第31話 勝利、今はそれだけで

 見事。騎士の剣を評するには、その一言だけで十分だった。

 それは決して、騎士の剣の練度が低いからでは無い。逆だ、あまりに見事で、どんな美辞麗句を並べても陳腐な賞賛にしかならないと分かっているからこそ、ただ見事と。そう評するしかないのだ。

 一切の淀みなく、瞬きの間に引き抜かれた二本の剣が閃光となって迸れば、飛び込んできていた同数の兵士が血に塗れる。

 突然の乱入者に残る兵がたたらを踏む、その一秒にも満たない時間。その隙に鋼鉄とはまた違う、薄っすらと藍掛かった銀色の刃が翻り、一歩の踏み込みと共に再び二人の兵士が骸と化した。

 正に鎧袖一触。触れる事すら、打ち合う事すらさせずガレオスの部下を全滅させた騎士は、素早く剣を鞘に納めると、コオヤの首根っこを掴み引き寄せる。


「あ? 何のつもり――だっ!?」


 危うく舌を噛みかけ、コオヤは抗議の目を向けた。

 騎士が、コオヤを引き寄せた途端高速で駆け出したのだ。向かうは窓、そしてその先に広がる眩い青空。

 速い。流石にコオヤ程では無いものの、音を容易く超えた騎士は、床が崩れ落ちるよりも早く窓枠に脚を掛け、そのまま飛び出す。

 一拍遅れ――空に佇む二人の後方で、支配を象徴していた白亜の宮殿が、音を立てて崩壊した。


 ~~~~~~


「何で俺を助けた?」


 崩壊間も無く。自力で歩む力もなく、騎士にぶら下げられたまま空中遊泳に勤しんでいたコオヤは、無言の騎士へと問い掛けた。

 この騎士は、人間側に付いていたはずだ。直接聞いた訳ではないが、競売場の警護に付いていた時点でほぼ間違いない。

 別段、騎士がこの場に居た事については、コオヤは驚いていない。エルフ達がレンタグルスを奪還した時も、その後の戦争の時も、彼の話は一切聞かなかった。これほどの腕を持っているのなら、噂の一つ位は立ってもおかしくないだろうに、だ。

 それはつまり、この騎士が戦う事なく何処かに逃れた、という事実を示している。そして逃げるとすれば、旧レスト領に隣り合う領土のどちらか、或いは帝都。

 三分の一の確立で此処ガレオス領に居るはずなのだから、そりゃ姿を見せたっておかしくない。しかしその見せ方が、まさか自身を助ける形でとは、コオヤにも予想外だった。

 全く以って、狙いが分からない。けれどそんな此方の疑問にも答えず、騎士はただ無言を貫く。鎧の擦れる重厚な音と、微かな風音だけが、場に満ちていた。


「話したくないのか、単に口が利けないのか。まあ良いさ、助けてくれた事には感謝しておく」


 ありがとよ、と言って小さく頭を下げるコオヤを、騎士はやはり無言で見ていた。しかし直ぐに前を向くと、頭部だけを軽く動かして、眼下を指し示す。


「あ? あれは……聖王国軍か。カリオン達も居やがる」


 万を優に超える兵達が固まり、ざわざわと蠢いている。近くには幾つもの岩片が散らばっており、特に一際大きな物、あれは恐らくノックンステアの残骸だろうと見て取れた。

 やがて、誰かが何かに気付いたように空を指差す。すると続くように皆が天へと目を向け、そして一斉に騒ぎ出した。


「げ、気付かれた。面倒な事になりそうだなぁおい。どの道ガレオスを倒したって伝えなきゃならねぇから、別に良いんだが」


 苦笑しながら力を掻き集めると、コオヤは搾りかすのような右腕を無理矢理掲げ、皆に手を振る。

 その動作と、彼の表情にガレオスが倒れた事を悟った兵士達は、一斉に歓喜の声を上げたのだった。


 ~~~~~~


「で。誰、そいつら?」

「いやその前にコーヤさん、治療を!」


 従者であるフェリナと合流したコオヤは、己を心配する彼女の言葉も無視して、まず尋ねた。

 それはそうだろう。てっきりトラッドやシーネア辺りと一緒に居るだろう、と思っていた従者の隣に居たのが、


「「「「…………」」」


 黒尽くめの服に身を包んだ、正体不明の集団だったのだから。

 人の多いこの場に置いてなお、異常に目立つ十人近い軍団。その異様な光景に呆気に取られ、かと思えばふっと脳裏に過ぎる過去の記憶。

 思わず、隣の騎士を見た。そして得心いったとばかりに数度頷く。


「なる程ね。そういうことか」

「何を納得しているのだコーヤさん? というかだな、 治 療 を !!」

「ああ、それならちゃんと受ける。受けるから、治療しながら話してくれ。こんな怪しい連中を普通に受け入れている現状についてな」


 そう言えば、此方の意を汲んでくれたのかフェリナが急ぎ治療班をこの場に呼ぶ。

 早足で駆けつけた数人の看護兵達に治療されながらも、近くの岩塊に腰掛けたコーヤは、じゃあ話してくれと促した。


「分かった。といっても、実は私達も彼女等が誰かは知らないんだ」

「彼女? 女なのか、あの黒尽くめ共は」

「声を聞いただけだがな。それで、何があったかと言うと……ノックンステアを撃破した、その直後の事だ。コーヤさんは知らないだろうが、あの人滅兵器は破壊されてもその破片が小型のゴーレムとなるようでな。本体を壊した際、散らばった数多のゴーレム達が、最後とばかりに遮二無二特攻を仕掛けてきたのだ」

「ターゲットは……トラッドか?」

「いや、私だ」


 僅か、コオヤの目が大きさを増す。

 総指揮官であるトラッドならまだしも、一介のカリオンでしかないフェリナをどうして狙う? それも最後の特攻で。

 そう伝えてみれば、彼女は少し恥ずかしそうに頬を掻き、


「それは、私がノックンステア本体を撃破したからだろう。恐らく敵は、私がこの軍一番の脅威だ、と判断したのだと思う」

「ふ~ん。それでフェリナを、ねぇ」

「ああ。……殺到するゴーレムに、私は咄嗟に反応出来なかった。力のほとんどを使い果たしていたからな。迫る石の拳に、やられる――そう思った、その時。突如上空から数多の光の粒が降り注ぎ、ゴーレム達を纏めてなぎ払ったのだ」


 光の粒――そう聞いて、ちらりと黒尽くめの女(?)達へ目を向ける。

 正確に言えば、その手に持った無骨な銃器。弓や剣を主体とするこの世界の戦場には似つかわしくない、長く機械的な金属塊。

 かつて聞いたその名を――人滅兵器『リベルリー』。雷の魔法を利用する事で、高速で弾丸を射出する、所謂レールガン。


(確かにあれの威力なら、このゴーレム共も蹴散らせるかもな)


 こんこん、と尻に敷く岩塊を幾度か叩く。

 直接その装甲が打ち抜かれる所を見たわけでは無い。しかしゴーレム達の元となったノックンステア自体は宮殿に突入する前に殴っていたし、彼女達の所持するリベルリーの威力については、直接向けられたから知っている。推測するのに十分なだけの情報は、既に持っていた。

 そして、改めて確信する。やっぱりあの時の奴等か、と。


「私達も当然、何者かと問いはしたのだがな。敵では無いと言うだけで、詳しい事を話してはくれなかったんだ。かといって危機を救ってくれた相手を無碍に扱うのも気が引けて……とりあえず保留している、という訳だ」

「オーケー、理解した。で、何で此方の危機を助けてくれたんだ? 俺を襲ったお前らが、よ」


 ぎらり、鋭い視線が黒尽くめ達に突き刺さる。

 彼の言葉を聞き、フェリナもまた驚いた様子で黒尽くめ達へと目を向けた。

 そう――他でもないこの黒尽くめ達こそが、かつてとある豪商の下からクランを助け出した際コオヤを襲って来た不審者の集団、その人なのである。


「「「…………」」」


 周囲からの視線を感じて、しかし彼女達は何も答えない。

 だがその目が窺うように、ちらちらと自身の横に伸びている事を、コオヤは見逃さなかった。


「やっぱりお前が関係してるのかい、なあ、騎士さん。あいつ等が襲って来た理由も、大方あんたの敵討ち、って所だろう?」

「…………」

「無言じゃ分かんねぇよ。寡黙なのは悪い事じゃないが、いい加減少しは喋ったらどうだ?」


 そこまで言っても、やはり騎士は黙ったままだった。

 頑なな態度に、唇を尖らせるコオヤ。そのまま暫く、鎧の隙間から覗く深遠、その奥に潜む双眸と睨み合う。

 一触即発、とまではいかないが若干険悪な空気が漂い、フェリナは反射的に唾を飲み込んだ。重症の主を何時でも庇えるようにさり気なく戦闘体勢を取るが、正直あまり自信は無い。

 騎士の佇まいから感じる技量、それは恐らく自身と同等かそれ以上であり、消耗した今の自分では勝てないだろうと容易く予測出来たからだ。加えてコオヤを庇っての戦闘、勝算は一パーセントもあれば良い方だろう。

 周囲の兵に助けを求めようにも、その一秒の間に首を飛ばされかねない。フェリナの緊張が極限に達し、冷や汗が首筋を駆け落ちる。

 ややあって。周囲の兵達が異常に気付き始めた頃、漸くコオヤは騎士から視線を外すと、しょうがないとでも言いたげに肺から空気を吐き出した。


「頑固なもんだ。まあ良い、どうせ大して重要な事でもない。とりあえず、だっ!」


 膝を叩き、立ち上がる。治療のおかげで一先ず致死圏内から抜け出た身体を確かめるように動かしながら、軽い調子で今最も聞きたい事を問い掛けた。


「お前は、いやお前らは、敵じゃないんだな?」

「…………」


 ほんの少し間を置いて、騎士が頷く。

 続くように、黒尽くめ達もまた揃って頷き応えた。


「じゃ、それで良し。長い人生だ、一度戦った相手が味方になる、何て事もあらぁな。どこぞの魔導戦将さんのように」

「良いのか、コーヤさん? 私はよく知らないが、かつては襲われた相手なのだろう。罠という可能性も……」

「だったらこんな風に悠長にしちゃいないだろ。あんだけ弱ってたんだ、そのまま俺を殺しに掛かれば済む話だ」

「それは、そうかもしれないが」


 押し黙るフェリナ。警戒する心はあったが、彼の言う通りではあるし、自身も助けられた手前あまり強くは言い出せない。

 そんな彼女の頭を二・三度、軽く叩いて上げさせ、大きく背伸び。


「面倒な話は後回しだ。今はただ、勝利を喜ぶ。それだけにしとこうや」


 喜びに沸く周囲を見渡しながら、肩を竦めるコオヤであった。

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