エピローグ 響く歓声、青空へ
誰もが酒や食料を手に喜びを顕にし、小躍りして鼻歌を歌う者まで出る始末。
溢れ出た活力が街を満たし、此処レンタグルスは未だかつてない程の活気に包まれていた。
雲一つ無く晴れ渡る青空、吹き抜ける心地よいそよ風、程よく眠気を誘ってくれる陽気な太陽。正にこれ以上ない程のお祭り日和であり、歴史的な記念日としては最高のコンディションだと言えるだろう。
そう、今日は記念日。人間が絶対的な権力を持って全てを支配し始めてから数十年、この世界で初めて人間以外の種族が、エルフ達が街を取り戻してからおよそ十日。いよいよ正式に、此処は自分達の街だと主張するその日がやって来たのだ。
この十日間は、穏やかであったとも荒れていたとも取れる日々だった。支配から解き放たれたエルフ達は皆一生懸命に新たな門出に向かって邁進したし、囚われていた奴隷達も一人残らず解放された。新しい街の運営の形も、暫定的ではあるが早期に決定、苦労しながらも何とか形を保てている。
だが同時に、逃げ損ねて街に隠れ潜んでいた人間達のあぶり出しに関しては難航した。探すこと事態は容易だったのだ、残っている者の多くは無力な一般市民であり、魔法を得意とするエルフ達にとっては捜索も制圧も片手間で出来る程度だ。
けれど同時に、ただ怯え、或いは必死で罵倒し逃げ出そうとする人間達とそれを見下ろす自分達という、これまでとは真逆に逆転した立場と積もった怨みの相乗効果によって、暴走しかけるエルフが後を絶たなかったのである。
とはいえ、未だ余計な犠牲者は一人として出ていない。以前のジンカーの言葉を受けた者の多くは高ぶる心を何とか静めることが出来たし、暴走しかけた者を止めることも出来たからだ。
こうして、二名を除いて全ての人間をこの街から無事追い出したエルフ達は、自身らの誇りを守れたことを胸を張り喜んだらしかった。
そして今日、いよいよエルフの街、いや国の発足を宣言する式典が、此処レンタグルスの中央広場にてこれから執り行われる所なのである。
「うう……どうしよう、やっぱりそんなこと……いやでも、約束しちゃったし……」
そんな目出度い日にも関わらず、冴えない表情を浮かべているエルフが一人。
名をクラン、美しいエルフの少女である。何やら物陰に隠れて唸り身を捻るその動きに合わせて、彼女の金色のツインテールもまた左右にふりふり尻尾のように揺れ動く。
顔に浮かぶのは苦渋、というよりは迷いと羞恥。頭の中は沸騰し、頬は僅かに赤く染まっている。
彼女が何をこんなにも悩んでいるのかというと、それはコオヤと交わした一つの約束が原因であった。
そう、『無事帰ってきたらご褒美にキスしてもらう』という約束である。あの場の勢いもあり了承してしまったが、冷静になって後々よく考えれば、自分は何て馬鹿な約束をしてしまったのか。
キス、キスである。唇と唇を合わせるあれである。帰すでも期すでも記すでも規すでも無く、もちろん魚のキスでも無い。恋人同士がやるような、あれである。
「うう、何とか誤魔化せないかなぁ。でも一度約束した以上、それを破るってのもどうかと思うし……」
妙な所で律儀な少女である。嫌なら嫌でそう言えば、きっとコオヤは別に構わないと肩を竦めるだけだろうが、しかし無駄な所で発揮される彼女のプライドがそれを許さない。
だからといって、はいはい分かりましたと軽い気持ちで出来る程、彼女にとってのキスとは軽いものでは無いのだ。
「う~、そもそもキスなんてどうやれば良いのよぉ。したことなんて無いし、誰かに聞くわけにもいかないし……」
文句の形が、徐々にずれて行く。やるかやらないか、からどうやってすれば良いのか、に。
この時点で既に、彼女の頭からキスをしないという選択肢はほとんど消え去ってしまっていた。その理由を聞けば彼女はきっと約束したから、と答えるだろうが、実際にその言葉を聞き彼女の態度を見た者達は、きっと揃ってこう思うだろう。
何だ、嫌がってないじゃん、と。
そう、彼女の心に中に広がっているのはあくまで羞恥、気恥ずかしいという感情だけなのである。口ではなんやかんや言いながら、その実コオヤとキスすることを本気で嫌がってはいないのだ。
最も、本人はそんな自分の心に気付いた様子は全くないようだが。
「ていうかコーヤもコーヤよ、戦いが終わってもう十日、十日も経つのにあの約束について何も言ってこないなんて、あいつの頭は一体どうなってるのよ!?」
気恥ずかしさはやがて、怒りに変わる。そうして彼への罵詈雑言を並べ立てることで、無理矢理現実から目を背けていたクランだが、
「うう、コーヤなんて、コーヤなんて……「コーヤさんがどうかしたんですか?」うひゃあっ!?」
背後から突如掛けられた声に飛び上がり、そのまま見事に三回転半。背後へと奇妙な警戒の構えと共に振り返る。
「誰よっ! ……って、イリア?」
「あ、はい。えっと、驚かせてしまってすみません、クランさん」
オーバーすぎる彼女のリアクションに若干呆けた様子で返したのは、誰であろうイリアであった。彼女は軽く頭を下げて謝罪した後、小首を傾げ改めて問い掛けてくる。
「それで、コーヤさんがどうしたんですか?」
「え”っ、いや、それは……」
正直に事情を話すのは流石に憚られた。恥ずかしいというのもあったし、何より彼女――イリア――が少なからずコオヤのことを好いている、というのはエルフ達の間ではもはや暗黙の了解だ。
そんな彼女相手に『実はコーヤにキスをしようと思っています』なんて馬鹿正直に話したりなどすれば、一体どのような事態に発展するか分かったものでは無い。出来る限り隠密に事を運ぶのが最善であるのは明白だった。
そんな訳で、何とか誤魔化そうと適当な良い訳を考えてみるのだが、
「え~と、そうそう! あいつは本当にどうしようもない奴だって、文句を……「俺が何だって?」ひゃああっ!?」
またも背後から掛かった声に今度は前転三回、素早く振り返る。
「コ、コーヤ!? あんた、何でっ」
「何でも何も、式典を見に行こうと歩いていたら、建物の影から妙に聞き覚えのある声が聞こえて来たもんだからよ。顔を出してみたんだが」
「何でわざわざ見に来るのよ!」
「別に良いだろ、それ位……」
やけに焦って変なことを言い出すクランに、呆れて返す。知り合いを見つけたら声を掛ける位、別に当たり前のことだろうに。幾らコオヤが普通では無いといっても、それは決して常に常識と真反対の行動をとるということでは無いのだ。
「おはよう御座います、コーヤさん。でも良いんですか? 今日はだるいから一日寝てる、って言ってませんでしたっけ」
「ああ、そのつもりだったんだが……外が騒がしすぎて寝れやしねぇ。まあせっかくの式典だし、ちょっと見る位はしておくか、と思ってな」
「そうですか、良かったです。きっと、お爺ちゃんも喜ぶと思います」
「別にジンカーの爺さんに喜ばれても、俺は嬉しかないんだがなぁ」
肩を竦めるコオヤに、苦笑で応えるイリア。つらつらと続いて行く雑談は、実に取り留めの無いものではあったが、しかし二人はそれを心底楽しんでいるようであった。
醸し出される、強い繋がり。二人だけの空間、とでも言うべきそれを横から眺めていたクランは、途端に表情を怒りから仏頂面へと変貌させる。
(何だか、おもしろくない)
別段、そう別段あの男が誰と楽しくおしゃべりしていようと構いはしないはずだが、何だか無性に胸の辺りがむかむかし、気に入らない。此方をまるで意識せず、眼中に無いとばかりに無視されている現状が、何故かどうしようも無く悲しく感じる。
エルフとして、虐げられることには慣れている。しかし今感じるこの痛みを耐えることはどうしても出来なくて、だから彼女はほとんど無意識の内に、身体を動かした。
「コーヤ」
「ん? どうした、クラン……「んっ」」
振り向いたコオヤの襟元を掴み引き寄せ、それでも足りず背伸びして。クランは自分の唇を、彼の唇と勢い良く触れ合わせた。
流石に予想外だったのか、ポカンと呆ける彼と唇を合わせること数秒。そっと離れたクランは、二度瞬きしてからやっと自分のしたことを自覚したようで。
「あ、え、あっ……!」
口元を押さえ真っ赤になり、プルプルと震えだす。目は焦点が合っておらず、先程の行為が本当に意識していないものだったことを如実に示していた。
それでも必死で、何とか言い訳を捻り出す。
「い、いや今のはほらっ、約束したじゃない! あんたが無事帰ってきたら、その……キ、……キスする、って」
最後の方は実にか細く今にも消えてしまいそうな小声ではあったが、優れた聴覚を持つコオヤの耳にはしっかりと届いていた。そういえばそんな約束もしたな、と思いながらも、動揺しっぱなしの彼女の姿に思わず小さく噴出す。
「なっ、何笑ってるのよ!」
「いや、なに。随分と律儀な奴だと思って、な」
「り、律儀って。約束したんだから、当然でしょ……」
ごにょごにょと、その後も良い訳がましいことを並べ立てるクラン。その様子を実に楽しそうに眺めていたコオヤだが、忘れてはならない。今この場に居るのは、彼等二人だけでは無いのだ、と。
「……二人とも、楽しそうですね」
「っ! イ、イリアっ!?」
ぼそりと放たれた言葉に身体を飛び跳ねさせ、振り向いたクランが目にしたのは、頬を膨らませながら不満気な顔をしたイリアの姿であった。
その顔には私不機嫌です、と誰が見てもはっきりと分かる表情が貼り付けられている。口から漏れ出る、むーむーととでも形容すべき呻き声。
慌てて釈明しようとする、が。
「い、いや、違うのよ、今のは……」
「ずるいです。ずっと一緒に過ごしてた私だって、そんなこと」
「へ?」
放たれた予想外の言葉に、疑問の声を上げる。いや、混乱する頭でよくよく考えれば、それは不思議でも何でもない反応なのかもしれない。何せ彼女等の元々居た集落の中では有名だ、イリアがどこぞの人間のことを好いている、というのは。
しかしどうにもまだばれていない、と思っているらしい本人はといえば、自分の言ったことに気付き口元を押さえ慌て出す。その様はまるで先程までのクランの焼き直しのようだった。
「え、えっと今のは、その……とにかく!」
こみ上げる羞恥を、気合でねじ伏せ大声を上げる。突然のことに驚くクランへと素早く詰め寄った彼女は、そのまま勢いに乗って捲くし立てた。
最もその顔は真っ赤に染まっており、迫力もなにもあったものでは無かったが。
「詳しい話を聞かせてもらいますよ、クランさんっ」
「ちょ、何で私!? コーヤの奴に聞けば良いじゃない!」
「そ、それは、その……問答無用ですー!」
まだコオヤと話すのは恥ずかしいらしい。無理矢理此方を標的にして迫るイリアに、問題は無いはずだが何だか気恥ずかしくて話すことを拒絶したクランは、ダッシュでその場から逃げ出した。
「黙秘権を行使するわー!」
「あっ、待ってくださーい!」
その後を同じくダッシュで追いかけるイリア。コオヤから離れて一旦落ち着きたいという思惑もあって、躊躇無く全力で駆けて行った少女二人の姿は、あっという間に離れ見えなくなってしまう。
「何やってんだか」
呆れたようにそう言うコオヤの顔にはしかし、言葉とは裏腹に優しい笑みが浮かんでいた。
「おや、随分と楽しそうですな、コーヤ殿」
「ジンカーの爺さんか。こんな所に居て良いのか? もうすぐスピーチの時間だろう、なあ? 国王殿」
背後から掛けられた声に、振り向きながらにやりと笑って返す。目に飛び込んできた老人は、以前までとは違い随分と立派な洋服を身に着けていた。
ジンカーが、苦笑する。
「いやはや、その呼び方は何とも気恥ずかしいものですな。国王とはいっても所詮は名ばかり、あくまでも皆の代表に過ぎません。これまで通り呼んでくだされ」
そう、エルフ達の新しい国家、その代表に選ばれたのは何を隠そうジンカーだったのである。
この街で最大の集落を纏め、皆の中心となりエルフとしての誇りを説いたのも彼なのだから、当然と言えば当然ではあるのだが。実際国王を決める際の話し合いでは、満場一致でジンカーが選ばれている。反対など、一つもありはしなかった。
とはいえ、彼がどんなに偉くなろうとも、それでコオヤの態度が変わることなど無い。相も変わらず不遜な態度で口を開く。
「そうかい。んじゃそう呼ばせて貰うよ、爺さん」
「ほほ。やはり貴方はそうでなくては、ですな」
二人、まるで同い年の友人の如く軽口を叩き合う。誰が信じるだろうか、これが数多のエルフを救った救世主と、小さいながらも一国の王と成った男の会話だと。
だが同時にこうも思う。きっとこれで良いのだ、と。こんな彼等だからこそ、皆が慕うし、今がある。こんな彼等だからこそ、これからの険しく厳しい未来を歩いていける。
「おっと、そろそろ時間ですじゃ。それでは私はこれで」
「おう。緊張して心臓止めんじゃねぇぞ、爺さん」
「はっは、ご安心を。ひ孫の顔を見るまでは、意地でも動かし続けますからの」
言って、去って行く友の背中を黙って見送る。そこには以前までのひ弱な老人ではなく、しっかりと前を向き自分の足で歩く、皆を導く王の姿があった。
その姿に、再度優しい笑みを浮かべ――不敵な顔で、言い放つ。
「で? お前は何をやってるんだ、レスト」
「何。君と同じく式典を見に来ただけ、だよ」
ゆらりと、背後の空間が揺らめいた。そこから姿を現すは、マントを身に着けた金髪の美丈夫。この街の主から、そして六戦将という立場から離れた、『魔導戦将』レストであった。
本来ならば人間が居ることなど許されないこの街で、コオヤと共に唯二人、存在を許されている人間でもある。
当然ながら街を統治していた彼に対しては、数多のエルフから反発があった。だがしかし、彼がエルフや他人種に対しての迫害や差別に一切関与していなかったこと、そして奴隷契約の解除を始めとしてエルフ達の復興にその優れた魔法で以って大いに寄与したことが相まって、一応は滞在を許可されていた。
最も、例え許可が無くとも彼はこの街に滞在したことだろう。彼を止められる者などエルフ達の中には居ないのだから、結局はどんなに反発しても大した意味は無いのである。唯一彼に対抗出来るコオヤが拒絶していない時点で、レストの自由は約束されているのだ。
そんな彼はいつも、自分の魔法の研究に没頭したり、コオヤ達にちょっかいを掛けたり、ふらふらと人間……いや、エルフ観察に勤しんだりしているのだが。
「意外だな。お前はこの手の行事だのには、興味が無いと思ってたが」
「それは心外。私は別に、無欲な世捨て人などではないよ。祭りの空気を感じれば、多少なりとも浮かれもする」
「お前がぁ?」
つい、辛辣な言葉が出た。が、仕方あるまい。彼が祭りに浮かれるところなど、とてもでは無いが想像出来ない。
脳内でその情景を想像しようとして――変わらぬ平淡な顔のまま屋台で買った焼きトウモロコシを手に、祭りを謳歌する彼の姿が浮かび上がり、コオヤは思わず噴出した。
「……なんだい、その笑いは」
「いや、似合ってないってのはこんなにも面白いものかと、そう再認識していただけだ」
くすくす笑う彼に若干、それこそじっと注視してようやく分かる程度に不満気に、レストの顔が変化する。けれどそれに気付いていながら構うことなく、コオヤは小さな笑いを漏らし続けた。
「くくっ……ん?」
と、そんな彼等の耳に飛び込んでくる、巨大な鐘の音。街に立つ大きな時計塔、その鐘が時を報せた証だ。
「時間か。式が、始まるな」
「そうだね。このまま此処で見る、というのも悪くはないが、どうせなら移動しないかい?」
「移動? 何処に」
「この近くに特等席を確保しているんだ。三階建ての、広場の様子が良く見える建物だよ。食事も付いているが、どうだい?」
「なる程、準備の良いことで。んじゃまあ、ご相伴にあずかるとしますか」
移動は、一瞬で終わった。残像さえ残さず消えたレストに、同じく残像さえ残さず追随するコオヤ。二人が辿り着いたのは、広場を一望出来る広々としたバルコニーだ。
真っ白なテーブルの上には、作られたばかりであろう豪勢な食事が幾つも並んでいる。心地よい風も吹いており、確かに式を見るのにこれ以上の席はあるまい。
テーブルと同じく真っ白な椅子を引き、どっかりと座り込む。早速目の前にある旨そうな食事を一つ摘まんで、口へと放りこんだ。対するレストはといえば、そっと椅子へと座り込むと、気品ある動作で紅茶に口をつけている。
あまりに対称的な二人で――しかし不思議と馴染んだ光景だった。
「早速国王が出てきたようだよ」
「ん? ああ……って、あの広場の端に居るのって、イリア達じゃねぇか。まだ追いかけっこなんてしてんのかよ」
「式典を余所に、随分と楽しそうなことだね。おや、子供達が加わったようだ」
「何やってんだ、あいつらは」
わいのわいのと此処にまで伝わって来そうな程に騒がしい一団を一瞥して、再び食事を口に運びこむ。骨付きの大きな肉の塊が、一口ごとに大きく抉れ胃の中へと落ちて行く。あっという間に、肉は骨だけに早変わりだ。
そうして口に咥えたその骨を幾らか弄んだ後、
「少しは大人しくしろ」
そのまま、スピーチが始まったにも関わらず喧しく走り回っている集団、その先頭を走る少女目掛けて吹き矢のように吹き出した。
放たれた白い矢は、狙い違わず金色の頭部に直撃し、スコーンと痛快な音を立てた後地に落ちる。突然の奇襲を受け、クランは頭を抑えて蹲り、後を追っていたイリアや子供達は彼女を心配すると同時に突然の飛来物に首を傾げているようであった。
「速度はそのままに威力だけを加減するとは、器用な真似をするものだ」
「誰かさんとの戦いのせいで、随分と成長したんでね。以前ならとにかく強く、しか出来なかったが、今はこんなことも出来るようになっちまった」
皮肉混じりにそう言って、いつの間にやら置かれていたコップを手に取り、中の液体を一気に飲み干す。柑橘系の爽やかな味が口一杯に広がり、肉で脂ぎっていた口内が洗い流されて行く。
実際の所、加減したとは言っても先程の一撃はそこそこ――たんこぶが出来る程度には――威力があったのだが、これは力の制御を失敗したのではなく、わざとである。大事な式典の時にぎゃーぎゃー騒いでいた馬鹿への罰というやつだ。
少女の頭にたんこぶを作ることに対する罪悪感など微塵も無い。これぞ、男女平等というやつである。いや違うか、単に彼が傍若無人なだけである。
そっと二人の間を流れる、一陣の風。
「……これから、忙しくなるよ」
「だろうな」
突然掛けられた言葉に、即決で返す。国の運営、のことでは無い。そんなものにはコオヤもレストも、まともに関わるつもりはないからだ。
あくまでも此処はエルフ達の国、運営は彼等が行うべきであるし、何より面倒臭い。人の上に立って小難しいことを成していくなど、とてもでは無いが柄では無い。
出来るのはそう、戦うことのみ。そしてそれが、最も難しい。
「残る六戦将は五人。そして、その上に立つ皇帝や、その直属の戦力もある。厳しい戦いになるよ」
「だろうな」
「それでも戦い抜く覚悟が、君にはあるかい?」
その問いに、ほんの少し考え込んで。
「いいや」
そう、答えた。レストが僅かに目を見開く。
「だがな」
その様子を気配だけで感じ取って、続けた。
「勝ち抜く意地なら、ある」
口角がつり上がり、不敵とも獰猛ともとれる笑みを形作る。そうしてまた食事に手を付ける彼に、レストは小さく笑みを零して一言、
「そうか」
とだけ返し、呼応するように紅茶に手を伸ばしたのであった。
スピーチが終わり、式場に拍手の嵐が巻き起こる。波打ち増して行く活気の渦は、眩しい位に輝く太陽の浮かぶ青空へと、盛大に昇り響いて行った――。
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