第23話 カウントラスト
思わず玉座から腰を上げ、狼狽を露にしたガレオスを誰が攻められようか。
先程まで静謐な、貴族や王族のそれと言ってよい荘厳な雰囲気に溢れていた謁見の間は、僅か二秒で早変わり。まるで路地裏の格闘場のような剣呑で刺々しい空気が場を支配し、同時に戦場のような荒々しさが同居し満ちている。
そしてそんな空気を生み出しているのは、たった一人の少年だった。
「この私の下を訪ねるというのなら、事前に予約の一つも取ってもらいたものですね」
「そりゃ悪かったな。生憎とこの世界には電話の一つも無いんでね、こうして直接訪ねさせて貰ったよ」
笑う、笑う、笑う。口の端を吊り上げ、少年は何処までも不敵に笑みを浮かべる。
それが、気に入らない。自分の策の全てを打ち破り、こうして直接対面してもなお、その余裕を崩さない野蛮人が心の底から憎らしい。
「無遠慮な客です。いや、客とも呼べませんか」
「そうだな、客じゃなくて結構。俺はただの強盗さ。だから」
轟、と吹き出る力が世界を叩く。その力強さがまた、気に入らない。
「寄越せ、お前の全てを。奴隷も、領土も、命もな」
「丁重にお断り致しましょう。その命と引き換えにね」
パチン、軽快な音を立て、ガレオスがその指を鳴らす。
途端左右の大扉から、武装した兵達が幾十人とまろび出て、
「分かんねぇのか?」
コオヤの発した次元を隔す力の波動をもろに受け、一人の例外も無く部屋から叩きだされ気を失った。
「雑魚を幾ら用意した所で、通じやしないんだよ。お前のちんけな策と一緒でな」
「ちんけ? ちんけだと。この私の策を否定するのか、力押ししか出来ぬ蛮人風情が!」
ガレオスが、怒りに顔を歪ませる。しかしたった一人の玉座を背にする彼に、最早この場の王足る資格は無い。
そこに居たのは、彼がもっとも好み、同時に嫌う。追い詰められたか弱き愚者であった。
「力押しだって立派な作戦さ。それが一番有効なら、なっ!」
勢い良く、飛び出すコオヤ。裸の王へと急速に距離が縮まり、握る拳に力が籠もる。
王手を掛けられ、しかしガレオスはまだ底まで落ちてはいなかった。
「掛かりましたね、愚か者が!」
瞬間振り上げられた腕に従い、彼の背後の壁が開くと、そこから二つの影が飛び出してくる。
現れたのは一組の若い男女、見た目からして人間か。その身のこなし、速度、気配、どれを取っても一流の手練れ。
両手には曲刀、それが二人で計四本。男は無骨に、女は柔軟に、まるで一人であるかのような巧みな連携で此方へと襲い掛かり、命を刈らんと迫り来る。
「くはははははは! 私の部下の中でも一番の手練れです、終わらぬ斬撃の嵐に切り刻まれ、後悔と共に息絶えると良いでしょう!」
剣舞は加速し、何処までもコオヤを追いかける。かわし続ける彼だが、徐々に剣との距離が縮まっている事に、ガレオスはご満悦だ。
やがて後ろに出した右脚が瓦礫に乗り、バランスを崩した隙を突き、二人組みは息を合わせて跳びかかった。左右より迫る致死の剣、回避不能な死の領域。
だがそれは、常識での話。
「四刀、か。それなら――あの騎士の方が、よっぽど鋭かったぜっ!」
この男は、普通では無い。
瓦礫は踏み抜かれ、身体は即座にバランスを取り戻す。誘われた――そう気付いた時にはもう遅い。
瞬時に迸った両拳が、ガードの上から二人を打ち据えた。気を失い、壁を破って部屋から消える部下達に、ガレオスの顔が一瞬で険しく変わる。
「揃いも揃って、使えない連中です」
怒気を滲ませる彼に、コオヤはしたり顔。
「だから言ったろ、雑魚を幾ら用意しても無駄だってな。で、どうする? 地に頭を着けて差し出すか? 俺に潰される為に」
「はぁ。戦うのは、嫌いなのですが」
どうやらやっと、此方の力を理解出来たらしい。
一歩、前に出たガレオスが両手を突き出し、そのまま横にスライドさせる。するとその軌跡に沿うように、トランプに似たカードが十数枚現れ、空中に伏せられる。
その内の一枚、背に三と書かれたカードを手に取り、言う。
「消えてもらいましょう。この私の、『カウントラスト』で!」
翻されたカードには、簡素な人間の絵が描かれていた。それも、右腕を何かに切断された人間の絵だ。
「カウントっ」
ガレオスが、空いた手を軽く払う。攻撃でも防御でも無い、何の意味もない動作。
だが同時に起こった異変に、コオヤは気が付いていた。
「なる程。それがお前の能力か」
「ふふ、気付きましたか。カードのカウントが、一つ進んだ事を」
もう一度翻されたカードの裏には、二の数字。
この状況とあの能力の名前を加味すれば、詳細は容易く予想が付いた。
だから踏み込む。そんな悠長な暇は与えない、と。
「漸く焦り始めたようですねっ」
亜光速で間を詰め殴り掛かったコオヤの拳を、ガレオスはふわりと飛んで回避する。
彼の頭上を超えながら見せ付けるように翳されたカードの背の数字は、一。カウントは、容赦なく進んでいた。
「そう、私の能力――『カウントラスト』は、カードに描かれた絵を現実に適合させる能力! 発動条件は背の数字が零になる事!」
「動作一つで一カウントか。だがもう一カウントする時間は、与えんぜっ」
コオヤもまた、ガレオスを追って地を蹴った。オーバーヘッドキックの要領で放たれた蹴撃が、枯れ枝のような肉体へと迫る。
しかしガレオスも然したる者、山をも割る一撃を紙一重で回避して――代わりに、カードが捉われ塵へと還った。
「見事なもので。しかしそのような足掻きが、何時まで持つか」
着地しながら横に払われたガレオスの手には、既に新たなカードが握られていた。
カウントは五。描かれているのは、全身を槍のような物で串刺しにされた人間の姿。
「精々抵抗して下さい。必死で、無様に!」
距離を取る為のバックステップ。それだけで、カウントが一つ進む。
実に便利で嫌らしい能力だった。何せ本人は逃げているだけで良いのだ、その動作の全てがカウントを進める事に繋がるのだから。
本人の性質をそのまま顕したような能力を止める為、コオヤは走る。更に速度を上げ光速にまで達した彼は、文字通り瞬きよりも早く距離を詰め、拳のラッシュを叩き込む。
そしてその全てを、ガレオスは余裕を持ってかわしきって見せた。それもそうだろう、反撃の隙を窺う必要が無いのだから、大きく距離を取り続けるだけで事足りる。
ならばと空間を覆うような巨大な衝撃波を飛ばしてみるが……海にも大穴を空けるはずのそれは、ガレオスが身を守るようにその豪奢な服を翻しただけで霧散してしまう。
(流石に六戦将、こんなもんじゃ通じないか)
光を超えるコオヤの機動に対応出来ている事からも分かるように、幾らひょろ細いと言っても、並の人間では到達出来ないだけの身体能力――そしてそれを実現するだけの力を、ガレオスは擁しているのだ。
その力を上着に纏わせれば、あの程度の衝撃波を防ぐ位は苦もあるまい。やはり遠距離攻撃では、牽制程度にしかならなさそうだ。
「まっ、それなら。直接拳をぶち込みゃ解決、だっ!」
コオヤのギアが、もう一段階上がる。そうして放たれた拳は、かわされこそしたものの再度カードを捉える事に成功した。
一と書かれたカードが儚く消えて行くのを目の端に映しながら、容赦なく追撃。奴はもう次のカードを手にしているのだ、休んでいる暇など無い。
「次は――ほう、絞首刑ですか。中々面白そうですねっ」
縄のようなもので首を絞められている、三のカード。
「続いて、斬首刑!」
首を切り落とされている、六のカード。
「おや、これは意外。跪き、許しを請うカードです!」
地に頭を着けている、二のカード。
その他諸々、多種多様なカード達を、コオヤは悉く塵に還して行く。だが同時にそれは、ガレオス本体には届いてないという証明でもあった。
カードをちまちまと壊して安全を確保する位なら、本体を一撃でのした方がよっぽど安全。コオヤという人間は、そう考える男である。
だからこそ狙う必倒の拳。そして、それを避け続けるガレオス。二つがかろうじて均衡した結果が、現状の――カードだけを破壊する――戦闘なのだ。
だが、均衡とはいつか必ず崩れるものである。
「何時までもこのままでも退屈でしょう。こんなのは、どうです?」
またも大きく後退したガレオスが広げる両腕。その先には、一枚ずつカードが握られていた。
二枚のカードのカウントが、同時に進む。右手は三、左手は四。
「それが、どうしたっ」
危険は二倍、けれどコオヤの狙いは変わらない。カードを壊していたのはあくまでおまけだ、本体を打倒すればそれで全てが終わるのだから。
だから、更に速度を上げる。光を超え、時間を超越し、空間さえも圧縮して、一気に距離を詰める。
そうして繰り出した拳を、ガレオスが屈んで避ける。カウントが、一つ進んだ。
続けて蹴り斬るように振るった脚は、横っ飛びで避けられた。カウントが、また一つ進む。
にやりと笑うガレオスに、裏拳を叩き込む。けれどその拳は空を切り、代わりに大きく跳んだガレオスの手から、一枚のカードが儚く散った。
着地したガレオスが、残ったカードを翻す。
「終わり、ですね」
反されたのは、左手のカード。カウントは、零になっていた。
カードが淡い輝きを放ちだす。当然それを黙って見ている訳もなく、走り寄るコオヤだが――
「無駄ですよ。言ったでしょう? 終わりだと」
伸ばされた手は、ガレオスまで届かない。それよりも早く、コオヤの身体を衝撃が襲っていたから。
消えて行くカードには、身体を袈裟懸けに両断される人間の姿が描かれていた。
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