第3話 三者三様

 三人娘が台所で起こす大騒ぎの音が響く、食堂の一角にて。

 審査員として席に着かされたコオヤとレストの二人は、逃げもせず律儀に座り、食事の完成を待っていた。


「ぎにゃー!?」

「はぁ……」


 また一つ、台所から上がった叫び声に、コオヤが溜息を吐く。普段は何とも無いくせに、何で今回に限ってこんなにもポンコツなのか。


「不安かい? まあ、この騒ぎを聞いていれば、無理もないか」

「むしろお前に聞きたいよ、不安じゃないのか。これじゃあ、食事と呼べるものが出てくるかさえ怪しいぜ」


 しれっとした顔でコップに注がれた水を飲むレストに、ジト目を向ける。

 叫びや足音だけならばまだしも、爆発音までするのだ。これで不安にならない方がどうかしている。


「ははは。所詮はお遊びだ、万事楽しむが吉だよ。それに彼女等とて料理下手な訳ではない、流石にそこまで酷い物は出てこないさ」

「……それは楽観的な考えだと思うぜ。こういう時出てくる物は、決まって過ぎた毒物だってのが定番だ」


 十七年、現代日本で生活して来たコオヤは、それなりに漫画やアニメも見た事がある。

 そこで必ずと言っていい程描かれていた、『お料理シーン』の定番の光景が、彼の脳内で走馬灯のようにフラッシュバックを繰り返していた。

 いや、所詮は空想上の産物だ、と振り払いたい所だが……振り払うよりも先に、事実は小説よりも奇なりという言葉が浮かんできて、むしろ余計に不安は増すばかり。


(まさか本当に、漫画みたいな黒焦げ料理や、どろどろに融けたカラフルな汚物を出してきたりはしないよな……?)


 無い、はずだ。そんな馬鹿な事は。

 信じたかった思いはしかし、また響いた叫び声で砕けて消えた。


「君の考えは分からないが……なに、どんな物が出て来ても、自信を持って食してみせよう。これでも私は、グルメなんだよ?」

「言ったな。もう逃げられんぞ」


 もし逃げようとしたら、光の速度で殴ってでも止めてやる。

 そう思い鋭い視線を向けるコオヤだが、次に放たれたレストの言葉に、少しだけ表情を変化させる。


「ところで。右腕の調子は、どうなんだい?」

「……問題ない。何て言っても、信じないんだろうな」


 憮然とした顔で、自身の右腕に目を向けた。

 今はもう元通りに戻った腕が、そこにはある。少なくとも、外見だけは。


「隠しているが、相当酷い状態みたいじゃないか。ガレオスの呪いかな?」

「よせや。縁起でもねぇ。……最も、完全な間違いでもなさそうなのが、奴の恐ろしい所だが」


 ガレオスによってミンチにされた腕は、治ったは治ったものの、どうにも調子がおかしかった。

 普通なら、とっくに完治しているはずなのだ。コオヤの生命力があれば、それこそ一月どころか十日もあれば十分なはずである。

 だが、そんな予想とは裏腹に、今も右腕は異常をきたしたまま。これは最早、ガレオスの怨念が影響を与えていると考えた方がしっくりくる程だろう。


「君が私を倒すのに、心の力を使ったように。人の心とは、思いも寄らぬ力や現象を生み出すものだ。ならば怨念が人の身体に影響を与えないと、どうして言える?」

「ちっ。つい先日まで『心の力』なんぞ信じていなかった癖に、良く言う」

「はっはっは。君のおかげで、考えを改めんだ。だからこそ、より深く心について知る為に、私は此処に居るのだしね」


 快活な笑みを浮かべるレストに、皮肉や嘲笑の色は微塵も無い。

 本気で、そう思っているらしかった。初めて会った時と比べると、随分と性格も考え方も変貌したものだ。

 その変化が、自分によって起こったものだと思うと、少しだけ誇らしく……は、ならない。むしろ面倒事が増えた気がして、損した気分である。

 コオヤは、うざったそうに頭を掻いた。ガレオスが、ふふふと笑う。


「とりあえず祭りもある事だし、直ぐに戦争はないだろ。だったら問題ないさ」

「分からないよ? 此方から攻めなくても、帝国の側から攻めてくるかもしれない」

「そんときゃ、そん時だ。戦えない訳でもないんだ、やっぱり問題はねぇ。気合でぶちのめせば良い話」


 そもそも六戦将自身が出張ってくるとも限らないしな、と付け加えて、コオヤは話を打ち切った。

 というより、打ち切らざるを得なかったのだ。何故なら、台所から断続的に上がっていた阿鼻叫喚の宴が止み、代わりに此方に近づいて来る気配を感じ取ったからである。

 ああ、遂に来てしまったのか。そう思いつつも、味見をすると約束した手前引くにも引けず、覚悟を決めるコオヤであった。


 ~~~~~~


「はーい、では調理時間も終わり、いよいよ実☆食! です!」


 マーマットの叫びに呼応し、パチパチと散発的な拍手の音が響く。

 それを聞くコオヤは、変わらず憮然とした表情だ。コップに口を付け、軽く唇を湿らせると、来るべき時に備え胃の調子を確かめる。

 例え毒物を盛られた所で、まるで意に介さない頑丈な己の身体だが……『不味い料理』だけは別だ。不味いものを美味いと変換するような便利な機能は、流石に備わってはいないのである。

 増して行く不安に、胃が痛くなってきた頃。司会に促され、一人の少女が前に出る。


「では、一人目のチャレンジャーは……フェリナさんでーす! イェーイ!」

「うむ。任せてくれ、一口で心を打ち抜いて見せよう!」


 ――それは、あまりの酷さにじゃないよな?

 気合十分の彼女の様子に突っ込みながらも、目の前に素早く並べられた料理に目を向ける。

 規定通り用意された二つの品は、どちらも見た目だけならば一応まともな物だった。


「とりあえず、外見は普通か……けど、二つとも肉料理かよ?」

「ふふん、せっかくなのでな。私の一番得意なジャンルで勝負に出たのだ!」


 バランスを考えて肉と野菜とか、スープを付けるとかしろよ。と思うコオヤであったが、この程度なら可愛いものか、と考え直す。

 所詮は二品だけ、別段肉しかなくてもそこまで重くはないだろう。量も、特別多くはないようだし。


「では、まず一品目。コーヤさんから聞いて作った、ハンバーグだ!」


 その言葉に、改めて料理に目を向ける。

 真っ白な皿に乗せられた、楕円形の肉の塊。しっかりと焼かれたそれは、確かにコオヤの良く見知ったハンバーグの姿をしていた。


(そういえば以前、レパートリーを増やしたいとかで、知ってる料理を教えてくれって頼まれたっけか)


 その時に確か、ハンバーグについても話した気がする。

 なる程、此方から習った料理を作る事で、ポイントを稼ぎに来たという事か。何のポイントかは知らないが。


「豚と牛の合い挽き肉に加え、ソースにも拘った自信の一品だ。さあ、食べてくれ!」


 促され、コオヤは渋々フォークを手に取った。

 隣のレストがナイフも使って綺麗に切り取っていくのを尻目に、ハンバーグの中央に勢い良くフォークを突き刺すと、そのまま口に運んでいく。

 普通は彼とてこんな食べ方はしないのだが……背筋を這う嫌な予感のせいで、どうにも余裕を失っているようだった。


「……頂きます」


 敬愛する爺さん、婆さんに教育された賜物か、そう言う事だけは忘れず、一気に肉に齧り付いた。

 手の平大のハンバーグが、大きく欠ける。そのまま、一噛み、二噛み……。


 そうして、三噛み目で。コオヤは、天を突く勢いで立ち上がった。


「辛っらぁぁあああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 あああ! あああ! と叫び、口元を抑えながら、床をごろごろと転がる。

 体裁を気にしている余裕は無かった。それ程の辛さ、否激痛が、彼の口内を襲っていたのだ。


「随分大げさだね。幾ら何でもその反応は……っ!」


 駄々をこねる幼子のような彼の様子を呆れた顔で見ていたレストが、切り取った肉を口に運んだ、その瞬間。

 彼の目が大きく見開き――だらだらと全身から冷や汗が流れ出す。


「…………」


 声も出せない。その言葉を体現しているかのような、硬直だった。


「ど、どうしたのだ二人共!? 私の料理は、そんなに不味かったか!?」

「不味いとか美味いとかの問題じゃねぇ! おま、お前これ、何入れやがった!」


 うろたえるフェリナに素早く突っ込んだ後、慌てて水を口に含む。

 が、辛さは消えない。むしろ痛みも辛味も、どんどんと増している気さえする。

 答えるフェリナは、思い出すように顎に手を当てて、


「別に、変な物は入れていないはずだが……。強いて言うなら、隠し味に辛味を足そうと、先日手に入れた『ピッポの体液』を加えた位か」

「……ピッポの体液? 本当ですか、フェリナ?」


 呟かれた言葉に、彼女の親友であるカルナが反応を示す。

 何やら知っているらしい彼女へとコオヤが説明を求めれば、カルナは一つ頷いた後、


「魔獣ピッポから取れる体液といえば、非常に高い辛味と刺激を持つ事で有名な素材です。用途としては主に獣避けや護身具として使われる物であり、料理に使うというのは……正直言って、正気とは思えません」

「む? そんな素材だったのか!? 丁度良い辛さだと商人が言っていたから、私はてっきり料理に使うものかと」

「そりゃ敵を撃退するのに丁度良いって意味だ、この間抜け狐がぁああああああ!!」


 コオヤは叫んだ。叫ばなければやっていられなかった。

 鋭い瞳で、この辛味の元凶であるハンバーグを睨み――そこで、気付く。


「おい、まさか……こっちのチキンにまで、その体液を使ったりしてないよな?」

「……タ、タベテミレバワカルサー」


 察した。こいつ、絶対にこっちの料理にも入れてやがる。


「喰えるかこんな物! お前が責任以って処理しろよ、フェリナっ!」

「ええ!? しかしだな、食べてもらわなければ勝負が……」

「お前の負けに決まってんだろうが! このボケ!」


 一切の容赦なく断罪されて、フェリナは床に崩れ落ちた。

 四肢を床に着けながら、ぶつぶつと呟く。


「そんな……何が悪かったというのだ……」

「……貴女の頭だと思いますよ」


 親友に冷ややかな目で見下ろされ、今度こそフェリナは完全に打ちのめされたのであった。


「はー、はー、地獄を見たぜ……」

「……いやぁ、流石に予想外だったね。これは」


 舌を焦がす辛さから何とか立ち直ったコオヤとレストの二人は、揃って頬を引くつかせると、椅子に深く寄りかかる。

 せっかくの食事だというのに、何故か体力と気力を消耗してしまった。おかしい、食事とはそれらを回復する為のものではないのか?

 二人が疑問に思う間に、劇物料理は下げられ……代わりに新たに二品、料理が出てくる。


「今度は私の番よ。さあ、食べなさい!」


 フェリナのポカを見たからだろうか。余裕綽々の表情で胸を張る、クラン。

 その顔に、コオヤは胡乱気な目を向ける。


「お前は変な物入れてないだろうな?」

「当たり前でしょ! ばっちり美味しい料理になってるから、安心して食べなさい!」


 ふふん、と鼻を鳴らし、此方の不安は一蹴された。

 まあ、あんな失敗を目の当たりにしているんだ。心当たりがあるなら、流石に言うか。

 そう、安心してしまった事が間違いだと。この時の彼はまだ知らない。


「これは……パスタか」

「うん、ママ直伝のカルボナーラよ。とっても美味しいんだから」


 自信満々、という態度であった。

 フォークを手に、コオヤとレストがパスタを巻く。そうして、揃って口に突っ込んだ。

 直後――ピタリと、固まる。


「あれ? もしかして、あまりの美味しさに呼吸も出来ない――「甘い」え?」


 言葉とは裏腹に、苦々しい顔で、コオヤが言う。


「麺が、甘い。何だ、こりゃあ」


 フェリナの時のような、派手なリアクションではない。が、その顔は『この料理が不味い』と、そう衆目に知らしめるには十分過ぎる顔だった。

 嘘っ、と驚き、慌ててクランがパスタを一本摘まみ取る。

 そうして、口に入れた瞬間――やはり、固まった。


「その反応……。どうやらお前の一家が揃って甘党だ、って訳じゃないらしいな」

「当然でしょ! 何これ、どうしてこんな味に……」


 料理したクラン自身が、一番戸惑っている。

 その様子に、コオヤは悟った。こいつ、さては有りがちなミスをしやがったな、と。


「お前、パスタを茹でる時、塩を入れたろ?」

「う、うん。たっぷりのお湯と塩で茹でるのが、家のパスタの基本だもん」

「その時、入れたの。本当に塩だったか?」


 クランが、再度固まった。

 本人がおかしな工夫をしていないというのなら、可能性はそれしかない。この少女、よりによって――


「塩と砂糖を間違いやがったな、このポンコツ」

「うわぁぁああああ!? そんな、嘘でしょぉおおお!?」


 頭を抱え、蹲るクラン。残念ながらそんな事をした所で、甘味が塩味に変わる事は無い。

 哀れ、彼女自慢のカルボナーラは、『甘~いカルボナーラ』に成ってしまったのだ。

 きちんと分量さえ調節されていれば、甘いパスタというのも美味しかったかもしれない。が、塩と間違えて砂糖をドバドバ投入されて出来たパスタは、決定的にソースと合っておらず、不味い以外の評価が見当たらない程であった。

 そして、もう一つ。こうまで完全に、塩と砂糖を間違っていたという事は。


「こっちの野菜スープ。これも、もしかしなくても甘い、って事か」


 そう。もう一品の料理の方も、失敗しているという事である。

 一応確かめようと、一口啜ってみる。案の定、感じる味は甘味であった。

 せめて此方がしょっぱければ、誤魔化し誤魔化しで食べられない事も無かったろうに。

 器を置き。コオヤは、冷徹に捌きを下した。


「フェリナよりはましだが、お前も失格……「悪く無い」は?」


 否、下そうとした所で、横合いから挟まれた声に言葉を失った。

 見れば、隣の美丈夫が二口、三口と、カルボナーラを口へと運んでいる。


「嘘だろ。あれを喰うのか」

「そんなに驚く事かい? 確かに美味いとは言わないが、食べられない程ではないと思うけれどね」


 その表情に、影は無い。こいつは、本気でこれを不味くないと感じている。


(これが、異世界人との感性の違い……? いや、こいつがおかしいだけか)


 何を隠そう、レストは甘党だったのである。だからといって、あの料理を食べるのはどうかと思うが。


「はぁ、もう疲れた。さっさと終わらせようぜ」

「はいはーい! では、最後のチャレンジャー! イリアさんの番ですよー!」


 マーマットの呼びかけに応え、褐色の少女がお皿をテーブルに並べていく。

 これまた、見た目はまともだった。中身までは分からないが。


「ケーキか。甘い物の後に、甘い物とはなぁ。てか、一品だけか?」

「拘っていたら、時間が足りなくなってしまって……。でも、その分出来は良いですよ!」


 出されたのは、クリームをたっぷり使ったショートケーキだった。

 上にはちょこんとムルの実(この世界における苺のような、真っ赤な実)が乗せられており、型崩れも無く、まるで新雪のように美しい。

 やっと、まともな物が喰えるのか。そう、コオヤは期待を抱いた。


 愚かにも。


「それじゃあ、改めて。頂きます」


 フォークで三角形の先端を切り取り、口に運ぶ。

 ああ、疲れた体に糖分が染み込み――は、しなかった。

 代わりに感じたのは、じゃり、という食感と、


「しょっぱッッッッ!!」


 異常なまでの塩味。詰まり、しょっぱさだった。

 思わず吐き出しかける。が、気合で押さえ、無理矢理ケーキ(?)を飲み込んだ。

 せっかくの食物を無駄にするのは、気が引けたのである。無駄な努力かもしれないが。

 隣の人物も同じ事を思ったのか、顔を見た事がない程に歪めながらも、しっかりと飲み込んだようだった。甘い物が好きな分、彼の方が受けたダメージは大きかったのだろう。

 声を震わせ、フォークを取り落としながらも、レストが問う。


「エ、エルフの間では、塩を使ってケーキを作るのが常識なのかな?」

「んな訳ないでしょ! もしかしてイリア、あんたも間違ったの!?」


 答えたのは、クランだった。似たような間違いを犯した者として製作者に問えば、彼女は微かに身体を震わせながら、目を逸らす。


「あ、あれー。おかしいなー、きちんと確認したはずなのになー」

「此処の厨房を使うのが初めてな私はまだしも、慣れてるはずのあんたが間違うって、どういう事よ!?」


 追求が、一層激しさを増す。

 と、その時、厨房から出てきたカルナが小さく手を挙げ、口を開いた。


「今、確認してきましたが。どうやら、塩と砂糖のケースの中身が、入れ替わっていたようです」


 ピシリ。空気が、固まる。

 中身が、入れ替わっていた? 何故、いつの間に?


 一体――誰が?


 当然ながら、独りでに中身が入れ替わる、何てことはありえない。故意にせよ事故にせよ、誰か、入れ替えた人物が居るはずだ。

 食堂に居る人間の視線が、複雑に絡み合う。この異常事態を生み出した、犯人――。


「……おい?」

「っ(ギクリ)!」


 コオヤの目は、見逃さなかった。誰もが犯人を捜し、互いを窺うその中で。

 あからさまに冷や汗を掻き、動揺している人物が居る事を。


「お前が犯人か? ――フェリナ」

「い、いやいやいやいやいや! そんなまさか、そういえば調理中にその二つが切れて、中身を入れなおしたな~、何て思っては……はっ!」


 完全なる墓穴であった。

 調理段階で中身を補充したというのなら、入れ替わったのはその時以外に有り得ない。

 犯人は、間違いなく――フェリナだ。


「お~ま~え~!!」

「そ、そんなに怒る事はないだろう、コーヤさん! ちょっとした、そうほんのちょっとした可愛いミスじゃないか!」

「何処かだ! ケーキに使う分の砂糖が丸々塩になっていたんだぞ、これなら海水をそのまま飲んだ方がまだましだ! 分かるか、あの口に含んだ瞬間の硬い食感が。噛み締める前から察した、失敗の音色がっ」

「そ、それは……御免っ」


 あまりの剣幕に、フェリナは慌てて逃げ出した!

 が、当然逃げられる訳がない。幾ら彼女が身体能力に優れているといっても、相手が相手だ。一秒も持たずに、彼女は首根っこを掴み取られ、空中に宙ぶらりん。


「は、離せー!」

「うるっさいわよフェリナ! あんたのせいで、こっちまで被害に遭ったんだから。覚悟しなさいよね!」

「そうです、フェリナさん。流石にこれは、見逃せませんっ」


 暴れるフェリナへと、エルフの少女達が詰め寄って行く。

 一見すれば一方的に攻め立てる立場だが、実はこの時、彼女達もまた危うい立場にあった。味見をしていなかった事を突かれると、途端にミスをした側に回ってしまうのだ。

 故に、捲くし立てる。コオヤにその隙を悟られないよう、とりあえずフェリナに全てのミスを被せて。

 何とも無情な所業だが、仕方が無い。誰だって自分の身が一番である。怒っているのも、本当ではあるし。


「た、助けてくれカルナっ!」

「嫌です。貴女の自業自得でしょう?」

「そんなっ!?」


 親友にさえ、見捨てられ。フェリナは一人、己のミスに咽び泣く嵌めになったのであった。


「…………」


 その、穏やかには程遠く、煩いほど騒がしく。しかし何処か温かく、眩しい程平和な、光景を。

 焼け焦げるような感情と共に、ずっと無言で。騎士は見ていた――。

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