第13話 重なる現実
呼気一閃、振るわれた拳が眼前の砲撃を打ち砕いた。幾多の砲撃の中へと突っ込んだコオヤは、しかし未だ健在。どころか迫る攻撃のことごとくを打ち払い、徐々に前へと距離を詰めていく。
今もまた放たれた十の砲撃の中へと突っ込むと、七をかわし、二を弾き、残る一を掴み取る。
「へぇ……」
レストが感心するのも束の間、魔力砲撃を素手で掴むという無茶を成したコオヤは、そのまま大きく腕を振りかぶると、砲撃を投げ返す。
返された砲撃を、レストは背後の魔法陣より放った更なる追加の魔砲によって消し飛ばす。だが迎撃によって出来た僅かな隙、それこそ一呼吸にも満たないその間に、コオヤは大きく距離を詰めていた。
互いの距離、およそ十メートル。彼に、いや彼等にしてみれば瞬きの間に消える距離だ。詰められた間合いを前にしてレストは、
「…………」
無言のまま、再び砲撃を撃ち放った。ただし今度は今までの倍。瞬時に展開した十の魔法陣も合わせての、合計二十に及ぶ魔砲である。
けれどそれを目にして尚、コオヤは怯まない。空を踏みしめ、空を跳ぶ。加速する身体は真っ直ぐにレストへと向かって飛翔する。
角度とタイミングの問題で脇をすり抜け、当たらなかった幾つかの砲撃が、背後で破壊を撒き散らす。響く破砕音を意識にも止めず、コオヤはただ真正面へと両の拳を繰り出した。
放たれる高速の連撃。十二の砲撃と同数の拳がぶつかり合い、激しい衝撃を撒き散らす。けれど常人ならば身を砕かれるその中を、コオヤは平気で突き抜ける。
相殺され穴の開いた砲撃の雨のど真ん中を駆け抜けて、遂にレストの下へ。追加の砲撃は間に合わない。
「らぁっ!」
大きく引き絞った右拳を解き放つ。空間を引き裂く拳は、正に必殺。亜光速にまで達した一撃は、常人には視認すら不可能だ。
だが、コオヤが常人ではないように。今正に拳を振るわれた相手――レストもまた、常人ではない。
「……ふむ」
とん、と軽い音を立ててバックステップ。それだけで彼は、迫る凶撃をかわして見せた。僅かに空中を漂い大きく後方に着地する姿は、一見すればふわり、とでも形容するのがピッタリなはずなのに、しかしコオヤが追いすがれない程の速度があった。
それはおそらくレストの一挙手一投足、その余裕から来るものだろう。圧倒的な速度領域で行動しているはずなのに、決して激しくなく、ゆったりとして優雅ささえ感じさせる。目の前にまで迫られ拳を振るわれたことへの焦りなど、一欠けらも存在していない。まごうことなき、強者の余裕。
「穿て」
呟きと同時、再び出現した魔法陣。数は一つ。しかし宿る力は、これまででも最大級。そうして放たれた砲撃を、迎撃するは危険と判断し、コオヤは大きく後ろに跳んでかわした。
予想通り、着弾した砲撃が一際大きな破壊を撒き散らす。着地したコオヤが体勢を整え改めて正面へと目を向ければ、レストとの距離は最初と変わらぬ程に開いていた。
「仕切りなおし、か」
つまらなそうに呟き、足元の小石を蹴飛ばす。飛んだ小石はからからと音を立てて地を転がる、ことはなく、巨大な破砕音と共に近くの柱を貫き壁へと突き刺さる。
別段そんなに力を入れたつもりはなかったのだが――。どうやら少々、身体に力が籠もり過ぎているらしい。軽く息を吐いて、余計な力を抜く。こんな調子では、どんなミスをするか分かったものではない。
「成るほど、君の力は分かった」
と。そんなコオヤへと、掛かる声。当然それはレストのもので、彼は相も変わらず静かで平坦な瞳のまま、じっと此方を見詰めていた。
「分かったとは、随分なことを言ってくれるじゃねぇか。俺はまだまだ、本気を出しちゃいないぜ?」
「それも含めて、だよ」
コオヤの眉が、ピクリと上がる。
「……まるで俺の全てを見透かしたような目だな。ムカつくぜ、そういうの」
「悪いね。しかし、事実だ」
「はっ、それでその何でもお見通しのレスト様は、俺の力を理解して、どう思ったってんだ? もし降参したいってんなら今の内だぜ」
「まさか。そのようなことはありえないよ」
その言葉に、コオヤは苛立たしげに地を蹴り飛ばした。削り取られた床が吹き飛び、壁に音を立てて衝突する。
既に己の力は示した。先程言ったようにまだ本気ではないが、それでも此方が相当な力を持っていることを、奴は認識したはずだ。にも関わらず、全く消えるそぶりのない余裕。
無論、奴もまた全力を出してはいないだろうということは理解している。だが、それにしてもこの余裕は異常だ。おまけにレストの言葉通りならば、此方の力をあらかた把握した上でのものだという。
これでは、まるで――そこまで思考したところでコオヤは、横合いから掛けられた言葉に意識を現実へと戻す。
「コーヤさん!」
「……なんだ、イリア。危ないから下手に動くんじゃねぇぞ」
「で、でも、こんな。もう止めてください、戦いなんて!」
「はぁ? 今更何言ってんだ、お前」
「だってこんな、六戦将と戦うなんて。あまりにも無謀過ぎます!」
彼女なりの心配と常識から出た言葉はしかし、コオヤの神経を逆なでする結果を生み出した。彼の声が、一際低くなる。
「……ふざけたことを」
「え?」
「引けるものかよ。爺やクランにも言ったがな、たった数日とはいえ共に過ごした友人であるお前を見捨てて、逃げ籠もっていられるか」
「そんな。私なんかの、為に?」
「別に、それだけじゃねぇ。俺は俺なりに、引けねぇ理由があんのさ。だからイリア、お前がどう言おうと、俺は戦いを止めるつもりはないんだよ。そもそもだ、無謀だと? お前まで俺を見くびってやがんのか?」
「そ、それは……でも「くくく」!?」
突然割って入って来た押し殺した笑い声。この場には三人しか居ないのだから、その主は決まっている。
イラついた表情を隠そうともせず、コオヤは笑い声の元――レストを睨んだ。しかし彼は、そんな人をも刺し殺せそうな強烈な殺気と視線をまるで意に介さず、小さな笑み浮かべている。
「いや、失礼。君達のやりとりが少々おかしくて、つい、ね」
「笑える所なんざなかったと思うがね、俺は」
仏頂面のコオヤへと、レストはその顔に笑みを貼り付けたままで、
「そんなことはないさ。確かにおもしろい、というわけではないが、苦笑が漏れる位のことはあった」
「具体的には?」
「既にこうまで戦いが進行しているにも関わらず、止めれば許してもらえると思っている彼女。そして、私に勝てると思いたがっている、君だよ」
「あんだと……?」
此処に来てコオヤの怒りは、いよいよもって限界を迎えようとしていた。元よりどうしようもなくイラついていた所にこうも挑発を入れられれば、それも致し方あるまい。
「しかし前半に関しては、私は同意しよう」
「はぁ?」
「普通ならばここまでしておいて今更許されるなど、ありえないことだ。大事な時に我が家に押し入られ、暴れ、襲い掛かられた。誰だって怒り狂うだろう」
(最初に押しかけて来たのはてめぇの癖に、よく言うぜ)
今のコオヤは、というか元から彼は変に取り繕うということをしない男だ。今も心の内の呟きはそのまま顔に出てしまっている。当然レストも彼の言いたいことには気付いているだろうが、それでも何ら変化なく、レストは続けた。
「だがそれらも所詮、私にとっては瑣末なことだ。故に君が大人しく去るというのなら、私は何もせずただ見送ろう。無論、彼女は渡せないがね」
「……つまりてめぇは、こう言いたいのか」
俯き呟くコオヤ。拳は堅く握り締められ、震えている。身体からは感情が力となって溢れ、部屋中の空気を強張らせた。
「お前なんぞ眼中に無いから、何処へなりとも消え失せろ、と!!」
怒りが、爆発する。弾けた力が周囲を叩き、砕いた。それだけで常人ならば気を失い、最悪死に至りかねない程だ。
幸いだったのは、彼の理性がまだ完全に切れてはいなかったことだろう。イリアの下にだけは、ほとんど力は飛んでいなかったのだから。
しかしそんな暴虐的な力の奔流をその身に受けても、レストの体はびくともしない。ただ纏うコートの裾を、僅かにはためかせるのみ。
距離の問題ではない。どこまでも自然体な彼が発し、身に纏う力が、コオヤの叩きつけるような暴力の全てを打ち消したのだ。
「……勘違いしてもらっては困るが」
憤怒に燃えるコオヤ。その姿を、平坦さに僅かに鋭さを交えた瞳で見詰め、レストが口を開く。
「私は別段、君を過小評価しているわけではない」
「何?」
コオヤの目が細められる。今までのレストの言動を見て入れば、信じろという方が無理な話。どう考えても相手は、此方を見下しているはずなのだから。
この時、コオヤは一つ思い違いをしていた。見下すという行為は相手を蔑む意図を以って行われるものであり、そこには必ず悪意や負の念が混じっているものだ、と。
確かに現実として、大半はそうであろう。しかしレストに限ってはそうではない。彼には悪意など、何一つしてないのだ。あるのはただ、絶対的な現実としての自身の高位認識だけである。
詰まり彼にとって見下すという行為は、負の感情や自惚れから来るものではなく――山の上から平地を見るような、当たり前の『正しい』ものなのだ。
だからこそ、彼の評価には余計な脚色は一切無い。どこまでも正確で無情な判別だけが、そこにはある。
「実際今、私はこう思っている。このまま戦っていても、君を倒すことは困難だ、と」
「本当かよ?」
「勿論。故に、大人しく君が去ってくれるのが一番なのだが……」
「そいつは出来ねぇ、って何度も言ったはずだがな」
議論は何処までも平行線。当たり前だ、互いに譲れないものがあり、それは決して相容れない。ならばどうやったところで、話し合いで決着など着く筈もない。
分かっているからこそコオヤは常に臨戦体勢で、レストもまたただ立っているだけに見えてその実、一切の隙を見せていないのだ。
「そうか。ならば、仕方ない」
「イリアを渡す気にでもなったか?」
「いいや。だが、君を倒して終わりにする気にはなったよ」
「出来ると思ってんのか? さっきお前が言ったばかりだぜ、俺を倒すことは困難だ、ってな」
「ああ。『このままでは』な」
ぞわりと、コオヤの背筋に冷たいものが走る。一言。ただその一言に籠められた得体の知れないものに、思わず足が下がりそうになる。
だがその怯えを本能を超える意地で押さえ込み、逆に一歩を踏み出した。足に力を乗せ、何時でも飛び出せるよう構えを取る。
欠片の動きも見逃すものか――目を配らせレストを見やるコオヤに、彼はゆっくりと両の腕を広げ空へと浮かぶと、まるで裁きを下す神が如く無慈悲さで、告げた。
「さぁ――場所を、変えようか」
景色が、変わる――。レストを中心に闇が広がり、空間を蝕んだ。いや、それは侵食ではない。重複だ。次元が彼の力によって置き換わり、包まれていく。
その異常事態を、コオヤは動くことも出来ずただ見ていることしか出来なかった。それは、空間の展開に掛かった時間が僅かであったこともそうだが、何より圧倒されていたのだ。レストから溢れ出る、規格外の力に。
やがて、異常は終わりを迎える。レストとコオヤ、二人だけを包み、黒き異空間は正しく現世となる。
真っ暗で、何処までも広がる世界。その至る所に、小さく輝く点が見えた。此処はまるで――
「宇宙……?」
呆然と呟く。そう、此処は正に宇宙空間そのものだ。重力も無く、奇妙な浮遊感が感じられる。
「その通りだよ。君の考えている通り、此処は宇宙だ」
「……はっ、まさか宇宙に放り出された位で、俺がどうにかなるとでも思ったのか? だとしたら舐められたもんだな。俺はこの通り、ぴんぴんしてるぜ」
「だろうね。私も、君がこの程度で終わる人間だとは思っていないよ」
普通の人間であれば、宇宙空間に生身で放り出されればとても生きてはいられない。だがコオヤは、当たり前に話し、生き、存在していた。そしてそれはレストも同様だ。
だが今更、それを不思議に思う二人でもない。これまでの戦いを、互いの実力を考えればこの程度、当然と言って差し支えないのだから。
「ああそれと、息を止めたりする必要はないよ。ほら、此処には空気が満ちているからね」
「何?」
分かりやすく口を開くと、軽く息を吸い、吐く。その様子を見たコオヤが続いて息を吸えば、確かに肺に空気が流れ込んで来るではないか。
これにはコオヤも一体どうなっていやがる、と困惑するしかなかった。宇宙に空気が無いことなど、子供でも知っていることだ。あるいは此処は異世界、空気が存在するのが当たり前、という可能性もないではないが……。
「そう困惑することは無い。ただ私が『そう』しただけ、だよ。話すにしろ戦うにしろ、一々そんなことを気にしていては面倒だろう?」
「それでわざわざここら一帯を空気で満たしたってのか? はっ、そっちの方が面倒そうだがね」
「一帯ではないさ。この宇宙全てを、だよ。それに面倒でもない、創る時についでにそうしただけだから、ね」
「創る……?」
「ふむ。どうやら君は勘違いしているらしい。いや、そう思いたいのかな。しかし残念ながら、私が行ったのは単なる転移ではない」
この空間が展開された当初、コオヤはてっきりレストが転移魔法を使い、自分達をこの宇宙空間へ移したのだと考えていた。いや、彼の言う通り、そう思いたかったのかもしれない。
あの力の奔流と展開の仕方を鑑みれば、単なる転移魔法などではないとすぐに理解できただろうに。それでも認めたくなかったのだ。あの時感じた感覚、それが正しければレストが行ったのは――
「私が行ったのはね。世界の、創造だよ」
コオヤは何も言い返せなかった。何故ならレストの告げた答えは、自身の奥底で考えていたそれと全く同義であったから。
「限定的な異空間の展開や、世界の一部侵食などではない。完全なる一個の世界の創造だ。故に此処には星が在り、銀河が在り、宇宙が在る。そうしてあらゆる概念をも創れる私にしてみれば、この世界に空気を満たす程度、それこそ造作も無い話だ」
「……そいつはまた、まるで神様みたいだな」
「そうだね。ある種神と等しく、あるいは超えているかもしれない。しかしそれが嘘などではないことは、君ならば理解出来ているはずだ」
無意識に舌打ち。世界の創造などあきらかにぶっ飛んだ話だがしかし、確かに理解出来てしまっていた。常人であれば無理解のまま嘘だと盲目的に断言出来ただろうに、そんなこと出来る筈が無いと決め付けられただろうに、力を持つが故にコオヤにはそれが出来ない。
「はっ、しかしそれが本当だとして、わざわざこんなだだっ広い世界を創って何がしてぇってんだ? 自分の力を見せつけでもしたいのかよ?」
「何故、か。言ったろう? 『このままでは君を倒すのは困難だ』と。私はね、あの宮殿を、街を、星を、壊したくはないのだよ。そうなれば多くの者達が死ぬ。余計な犠牲は、少ないに越したことはない。しかしその為に力を抑えていては、君を仕留めることが出来ない。かと言って君を仕留められるまでに力を上げれば――」
「っ!」
語るレストの背後に魔法陣。浮かび上がったそれには尋常ではない力が宿っており、コオヤは咄嗟に身構えた。
しかしレストはそんな彼を一瞥することもなく、ゆったりと己の右方へと片腕を伸ばす。呼応するように魔法陣もまた右を向き、広がる宇宙の虚空へと照準を合わせた。
力が解き放たれる。魔法陣から放たれたそれまでよりも一回りも二回りも大きな魔砲は、光速など遥かに超えた速度で飛翔し、広大な宇宙の中、二人から遠く離れた何処かへと着弾すると巨大な破壊を撒き散らす。
「こうなってしまう。だからわざわざこの世界を創ったのだよ。此処ならば命もなく、幾ら壊しても問題ない。戦いの場には、ピッタリだ」
「…………」
「ん? どうかしたかい?」
コオヤは俯き、震えていた。決して武者震いなどではない。もっと純粋な、力の差から来るもの。
押さえることは出来なかった。取り繕うことは出来なかった。示された力を前に、最早誤魔化しは効かない。奴は、レストは、間違いなく自分より――
「……世界を丸々創造し、銀河をも容易く消滅させる、か」
上がる顔。そこに浮かんでいた表情は、
「――化け物め」
どこまでも追い詰められた者の、引きつった笑みだった。
「さて、それではそろそろ戦いを始めようか。ああ、安心して良い。先程のような広域に拡散する破壊攻撃は行わないよ。それでは無駄に威力が分散してしまい、君に対する決定打にはならないからね。その代わり、数は用意させてもらうが」
レストの背後に浮かび上がる魔法陣。万を超え、億を超え、兆を超えたその全てに、先の一撃に匹敵する程の力が籠められている。
宇宙の暗闇に浮かぶ星星の瞬きにも劣らぬ輝き達。それらは今正に、ちっぽけなたった一人の標的を撃ち果たさんと放たれようとしていた。
「さぁ。精々足掻いてくれ」
レストの言葉を合図として、光が隆起し。絶望的な破壊の豪雨が、コオヤへと降り注いだ――。
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