第4話 屋敷の主

「んじゃあつまり、お前達は元々この街に隠れ住んでたカリオンで、人間の姿を見つけたからつい襲撃しちまった、と?」


 目の前で地べたに正座する少女二人へと、呆れたように問い掛ける。

 結局あの後、戦いはすぐに終わりを迎えた。少女達はそれなりの力を持った実力者ではあったが、それも所詮は一般的なレベルの話。殴っただけで世界を丸まる一つ破壊するような男に敵うわけが無い。

 まず狐の少女が(本人としては)軽く近寄ったコオヤに反応することも出来ず、そのまま掴まれ地に叩きつけられ、その光景を目にして咄嗟に動こうとした射手の少女もまたすぐさま同じように叩きつけられ、呆気なく捕縛されることとなったのだ。

 そうして捕らえられた二人から、イリアが間に入って仲介しながら話を聞いたのが、今。どうやら二人は、コオヤが敵だと勘違いして襲撃してしまったらしい。

 まあ、無理も無い。人間=敵、というのはこの世界の他人種全てに共通する絶対認識だ。レンタグルスのエルフ達のようにコオヤを認知しているわけでも無いのなら、まず敵として排除しようとするのが普通だろう。


「「……申し訳ありませんでした」」


 二人、揃って頭を下げる。ただその言葉や動作からは、不承不承、という気配があからさまに漂っていた。コオヤが敵では無いと認識した今でも、人間に謝るのは気に入らないらしい。

 そこら辺の事情は理解している為、コオヤは特に不機嫌になることもなく、彼女達の謝罪を受け入れた。


「誤解が解けたんなら、それで良いさ。運動して腹も減ったし、とっとと帰るか~」


 軽く身体をほぐしながらも、イリアへと振り返る。長々と説教などする気はないし、その意味も無い。すぱっと事を終わらせて、早く家に帰って旨いものでも食べた方がよっぽど有意義だ。

 そうして再びイリアを抱え、今度こそレンタグルスへと帰ろうとした、その時。


「ま、待ってくれ!」


 先程まで地に伏していた狐の少女が、慌てたように待ったを掛けて来た。億劫さを隠しもせず、振り返る。


「何だ?」

「ええと、その……私達も一緒に、連れて行ってもらえないだろうか!」


 予想外の言葉に、動きを止め。コオヤの目が瞬いた。


 ~~~~~~


 ローレンド聖王国首都、レンタグルス。その一角に建つ豪邸は、かつては数多くの人間が暮らし活気に溢れていたが、今はほんの数名の住人しか住んでいない。特に家主が出かけている現在は、屋敷の広さからは考えられぬほど静かな時間が流れる空間となっていた。

 そんな豪邸の一室に、少女は居た。


「もー……いつになったら帰って来るのよ、あいつは」


 美しい金色の髪をツインテールに纏めた、気の強そうなエルフの少女――クランである。

 彼女は豪邸らしい高そうなふかふかのソファーに腰掛け、俯いてぶつくさと文句を垂れ流している。その大半が此処にいない家主、コオヤに向かって放たれていた。

 そう、この豪邸の持ち主は何を隠そう、コオヤなのである。かつてはトランドという人間の豪商が使っていた屋敷なのだが、ローレンド聖王国が発足した際、魔導戦将の打倒を始めその建国に大いに貢献した報酬として、彼へと与えられたのだ。

 コオヤ自身は特に住む場所に拘りは無かった為、特別喜んだりはしなかったのだが……それでもせっかくもらえるならば、とこの街に居る間は此処を住居として暮らすことにしていた。

 ちなみに、イリアも一緒に住んでいたりする。流石にかつてのように一緒の部屋で、という訳ではなかったが。

 そして、そんな状況を色々な意味で危険と捉えたクランは、何かにつけてこの屋敷に出入りしては、コオヤにちょっかいを掛けていた。今では玄関の合鍵も持ち(半ば強引に奪った)、自由に出入りすることを許されている程である。

 故にこうして、家主が居ないにも関わらず屋敷の一室で愚痴を零す、なんてことが出来るのだ。これはコオヤが彼女にそれなりに気を許している、ということの表れであるのだが、残念ながら彼女は気づいていない。


「はぁ……」


 短い溜息。彼の力を良く知る身として、無事だろうとは思っているが、それでも心配だった。何せ彼は、戦争の場へと向かったのだ。以前の魔導戦将との戦いの際、ボロボロに傷つき死にかけたその姿を実際に見た者としては、どうしても心が不安に揺れてしまう。

 今日何度目かも分からぬ溜息が、再び漏れる。


(……このまま此処に居てもしょうがない、か)


 丁度お昼ごろだし、何か作ろうか――そう思った彼女がソファーから腰を浮かせかけた、その瞬間。突如目の前の空間に、亀裂が走る。


「へっ? えっ、な、何!?」


 戸惑う彼女の前で亀裂は更に皹を深めると、限界を向かえ砕け散る。ぱらぱらと降り注ぐ、空間の破片。


「何だ来てたのか、クラン」

「コ、コーヤ!?」


 そうして空いた時空の穴から歩み出てきたのは、良く見知った人影だった。もう何日も共に過ごした相手だ、今更見間違うはずも無い。


「あ、あんた、何してんのよ!?」

「んあ? 別に、ただ帰って来ただけだろ?」

「帰り方が普通じゃない、って言ってんの!」


 急いで抗議するものの、コオヤは此方の言葉などまるで気にせず両腕に抱えていたイリアを近くのソファーに降ろすと、自身もまた腰掛ける。

 その態度が一層癪に障り、クランは口を尖らせた。


「もうちょっと配慮するとか出来ないの、あんたは?」

「自分の家に帰るのに、何を配慮しろってんだよ。人ん家に勝手に入っておいて、態度がでかいぞ、クラン」


 う、とクランは唸った。確かに彼は家主で、自分は部外者。配慮するべきがどちらかは明白である。


「ああ、それと」


 と、何とか言い返せないかと思考していたクランは、ふと思い返したように放たれた彼の言葉に顔を上げた。何? と首を傾げれば、彼はまだ空いたままだった時空の穴へと顔を向けて、


「今日から同居人が増えることになった。一応、お前にも紹介しとく」


 言葉に応えるように、穴から出てくる二つの人影。どちらもクランの見たことの無い、カリオンの少女だ。

 訳が分からず、コオヤと彼女達の間で視線を往復させる。


「だ、誰?」

「え~と……そういやまだ名前を聞いてなかったな。何ていうんだ?」


 今更過ぎる問いかけだった。事情を知らないクランにでも分かる。もっと早く聞いておけ、と。

 問われた少女達は、周囲の様子を興味深げに窺いながらも、答える。


「私の名前は、フェリナという。以後、よろしく頼む」

「……カルナです。よろしくお願いします」


 上から順に狐の少女、犬の少女である。

 きちんと身体を折り曲げて礼をして名乗ったフェリナとは反対に、カルナはといえば実に不満げな態度だ。どうやら、まだ友好的とは呼べない段階らしい。


「んじゃ、改めて。コオヤだ、よろしく」

「イリアです。分からないことがあったら、気軽に聞いてください」

「クランよ。この二人と違って、私は此処に住んでるわけじゃないけど……っていうかコーヤ、同居人ってどういうことよ!」


 つい流されかけたものの、ぎりぎりで踏みとどまる。するとコオヤは面倒そうに頭を掻いて、


「ちょっとした勘違いからこの二人に襲われてな。返り討ちにしたのは良いんだが、そしたら今度はお詫びがしたいから傍に置いてくれ、と言い出した。んじゃ丁度良い、この無駄に広い屋敷を管理する為に使用人の一人も雇おうと思ってたところだったし、代わりにお前らがやってくれ、と。そうなった」

「そんな無茶苦茶な話がある!? 貴女達も、それで良いの?」

「勿論だ。悪いのは私達の方だし、何よりコーヤさんは雇う、と言ってくれた。住む場所も決まっていなかった私達がこんな豪邸に住める上に職まで貰えるというのだから、これ以上の話など無い」

「そ、そう。でもそれって、お詫びになるの?」


 ただの雇用関係じゃ――そうクランが突っ込めば、フェリナはうっ、と詰まって黙り込んでしまった。どうやら自覚はあったらしい。

 そんな彼女に代わるように、カルナが一歩前に出る。肩程までで揃えて切られた髪が、小さく揺れた。


「正確な所はまだ分かりませんが、聞いただけでも相当な大きさを誇るこの屋敷をたった二人で管理するのです。それでいて、給金や待遇は通常の使用人と変わらない。これは十分、お詫びになる条件だと思いますが」


 普通に考えればこの屋敷を切り盛りするには、最低でも十人は使用人が必要なはずだ。今は住人自体が少なく仕事も少ないとはいえ、それでも二人というのは中々にきつい。それを考慮すれば確かに、先程の条件はお詫びととってもいいものだろう。

 一応は納得したクランであったが、しかしそうなると今度は別の心配が湧いて来る。


「本当にそれで大丈夫なの? 幾らなんでも貴女達だけでこなすのは、無茶だと思うけど……」

「心配いりません。体力には、自信がありますので」

「うむ。力仕事なら任せてくれ!」


 自身満々に腕まくりしてみせるフェリナ。実際カリオンという種族はその特性として、体力に秀でた者が多いという特徴がある。仕事にもよるが、そうそう倒れるなどという事態はありえまい。

 こうしてこの場の全員を納得させたフェリナは、早速やる気満々でコオヤに向き直ると拳を握り締める。


「さあ、どんな仕事でも言ってくれ。まずは何をしたら良い!?」

「仕事、ねぇ」


 しかし彼女の気合を受けたコオヤは、呆れたように肩を竦めると、


「その前にまず、やることがあるだろ?」

「? やること? 自己紹介は済ませたし……何だ?」


 本気で分かっていないらしい彼女に、大きく溜息。


「もうちょっとましな服を着ろ。そんな格好で動き回られても、かえって汚れるだけだ」


 フェリナは、急いで自分の身体を見下ろした。今己の身を包んでいるものは服とも呼べぬボロ布一枚のみ、それもゴミと言ったほうが適切な位に思い切り汚れに塗れてしまっている。

 なる程確かに、こんな格好で動けば余計な仕事を増やすだけだ。


「だが、代えの服など私達は持っていないぞ。給料とて、まだまだ先だろう?」

「それ位は、必要経費として出してやる。というか、前の住人どもが置いて行った服が大量に残っているから、そこから適当に何着か取ってけば良い。別に全部でも構わないがな」


 どうせ俺はいらないし、と付け加えれば、フェリナとカルナの二人は大層驚いたようだった。コオヤが適当な性格だというのはこの短い時間でも察しがついていたようだが、それも此処までだとは思っていなかったらしい。

 そんな驚かれるほど適当な人間は、腹減った、と一言漏らすと一人勝手に出口へと歩いていってしまう。

 フェリナが、戸惑った声を上げた。


「あ、えっと?」

「着替えたらまずは、飯を用意してくれ。俺は先に食堂に行ってるからな。服の場所だの調理についてだのはイリアが詳しいから、そっちに聞け。後はまあ、クランにもだな」

「ちょっ、何で私まで!?」

「別に良いだろ、それ位。いつも勝手に上がりこんだ挙句、飯をご馳走になってるのは何処のどいつだ?」

「え~、そんな人が居るの~? まるで見当つかないな~、あはは」


 笑う金色の少女をジト目で見る。暫くはそうして誤魔化していた彼女だが、やがて無言で向けられる圧力に負けたのか、小さく頷いた。


「んじゃ、後よろしく」


 軽く手を振って、部屋を出るコオヤ。残ったイリアと獣人二人組みが早速これからを話し合う横で、クランは一人、大きく肩を落としたのであった。

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