第五話

日記帳帰納

───夢を見る。


一番始まりの、紅色の夢。

あの時はただ単に暇潰しを考えて楽しんでいただけだった。

遊んでいただけだった。

つまらない日々を凌いでいただけだった。

何もない時間を彩りたかっただけだった。

それ以外は何もなかった。


それがやがて『彼』に伝わった。

だから取り引きしただけだった。




次の藍色の夢は甘くも悲しい夢だ。

涙が溢れてしまう。

もしこんな出会い方をしていなければと考えてしまう。

もっと普通に話したかったと考えてしまう。

思いを伝えられれば良かったと考えてしまう。

こんな運命を持たなければ良かったと考えてしまう。

貴方がどうしてそんな事をしたのか考えてしまう。

それ以外の涙の理由は思いつかない。


それが自分の甘さだと気づいた。

夢見ることが許される身ではないことは分かっていたはずなのに、契約を忘れ人並みの幸せを手にいれようとした報いはやってきた。

だから今、こんなに苦しむことになってしまったんだと考えてしまう。




三つ目の夢はまだ覚めない。

遠い昔の記憶を全て思い出してしまったからか、起きていても寝ていても、全ては夢のよう。

泡沫の淡い朧気な夢ではないこの皮肉。

いつか覚めてしまうことを願うだけの現実。

どんな痛みも、辛さも、全ては夢だからこそ恐れはしない。


そう思った三度目の人生は、夢にこそなれない現実で。

かつてのあの想いが、またふわりと浮かび上がる。

かつて見た夢を繰り返そうと浮上してきた夢の欠片。

現実であってほしくないと願うのは今も同じ。

眠っていれば、夢を見ていれば、互いに交わることは決してなかった。


夢か現か、自分にはもう判断できないほどに曖昧な世界。

思い出された記憶には、後悔も寂寥もその姿を見せやしないが、現実から目をそらさせるには十分だった。


今は夢ですか、現ですか。

私があなたを想うこの思いは、誰のものですか。

過去のものなら夢のもの、今のものなら現のもの。

私はどちら?


まだ覚めないのならきっと夢。

否、覚めているのならきっと現。


自分が自分であるならば、夢を現とするしかない。

夢があったからこそ、現の自分を肯定しなければならない。

二つに別れることはないこの魂の記憶。

例え人生を無為に過ごそうとも、この一魂はそれぞれの人生を記録し続ける。


夢も一魂、現も一魂。

同じであって、仕切りがある。


現の想いは夢であってはならないのならば。

もう二度とあなたを愛することはない。

誰かを愛するという過ちも犯しはしない。

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