第10話 地を動かす
「ど、どうなってるのよ。あいつら、魔法も使わず宙に浮いてるわよ」
「そりゃ俺達も同じだ」
突っ込むコオヤに、クランはジト目で、
「いや、あんたは何かおかしいし……」
「おかしいとは酷いな。ただちょっと、いやかなり普通じゃないだけだ」
「それっておかしいってことだと思うんだけど」
黒尽くめの人影を前に、微妙に緊張感の無い会話を繰り広げる二人。といっても、二人共暢気なわけではない。
クランは突然の事態に付いて行けず半ば現実放棄しているだけだし、コオヤは自分への自信から余裕の態度を崩さないだけである。互いに対照的でありながら、それ故に話は妙にかみ合っていた。
「あの真っ黒共なら、トランドの屋敷を出た時からずっと付いてきてたぜ」
「え!? それじゃあいつら、あの肉だるまの手先なの?」
「俺も最初はそう思った。が……」
「が?」
言葉を濁すコオヤに、クランは首を傾げた。屋敷から付いてきているというのなら、どう考えてもトランドの関係者であろう。あの大商人ならば、あんないかにも暗殺者か何かのような怪しい私兵を持っていても不思議ではない。
だというのに、コオヤはその結論にどうにも納得いっていないらしかった。疑問気なクランを一瞥した後、軽い調子で黒尽くめ共に問い掛ける。
「なぁ、あんたら。何でだ?」
「? コーヤあんた、何言って……」
「何で、トランドを見捨てた?」
瞬間、黒尽くめ達の身体がピクリと動いた、気がした。ただそれは常人には判別できない程度のものであり、実際クランには黒尽くめ達が何の反応も示さなかったようにしか見えなかった。
加えて、彼女はどちらかと言えばコオヤの言葉の方に意識が行っていたのだから、気付けるはずもない。故に彼女はただ素直に問い掛ける。
「え、一体どういうこと?」
「どうもこうもない。考えても見ろ、俺は屋敷に真正面から飛び込んできたんだぞ。空からとはいえ、窓をぶち割って、堂々とな」
「それが?」
「だからな。気付かないはずがないんだ、俺の存在に。だというのに、奴等は俺を、侵入者を排除しに来なかった。トランドを、助けに来なかったんだよ」
「でもそれは、間に合わなかっただけかも」
当然の可能性を、しかしコオヤは否定する。
「そこらの雑兵ならともかく、空を翔けられるあいつらが、か? 本気でなかったとはいえ、此処まで俺に付いてこられただけである程度の機動力があるのは確実だ。そんな奴等が八人も居て、しかも俺はトランドと暢気に話をしていた。だってのに一人も来ないってのは、幾ら何でも異常だろ」
此処にきてクランも、彼の言いたいことを理解した。つまり、あの黒尽くめ共は――
「わざとこなかった、ってこと?」
「ああ。トランドの所に侵入者が入ったと気付いておきながら、放置していたんだ。そんなのが奴の手先だなんて、おかしいだろ? ついでに言うなら、吹っ飛んでいったトランドではなく、俺達を追ってきたってのもな」
「じゃあ、あいつらは一体何なのよ」
「さてね、俺に聞かれても困る。聞くんなら――なぁ! 何者なんだ、あんたら」
「…………」
無言。コオヤの問いにも、それどころか姿を現したその始めから今まで、黒尽くめ達はただただ一言も話さず無言を貫いていた。闇に溶ける漆黒の格好と合わさり、あまりの不気味さにクランは幽霊かと錯覚しかけた程だ。
しかしあれらは幽霊などではなく、確かにそこに存在し、生きている。僅かに感じる気配や息遣いから、コオヤはそう断じた。最も例え幽霊だったとしても、彼はお構いなしで殴ってぶち抜いただろうが。
「だんまりかい、つまらんねぇ。で、出てきた上に仕掛けてきたってことは、俺と戦いたいってことで良いのか?」
「ちょ、ちょっと大丈夫なの? 相手は八人も居るのよ?」
「別に。問題ないさ――っと!」
「きゃあ!?」
コオヤが跳ぶ。直後、その目の前を何かが雷の如く駆け抜けた。地に落ちて行く雷光を尻目に、コオヤは軽いステップで後ろに下がると、空に留まること無く重力に引かれて落ちて行く。そうして短い滞空時間の後、眼下にあった三階建ての建物へと降り立った。
後を追い、黒尽くめ達もまたゆっくりと降りて来る。彼とは違い、高度を下げたのみで地に足を着きはしなかったが。
そうして再び最初と同じ、およそ数十メートルの距離を取ってじっと此方を見詰めてくる。手には、何処に隠していたのか長く機械的な一本の棒が握られていた。その姿はまるで、
「おいおい、どうなってんだ? この世界の文明的に、銃があるのはおかしいだろ」
長大なライフルと形容するのが一番近かった。魔法を除けば、弓や、精々ボウガンが限界の世界では、明らかに異常な存在である。
「あれ……もしかして、リベルリー!?」
「知ってるのか、クラン?」
問い掛ければ彼女は、若干自信無さ気に、
「う、うん。多分だけど、人滅兵器の一種よ」
「人滅兵器? 何だったか。聞いたような、聞いてないような」
ジンカーから聞いたこの世界の話を思い出しうんうん唸る彼に、黒尽くめから、正確にはその手の銃から目線を離さぬまま、クランが説明する。
「人滅兵器は、私達エルフの宝の一つよ。過去の人間との戦争の際、機械技術に優れた種族――エルテシアと組んで、開発した物なの」
「エルテシア? え~と、確か全身が石で出来てるんだったか」
「正しくは鉱石、ね。彼等の兵器製作技術と、私達エルフの魔法技術。それらを合わせることで、人間達の侵略に対抗しようとしたの」
「へ~。けど、エルフは負けたんだろ? 後、そのエルテシアも」
「ええ。色々と作ったし、そのどれもが強力だったんだけど……人間側の一部、その圧倒的な力の前になぎ払われて、残ったものもほぼ全て人間達に奪われたわ」
クランの声には、小さな悔しさが滲み出ていた。彼女自身は戦争を体験した世代ではないが、それでも自分達の種族が敗北した事実を語るのは、気分の良いものではない。
けれどそんなものはコオヤには関係ない訳で、彼は平素と変わらぬ様子で話を進めた。この状況でいつもと変わらないという時点で、明らかに普通では無いのだが。
「成るほど。あれはその奪われた物、ってことか」
「うん。そうそうあるものじゃないんだけど、トランド程の大商人なら、幾つか持っていてもおかしくないし……もしかしたらあいつら、それを狙って屋敷に居たのかも」
「だとすりゃあ、俺達を追ってくるのはおかしいけどな。で、あの銃はどんなものなのか、分かるか?」
問いに、クランは唸りながらも記憶を引き出す。
「多分、だけど。あれはリベルリーって言って、内部に装填した弾丸を、魔法の力で飛ばして相手を攻撃する兵器よ」
「成るほど、火薬ではなく魔法を使ってはいるが、確かに銃だな。ただ、それにしちゃあ……」
やけに強力だったような、と言いかけたコオヤを遮って、クランが口を開く。
「あれは、雷の魔法を使ってるの。それで弾丸を加速して撃ち出してるんだ、って聞いたけど」
「なーる。レールガンってことね。しかも魔法のおかげか、その連射速度は――」
再び跳ぶ。今度は宙に浮くこともなく、幾つかの建物の上を跳ねるように次々と渡っていった。そんな彼の軌跡を追う形で、空から幾多もの稲光が降り注ぐ。
その全てが黒尽くめ達の持つレールガン、リベルリーから放たれたものだ。石造りの二階建て、三階建ての建物達を上から下まで容易く貫通してあまりある高速の弾丸を、毎秒十二発もの速度で連射する。レールガンとは思えぬ程の、圧倒的な物量である。
しかもどういう原理か、備え付けられた小さなマガジンを取り替えることもなく、継続して発砲を続けているようであった。
「あれも魔法のおかげ、か?」
「ええ。空間接続の魔法を使って、此処ではないどこかに蓄えられた弾丸を直接使用しているそうよ」
「便利過ぎるな、魔法ってのは」
感心する彼に対し、クランは渋い顔。
「勘違いしないで欲しいけど、あのリベルリーに使われているような高度な魔法、エルフにだってそうそう扱える者はいないわ。だからこそ、魔導兵器は『宝』と呼ばれる程に重要なの」
「へー……っと!」
迫り来る凶弾を、ひたすらに避け続ける。一方的に攻められている状況は、コオヤにとっては当然おもしろくない。早く反撃して蹴散らしてしまいたい所だが、中々どうにもそう簡単にはいかなかった。
何せ今の彼は一人ではない。その両手には、クランを抱えているのだ。自分と彼女、どちらが狙われているのか分からない以上、下手に彼女を手放すわけにはいかない。
また、あのリベルリーから放たれる弾丸は、コオヤはまだしもクランにとっては一発当たっただけでも致命傷だ。それを考えれば紙一重で避けて突っ込む、などと言う戦法も取れやしない。
おまけに黒尽くめ達は皆それなりに腕の立つ実力者のようであり、八人全てがそれぞれにリベルリーを持っている。ハンデを抱えた此方の不利は明らかだ。
だが、彼の心に焦りはない。子供が鬼ごっこするかの如き気安さで駆け回り、跳ぶたびに辺りを見渡して考えている。
「ん~。どうしたもんか……お?」
「ど、どうしたの!?」
降り注ぐ雷光と破壊される家屋が奏でる轟音に掻き消されぬよう、半ば叫ぶクラン。そんな彼女に、コオヤは一際大きく跳び上がると、少しばかり離れた街の一角を指差した。
「あそこ。あの建物が密集したところな」
「あそこが何!?」
彼が指したのは、何の変哲もない住宅街の一角だ。違いといえば、他と比べ明かりの一つも見えず、やけに真っ暗なこと位か。
「人の気配が無いんだ。何か心当たりはあるか?」
「え~と。あそこは、この間造られたばかりの新しい居住区ね。元々は地下に大規模な鉱脈があって、それ関係の施設が立ち並んでいたんだけど……ほとんど掘りつくしちゃったから、潰して家屋を建てて、居住区にしたの」
街に隠れ潜み生活するエルフ達にとって、情報は貴重な武器の一つだ。当然クランも、この街に関しては人並み以上に詳しい。例えそれが自分達に関係ない人間達の問題でも、何処で役に立つのか分からないのだから。そう、今のように。
「気配がないのは? こんな深夜だ、皆家にいるはずだろう?」
「さっきも言ったけど、あそこは出来たばかりなの。だから今はまだ入居者を募っている段階で、実際に住み始めるのはまだ先なのよ」
「ふ~ん。つまり今、あそこには誰も居ないし、誰も使ってない、ってことだな?」
「? そうだけど……それが何?」
「よし。んじゃまあ、存分に使わせて貰うとしますか!」
宣言と共に、コオヤが加速する。再び宙を翔け、真っ直ぐに先程指差した居住区へと飛び出した。黒尽くめ達との距離も離れるが、振り切れる程ではない。
「何する気?」
「奴等を迎撃する」
即答する彼に、クランは目を瞬かせる。
「えっ……このまま逃げちゃえば良いんじゃないの?」
「下手に逃げて、集落の場所を感づかれると面倒だ。まあ、もっと速度を上げれば振り切ることも出来るだろうが――」
「だろうが?」
「気に喰わん。何で俺があんな奴等から逃げ回らなきゃいかんのだ」
思わずクランは眉を歪め、何とも言えない表情になった。集落に居た時に聞いた噂と、短いながらも今までの接触で、彼がそういう性格であるのは察していたが、それでもこうも堂々と言われると妙な気分になる。ずっと迫害されてきたエルフにとっては、戦いとは基本的に避け、逃げるものなのだから。
「さて、と。んじゃ、準備は良いか?」
「は? 一体何の」
「しっかり掴まってろ。そんじゃあ……行くぞ――!」
件の居住区の上空まで来たコオヤが、突然落下した。重力に引かれ、更に空を蹴り加速し、猛烈な勢いで地面に向かって落ちて行く。
突然の暴挙に舌を咬みかけながらも、クランは無我夢中でコオヤにしがみ付いた。
やがて短い空中落下も終わりを告げ、コオヤは地面に激突する。あまりの衝撃に辺りは震え、巨大な粉塵が舞い上がる。
「……目くらましか。無駄なことを」
黒尽くめ達の一人が、ぼそりと呟いた。布に覆われた口から漏れた声はくぐもっており、若いか老いているか、男か女かも判別がつかない。
警戒鋭く、手の内のリベルリーを構える。粉塵から距離を置いた空中に留まり、土煙が収まるのをゆっくりと待つ。無論、煙に紛れて逃亡されたりなどしないように、八人全員が目をくまなく巡らせている。
相手が強者であることなど既にわかっている。どう行動してくるかは分からないが、姿を見せた瞬間、こいつで撃ち抜く――
黒尽くめ達の思いが重なり、そして。
「っ!? あれは、な――!」
その一人が、轟音と共に吹き飛んだ。それを成したのは、けして目に見えぬ衝撃波なんかではないし、コオヤ自身でもない。
黒尽くめを吹き飛ばした物の正体、それは、
「な……! あれは、家!?」
仲間と共に遥か彼方へと吹き飛んで行く巨岩を目にし、黒尽くめは思わず声を荒げた。そう、土煙を破り高速で飛来したもの、それは地上に幾つも立ち並ぶ家屋の一つだ。
「馬鹿な、どうなってっ!?」
再度土煙を破り、家屋が飛来する。反応しきれなかった仲間の一人がまたも衝突し、街の遥か外縁へと吹き飛んだ。
(今度ははっきりと見えた。あの家、下の部分が鋭利な刃物で切断されたかのように断ち切られていた。立ち並ぶそれらを切り取り、飛ばしてきたというのか? だがどうやって? 奴は刃物など持っては……っ!)
考える間にも弾幕は止まらない。次々と飛んで来る家屋の全てが、二~三階建ての大きさでありながらも、リベルリーの吐き出す弾丸に匹敵する程の速さを持っている。距離があるとはいえ、その全てを避けるのは容易なことではない。
「う、うあああああ! っあ!」
今もまた、仲間の一人が撃ち倒されたところだ。避けられないと悟ったのか乱射したリベルリーはしかし、家屋を穴だらけにしながらもその勢いを止めることは叶わなかった。
無情にも衝突し、家屋の壁に貼り付けにされたかのように一緒になって飛んで行く。彼女等の実力ならば死んではいないだろうが、すぐに戦線に復帰するのは身体的にも物理的にも不可能だろう。
「よくも……!」
憎悪さえ滲ませて、下方を睨む。飛来物の衝撃により、すっかり晴れた土煙の元には、クランを両手に抱えたまま不敵な笑みでこちらを睨むコオヤの姿があった。
「おーおー、中々上手くいったじゃねえか」
「あんた、本当に無茶苦茶ね。家を飛ばすとか、普通ありえないわよ」
「いい加減俺と普通を比べるの、止めたらどうよ? 無駄な労力を使うだけだぜ」
「はぁ。かも、ね」
軽口を叩きながらも、コオヤは次の弾へと向かう。聳え立つ三階建ての石製の建造物。それを軽く見据え、足を振るう。
鋭く横に振るわれた足払いは、しかし単なる蹴りではない。放たれた鋭い衝撃波は薄い刃となり、家屋の下部を切り裂いたのだ。
「んじゃまあ」
あまりの鋭さに崩れ落ちることもなく、そのまま佇む家屋へと、しっかりとターゲットを合わせたコオヤは、
「もう一発!」
空中の黒尽くめ達に向かって、家屋を蹴り飛ばした。まるでサッカーボールでも蹴るかのような気軽さで、家屋が吹き飛んで行く。
轟音を上げ空に舞う家は、狙い違わず黒尽くめの一人に激突した。
「……わざわざそんなことしなくても、直接衝撃波で相手を攻撃すれば良いんじゃないの?」
「いやいや、手ならまだしも足だけじゃあ、いまいち上空の相手には狙いがつけにくいんだよ。後はま、意表を突きたかった、てのもあるな」
「へー、そう」
突っ込みたいところは色々とあったクランだが、相槌を打つだけにしておいた。もうこの男の行動にいちいち驚いていては、身が持たないと悟ったのだ。
彼女が頬を引きつらせ不器用な笑みを浮かべている間にも、攻撃は続く。
「ほらほら、まだまだ行くぞ!」
次から次へと、家屋が空を飛んで行く。あまりにも非現実的すぎて夢のような光景だが、やられている方は堪ったものではあるまい。
「お、また命中。これで残りは三人か。ん? いよいよ突っ込んで来るみたいだな」
このままではジリ貧だと判断し、黒尽くめ達が距離を詰める。コオヤの攻撃を警戒し、左右に揺れ動きながら徐々に斜めに降下し、リベルリーを連射した。
しかしもう避け続けるのにも飽きたのか、コオヤは片足を上げると、目にも留まらぬ速さで連続蹴りを繰り出す。
少なくともクランには足が消えたとしか写らなかったそれは、迫っていた数十発の弾丸全てを的確に相殺した。八人揃っての掃射ならばまだしも、三人だけとなり数の減った一斉射撃ならば、クランを抱えていても対処は比較的容易い。
それでも尚、諦めることなく黒尽くめ達はリベルリーを乱射しながら距離を詰めてくる。あくまでもそれらは牽制、本命は近距離包囲からの一斉射。それならば流石のコオヤも、対処は困難であろう。
心の中で僅かな希望を繋ぎ、翔ける黒尽くめ達。その姿を地上から眺めるコオヤは、ふむ、と一つ唸りを上げた。
「普通に家を飛ばしてても、あいつ等は倒せそうにないなー」
「だから普通じゃないって……いや、もういいわ。で、どうするの?」
「そうだな。人数も少ないし、直接戦っても……?」
この先の戦闘に備え、調子を確かめる為に軽く爪先で地面を叩いたコオヤは、そこで気付いた。今の感じ、そうか此処は――
「なあクラン。確か此処って、大規模な鉱脈があったんだよな?」
「え、うん。そうだけど」
「しかも掘りつくしたってことは、この下はでっかい穴が開いてる、ってことで良いのか?」
「う~んと……そうね。というか、掘りつくしてボロボロだった地下を更に魔法で掘りつくして、新たな施設を造る為の空間にした、って聞いたことあるわ」
「要するに、此処の地下一帯は大空洞になっている、と」
「ええ。といっても、それなりに深い所のはずだけど。それがどうかしたの?」
「一つ思いついたことがあってね。どうなるか分からんが、やってみるか」
疑問を浮かべるクランに小さな笑みで応え、コオヤは二度、足を振るった。蹴りによって放たれた衝撃波が、地面を裂き、飛ぶ。彼の丁度斜め前、左右四十五度の角度へそれぞれ放たれた斬撃は、途中の家屋をも容易く縦に二つに別ち進み続け、やがて見えなくなってしまう。
訳が分からず、首を捻るクランに目も向けず、コオヤは軽く跳躍。軽く、といってもあくまで彼にとってであり、その高さは十階建てのビルにも匹敵する程だ。
遂に動いた彼に、更に警戒を上げる黒尽くめ達。しかしコオヤはそんな黒尽くめを無視し、新たに蹴りを、衝撃波を放つ。
横一直線。大きく広がった薄い透明の刃は、やはり地面に着弾した。彼の行動に、クランも黒尽くめ達も訳が分からず眉を顰める。
「さっきからあんた、何やってるの?」
「悪いが説明してる時間はないんだ。それより、口を閉じてた方が良いぞ」
「え? 何で……」
「舌噛んでもしらんからな。そんじゃあ、行くぞ――!」
一気に降下する。重力に引かれ、空を蹴り、真っ逆さまに。あまりの速度に言われた通り口を閉じしがみ付くクランを腕に抱え込み、地面の直前で体勢を整えたコオヤは、見事足から大地に着弾した。
彼の力と速度ならば、そのまま地中へと突き刺さっていくはず。しかし実際にはそうはならず、いかなる方法か、彼は僅かな皹を刻んだだけで見事十点満点の着地を成功させる。
そしてコオヤの行動が生んだ効果は、彼意外の誰もが驚愕する形で顕現することになる。
「? 奴は、何を……っ!? ば、馬鹿な、こんな――!?」
己の目に映るものが信じられない、とばかりに狼狽する黒尽くめ達。そんな三人へと、地面が激突する。
そう、地面『が』、である。決して黒尽くめ達が目測を誤り、地に落ちたのではない。空中に浮かぶ三人に、地面の方から迫ってきたのだ。
原理だけを言えば、割と単純だ。コオヤの攻撃によって扇形に区切られた大地。その内、彼が落ちた衝撃で片側が急速に沈み、反動で反対側、つまり黒尽くめ達が居た側の地面が浮き上がったのである。
「畳返しならぬ、岩盤返しってとこかね」
「無茶苦茶なのはもう十分わかってたつもりだったけどさ。訂正するわ、あんた私が思っていたのより百倍はおかしい」
「残念だが、その考えも間違いだ。俺はお前が思っているよりも、一億倍はおかしい」
「自慢することか!」
沈んでいく地面から素早く跳び上がり、脱出した二人は、目の前の光景を前に軽口を叩き会う。コオヤは元からだが、いい加減クランにももう緊張感というものは無くなってしまったようである。
「さて。奴等の気配も消えたことだし、今度こそほんとに帰るか」
「倒したの?」
「さあ? 逃げたのか、気絶したのか。いずれにせよそれなりに実力はあったし、死んではいないだろうな」
沈んでいく大地を眺めながら、コオヤは目を細める。一応手加減はしておいたので、多分、きっと、無事だろう。仮に死んでいたとしても、敵対者である以上あまり気にすることでもないのかもしれないが。
「そう。結局なんだったのかしらね、あいつら」
「別に何だっていいさ。何が来ようと、どんな目的だろうと、ぶっ飛ばせば済む話だしな」
「もうちょっと平和的に解決しよう、とか思わないわけ?」
「思うさ。しかし録に話の通じない相手に根気良く交渉を続けるよりは、殴って解決した方が楽で早い。そんだけ」
「まぁ、あんたならそうでしょうね」
溜息を吐くクランを腕に、コオヤは再び夜を翔ける。先程の轟音と衝撃で何やら街が騒がしくなってはいたが、空を翔ける彼等にとっては何のその。ただただ互いに軽口を叩きあいながら、二人は悠々と集落へと戻って行った。
~~~~~~
「っと。やっと到着、だな」
エルフ達の集落のある下水道、その入り口前に着地し、コオヤは一息吐いた。もう空は白み始めており、夜明けは間近だ。結局、一晩中掛かってしまったらしい。
若いとはいえ、徹夜は辛い。欠伸をかみ殺したコオヤは、戻ったらさっさと寝ようと決意して、一歩を踏み出して。
「――」
「ねぇコオヤ、いい加減降ろしてくれない? 流石に抱えられたまま皆の所に戻るのもなんだし、此処からは自分の足で……って、ちょっ!?」
クランの意見も無視して、猛烈な勢いで駆けだした。そのまま下水道の中へと入って行く彼に文句の一つも言おうと思った彼女だが、しかしコオヤの顔を見た瞬間言葉を失う。
何故なら彼の顔は、それまでに見たことがないほどに険しく、真剣なものになっていたから。
「な、何かあったの?」
「……集落に、強い力を持った奴が居る」
「強い、力? それって、集落の誰かが魔法を使った、とかじゃなくて?」
「ないな。あそこのエルフ全員合わせても、こんな力出せるものかよ。さっきの黒尽くめ達とも比較にならない、どころかおそらく、あの騎士よりも――」
薄暗く汚れた空気を切り裂いて、ひた走る。残像さえ残さぬ程の速さで駆ければ、瞬く間に集落へと続く横道にまで辿り着いた。
勢いを落とすことなく強く踏み込み、ほぼ直角に曲がると、更に速度を上げる。ほんの数秒で、集落が見えてきた。
ただその姿は、いつも見慣れたものとは違い、
「何、これ。……集落が、破壊されて、る」
クランが呆けた声を出す。辿り着いた集落の入り口は、ボロボロに破壊しつくされいた。バリケードや門はまるで原型を留めておらず、辺りの壁や床も大きく抉られている。
まるで、爆撃でも受けたかのような光景だ。しかし此処は地下、そのようなことあるはずもない。
「う……」
「こっちに人手が必要だ! 皆手伝ってくれ!」
と、響く野太い男の声。コオヤ達が声の方向を見れば、壊れたバリケードの下敷きになったエルフと、それを助けようとする男の姿が。
良く見れば、辺りには似たような光景が散見される。傷ついた者、その手当てをするもの、恐怖し蹲る者。全てを一瞥し、コオヤはクランを降ろすと、先程声を上げた男の下へと近づいた。
どうやらバリケードが変に絡み合って、動かせないらしい。集まった数人のエルフ達が必死で力を入れるも、隙間すら生み出せていない。
「糞、どうしたら……「退け」!?」
「あ、あんた、帰ってきたのか」
「良いから退け」
険しい顔のコオヤを前に、よろよろとエルフ達が後ろに下がる。すると彼は徐に蹴りを繰り出し、バリケードを吹き飛ばした。
一瞬ぎょっとするエルフ達だが、良く見れば蹴りは見事にバリケードだけを打ち抜いており、下敷きになっていた仲間には傷一つない。力だけではない、繊細な技量であった。最も、コオヤはそこまで深く考えてやったわけではないが。
「た、助かったよ」
「感謝はいい。それより、何があった?」
「う、そ、それは」
何故か躊躇う彼に、コオヤは低い声で
「もう一度だけ聞くぞ。何があった?」
「……レ、レストが」
「あ?」
「六戦将の一人――魔導戦将レストが、攻めてきたんだ!」
震え、恐怖しながら紡がれた言葉。それが、コオヤのこれまでの人生の中で最も過酷な戦いの、始まりでもあった。
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