第16話 戦う理由
朝。ローレンド聖王国首都、レンタグルスは静かに夜明けを迎えていた。
小鳥が囀り街は朝日に照らされて、エルフや小動物達は目を開け動き出す。それは当然、街の一角に建つこの豪邸でも同じはずだったのだが――
「ちょっとコーヤ、これどういう事よ~!」「ど、どういう事なんですかコーヤさん!」
けたたましい少女達の叫びが、朝の静謐な空気を引き裂いた。音の元は、この屋敷の主の部屋。
そこには、欠伸しながらベッドからその身を起こすコオヤと、彼を指差し慄くイリアとクランのエルフ二人組み。そして、彼の隣で未だ寝ぼけた様子で眼を擦る、カリオンの少女――フェリナの姿があった。
「煩いなぁ。寝起きに大声出すんじゃねぇよ」
「だ、だってコーヤさん。どうしてフェリナさんと……」
「そりゃお前、一緒に寝たからに決まってるだろ」
「寝たっ……!?」
ぴしり、とイリアとクランが固まった。まるで石像になったように動かない二人を余所に、背伸びをするコオヤだが、その時部屋の扉が突如として開く。
「何かあったのです、か……!?」
「ん~。お姉ちゃん……?」
現れたのは、フェリナの妹――クスナを伴った犬耳少女、カルナであった。彼女はざっと室内の様子を見渡すと、ベッドに同居するコオヤと親友の姿を認識、やはり固まってしまう。
一方まだ幼いクスナはといえば、寝起きということもあり現状が良く把握しきれず、とりあえず見つけた姉の下へと走り寄ると、そのまま抱きついた。
「起きたらいなくなってるんだもん、探したよー」
「ん……それは悪かったな、クス、ナ?」
妹の声ではっきりと目を覚まし。そこでやっと、フェリナは現状を正しく把握した。
即ち――コオヤと同じベッドで一晩過ごした上、その状況を皆に見つかったということを。
「あ、あああああ! い、いや、違うんだこれは!」
「何が違うの、お姉ちゃん?」
慌てて否定する姉の様子に、無邪気に首を傾げるクスナ。
その間に石像から生体へと蘇った三者は、急いで彼等へと詰め寄った。
「コ、コーヤさん~!」「コーヤー!」
イリアとクランは、それぞれコオヤへと。
「一体どうなっているんです、フェリナ! ま、まさか貴女……!」
そしてカルナは、フェリナへと。切羽詰った様子で問い詰める。
「ち、違うと言っているだろう! 何を勘違いしているか知らないが、恐らくカルナの思っていることとは違うぞ!」
「いえ、良いんですフェリナ。そう言えと命令されているのでしょう? この人畜生めっ……! 弱みを握ったからといって、このような蛮行! やはり刺し違えてでもっ」
「わあー! 落ち着け、カルナ!」
メイド服のスカートの中から取り出した短刀を手にコオヤに迫る親友を、必死で押し留める。目がマジだ。このままでは本当に、血の雨が降りかねない。
最も、降るとすればそれはカルナ本人の血になってしまうだろうが。
「早く答えなさいコーヤ!」「こんなの嘘ですよね、コーヤさん!」
「放して下さいフェリナ! この男だけはっ」「だから誤解だ、カルナー!」
騒がしい同居人達(プラス一)。その喧騒にさらされながらも、マイペースに首を回して眠気を飛ばしたコオヤは、騒ぎを無視して隣の少女に同意を求める。
「うるせぇよな、こいつ等」
「んぅ? ん~……。クスナね、にぎやかなの好きだよ!」
「そうか。ま、楽しいもんな」
「うん!」
満面の笑みで頷く少女の頭を撫でながら、自身もまた半分呆れたような笑みを浮かべたのであった。
「……私は寂しいなぁ」
その様子を、扉の影から蚊帳の外で見ていた魔導戦将が居たとか、居ないとか。
~~~~~~
「今度の戦争、俺も暴れさせろ」
場が、水を打ったように静まり返る。
此処は、レンタグルス中央部に建つ宮殿――元レストの住居、現エルフ達の政治中枢――の一角に存在する、無駄に広い会議室である。
昼過ぎ現在、此処では近く始まる大規模な戦争に向けた作戦会議が行われていたのだが、珍しくその会議に参加したコオヤが初めてした発言が、先のものであった。
エルフの重鎮達が皆固まり、彼を見る。様々な感情の載せられた幾十もの瞳に射抜かれながら、コオヤは平素通りの様子で背もたれに寄り掛かり、文句はあるかとばかりに足を組んだ。
「どういうことですかな、コーヤ殿……?」
「もうすぐ、でかい戦争をやるんだろ? そこで、俺も戦うって言ってんだ」
代表して問いをぶつけて来た老エルフ、ジンカー――イリアの祖父で、この国の国王――にそう答えれば、返って来たのは渋い顔。
いや、彼だけでは無い。この場に居る自分以外のエルフ達全員が、大なり小なり不満気な顔をしている。中には、あからさまに怒りを示している者も居る程だ。
「何をふざけた事を言っている! 戦争は基本私達だけでやると、そう取り決めたはずだ!」
「そうだ! 下らん気まぐれで約束を反故にされたんでは、話にならない!」
そんな、怒り心頭なエルフの音頭に従うように、数名のエルフがコオヤを批判する方向へと傾いていく。
彼等は揃って身勝手な事を言い出した人間を糾弾しようとして、
「――」
「う……」
すっと流れるように視線を向けられた、それだけで押し黙ってしまう。
今批判を展開した者達は、総じて『人間である』というだけで未だコオヤに対して不満や嫌悪感を抱いていた者達ばかりだ。故に、その反発は誇りによるものでは無く単なる条件反射、不満の発露に他ならない。
そんな芯の無い思いなど、遥か高き強者と直に向き合えば容易に霧散してしまうというものである。それこそ特に敵意を籠めた訳でも無い静かな目線、それだけでも。
「――ほらっ皆の者、少し落ち着けい!」
手を打ち合わせる乾いた音と共に、静寂は打ち壊された。注目を集めたジンカーはそのまま一同を見渡すと、自分が代表して彼に聞く、と目だけで宣言。
反論は、出なかった。ジンカーが皆に認められているという事もそうだし、この場に居る者の多くは、先程の数名を除けばコオヤに特に嫌悪感を抱いてはいないからだ。
むしろ、己等を救ってくれた彼に純粋に感謝している者がほとんどである。だからこそ基本的には、まず話を聞いてから判断しよう、というのが大多数が持つ意見なのだ。
「さて、それではコーヤ殿。一体どうしてそのような事を言い出したのか、聞かせてもらってもよろしいですかな?」
「別に、大した事じゃない。ただ……喧嘩を売られたんでね」
「喧嘩?」
繰り返すジンカーに頷いて、
「そうだ。お前らさ、今度の戦争。隣のガレオス領に攻め入るつもりだろ?」
「「「んなっ……!」」」
騒然とする会議室。まだ彼には話していないはずの標的を当てられ、一斉にエルフ達が浮き足立つ。
「やっぱりそうかい」
「ど、どうしてそう思うのですかな、コーヤ殿。まだ旧レスト領の制圧も完了していない今、六戦将健在の別領地にまで手を出すのは、自殺行為だと思うのじゃがのう」
「今だから、だろ。残ってるレスト領は後僅か。そこそこでかい街が一つと、後は小さな村が点々としている位だ。はっきり言って、お前らの勝利は議論するまでも無く確定してる」
「ならばまず、そこを制圧して国力、及び戦力を高めるのが」
「仮に、そうした場合。帝国に対抗することは難しい、とお前達は判断した。違うか?」
「…………」
図星を突き当てられ思わず黙りむジンカーへと、自論を続ける。
「今上手くいってんのは、領地を治めていたはずのレストが消えたことで統率がまるでとれて無いのに加え、相手が油断しているからだ。所詮エルフと、どの街も、そして帝国自体も、こっちを舐めてやがる。だから無理矢理押し切れるし、増援だって送られてこねぇ」
「……それが何故、隣のガレオス領に今、攻め入ることに?」
「もし、このローレンド聖王国が旧レスト領の全てを領土に入れた場合。流石の帝国もそろそろ潰しに掛かるか、と考えるだろう。或いはそこまでいかなくとも、自領の防備位は固めるはずだ。そうなれば、きちんとした統率者が居る上に油断も少なく、加えて数も勝る帝国軍に勝たなきゃならなくなる。きっついよなぁ、それは」
「そう、ですな。六戦将はコーヤ殿にお任せするにしても、その他の戦場で勝つことは、難しくなるでしょう」
「だから、だ。まだレスト領を制圧しきっていない今ならば、まさか自分達の所に攻め入ってくるとは思っていない。油断がある、隙がある、その空白を突ける。一度限りの、奇襲攻撃。そしてそれを実行するならば、ガレオス領以上に適した場所はない。だろ?」
「う~む……」
知れず、ジンカーは唸っていた。正直な所、彼の言っていることは全て大当たりだったのである。
「地図を見る限りじゃあ、あそこはレスト領との国境近くに首都がある。小さな砦を二・三越えれば、もう中枢に到達だ。おまけにガレオス領は畜産や漁業が盛んで、大穀倉地帯まで抱える、帝国の台所。あそこを崩し取れれば、帝国に大打撃を与えつつ、自分達は大いに潤う。狙わない理由が無い」
コオヤの独壇場は、まだ続く。
「更にだ。あそこは元々獣の種族、カリオンの国があった場所。奴隷のほとんどは当然、カリオンで構成されている。勝利出来れば、そいつらを纏めて仲間に出来るってことだ。カリオンと言えば、優れた身体能力を持ち接近戦に長ける者が多いらしいし……魔法を主に扱い、後衛に向くエルフとは相性抜群。仲間に加われば大幅な戦力アップ、だよな?」
確認するように問い掛ければジンカーは深く頷いて、
「正に、言った通りですじゃ。我らはそれらを理由に、ガレオス領への侵攻計画を立てておりました。……しかしコーヤ殿、良く分かりましたな。てっきり何と言うか、その……」
「んなこと考えられない位馬鹿だと思ってた、ってか? 酷えぜそりゃあ。俺は確かに細々と考えるのは嫌いだが、嫌いなだけで苦手じゃないんだぜ?」
「ほほ、全く。これは失礼を」
笑い合う二人に、場の空気が和んでいく。やがて一頻り笑い終えたジンカーは、改めてコオヤへと問い掛けた。
「それで、それがどうしてコーヤ殿の参戦に繋がると?」
「まず一つに、ガレオス領の首都に攻め入るのなら、当然領主の六戦将――詰まりはガレオスが出てくるだろう、ってのがある」
「でしょうな。それに関しては、計画をあらかた立て終えてからお話しに行こうと考えておりましたのじゃ」
「まあ、六戦将と戦うのが俺の役目な訳だしな。そりゃ当然だ」
「ええ。ですがわざわざこうして宣言しに来たという事は、それだけでは無いのでしょう? コーヤ殿の言うところの参戦、とは」
「そりゃな。俺が言いたいのは、ガレオスとの直接対決以外でも戦場に出たいってこと、だ」
「むぅ、それは……」
ジンカーは、露骨に難色を示した。
彼の力の強大さは良く知っている。もし戦場に出ようものならば、それだけで勝負がついてしまうだろうことも。
だからこそ、エルフ達は彼が易々と戦場に出てくることを拒否したのだ。それでは結局、どんなに領土を広げ自由を手に入れても、全て彼から与えられたものになってしまうから。
それは人間に支配され、そのお零れや与えられた残飯で生活していたあの頃と、何が違うというのか。そんな状況から脱し、誇りを取り戻す為に自分達は立ち上がったのではないのか。
そう強く思っているからこそ、彼の参戦を簡単に許す訳にはいかない。それが、この場の……いやこの国のエルフ達の、満場一致の見解だった。
「余程の理由が、あるのですかな?」
「ああ。さっき言った通り、喧嘩を売られたんだ。糞ムカつく方法でな」
コオヤの脳裏に、ここ数日の記憶が浮かび上がってくる。
突如襲い掛かってきたフェリナ達。そうして無茶苦茶な理由で屋敷に転がり込み、従者となった彼女等。それからの騒がしくも穏やかな日々。
そして、あの決闘と――涙を流す、少女の姿。
「身内を泣かされて黙っていられる程、俺は穏やかな人間じゃないんでな」
「コーヤ殿……」
「だから、潰す。策略が得意らしいそのガレオスって奴のこと、きっと突然の侵攻にも多彩な策を以って対抗しようとするんだろうさ。そのお得意な策略の全てを、無意味とばかりに上から力で押し潰す。想定の全てを突き抜けて、真正面から真っ直ぐぶち抜く。そうして追い詰めたガレオスをこの手でぶん殴るのが、今回の俺の目的だ」
潔すぎる理由だった。普段ならばただ相手をぶちのめすだけのコオヤが、そうまで拘る程の怒りであった。
冷静であるように見えて、その実内心で激情を燃やす彼に気付いて、ジンカーは悟る。止めることは不可能だろう、と。
遅れて、他のエルフ達も薄々勘付く。彼の、思いの強さに。
ちらり、ジンカーは皆を窺った。誰もが頷いている。先程までコオヤに不満をぶつけていたエルフ達までもが、不承不承ながらしっかりと。
「コーヤ殿」
「ん?」
「――分かりました。貴方の参戦を、認めましょう。今回の戦争では、貴方が中心となることも」
それは、彼の身内を想う心を感じ取ったが故の、満場一致。自分達が虐げられた仲間を救う為戦っているように、彼もまた仲間の為に戦おうとしている。
ならば、どうしてそれを邪魔出来ようか。例え人間であっても、その輝く心をどうして否定出来ようか。
「ですが勘違いしてもらっては困りますぞ、コーヤ殿」
付け加えるように、ジンカーは言う。
「これは、貴方一人の戦争ではありません。我々の、戦争です」
その『我々』に含まれているのが、エルフだけでは無いことは明白だった。
コオヤの顔に、笑みが浮かぶ。
「ああ。俺達で、勝ちを取る。それで良いんだろ?」
満足そうに頷く者、静かに同意する者、仕方が無いと鼻を鳴らす者。各者各様の反応を見ながら、ジンカーは一度大きく息を吸うと、
「さて! それでは最終調整へと移るかの!」
厳格な声音の中に喜色を滲ませ、皆を戦争の準備へと促したのだった。
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