第20話 策を砕く

 コオヤ達一行がレンタグルスを出発してから、三日後。ガレオス領との国境近くに到着した彼等を、一つ目の試練が出迎えた。


「これは……道が、塞がれている!?」

「そんな。崖崩れでも起こったってのか!?」


 兵や指揮官達が口々に騒ぐ様子を少し引いた所で眺めながら、フェリナは現状について主へと問い掛ける。

 その目には数十……いや数百メートルに及ぶ、崩れた土塊によって潰された街道が映っていた。


「どう思う? コーヤさん」

「どうもこうも、ガレオスの奴だろうさ。出発前にこの道の偵察はしていたはずだし、ここ最近で地震や嵐、大雨の類は無かったはずだしな」


 自然現象では無いならば、残る可能性は人為的なものだけだ。そしてこの道を塞いで得をする者など、一人しかいない。

 此方の動きは、ばればれであったらしい。それにしても、まさか街道一つを丸々潰しに掛かるとは。


「他に道は無いのか?」

「あるにはある、らしいが。遠いな、確か此処からだともう三日は掛かる」

「そんなに掛かっては、ガレオスに罠を仕掛ける時間を与えるだけだぞっ」


 一瞬、声を荒げるフェリナ。しかし直ぐに冷静になると、近くに居た指揮官の一人へと素早く問う。


「魔法で何とか出来ないのか? これだけの数が居るのだ、皆で協力すれば」

「出来ない事は無いが、それでも一日がかりの大仕事だ。それに、此処で下手に消耗するのは……」


 渋い返答に、フェリナの顔もまた渋く染まった。

 道中他の街からの援軍とも合流し、数を二万にまで増やしたローレンド聖王国軍だが、それでもこの規模の土砂を取り除くのは容易では無い。

 そもそも、此処にいる者の多くは戦闘向きの魔法を得意とする者達ばかりなのだ。それで無理矢理に破壊しようとすれば、余計な土砂崩れを起こしかねない。

 かといって運搬等の補助系魔法を得意とする者達は、後方担当の一部しかおらず、絶対的な数が不足していた。少なくとも、この道を切り開くには。

 そんな現状でこの道を通ろうとすれば、戦闘の前から多大な消耗を強いられる。それこそ、ガレオスの狙い通りに。


「回り込んでも、突っ切っても地獄か……」


 二者択一。どちらを選んでも、今後の戦いは厳しいものになるだろう。

 腕を組み悩むフェリナだが、同様に軍を率いる指揮官達もまた頭を悩ませていた。

 ガレオスに此方の侵攻がばれていた事も含め、大きく見通しを修正しなければならないか――そう顔を突き合わせる一団の下に、飛び込む影。


「どうだ、何か妙案は浮かびそうかよ?」

「コーヤ殿。いえ、それが……」


 兵垣を越えやって来たこの軍唯一の人間に、指揮官達は揃って首を横に振った。

 直後彼に目を向けられた、筋骨隆々の鍛えられた身体を持つ五十過ぎの総指揮官の男――トラッド、という――もまた、その太い首を横に振る。


「妙案は、無い。が、わしとしては迂回する事を提案する」

「その心は?」

「ガレオスがどの段階で此方の狙いに気付いたのかは知らないが、仮に初めから知られていたのだとすれば、既に三日以上も準備の時間を与えてしまっている事になる。今更もう三日猶予を与えた所で、大勢に影響は無いと考えた」

「なら、下手な消耗を避ける方が良い、と」


 うむ、と深く頷き、トラッドは続ける。


「わしとしては、撤退も視野に入れて考えるべきだと提案する。今回の戦争の核は奇襲にこそある、それが失敗した時点で此方の不利は明白だ」


 もし彼の言う通りガレオスが初めから此方の狙いに気付いていたのならば、罠だけでなく純粋に戦力を集結させている恐れもあるのだ。そうなれば、数でも戦力でも負ける事確実である。

 肥沃な土地であるガレオス領には、相応の人口が存在し相応の兵が常駐しているのだから。それらを完全に集められれば、勝ち目は無い。

 一様に沈み込む指揮官達。が、この男だけは違った。


「いや、退くのは無しだ。此処で逃げた所で、『次』がねぇ」


 コオヤの言葉に、更に場の雰囲気が重くなる。

 そう、例え此処で退いたとしても、状況は不利になるばかりである。現状のままでは帝国が本腰を入れた瞬間に潰されかねず、そしてその可能性は時間が経つ程高まるのだから、多少の不利でせっかくの機会を放棄していては未来は掴めっこないのだ。

 故に、コオヤは進軍を提案し。そして、現状の解決策をも提示した。


「だから、俺がやる」

「「「え?」」」

「要するにだ。大して消耗させる事もなく、直ぐにこの道を通れりゃ良いんだろ?」


 そう言って、彼は握った拳を軽く掲げた。

 それから五分後。巨大なレーザーでも撃ち込まれたかのように一直線に切り開かれた街道を、崩れそうな一部の壁面へと魔法による舗装を施しながら、一行は通過して行ったそうな。


 ~~~~~~


 崖の間に打ち開かれた街道を抜け、短い青草の広がる平野に辿り着いた一行は、そこで一晩明かす事となった。

 此処からガレオス領最初の砦まで、およそ五時間。しっかりと休息を取った上で朝一で出立し、そのまま砦を奪い取る予定だったのだが。

 夜、皆が寝静まり日も変わる頃。第二の試練がやって来た。


「…………」


 ぱちり、張られた天幕の中で寝に入っていたコオヤが、唐突にその目を覚ます。

 彼は被っていた薄い布を払いのけると、先程まで抱き枕にしていたフェリナを揺り起こした。


「起きろ、フェリナ。敵だ」

「ん……コーヤ、さん? え……敵っ!?」


 彼女の反応は早かった。がばりとと飛び跳ねるように勢い良く身を起こすと、すぐさま臨戦体勢を取る。


「何処だ、敵はっ!?」

「まだ居ねえよ。これから来る所だ」


 へ? と間抜けな声が出た。言われて気付いたが、陣地があまりにも静かだ。聞こえるのは精々が夜風と虫の声だけで、敵の襲撃を受けたにしては平常過ぎる。


「これから、とは? どういう事なのだ、コーヤさん?」

「そのまんまの意味だ。夜襲を掛けようとしている敵が居る、此処から北東に十七キロ。この速度なら後三十分もすれば到着するか」

「ほ、本当か? 何故それが分かったのだ?」

「気配。正確にはもっと前から気付いてたが、そろそろ伝えるべきかと思ってな。数は千二百とんで八、騎兵だけの構成だ。完全に奇襲とかく乱の為だけの部隊だな、こりゃ」


 絶句した。十七キロも先の敵の気配を、仔細全て完璧に読んだというのだ。

 気配を読む事についてはフェリナもそれなりに自信があるが、彼に比べればそんなもの霞んでしまう。


「な、ならば急いで皆に報せなければ!」

「ああ。だからお前は、総指揮官のトラッドにこの情報を伝えろ。それとついでにこうも言っとけ」


 寝起きの体を起こすように伸びをしながら、コオヤは、


「兵達を起こす必要は無い。全部俺が片付ける、ってな」


 何でもないように、そう言った。

 再び、言葉を失う。が、すぐさま再起動、フェリナは慌てて彼に詰め寄った。


「頭が可笑しくなったのか、コーヤさん。熱でも出したか!?」

「そこまで本気で心配されると、ちょっと傷つくな。別に狂ってねぇし病気でもねぇ、ただ此処でわざわざ兵士を起こして、余計な負担を掛ける必要も無いだろって話だ」


 此方の軍を叩き潰す気にしては、相手の数が少なすぎる。敵の狙いは、十中八九此方の消耗だろう。

 夜も満足に寝れない状態で砦に進軍して来た所で、満足な結果は出せまい。その為の云わば睡眠妨害の部隊なのだ、奴等は。

 そうフェリナに伝えれば、唸るように神妙な顔をされた。


「貴方の考えは分かった。だから兵達は眠らせたままで、自分が全ての敵を打倒する、と」

「そうだ。ま、一応総指揮官ぐらいには伝えておくがな」

「……貴方の力は知っている。だが本当に、大丈夫なのか?」


 不安げに揺れる金色の瞳。それに、笑って返す。


「お前は俺の母親か何かか。心配せずとも、たかが千二百人。それも雑魚ばかりだ」


 だから問題ねぇよ。そう語る彼の姿には、確かに気負いも緊張も微塵も無い。

 その事実に、ほっと安堵する。


「分かった、総指揮官殿には伝えておこう。しかしコーヤさん」

「ん?」

「何故わざわざ私を起こしたのだ? そっと抜け出し、一人で事を行えば良かったのではないのか?」


 彼女の問いに、天幕から出ようとしていたコオヤは一瞬だけその動きを止めると、


「だってもし俺が出てる最中に目覚めたりしたら、お前心配して騒ぐだろ? コーヤさんは何処に行ったのだー、って」

「な、そんな事はっ! ……そんな事は……」


 違う、と言い切れない。実際そんな状況になったら、騒いでしまう自信があった。

 色々と無茶苦茶な行動を取る彼だからこそ、心配なのだ。色々な意味で。

 反論を萎ませたフェリナに愉快そうに笑いながら、再度背を向けたコオヤは片手を上げ、


「じゃ、行ってくる」


 閉じた天幕を慌てて開けた時には、もう彼の姿は何処にも無かった。

 風が、吹く。何となく一度、その風に煽られるように半分の月を見上げた後、フェリナは駆けだした。主に託された使命を果たすために。


 兵達が安眠を続ける、その傍ら。ひっそりと千二百の兵が、月夜に消えた。

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