第22話 石壁の巨人

「しかし良かったのか、コーヤさん?」

「ん?」


 望外の再会に咽び泣くカリオン達を満足げに眺めながら、フェリナはふと問い掛けた。


「此処で手を出してしまって。ガレオスとの戦いに備え、余計な消耗は避けるはずではなかったのか?」

「あー……。ま、仕方ねぇだろ。あのままほっとけばこっちの軍が壊滅してたし、何よりガレオスの奴が隠れたまま出てこないんだからよ。だったらあっちの策を丁寧に潰して、出てこざるを得ない状況にするしかないじゃねぇか」


 戦線後方へと続く次元の穴に入っていくカリオン達からの感謝の言葉に適当に相槌を打ちながら、肩を竦める。

 この穴は、先程新たにコオヤが空けたものだ。当初こそすぐさま自分達も参戦する、と訴えてきたカリオン達だが、まず人質を安全な所に置いて来いと言うとしぶしぶながらも従ってくれた。

 彼等にも此方の危惧する所が理解出来たのだろう。再び人質を取られたり、或いは無力な者達を戦火に巻き込む訳にはいかないという心配が。


「ま、何処に居るのか、大体の予想は付いてんだけどな」


 言って、戦場の向こう、コーテンクノアの街を見やる。

 視線の先、街の中央には一際大きな円柱状の宮殿が聳え立っていた。


 ~~~~~~


「くそっ!」


 ガシャン、とけたたましい音を立て、硝子製のコップは地に落ちその命を儚く砕け散らせた。

 白く美しい大理石の床の上に散乱するその破片を更に踏みつけ砕きながら、宮殿の主――ガレオスは口惜しげに顔を歪ませる。


「報告しますっ。カリオン共が我らを裏切りました! 如何なる手段か、契約の魔法は破壊され、人質もまた……」

「そんな事は分かっている! 無能な術者と警備は後で纏めて処刑だと伝えろっ!」


 おぞましい程の勘気に触れ、体をビクリを飛び跳ねさせながらも、指示を受けた兵は急ぎその使命を果たす為この部屋を出て行った。

 四方数十メートル、いや百メートルを越すかもしれない程の広さを誇る謁見の間に、ただ一人ガレオスのみが残される。玉座に座り、豪奢に着飾ってはいるものの、その顔には最早王の威厳など微塵も無い。


「どうしてこう、邪魔ばかりするのでしょうかねぇ、あの野蛮人は。他人種に付くというだけでも愚かに過ぎるのに、加えて私の素晴らしい策の数々をああも野蛮な方法で……! ああ全く、頭に来るっ」


 がしがしと、ガレオスはその禿げ散らかした頭を掻き毟る。

 彼にしてみれば、コオヤの行いは全く以って度し難い蛮行の連続だった。


「力押し等、この世で最も野蛮な戦法です。ですが、しかし……」


 彼の行為を忌避しながらもしかし、理解出来ていた。現状これ以上策を練った所で、逆転は難しいと。

 既に戦況は七:三の割合で相手に傾いている。元より大した信念も無しに戦いに望んでいる兵達の中には、逃亡する者まで出る始末だ。


(そいつ等は後で処分するとして……仕方がありませんか。こんな美しく無い方法になど、頼りたくは無かったのですが)


 妥協と共に、苛立ちの籠もった声で人を呼ぶ。

 すぐさま扉を開き現れた部下が跪く、その無力な姿に少しだけ溜飲を下げ、不満と共に指示を出した。


「『ノックンステア』を起動させなさい」

「は……? ノックンステアを、ですか?」


 己の聞いた事が信じられず、部下は呆然と一度聞き返した。

 そんな愚鈍な男に、落ち着いたはずの怒りが再び湧いてくる。目尻に皺がより、主の怒気を感じ取った男がびくりと震える。


「そうです。二度は言いません、早くしなさい」

「し、しかしガレオス様。今あれを起動させれば、こちらの兵までもが……!」

「二度は言わない、と言ったはずですが」


 有無を言わせぬ恐ろしさが、今のガレオスにはあった。

 正に爆発する寸前の活火山のような、決して触れてはいけない怒りの予兆が。

 慌てて頭を下げる。そうして部下は一際大きく声を張り上げると、


「はっ! 了解いたしました!」


 了承の言葉と共に、逃げるように部屋を出て行った。

 再び一人となった謁見の間で、ガレオスは疲れたように玉座に深く寄り掛かる。


「使えない連中ばかり。全く、イライラさせてくれますね」


 そうして、傍らの木机に手を伸ばし――


「ちっ!」


 そこに置いてあるはずのコップを先程割ってしまった事を思い出し、忌々しげに舌打ちを鳴らす。

 同時、苛立ちをぶつけられた机が木っ端微塵に砕け散った。それでも覚めやらぬ怒りに拳を震えさせ、巨大な窓から外を睨む。


「それもこれも、貴様のせいだ。野蛮な人間が――」


 絶対に許しはしない。怨讐を籠めて、ガレオスは戦場へと思いを馳せた――。


 ~~~~~~


 瞬間。五感を越えた感性が感じ取った力の気配に、コオヤは口の端を吊り上げる。

 ぎちり――そう音が鳴ったと錯覚する程の力の張りに、思わず主に目を向けるフェリナへと、言う。


「――見~つけた」

「見つけた……? 何を――っ、まさか!」

「ああ。ガレオスだ」


 知らず、表情が獰猛な笑みへと変わる。

 ようやくか、と呆れたい気分だ。一瞬だけの力の発露、大方苛立ちのあまりつい出てしまったのだろうが、力を隠し潜み続けたにしては何とも無様。

 まあ、そうなるように策を潰して回ったのだから、此処は素直に此方の勝利と胸を張るべきか。

 何にせよ、やるべき事は決まっている。


「それじゃあ俺は、俺の役目を果たしに行くとしますかね」


 何度か屈伸、鈍った身体に活を入れ、首を回す。

 標的の元へと一気に飛び込もうと両足に力を籠め、


「っ!? な、何だこの振動は!?」


 フェリナの狼狽した声に、突撃を一時中断した。

 地鳴りと共に、大地が揺れる。突然の異常事態に、戦場さえも困惑で動きを止めた。

 日本に住んでいた者として地震に慣れていたコオヤは特に気にする程でもなかったのだが、流石に震度四に匹敵する地震を不慣れなこの世界の住人が体感すれば、まともに動けようはずもない。


「地震か……! 戦争の最中だというのにっ」

「いや。こりゃ、地震じゃないみたいだぜ」


 え? と間抜けな声を出す従者に、軽く首の動きだけで示してやる。

 その誘導に従ってコーテンクノアを見やったフェリナの目に映ったのは――土煙を上げながら形を変える巨大な城壁という、何とも奇怪な光景であった。

 誰もが現実を受け止めきれず、思考を硬直させる。その間にもブロック状に分かれた城壁は積み木でもするように組みあがり、一つの形を成していく。

 やがて、完成したのは……巨大な石壁の巨人であった。


「ゴ、石人形ゴーレム!? だが、あんな巨大な……!?」


 全高四十メートルを優に超える赤茶けた巨人の威容に、さしものフェリナも狼狽を隠せない。彼女だけでは無い、トラッドも、彼が率いる軍も、更には帝国の兵達でさえ、突如現れた巨人を呆然と見上げている。

 しかも恐るべきは、そんな巨体が二体存在するという事であろう。


「街をぐるっと囲む城壁を丁度前後半分で割って、二体の巨人を造った訳か。面白い事するな」

「感心している場合かコーヤさん! あれは恐らく人滅兵器の一種だ。確か昔、そんな話を聞いた事が……」

「分かるのか?」

「いや、詳しくは。誰か、あれについて分かる者はいないかっ!?」


 避難を続けていたカリオン達へとフェリナが呼びかければ、顔を見合わせる当人達の中から、青年が一人手を挙げた。


「あ、あれは、『ノックンステア』と呼ばれる人滅兵器ですっ。かつての戦でこの街の防衛の為に使われたものの、六戦将によって破壊されたという話だったんですが……いつの間にか、修復されていたようですっ」

「停止させる手段はあるのか?」

「事前に下した命令を忠実にこなす、自動行動型なので……破壊するか、魔力切れを待つしかないかと」


 最大まで蓄積されていた場合、魔力が枯渇するには三日は掛かります。

 そう締めくくられた青年の言葉に、聞いていた者達は一様に絶望的な顔を作る。

 あんなものを三日も放置していれば、此方の軍は間違いなく壊滅だ。逃げたとしても、その間に魔力を補充されれば意味が無い。

 しかし破壊しようにも……あの巨体は、あまりに暴力的過ぎた。動きこそ大振りで鈍重だが、その一撃は大地を砕き、その頑丈な肉体は剣を矢を弾くだろう。

 唯一幸いなのは、細かい命令は出せないのか、手前に居る帝国軍までもが被害にあっているという事だ。ただでさえ劣勢だった帝国軍は背後からの奇襲によって壊滅、三々五々に逃亡を始めている。

 詰まりあのゴーレムさえ倒せれば、此方の勝利。だがその勝利条件が、限りなく遠い。


(どうすれば……)


 その内心を表すように、フェリナは隣に立つ主を窺った。

 彼の力があれば――そう、弱い心で縋りかけた彼女を貫くように、真っ直ぐな双眸と目が合って。


「やる事は変わらない。俺は、ガレオスを殺りに行く」

「コーヤさん……」

「行きがけに一体は潰してやる。だから――もう一体は、お前らに任せた」


 ピン、と背筋が立ったような気がした。

 そうだ、何を勘違いしている。彼に願うのは良い、頼るのも良い。しかし、自分達の力で抗う事を止めてしまっては駄目なのだ。

 フェリナは、自身を恥じた。しかし直ぐに頭を振って気持ちを切り替えると、己を射抜く視線を弾き返すように主を見詰め返す。


「分かった。任せてくれ」

「ちょっと待て。勝ち目はあるのか?」


 子供を置いてきたのだろう、いつの間にか戻ってきていたシーネアの問いに、首を横に振る。

 絶句する彼女に、しかし絶望など微塵も無しにフェリナは、


「だが、何とかするさ。そうでなければ、この人の従者ではいられないからな」


 笑みさえ浮かべて、そう言い切ってみせた。

 その言葉を聞いたコオヤが、背を向ける。巨大なゴーレムを透過して玉座に座る強敵を睨み付け、両足には既に力が再装填されている。

 膝を曲げ、大きく一度屈み込む。蓄えられた力が一気に地面に叩きつけられ、彼の姿は一瞬の内に掻き消えていた。


「くっ、皆退くな! 此処で引けばわし等の負けだ、急ぎ陣形を整え、魔法で迎撃を……っ!?」


 ――その日。この戦場に立つ誰もが、流星を見た。

 懸命に指示を出すトラッドも、焦り部下を纏める指揮官も、ただ巨体に慄く兵士達も。

 常識を、物理法則を覆し、地上から天へと向かう一筋の光を、確かに見た。

 正に閃光の如き速さで以って駆けたその流星は、立ちはだかる巨大な壁を薄紙の如く突き破り、その胴体に風穴を開け、コーテンクノアへと消えて行く。

 あまりの速度と衝撃、それによって発生した天をも焦がす熱量。それらを一身に受けた石の巨人が熔け消えて行く様を眺めながら、エルフ達は悟った。

 まだ、終わりでは無い、と。


「トラッド殿!」

「フェリナか。今のは、コーヤ殿が?」


 本陣へと飛び込んできたカリオンの少女に、短く問い掛ける。

 答えは分かりきっていた。それでも総指揮官として、確認を取っておく為だ。


「その通りです。……コーヤさんはガレオスを発見し、戦いに赴きました。残るゴーレムを、私達に任せて」

「そうか……」

「協力してください、トラッド殿。私達であのゴーレムを、倒すのです!」


 気合十分、詰め寄る少女に、トラッドは軍を預かる者として冷静に問い返す。


「奴を倒す為の、策は?」

「それは……ありません。しかしっ」

「ならば、前衛の兵でかく乱し、その間に用意した魔法の一斉射での撃破を提案する」


 フェリナが目を見開く。してやったり、という顔で笑い返してやった。


「此処までお膳立てされて諦める程、わしは殊勝なエルフでは無い。どうだ、乗ってくれるか?」

「――勿論です。なんなら魔法を待つまでも無く、撃破して見せましょう」

「ははっ、それは頼もしい。――総員に伝達! あの下らん石人形を叩き壊すっ。勝利を祝う、ド派手な花火を打ち上げるぞっ!」


 トラッドの号令に従って、兵が、指揮官がその役目を果たす為走り出す。

 一対二万。しかしその戦いの結末は、未だ杳として知れない――。


 ~~~~~~


 降り注ぐ流星は、そのほとんどが地表に到達する前に燃え尽きる。

 だがその流星は決して燃え尽きる事無く、むしろ心の炎を更に燃え上がらせて、白亜の宮殿へと落下した。

 正確には落下ではなく、突撃と称した方が正しかったが。


「ぬっ!? な、何ですかこれは!?」


 染み一つ無い美しい謁見の間の壁を突き破り、流星が着弾する。吹き荒ぶ土煙、吹き飛んで行く壁だった瓦礫達。

 その暴威から身を守っていたガレオスが、目蓋を上げた時。そこには、一人の少年が立っていた。


「よう。お前がガレオスだな?」


 知っていた。その少年が誰かを。

 部下の報告で聞いた通りの、茶色の髪に黒い瞳。見たことの無い黒い上着に白いシャツ、黒いズボン。

 そして何より、何処までも大胆不敵で唯我独尊なその有様。


「き、貴様は……!」

「辿り着いたぜ。やっとな」


 コオヤとガレオス。今、二人が対峙する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る