第5話 静かなる殺意

 人は予想外の事態に遭遇した場合、一体どのような行動を取るのだろうか?

 硬直する者、逆に冷静になる者、動揺し慌てる者。その人の性格・性質によって様々ではあろうが、少なくともこのカリオンの少女――フェリナは、三番目に属する人間……いや、獣人であったらしい。


「ど、どうすればよいのだ、これは!」

「……落ち着いて。するべきことは、変わらない」


 髪と同じ栗色の尻尾を不安定に揺らしながら、友人であるカルナへとひそひそ声で縋りつく。動揺で目は泳ぎ、全身からは冷や汗が滝のように溢れ出す。

 そうして食堂の隅に固まる自分達へと向けられる、イリアとクランの疑問の視線。だがそれを気にしている余裕も無く、カリオンの少女二人は必死で現状打開の為の作戦会議に取り組んだ。


 ――何故、こんなことになったのか。その切欠は、今からほんの数分前まで遡る。


 それは二人が着替えを済ませ、案内されるままに食堂に赴き、初仕事である昼食作りを終えて、いざ食事にしよう、と料理を運んでいる時のことだった。

 ちなみに今二人は、揃って黒白のメイド服に身を包んでいる。元々この屋敷に仕えていた人間達が残して行ったものだが、どうせ使用人として働くのならばやはりこの格好だろう、とフェリナが言い出した為、そのまま採用されることとなったのだ。

 ただ、極標準的なロングスカートタイプのメイド服を着るカルナに対し、フェリナのメイド服はといえば、随分と裾の短いミニスカートタイプのものである、という違いは存在したが。

 どうやら、動きにくいのを嫌ったらしい。すらりと伸びた健康的な両足が、実に目に毒である。

 ともかく、そんな二人がそこそこ上手く調理をこなし、皆が待つテーブルに食事を運んでいる最中。食堂の扉が静かに開いたかと思うと、そこから見知らぬ人物が姿を現したのだ。

 貴族のような、しかしあまり飾り立てられていないスマートな服装に身を包んだその青年は、そのまま皆の着く長大なテーブルの一角へと歩み寄ると、椅子を引いて腰を下ろす。そうして、丁度料理をテーブルに置いたフェリナの姿を見て、口を開いた。


「おや、いつの間にか新しい使用人を雇ったのかい?」

「ああ。ついさっき、な」


 答えたのは向かいに座る少年、コオヤだった。彼の言葉を受けた青年はそうかい、とだけ返すと、今度はフェリナに話し掛ける。


「悪いけれど、私の分も食事を用意してもらえるかい?」

「それは、別に構わないが……。失礼だが、貴方は?」


 僅かな警戒と共に、問い返す。それは青年が、自分達とは違う種族――即ち人間であったからだ。

 コオヤのことは敵では無いと理解し納得した彼女だが、だからといって人間全てに友好的となったわけでは無い。此処にいる以上この青年が敵ということは無いだろうが、それでも素状の分からない相手に心を許す程、彼女は間抜けではなかった。

 問われた青年は、今気づいたとばかりに一つ間を置いてから、


「私の名はレスト。かつては六戦将の一員で、『魔導戦将』と呼ばれていた者だ……と言えば、分かってもらえるかな?」

「そうか、六戦将の……六戦将!?」


 びくっ、と思わず飛び退いた。そのまま信じられないものを見るような目で今しがた名乗った青年、レストを見るフェリナ。

 ありえないことだった。かの六戦将が、今己の目の前に居る、など。まして彼は、既に打ち倒されたはずのあの『魔導戦将レスト』だという。

 此方の突飛な行動にも気を害した様子も無く、向かいのコオヤへと何やら話し掛けて居る男をまじまじと見る。さらりと流れる金の髪、整った顔の造形、意識してようやく分かる程に自然で、しかし不思議と強大な圧力を感じる魔力。確かにどれも、聞いていた特長とぴたりと一致している。


「どうしました、フェリナ?」


 親友の驚愕の声を聞き、厨房からカルナが顔を出す。彼女に顔を向けたフェリナは、ぱくぱくと声も出せずに口を開閉させた上、意味の分からないジェスチャーを繰り返した。


「それでは分かりません。きちんと話してください」


 不審な挙動を繰り返す親友に近づき問えば、彼女は何度か深呼吸。心を少しだけ落ち着けて、


「あ、あの人、あの人がっ!」

「あの人? ……あそこに座っている人間が、どうかしたのですか。確かに人間は私達にとって忌むべき存在ですが……此処に居る以上、敵ということは無いでしょう。一応は主であるあの化け物男と同じく、他人種側につく奇異な変人なのでは?」

「ち、違っ……! 六、六戦将!」

「……六戦将? 何を言ってるんです、フェリナ?」


 胡乱気な目を向ける友人に構わず、フェリナは続けた。


「だから、あの人は六戦将の……『魔導戦将レスト』なんだっ!」

「は……?」


 頭の中が真っ白になった。魔導戦将? 誰が、彼が?

 ありえないことだった。魔導戦将は打ち倒されたと、そういう話であったはずだ。それが此処に居て、しかも打倒した張本人であるはずの男と共に、食卓を囲んで団欒している? 何の冗談だ、それは。


「ほ、本人がそう言ったんだ。それに見てくれ、ずばり特徴が一致するだろう!?」


 言われ、改めて件の人物に視線を向け観察してみれば、なる程聞いていた情報と一致する。

 その上エルフの国の中心部たるこの街に居て、かつ重要人物であるはずのコオヤと対等に話す人間。確かにそんなもの、魔導戦将本人位しか思いつかない。


「まさか、本当に?」

「ま、まずいぞカルナ、こんなのは予想外だ!」


 二人、食堂の隅に集まり顔を突き合わせて悩み合う。こうして彼女等は冒頭の状況に陥った、というわけだった。


 ~~~~~~


「この料理、とっても美味しいですね! 何ていう料理なんですか?」

「あ、ああ。それはルーロといってな、私達カリオンの間では一般的な肉料理で……」


 未だ動揺の抜けきっていない頭で、イリアの質問に答える。

 結局話し合って出た結論は『やるべきことは変わらない』という気休めのようなものだけで、フェリナの心の中は不安で一杯のままだった。

 しかし、だからといって他に道がある訳でもない。元より無茶無謀な道なのだ、今更障害が一つ増えた位で何とする。


(そうだ、やらなければならない。他の誰でもない、私が)


 友人であるカルナにまで協力してもらっているのだ。初めから退くという選択肢はなかったが、今は尚更失敗など出来ない。


(彼女達には、悪いかもしれないが……)


 美味しそうに自分の作った料理に手を伸ばす、イリアとクランを見て思う。自分がしようとしていることは、間違いなく彼女達にとっては害となるようなことだ。それどころか、もっと多くの――ローレンド聖王国全て、ひいては全他人種にとって悪と言える程のことだろう。


(だが、それでも。止めるわけにはいかない)


 葛藤を押さえ込み、決意を固める。その思いの先に居るのは、この国の正に要である少年。


「例えそれが、愚かに過ぎることだとしても」


 ――コーヤさん。貴方を、殺す。

 後半は心の中だけで呟いて。フェリナは、騒がしい皆の輪に加わった。

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