地面に突き立てて固定する。

 重厚な装甲を施したトラック型の蒸気四輪車ガーニーが猛スピードでやってきた。

「徹甲焼夷弾――いきます」

 石突の役割を果たすマズル・ブレーキから青白い砲火が噴き出した。

 弾丸はボンネットを貫いただけではなく、エンジン部分すら粉々に粉砕したはずだ。ガーニーは爆発炎上し、一瞬で炎に包まれる。生きているものなど誰もいない――そう思った時だ。

「がああぁぁぁぁぁ!!!」

 雄叫びと共にガーニーの運転手が火だるまになりながら躍り出た。同時に背後ですさまじい爆発音がした。熱風が背中を舐める。

 しかし、一歩目を踏み出す前に眉間に倭刀が突き立てられた。というよりは凄まじい速さで放られたというべきか。フレデリカたちの後ろからジョンが口を三日月に歪めてやってきたのだ。完全に倒壊したビルの上ではブレードオルカが炎上している。墜落の末に爆発炎上したのだろう。それに張り付いていたジョンも無事ではなかった。

 パンキッシュなレザー・ジャケットは上下ともに穴だらけだ。それに左足の脛と右足の太もも、左腕前腕と右腕の二の腕にいたっては骨まで露出している。すでに再生を開始しているのだが。

「逃げられちまったなァ……」

「死ぬ思いまでして、おめおめと逃がしました。あーもう、むしろ許せてくるぞ」

「ですけど、あのブレードオルカはビック・ベンのほうに飛んでいきませんでしたか?」

「ビック・ベン? あの蒸気時計スチーム・クロックか」

「……私たちはどこから穴倉に出たっけな?」

 ヘンリエッタの言葉にサイファーは何かに気づいたようだ。フレデリカも同じらしい。

 乗ってきたガーニーはビルの倒壊に巻き込まれて使えない。街を流すガーニー・タクシーを拾うとリッツ・ロンドンにまで帰る。

 部屋に戻って地図を広げた。ロンドンの詳しい縮尺で描かれた非常に大きなものだ。

 フレデリカはペンを用意した。

「あの穴倉で僕たちはここから出た」

 地図の一点に丸を描く。

「どういう道順で行ったか……わかるか?」

「俺様に任せろォ。方向感覚は下手なコンパスよりも正確だぜェ」

 ジョンは何のためらいもなく記憶を頼りに道順をたどっていく。地図の上でどんどん伸びていく線を見て、自分たちが相当の距離を歩んでいたことをフレデリカは改めて実感する。脱出できたことはかなり奇跡的なことではないだろうか。あの穴倉は火だるまにした研究員曰く元から存在したものらしいが。

「あの解析機関と数式機関のあったあたりで止めろ」

「んぅ……? あァ、そういうことかァ」

 ジョンのペンは加速した。サイファーは何らかの予測が立っているのだろう。ジョンもそれを察したらしい。

 フレデリカもヘンリエッタもピンと来なかったが、ペンがある一点で止まり丸を描いた瞬間に揃って『あっ』と声を漏らす。

「ビッグ・ベン……奴らの本拠地はビッグ・ベンだったのか?」

「あの数式機関と解析機関がビッグ・ベンに繋がっているということかい?」

「そんなことをして、一体なんになるというのでしょうか……」

「エドワードの野郎はまともな奴じゃなかったァ。そんなヤツの考えることなんぞ、マトモじゃないって相場が決まっているんだよ」

 フレデリカのみならず全員の脳裏にエドワードの美貌が浮かんだはずだ。というよりは焼き付けられたと言ったほうが正しい。人ならざる美貌に、魔と言っていいさがを内包して、目にしたものは老若男女問わずにとりことなる。

 アレの考えていることなど思い及ばぬ。思案することすら身震いがする。生理的に受け付けないほどの、底知れぬ不気味さが思い出すだけで責め苛んでいく。

「僕だ、サイファー・アンダーソンだ。フィッシャーを出してくれ」

 サイファーはいつの間にか電話をかけていた。

『いきなり連絡をよこして、何の用なんだ?』

「あのフューリアスとメルカバのお披露目はどこでやる気だ?」

『おお、来る気になったのか!? いやぁ、ありがたいなぁ。ビッグ・ベンの時計台をバックにメルカバを広場に飛び降りさせるという形でお披露目を行おうと思っているんだ。きっとご来賓は腰を抜かすぞ。何せ、いつかは我が大英帝国から独立を企もうとしている新大陸企業連のトップたちを軒並み…………』

「待った! …………いま、ビック・ベンと言ったか?」

『そのつもりだ。すでに会場の設営に予約は完璧だが……マズいことでもあったか?』

「技術者が一人、作業所から逃げ出してないか?」

 電話越しのフィッシャーが息を呑んだ。

『……なぜそれを知っている?』

「このロンドンの地下にデカい空洞が入り組んでいるのは?」

『アレの存在も知っているのか!?』

「昨日までその穴倉の中でな。問題はそこを僕らが追ってる件の敵さんが本拠地として使い、さらに逃げ出した技術者を雇って独自にメルカバを完成させている。完全に武装した戦闘用のものをな」

『なんということだ……』

「今さら中止にすると言っても不可能だろうな」

『どうする? 何か案はないか?』

「後手後手の対応になりそうだが、何とかしてみよう。いかんせん、敵さんの思惑がまるでわからん。あのエドワードなにがしというキラキラした美男子が何考えてるかさっぱりわからん。中身は糞溜めそうだが」

『待て、エドワードだと?』

 フィッシャーの声には明らかに、思い当たるフシがあると雄弁に物語っている。

『あの綺麗な子のことなら忘れらん。魔性の美貌だ。ウチの愚息もお世話になった家庭教師が漏らしていたが、帝王学や経済には一切興味を示さずメスメルや精神医学、神秘思想に傾倒していたらしい。そのあと碩学が新たに家庭教師に着いたらしいが……』

「ありがとう。メイザースにも連絡しておく」

『警備にはアルトリウスも着いている。

「うへぇ、最悪だな。ありがとうよ」

 そう言って電話を切った。

「さて、お披露目の日が正念場になりそうだ。覚悟はいいか?」

 無論、全員が頷いた。

 諸々の手配をするべく、サイファーは再度電話のダイヤルを回す。

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