第2話 力の一端
土と石壁で出来た前時代的――どころではなく古臭い建物。二階建てのそれらが立ち並ぶ隙間の細い裏路地に突然それは現れた。
真っ黒な『何か』。地上から数メートル程の空中に浮かぶ異常は、しかし何をするでもなくただ静かに佇んでいる。
「おおおおおおおおお! お!?」
と、『何か』から響いてくる声。徐々に大きくなるそれがはっきり聞こえるようになった頃、『何か』の中から影が一つ落ちてきた。
「うおっ!? あっぶね!」
穴から出たその影は、当然重力に従い地上へと落下する。そうして地面と激突する寸前、慌てて身を捻り体勢を整えると、見事地上に着地した。
「全く、出口が見えたかと思えばこれかよ。もっと丁寧に扱って欲しいぜ」
別段、誰かに運ばれていたわけでもないのだが。軽く調子を確かめるように二、三身体を動かした影――コオヤは、一息ついて辺りを見回した。
「で、ここはどこだ」
つい先程まで居た場所は、現代日本である。こんな遥か昔の西洋のような建物が立ち並ぶ場所ではない。ついでに言うなら、『何か』に入る前は夕方だった時間も、天頂に輝く太陽から察するに今はどういうわけか昼間になっているらしかった。
「ん?」
と、そこで気付く。いつの間にか空中にあったはずの『何か』が、消え失せていることに。
(ま、別に良いか)
楽観的にそう判断し、とりあえず現状を把握しようとコオヤはゆっくりと歩きだしたのだった。
~~~~~~
「わっかんね~な~」
歩くこと小一時間、得られた情報は少ない。
判明したことといえば、此処が何処かの街で、結構な規模があり、人も多く居るということ。それから立ち並ぶ建物の大半はとても現代とは思えないようなものばかりで、見かける人々が着ている簡素な布の服と相まって、まるで遥か過去にでも来てしまったかのような錯覚を受けるということ。
あるいは普通ならばタイムスリップでもしたかと思うところだがしかし、彼は違った。
(時間を戻った、てんじゃあねぇだろう。何となく感覚が違う。これは同じ世界じゃなくて、もっと遠く……多分別の世界だ)
常人にはとても理解出来ない次元感覚的なずれも、コオヤには感じ取ることが出来た。何せ彼は、普通とは少し……いや、かなり――どころかとんでもなく、違うのだから。
「どうすっかな~。流石の俺も、次元の壁をぶち抜くのはなー。山の一つや二つなら、簡単なんだが」
まるで狂っているか、あるいは夢見た子供のように愚かで意味の通らない言動。しかし決して冗談で言っているわけではない。彼にとって、それは真実だ。
「当然日本じゃねぇだろうし……そのくせ、何故か話す言葉は分かるんだよなぁ」
そう、暫く街を歩き回り人々の話を立ち聞きしていたコオヤだが、明らかに日本人ではないこの街の人々の話す言葉を、理屈は不明だが何故か理解出来たのだ。
一体なにがどうなっているのやら。とりあえず誰にも話し掛けずに見て、聞くだけに留めていたが、もうそろそろ直接話しをするべきだな。
そう判断し、じゃあ誰に話し掛けようかと周囲を見渡し軽く考える。すると耳に、何やら雑踏というには騒がし過ぎる声が届いてきた。
「んん? 何だ、あの人だかり」
視線の先では、人々が何かを囲うようにして大きな壁を作っている。先程までの考えも後回しに、何か面白いもんでもあるのかな、と興味津々でその人垣に分け入ったコオヤの目に映ったものは、
「はあ?」
一人の老人を蹴り飛ばす、男達の姿であった。
それ自体は男達が録でもない、所謂不良の類と考えればありえないことでもない。が、周りの人々の反応が異常だ。何せ男達を侮蔑の視線で見るどころか、彼等の行為に同意して嬌声を上げているのだから。
男達が怖くて止められないというのならば理解できる。が、その場合でも老人に対する心配の一つや二つ、抱くものではないのか。
「いいぞー!」「もっとやれー!」「あんな汚らわしいエルフ、早く殺して!」
(何だこりゃ。て、エルフ?)
群集の一人が上げたその呼び名には、聞き覚えがあった。それは、元の世界でたまに聞いた名前。といっても、あくまでゲームなどの創作物の話ではあったが。
加えてこの世界に来てから立ち聞きした話の幾つかに、その名が出てきていた。どの声音にも侮蔑や嘲笑が色濃く出ていたので、何となく覚えている。
てっきり何かの物語の話でもしているのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。
(よく見りゃあの老人、耳が長く鋭い。確かに大抵の物語じゃあ、エルフはそういう外見をしているが……)
さて、どうしたもんかね。そう思うコオヤだったが、再び老人を蹴り飛ばそうとした男の顔を見た瞬間、身体は勝手に動き出していた。
――気にいらねぇ。
彼等の行為もそうだが何より、男の顔が、昔自分を馬鹿にしてきた奴にそっくりだったから。だからコオヤはするりと群集から抜け出すと、手近にいた男の仲間に向かって軽い蹴りを繰り出した。
「ぎゃっ!」
本人としては軽い力でも、他人にとってはそうではない。まるで自動車にでも弾かれたかのようにすっ飛んだ男は、狙い通り老人を蹴ろうとしていた男に激突すると、もろともに吹き飛んで行く。
「お前らさぁ……」
老人の前に庇い立つ。動いた理由の大半は男の顔が気に入らなかったからだが、それでもここまできて老人を見捨てるほど、流石にコオヤは非情ではない。
「糞みたいなことしてんじゃねえよ、糞野郎共」
捨てるように男達に言い放ち、背後の老人へと振り向く。
「あ、あなたは……?」
「大丈夫かい、爺さん。全く、どうやら録でもない世界に来ちまったらしいな」
己を非難する人々。それを見渡しながら、やれやれ、と頭を掻く。するとそんな態度が癪に障ったのか、男達の一人が怒りの籠もった瞳と共にナイフを向けてきた。
「こ、この野郎。誰だか知らねぇが、まさかエルフの味方をするつもりか!?」
「そうだそうだ! エルフを庇うだなんて、正気じゃないぞ!」
「狂ってるんだ! あんな奴、殺しちまえー!」「そうだそうだ!」
殺せ、殺せ、と周囲が騒ぎ立てる。その状況と今までの情報を踏まえて、コオヤはこの世界でのエルフの扱いの大体を察した。
(ようするに、あいつらにとっちゃあエルフってのは家畜以下の扱いで、公衆の面前で嬲り殺しにしたところで非難されるどころか喜ばれる位ってことかい)
考えている間にも、ナイフを持った男が走り来る。そうして手のナイフを振りかぶる男にコオヤは、
「ま、だからどうしたって話だな」
無造作に拳を繰り出した。
「うべぁっ!」
迫るナイフを粉々に砕き、男の顔面に拳打が突き刺さる。始めの男達と同様に吹き飛んだ哀れな暴漢は、周囲の群衆の一部をも巻き込んで、壁に衝突することでようやく停止した。
「な、何だあの力は!?」
数十人の人間が纏めて弾け飛ぶという通常ならばありえない光景を目にし、誰もが驚愕に包まれる。しかしそれを成した本人は、この程度当たり前だと言わんばかりに無反応だ。
「これ以上、一々相手をすんのも面倒だ。ほら、行くぞ爺さん」
「あ、ああ……」
尻餅をついたままだった老エルフを、手を引き立たせる。そのままふらつく彼を背負うと、コオヤは何処とも知れず歩き出す。
「う、うあ……」
「どけ」
うろたえる群集に一言。道を開けさせると、コオヤはとりあえずこの場を離れようと足を動かした。
「こ、この野郎!」
と、そんな二人の背中に、群集の一人が石を投げつける。幸い外れたが、その行為に触発されたのか、他の者達も多くが石を手に取り出した。
先ほどまでのコオヤの異業を見ていたのなら、それがいかに無謀な行為か位は分かりそうなものなのだが、どうやら頭にすっかり血が昇った彼等には正常な思考は残っていないらしい。
「こ、この裏切り者が!」
群衆達が、一斉にその手の凶器を放り投げる。迫り来る三十を超える礫。降り注ぐ脅威を前に、コオヤは――
「ふっ!」
振り向きざま、拳を繰り出した。普通ならば、石の一つや二つを落として終わるだけの行為だろう。だが、彼のそれは格が違う。
常識を超えた威力を持つ一撃。それに付随して発生した衝撃波が、全ての石をなぎ払う。更には騒ぎ立てていた群衆達をも呆気なく一蹴した。
「さて、それじゃあ行こうぜ爺さん。悪いがここら辺のことは何も知らないから、あんたが案内してくれ」
「は、はぁ」
倒れ伏す人々を背景に、呆然と返事をする老人を背に乗せて、コオヤは悠々と見知らぬ街の中を歩いて行ったのだった。
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