第11話 魔導戦将

「魔導戦将レスト、ね」


 その名は確かに、コオヤの頭の中に存在した。以前少しばかり話を聞いただけだが、それでも一応は覚えている。

 此処『レンタグルス』の、そしてこの地方一帯の支配者。この世界を支配する人間の国家、『クレセント帝国』における絶対的な六人の実力者で構成される、六戦将の一人。

 極限の魔法使い、天に伍する者、界の創造者、満たされる魔方陣、至硬の盾。様々な呼び名、二つ名はあれど、やはり最も有名なのは――『魔導戦将』。この世界の魔法を扱う者であれば、誰もが目指し、そして諦めざるをえない境地に居る男。


「話通りなら、外界のことにはたいして興味も抱かずに、部屋に籠もって研究ばかりしてるってことだったはずだが。何でそんなのが此処に来たのか……何か分かるか? なぁ、ジンカーの爺さん」


 虚空へと問い掛ける。すると集落の奥、薄暗い闇の中から、一人の老人が現れた。ジンカーだ。


「コーヤ殿……」

「怪我、は特に無いみてぇだな」

「ええ。多少体を打ちはしましたが、それだけです」

「てことはやっぱり、あんたも襲撃の現場に居たのか」

「ええ。良く分かりましたな」

「単なる勘だよ。で、詳しいことは――「ちょっと!」何だ?」


 慌てた様子で横から口を挟んできたのは、先程降ろしたクランだった。彼女はコーヤの服を掴むと、動揺を隠そうともせず捲くし立てる。


「あ、あの魔導戦将が来てるんでしょ!? す、すぐに逃げなきゃ! 皆殺されて」

「心配ねぇよ。奴はもう、此処には居ない」

「へ? そ、そうなの?」


 素っ頓狂な声を上げるクランに、ジンカーは一つ頷き、


「ええ。彼の者はもう、此処を立ち去った後ですじゃ」

「で、でもコーヤ。あんたさっき、言ってたじゃない。強い力を持った奴が、集落に居るって」

「そうなのですか? コーヤ殿」


 問い掛ける二人に、コオヤの顔が更に険しくなる。目を細め、口の端を強く噛み締めた。


「あれは、俺の勘違いだ」

「は? 勘違いって、あんた」

「正確に言えば。あの時感じた力は、今も感じている」


 意味が分からず怪訝な顔になるクラン。


「それって、どういうこと? やっぱり魔導戦将は、まだ此処に……?」

「いいや、そうじゃない。これは、奴の力の残滓だ」

「残滓?」

「ああ。奴の振るった力の余波、その残り。ただそれだけで、力を持った者が此処に居ると、そう勘違いさせるだけの強さと密度。だが、わざと残していったって感じでもねぇ。にも関わらずこの力……下手すりゃ俺よりも――」

「コーヤ……?」


 黙りこむ彼を、心配と共に覗きこむ。先程から感じる違和感。その正体は――


「ともかくだ。詳しい説明、頼むぜ爺さん」


 訝しむクランから目を逸らし、ジンカーへと問い掛けるコオヤ。ジンカーもまた彼から感じる違和感に気付きながらも、元よりほんの数日しか接していない自分のそれなど信頼に足るものでもないと判断し、一先ず何があったのか、その説明を開始した。


「……あれは、今からほんの数十分前のことです」


 ~~~~~~


 深夜を過ぎ、夜ももう明けようかという時間帯。エルフ達の集落、その入り口は静かなものであった。皆は未だ夢の中であり、居るのはほんの数名の警備の者達のみ。その彼等も交代を間近に控え、欠伸をかみ殺し、必死で眠気に耐えているだけの有様だ。

 しかしそれも仕方が無い。この場所に集落を構えてから今まで、ただの一度たりとも人間が此処へ来た試しなどないのだから。例外は唯一、コオヤだけ。

 そんな平和な空間の中に、新たに加わる影が二つ。ジンカーとイリアだ。集落の中から出てきた彼等は、警備のエルフ達に挨拶した後、近くの段差に腰掛けた。


『大丈夫かな、コーヤさん』

『何、彼のことだ。心配はいらんだろうて』


 話題はやはりコオヤについてであった。元よりこんな時間に此処へ来たのも、中々帰って来ない彼を心配してのこと。自分達に出来ることなど何もない、と分かっていても、心配性なイリアはどうしてもじっとしていることが出来なかったのだ。

 そうして、心配だ、大丈夫だ、という問答を幾度か繰り返した頃。警備のエルフが声を上げた。


『誰か来るぞ!』


 彼の言葉に、その場に居た誰もが即座に意識を研ぎ澄まし、前方を見る。ずっと虐げられ、潜み生きてきた彼等にとっては、この程度の意識変化はお手のもの。

 じっと暗闇へと目を向ける。まっずぐ続く道の先、ぼんやりとした明かりに照らされたそこには、確かに人影があった。

 もしかして、コーヤさんが帰ってきたのかも――期待するイリア。あるいは、外に出ていたエルフかもしれない、とも。

 当然ながら、エルフ達とていつまでも集落に籠もりっぱなしではいられない。でなければ、食料を始めとした物資が手に入らないからだ。例え人間に見つかり捕らえられるリスクをおかしてでも、外で活動しなければ生きてゆくことは出来ない。

 今も、複数のエルフ達が物資を求めて外に出ている。そんな彼等の内の誰かかも知れない、と考えながらも、警戒は解かない。万が一にも人間であった場合、即座に対処しなければ手遅れになりかねないのだから。

 ゆっくりと足音を鳴らして、彼等の集落へと近づいて来る影。やがて、はっきりと顕になった、その姿は――


『に、人間、だ!』


 誰かが叫ぶ。呼応し、他の警備の者達も直ちにその手の槍、のような物を構え、人間に襲い掛かろうとする。もし逃がしでもすれば、どのような事態になるのかは想像に難くない。

 だがその矢先。今までに無かった事態に、どう対処すれば良いかは分かっていてもつい周りの反応を窺ってしまっていた彼等は、気付いた。集落の中でも特に長く生き、皆にとって尊敬の対象である老人――ジンカーが、震えていることに。

 始めは人間に対する恐怖かと思った。しかしそれにしても、あの様子は度が過ぎている。いや、集落を見つかったのだからその反応も当然か――そう結論を出し、仲間と共に人間に襲い掛かろうとし、


『レ、レスト』


 紡がれた言葉に、動きを止めた。


『ジンカーさん。今、何て』


 それは、彼等にとって絶対的に畏怖せざるをえない存在の、名前だったから。

 硬直する皆の前で、未だゆっくりと、余裕さえ感じさせる歩みで近づいて来る人間へと、震えながら指を向けたジンカーは呟く。


『魔導戦将――レスト』


 静寂な空間を満たすように、その言葉は広がって。そうして、誰もが呆然とした。

 ありえないことだった。今までエルフどころか、人間にすら録に関わってこなかった彼が、こんな場所に来るなど。

 しかし否定しようにも、言ったのはジンカーだ。皆が信頼し、そして何よりこの集落で数少ない、レストの姿を知っている人物である。その言葉を否定する術など、この場の誰も持ち合わせてなどいなかった。


『さて』


 はっとする。掛けられた言葉に意識が現実に引き戻された。優雅に、高貴ささえ感じさせ、しかし何処か気だるげで、耳に残る。そんな声を出したのは、間違いなく目の前の人間で。


『君達に用があるんだが、良いかな?』


 敵意などなく。親しみもなく。しかしどこまでも自分達との存在の違いを感じさせ、彼――レストは、小さく笑った。

 薄明かりの中、改めて目に入るその姿。

 身長はおよそ百八十センチ、体格は細め。美しい金色の髪をショートカットにし、その顔は派手さはないものの非常に整っている。貴族然とした服装の上から、黒く長いコートともマントとも取れる上着を羽織っていた。

 年の頃は二十に満たない程だろうか。ただ、落ち着き、成熟した雰囲気は、彼を見た目よりも幾分年上に感じさせる。

 しかし何より皆は理解していた。そんな見た目のあれそれなど何の意味も持たないほどに深く、自然に。力の差、というものを。

 いや、それは力の差という表現ですら生ぬるい、存在としての格の違い。エルフだからではない、人間だからでもない。レストと自分という、その二つの間においてこそ成立する、どこまでも当たり前の隔絶した存在差。

 誰も、動けない。取るべき行動は集落の防衛、あるいは逃走。その二択しかないというのに、そのどちらもが無意味だと、本能で分かってしまっているから、動かない。愚かな自分達はただ彼の言葉に従うしかないのだと、理性と本能が今は一つとなって訴えていた。


『……六戦将ともあろうお方が、このしがないエルフ達に何の用ですかな』


 その中で最も早く思考を復帰させ、対応の言葉を出せたのは、やはりと言うべきか。しわがれ力もない、一人の老人であった。

 真っ直ぐレストを見据え、一歩前に出たジンカーが問い掛ける。彼の答えを、一挙手一投足を、他の者達が全神経を集中させて注目する。

 けれどそんな視線も、皆の心の動揺も無視して、レストは友人を遊びに誘うかのような気軽さで。


『ああ何、たいしたことではないよ。ただ、そこのエルフの娘を貰いに来たんだ』


 そう言って、イリアに目を向けた。


『わ、たし?』

『……それはまた、妙な話ですな。魔導を極めた、とまで言われるレスト様が、どうしてこのようなエルフの娘一人を求めるのか。確かに美しい子ですがしかし、わざわざレスト様本人が足を運ぶようなものでもありますまい』

『ふむ。別段そのような理由で彼女を求めているわけではないさ』

『では、何故?』

『何。私はただ、彼女の魂が欲しいだけだよ』


 ピクリと、ジンカーの眉が上がった。イリアは訳も分からず、ただ呆けている。


『ふ、ふざけるな! そんな勝手なこと、許されるものか!』

『そ、そうだ! 幾ら人間だからって、六戦将だからって、そんなこと!』


 ようやく口を開けるまでに回復したエルフ達が騒ぎ立てる。例え相手が絶対的な力を持つ権力者でも、家族と言っても過言ではない大切な集落の仲間を連れて行かれるとなれば、黙っては居られなかった。

 あるいは、かつての彼等ならばただ諦めに沈んでいたかもしれない。しかし今、コオヤのおかげで僅かながらに光を、気力を取り戻した彼等には、反抗するだけの気概があった。

 その全てを一瞥し。しかし取るに足らないとばかりに一蹴し、レストは一歩、イリアへと踏み出す。


『っ!』

『き、貴様!』『やらせるか!』『こ、このっ!』

『やめるのじゃ、お前達!』


 怯えるイリア。そうして口々に気合を入れながら、槍を構えるエルフ達。慌てて止めようとするジンカーだが、全ては既に遅かった。


『抵抗するか。ならば、仕方ない』


 レストが、宙に浮く。ゆったりと両腕を広げ、その背には人よりも大きな魔方陣が一つ。魔法を得意とするエルフ達には――いや、彼等でなくとも分かっただろう。その魔方陣から、そしてレスト自身から溢れ出る、膨大な魔力は。


『唯一度の、そして最後の忠告だ。君達がその娘を大人しく渡すというのならば、私もまた、大人しく帰ろう。だが、そうではないと言うのなら――力尽くで、連れて行く』

『そ、それがどうした! 目の前で仲間を連れて行かれて、黙っていられるものか!』

『……そうか。ならば、散れ』


 エルフ達が手の槍を振るうよりも。なりふり構っていられない、と魔法を使おうとするよりも。どころか、瞬き一つするよりも、早く。レストの背の魔方陣から放たれた砲撃が、全てをなぎ払った。


『ぎ、あっ』


 一撃。ただそれだけだった。それだけで、バリケードは破壊しつくされ、全てのエルフが打ち倒されていた。唯一無事だったのは、


『あ……』

『さて。イリア、と言ったか。私と一緒に、来てもらうよ』


 レストがそっと彼女の手を取る。抵抗など、出来るはずもなかった。力の差は元より、下手な行動をすれば集落がどうなるかなど、分かりきっていたから。


『…………』


 恐怖に染まる心を、動きを止めようとする身体を、懸命に制し。イリアは無言のままに、ゆっくりとレストと共に歩きだす。

 遠ざかる背中へと、打ち据えられた痛みと衝撃で霞む視界の中、ジンカーは必死で手を伸ばす。


『イ、イリア……』

『お爺ちゃん。……今まで、ありがとうございました。……コーヤさんにも、そう伝えておいて貰えますか』


 振り向いた彼女は、目の端に涙を浮かべながらも、笑顔でそう告げて。途端別れを終えるのを待っていたかのように、レストとイリア、二人の足元に魔方陣が浮かび上がる。

 孫の名を呼ぶ声も、落ちて行く涙も、無情に飛散し。彼等の姿は、小さな閃光と共にこの空間から消えて行く。

 後に残ったのは破壊された集落の入り口と、己の無力さを嘆く、エルフ達の呻き声だけであった。


 ~~~~~~


「以上が、此処であったことの全てです」


 語りを終えたジンカーは、疲れたようにその場に座り込んだ。身体的な疲れも確かにあるが、何より精神的なものが大きい。

 孫が浚われたこと。その場に居ながら、何も出来なかったこと。それを語ることで改めて認識し、どうしようもない無力感と絶望が身体を支配する。立ち上がる気力など、もう無かった。

 そうして嘆くジンカーを心配する周囲とは裏腹に、コオヤだけは、相も変わらず仏頂面で何処とも知れない虚空を見ている。


「……成るほど、事情は分かった」


 呟くコオヤ。そんな彼へと、クランが問い掛ける。


「どうするの?」

「決まってる。取り返しに行く」


 即答。周囲の誰もが驚き、言葉を失った。それでも彼がそう答えると何となく分かっていた二人、ジンカーとクランだけは、かろうじて口を開く。


「本気、なの? 相手は、あの六戦将よ」

「コーヤ殿、貴方が強いのは知っています。ですが、今回は……」

「何だ、二人共。イリアはどうだって良い、ってのか?」

「そうじゃないわよ! ……でも、流石に相手が悪すぎる」

「ええ。それに、今から助けに行ったところで、間に合うかどうか」

「それなら多分大丈夫だよ」


 迷い無く断言する彼に、疑問顔。どうしてそんなことが分かるのか、と視線で問い掛ければ彼は鼻息一つ、


「勘、だ」


 そう答えた。


「勘、ですか?」

「ああ。と言っても、それだけが理由じゃない」


 ぐるりと、辺りに未だ漂うレストの力の残りを見回し、続ける。


「残滓でさえこれ程の強さだ。奴の力が相当なことは、容易に想像出来る。しかもそのレストは、魔法を極めた、と言われる程の使い手なんだろう?」

「え、ええ」

「なら、この場でだって出来たはずなんだ。魂を抜く、ってことは」

「それは……」

「あんたらからすればとんでもない話かもしれんがね。たいした力も持たないイリア一人の魂位、多分奴ならば、どうとだって出来る。わざわざ連れて行く必要なんてない。にも関わらずわざわざ生きたまま浚って行った、ってことは」

「そうする必要があった、ってこと?」

「おそらくは、な。奴が何の為にイリアの魂を求めているか分からんが、大方何らかの準備が必要何だろう。ただ魂を抜くだけではなく、魔法的な儀式が必要、とか。何にしろ、生きたままでなければならない、そして連れて行かなければならない、理由があるんだ」

「なら、イリアは」

「まだ無事な可能性が高い。勿論、それも何処まで持つか分からんがね」


 肩を竦めるコオヤ。彼の語った可能性に僅かに思考するジンカー達だが、すぐに思い直す。最大の問題は、浚った相手にこそあるのだから。


「しかしコーヤ殿。だからといって」

「助けに行くのは無謀だ、ってか?」

「ええ、そうよ。魔導戦将レストってのはね、とんでもない化け物なのよ。幾らあんたが凄くても、どうしようもない位に!」

「だから、イリアは諦めて此処で縮こまって居ろ、と? ――――舐めるな!」

「「!?」」


 それまでの何処か平坦な様子から一変、語気を荒げた彼に、皆がびくりと震えた。あるいはそれは、彼がイリアを取り返しに行くと言った時以上の衝撃だったかもしれない。

 なぜならこの場の誰も、彼のそんな姿は見たことがなかったから。


「コーヤ、あんた……」

「ふざけるなよ。俺に、この俺に、相手がどれ程かも分からない、とんでもなく強いかもしれない、何て理由で逃げ消えろと言うのか? ふざけるな。そんな情けない真似、してたまるか!」

「し、しかし、コーヤ殿」


 何とか言葉を返すジンカーだったが、コオヤは変わらず見たことがない程荒々しい口調で、


「ましてイリアは、たった数日とはいえ共に過ごした友人だ。それを見捨てて、奴の影に怯えて、隠れて生きろと? はっ、冗談でも笑えねぇ」

「で、でも、ほら、時には引くことだって――」

「ああ、必要だろうさ。だがな、それはそこらの奴等の話だ。頭が良く、物分りの良いふりをして、てめぇの情けなさを誤魔化してる、糞共の話だ。別に、何でもかんでも突っ込めって訳じゃねぇ。だがな、こうまで虚仮にされて、ただ黙っていられるか!」

「虚仮に、って」

「そうだろうがよ。この俺の暮らす場所に攻めてきて、一応とはいえ友人を浚って。この俺を舐めきってやがる。こんなふざけた真似、許せるか!」


 まさに怒髪天をつく――そう形容するのが相応しい程の怒り。怒気を全身に滾らせ、何処までも激しい剣幕で語る彼に、ジンカーとクランも思わず口を噤んだ。

 彼等を一瞥し背を向けたコオヤは、下水道、その出口へと向かって歩き出す。


「ともかく、俺はもう行く。すぐにイリアを連れて帰って来てやるから、待ってろ」

「あ、コ、コーヤ!」


 咄嗟に声を掛けたクランにも、コオヤは振り返らない。それでも足は止め、応えてくれるだけましだろう。


「……何だ、クラン。場所なら、どうせ街の中央のでけぇ宮殿だろう。あそこがその魔導戦将様の住居らしいからな」

「そうじゃなくて、その……」


 躊躇い、しかしクランは口を開く。此処に戻ってきてからこれまでずっと感じて来た、ある違和感。それが何なのか、やっと理解出来たから。


「本当に、大丈夫なの? 何だか今のあんた、あんたらしくないわよ」

「俺らしく……?」


 その言葉に一瞬呆気に取られ振り向いて。しかしすぐに、下らない、と言わんばかりに一蹴する。


「はっ、何を馬鹿なことを。俺は何時だって俺だ。俺らしいも糞も無い」

「本、当に?」

「くどいぞ! だいたい、お前に俺の何が分かるってんだ?」

「それは……」


 確かに彼の言う通りであった。出合ったのはほんの数時間前であり、会話も数える程度。知っていることなど、もっと少ない。そんな自分に、彼らしいだの彼らしくないだのと語ることは出来ないのかもしれない。

 だがそれでも、クランはどうしようもない程に強く感じていた。今のコオヤは、彼らしく無い、と。


「ったく、時間がねぇってのに、余計な手間取らせやがって」


 しかしそんな彼女の思いになど気付かず、もう振り返ることもなくコオヤは歩き出す。


「そうだ、何も問題なんてねぇ。……そうそう居てたまるか、クオンのような――俺より強い、奴なんて」


 誰にも聞こえない程小さな声で。吐き捨てるように、そう呟いて。


「コーヤ……」


 徐々に遠ざかり、遂には見えなくなってしまう彼の背中。それを止める言葉も見見つからず、クランやジンカー、そしてエルフ達は、去って行くコオヤをただ見ていることしか出来なかった。

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