エピローグ 皆仲良く大騒ぎ

「……ぁ……ぇ……!」「……ぃ……ぁ……!」「……ぃ……ぉ……」

「……騒がしいな」


 朝。コオヤは、レンタグルスにある自宅の一室で目を覚ました。

 柔らかな掛け布団に包まれたまま首だけで窓の外を見れば、小さな雲と透き通った青が枠一杯に収まっている。差し込む光の角度からして、そう遅い時間では無いだろう。

 そんな、健康的な時間帯にも関わらず、扉の外からはやけに騒がしい声が聞こえてくる。しかもその全てが、よ~く聞き覚えるある少女達のもので間違いない。


「何やってんだ、あいつ等」


 呆れたように溜息を吐いた彼は悪く無いだろう。あの戦いからまだ一週間、漸く傷も癒えまともに動けるようになって来たものの、此方はまだ怪我人だ。その怪我人の病室(といっても普段と変わらぬ自室だが)の前でこうも騒ぐなど、全く以って常識に欠けている。


 ――もしこれを今扉の前で言い争っている少女達が聞いたのなら、即突っ込んだだろう。常識を破ってばかりのお前が言うな! と。


 ともかく、そんな事を思われているとも知らずにばたばたと騒ぎ続けていた少女達は、徐々に言い合いをヒートアップさせていく。やがて扉越しでもその声がはっきりと聞こえてくるようになった頃、勢い余ったのか、扉が大きな音を立てて開かれた。


「「「わあぁぁぁああああ!?」」」 


 間を置かず、雪崩れ込んでくる少女達。

 思った通りの人影と展開に、身を起こしたコオヤは額に手を当て、ジト目を向けた。


「朝っぱらから煩いぞ、イリア、クラン、フェリナ」

「「「あ、あははははは……」」」


 三人団子になった少女達は、揃って気まずげに目を逸らす。

 と、その後ろから更に、呆れた様子でカルナが姿を現した。

 彼女はその冷たい双眸を一層細め、床に倒れる三人組を見下ろして、


「いだ、いだだだだ! な、何故尻尾を踏むのだ、カルナ!」

「いえ。これが親友かと思うと、無性に情けなく思えて」


 敏感な所を踏みつけられ、フェリナが悲鳴と抗議を上げる。

 本気ではなかったのか、すぐにカルナが足を離すと、狐の少女は己の尻尾を庇うように立ち上がった。

 自分も踏まれては叶わないと、イリア達もまた素早く立ち上がる。その様子を眺めながら、コオヤは軽く首を回して眠気を飛ばし、


「で、揃いも揃って何の用だ、一体」

「え? いや~……ただ、あんたを起こそうと」


 皆を代表して、クランが答える。

 そう、カルナを除く彼女達三人は、コオヤを起こす為にわざわざこの部屋までやって来たのである。そしてばったりと部屋の前で顔を突き合わせ、誰が起こしに行くかで言い争っていた訳だ。


 下らない、と小さく頭を振る。そんな理由で、俺の安眠は妨害されたのか。


 コオヤからしてみれば、そもそも起こしてもらう必要などないのだ。今やる事といえば身体を休める事だけで、特に予定など無いのだから。

 せっかく惰眠を貪れると思ったのに騒々しく妨害され、若干不機嫌になるコオヤ。その前に、唯一例外のカルナが歩み出る。


「コーヤ……さん」

「お? そういえば、どうしてお前は此処に来たんだ? まさか優しく起こしに来た、って訳じゃないだろう?」


 純粋に疑問だった。嫌われている、という程では無いが彼女は此方を好いていない。当然、頼まれもしないのに起こしに来るなどありえないだろう。

 ちなみに、カルナは彼の事を『コーヤさん』と呼んでいる。以前は呼び捨て、どころか名前を呼ぶ事すらしなかったのだが、フェリナとその家族の救助を始めとした一連の行動を経て、少しだけ距離が縮んだらしい。

 正直コオヤとしては助かっている。後の三人は何と言うか、近すぎてうっとおしい時があるのだ。その点、彼女の距離感は中々に心地よい。

 そんな、表面だけは真っ当な従者の彼女は、ベッドに手を掛けながら主の疑問に答えを返す。


「それは、この子を迎えに来たからです」

「ん……うぅ……」


 ばさりと、捲られる掛け布団。その下から現れたのは、穏やかに寝息を立てる小さな少女。


「ク、クスナっ!? どうしてそんな所に居る!?」


 その姿を目撃した途端、フェリナは素っ頓狂な声を上げていた。

 当然だろう、全く予想外の場所から妹が現れたのだ。他の二人も彼女程では無いにしろ、驚愕を露にしている。

 これだけの騒動でも尚目を覚まさぬ少女の頭を撫でながら、カルナが言う。


「どうしてもこうしても、こっそり泊まりに来ていただけです。昨夜は私と一緒に寝たはずだったのですが、朝起きたらベッドに居なかったので。多分、此処だろうと」

「ああ、日が変わる頃に潜り込んできたよ。特に害も無いから、好きにさせてたが」

「わ、私が知らない内に、そんな事を……!?」


 姉である己が気付かぬ間に交流を深めていた妹に、フェリナ戦慄。

 だが、まだ。真の驚愕は、二度訪れる!


「今更かよ。此処に帰ってきてから、ちょくちょく泊まってたぞ」

「ちなみに、その半分以上はこうして彼の下で眠っていました」

「嘘、だろう……?」

「残念ながら本当です。全く、何故こんな男が懐かれるのか」

「何だ、嫉妬してんのか? お前、最近は本当の姉みたいに仲良かったしな」


 違います、と首を振るカルナを余所に、フェリナは衝撃で石のように硬直していた。

 だって明らかに、自分より二人の方が頼られていないか……? 同じ屋敷に居るのに挨拶も無しって、そんな馬鹿な! もしかして私は、クスナに嫌われたのか!?


「フェ、フェリナ~? ちょっと、大丈夫~?」

「だ、駄目ですクランさん。フェリナさん、完璧に固まっちゃってます」


 先程まで争っていた二人が心配する程、彼女の硬直ぶりは酷かった。

 指で突けば、今にも崩れて灰になってしまいそうである。というかもう既に半分灰になっている。

 一応彼女の名誉の為に言っておけば、クスナは決して姉を嫌ったりなどしていない。ただちょっと、姉に隠れて行動する事に魅力を感じる、お転婆な年頃なだけなのだ。

 しかしそんな心を知る由も無いフェリナは、がくりと四肢を床に着けるとさめざめと泣き出してしまった。同情したイリアとクランが必死で慰めようとするが、馬ならぬ狐に念仏、狐耳東風。


「ああ……。儚い人生だっ、た」

「あ、諦めないで下さいフェリナさん! 大丈夫ですよ、例え妹さんに嫌われていたとしても、これから挽回していけば良いんです!」

「そこはまず、嫌われてないって否定してあげないの……?」


 ぎゃーてぎゃーてと、一々一々煩い事だ。

 どうしたものかと、服の裾を掴んでくるクスナのちょんと飛び出た耳を弄りながら考える。うにゅうにゅと本人は気持ち良さそうだったが、カルナに鋭く睨まれた。

 いっそ、無視して朝食でも食べに行くか――そう考えた所でコオヤの五感が、新たに部屋に近づいて来る気配を感じとる。しかも一人や二人では無い、十人近い集団だ。


「ああ、この気配は――」


 答えを言うより先に、集団が姿を現した。


「ふん。朝から無駄に騒がしい事だな」

「「「騒がしい事だな!」」」


 現れたのは、そろいの服装――日本で言う着物に近い――に身を包んだ、十代~二十台の女性達。そしてその後ろには、平時だというのに真っ白な鎧を着込んだ、あの騎士の姿もある。

 険しい顔の彼女等に、コオヤは欠伸と共に答えた。


「それなら俺を睨まず、そこで石膏みたいになってる狐と、エルフ共に言ってくれ。俺だってこんな時間から騒ぎたくは無いんだ」

「ふん。貴様はこの屋敷の主なのだから、此処で起きた問題の責任は全て貴様にあるのだ」

「「「あるのだ!」」」


 揃って言い放つ女性達に、いい加減コオヤも頭が痛くなる思いであった。

 何でこう、無駄に騒々しくなるのか。女三人寄れば姦しい、とは言うが、十人以上ともなれば最早騒音である。

 やっぱり、今からでもこいつ等追い出した方が良いのかな――なんて思考の逃避行に入りながら、コオヤは数日前、屋敷に帰って来た時の事を思い出していた。


 ~~~~~~


「今日から同居人が増えるから。よろしく」


 開口一番そう告げたコオヤに、出迎えたイリアとクラン、そしてカルナの目が点になった。

 戦争に勝利した、という報すらまだ届いていない頃。突如屋敷に帰宅したコオヤとフェリナに無事を祝うよりも早くそう言われ、少女達は思わず抱きつこうとしていた動きを止める。


「どういう事ですか?」


 他二人よりも冷静なカルナが、落ち着いて聞き返した。

 まずは戦争の結果について聞くべきなのかもしれないが、彼等が無事此処に居るという時点で、ほとんど確定したようなものだ。それよりも今は、目先の疑問について問うべきだろう。

 最も、自分達すら軽く受け入れた彼のこと。また戦場で適当に誰か拾ってきたのか、と推測していたカルナ達だったが……現実は残念ながら、その十倍近く上を行った。


「ああ。色々あってな、こいつ等が屋敷に住みたいそうだ」


 その言葉に促されるように、彼の空けた次元の穴から出てきたのは……黒尽くめの女性達と、一人の騎士。

 総勢九名という大所帯に、居残り組みの顔が盛大に引きつった。おまけにこの怪しい格好、はいそうですかと受け入れるには無理がある。


「え~と……理由を聞いても、良いですか?」


 当然の如く、イリアは問い掛けた。

 覆面を外し、顔を露にした黒尽くめ達の容姿は、実に様々だ。それは単に美醜の問題ではなく、もっと根本的な所、種族からして全く違う。

 ある者はエルフ、ある者はカリオン。またある者は竜の特徴を持つ種族――ドラゴニックであり、またある者は宝石そのものな瞳からして、鉱石としての特徴を持つ種族――エルテシアと人間辺りのハーフだと思われる。

 他にもあったが、ともかく。こんなバラエティに富んだ集団、一体何処で引っ掛けてきたというのか。しかもそのほとんどが、何故かコオヤに向けて敵意の籠もった目を向けているのだから尚更だ。

 訳が分からず目を白黒させるイリア達に、コオヤは一度空を見上げると、


「それが、俺にも良く分からん。何でもこいつ等の主――あの騎士の意向なんだとか」

「はあ? それだけ? 詳しい理由は何も聞いてないの!?」

「ああ。聞いても教えてくれねーし」


 詰め寄るクランに軽い調子で返せば、痛みを堪えるように頭を抱えだす。


「正気じゃないでしょ。あんな怪しさ満点の連中を、事情も聞かずに住まわせるなんて……」

「別に良いじゃねぇか、お前はこの屋敷に住んでる訳じゃないし。それに一応命を救われたからなぁ。あの騎士自身にも興味があるし、まあいっか、って」

「そんなペットを飼うような気軽さで決める事!? 普通!?」


 クランに散々に文句を言われるも、なんのその。家主権限で強行し、結局彼女達はこの屋敷に住む事になったのである。

 ……早くも自身のその決定を、後悔するはめにはなったが。


 ~~~~~~


 一応は使用人、そして屋敷の警備係として住み込みで雇う事になった彼女等を眺めながら、腕を組む。

 コオヤとしては別に、その存在に不便を感じてはいない。主である騎士をのした過去のせいか、若干の敵愾心を持たれてはいるが、それも気にする程ではない。

 むしろ問題は、あの騎士。未だ名も知らぬ、何故此処に住もうとするのかも分からぬ、無言の男(彼が男だというのは、元黒尽くめ達の会話から判明した)。

 自身の直感からして、彼はフェリナのようなスパイでは無い、と思うのだが……。


「あー、面倒くせぇ。やめやめ」


 何度か頭を振って、コオヤはその疑問を放り捨てた。

 細々と考えるなど自分らしくない。問題があるのなら、真正面からぶち破ればそれで済む話だ。

 投げ遣りかもしれないが、別に構わないだろう。どうせ自分は、そうとしか生きられない。そしてそんな生き方を、変えるつもりは毛頭無い。


「うん。だからとりあえずは――もう一度寝るか」


 何故か取っ組み合いの喧嘩まで始めた周囲を丸々無視して。

 掛け布団の中に引っ込んだコオヤは、隣の少女に引き摺られるように、深い眠りに入っていったのであった――。


「……また私は蚊帳の外、か……」


 寂しそうな魔導戦将が扉の影から立ち去るのは、この五秒後の事である。

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