翡翠色の魂 1

寝苦しくて寝返りを打つと、汗ばんだ髪が額に張り付いた。そのすぐ側で丸くなって羽を休めていた烏之瑪は、それを見るとこっそりとタオルを運んできて拭いてやった。


「……烏之瑪?」

『なんだ、起きていたのか』

「今、起きたのよ」


梨香はそう言って布団からむくりと起きあがった。じっとりと水分を含んだ髪が額についていたが、それよりも。


「……涙?」


ほろほろと涙が頬を伝って、梨香は自分のことなのに困惑してしまう。どうして泣いているの。


『悪夢でも見たか? うなされていたぞ』


言われて梨香は直前まで見ていた光景を思い出す。始まりとその次と今の夢。考え無しな自分への戒めだった。

悪夢といわれれば悪夢なのだろう。これから起こることの前兆にも思えた。あんまり思い出したくはないから、頭を振って追い払う。


「……今何時?」

『もう後三十分もしたら、目覚ましが鳴るな』

「……そう」


はぁ、とため息をついて梨香は起きあがった。

布団から出て、姿見の前に立つ。重たい髪が背中で揺れる。


『起きるのか?』

「眠れないもの。起きる。……着替えるから出て行きなさいよ」


じろりと睨みつけてやると、烏之瑪はトントンと足音を鳴らして窓から飛び出て屋根へ移った。梨香はそれを見届けると、汗で濡れた寝間着を脱ごうと思って、やめた。

寝汗がひどいからシャワーを浴びようと思って部屋を出る。

部屋を出てすぐに、目眩がして倒れ込みそうになる。

ガタッと壁に体を預けて、ずるずると座りこんだ。体の限界が近い。


「……っ」


原因は分かっている。この間の妖力の解放だ。反動で未だ霊力と反発しあっているのだ。日中は陽の気を浴びることが出来るので霊力が打ち勝ち、妖力は息を潜めてくれる。代わりに夜になれは陰の気のせいで妖力が霊力に勝ってしまう。

そうして梨香の身を蝕んでゆくのだ。

これは梨香の遠い前世の業。

梨香が想う遠い記憶の鎖。

身を焦がす術しか知らない仄かな力。

梨香は唇を噛みしめてその場で妖力の波が鎮まるのを待つ。一度解放すれば幾ら烏之瑪が封印の繋ぎを与えてくれようが綻びていくことは分かっていた。たぶん、烏之瑪でもこの事は予想してなかったと思う。

それほどにこの妖力の元の持ち主の想いは強かったのだ。

しばらく座り込んでいると、やっと妖力の波が収まった。じわじわと温かな霊力が顔を覗かせてくる。

長く、長く、息を吐いて呼吸も落ち着かせる。よし、立ち上がれる。

梨香は立ち上がると、少しだけふらつきながら風呂場へ向かった。


今日も、一日が始まる。

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