猫の鬼ごっこ 4

新人むかつく。

日記もむかつく。

平和がいい。


☆◇☆◇☆


本体に戻れぬのならちょうど良い。日記をさっさと書いてしまえと言われたので、釈然としないが書いてやることにした。全く面倒だ。

適当な民家の軒下に隠しておいたので少し埃っぽくなってしまったが、ささっと払って出してくる。それか結姫の元へと戻れば、書くものを用意して烏之瑪が仁王立ちしていた。人払いの結界代わりだそうだ。

持ってきた日記に、烏之瑪から筆記具を受け取って適当に書きなぐる。文字は書けないからそれっぽく怒りをぶつけておこう。


「これでいいか?」

「これまた斬新な」


烏之瑪はでかでかと書かれた私のページを見て苦笑した。だって仕方ないだろう。文字を学ぶ時間もないのだから。


「……猫又、これからどうするの?」


先ほどよりは幾分か楽そうな表情をしているが、まだまだ顔色の悪い小娘が、細い路地の塀にもたれて聞いてきた。烏之瑪によって人避けの呪いが敷かれているからか、誰も私たちに気づかない。まだゆっくりと話すくらいの余裕はあるな。

私は自分の姿を一度見下ろしてから、小娘をまっすぐ見た。


「猫又の呪いは練ってしまった。後は私が放つだけなんだが、それをしてしまえば私は死んでしまう」

「……だから、これからどうするつもりなの?」

「お前に私の呪いという術を授けようと思う」


小娘が軽く目を見張った。それから目を臥せる。


「どうしてあたしに?」

「なんとなくだ。猫は気紛れだからな」


けらけらと笑ってやる。

それから猫又の呪いについて説明する。

猫又の身体からできた三味線を使って一曲奏でること。それが猫又の呪いの最後の段階。

呪いの効果は奏者の定めた目標の封印。封印と言えば聞こえはいいが、実の所、猫又の造る異界に閉じこめると言った方が正しいかもしれない。

異界は猫又が己の身体を三味線に変えたときに共に造られる。三味線の音色はその悲しげな音で、目標を異界へ導いていく。

猫とは気紛れだ。しかしその気紛れが時として、激しい憤りに転じる。

雌の皮は三味線になる。三味線にされるその猫の無念さはいかほどのものか。猫は三味線を憎んだ。

猫又は己が憎き三味線になることがあったとしても、無事であるようにと人型を取ることを覚えた。そして猫又が己から三味線となるのは、その気紛れの気性が無念に染まったとき。妖力を得た三味線は呪いの音を奏でることができるようになってしまった。

そして彼らは不吉の象徴。死を運ぶと言われる猫は死者の世界と通じると考えられ、その言い伝えを元に猫又は異界を造る術を編み出した。

それを総じて意のままに操れば、猫又は呪いを完璧に築き上げることができる。その封印という性質を持った呪いは、決して解けることはない。

それに三味線を奏でる猫又は、その巨大な呪いに己の全ての妖力を使うのでそんなに長くは生きられない。途中で呪いを築くのをやめても、身体を三味線にしてしまえば戻る身体もないので、妖力で作り上げた身体で居続けることになり妖力を使い切って死ぬことになる。

結局、異界へと導く三味線の音色を奏でる術がなくなるのでその反対もなくなってしまう。猫又の呪いは片道一方通行なのだ。

だけど私は敢えて小娘に授けると言った。

何故なら。


「私は暫く三味線に宿って眠ろう。三味線に宿ってしまえば動くことは出来ないが、妖力の消費は少ないから呪いの保存ができるからな」


あまり長い期間は無理だが、小娘が生きている間くらいなら大丈夫だろう。

そう思って一人で納得した。


「……どうして、あたしに授けようと思ったの?」

「新人と何か因縁があるのだろう? ああいう輩はほっとくと面倒だから、いざとなったら私を使え。新人を封印しても良いし、小娘が大妖怪とあって今みたいなつらい思いをしたときに使っても良い。平和が、一番だ」


そっと自分の腕の中の三味線を撫でた。


「呪いを使うときは私を起こしてくれ。三味線を適当にかき鳴らしてくれたら起きるから」


小娘がまっすぐに私を見つめた。その表情は少しだけ悲しみが浮かんでいる。

悲しむな、小娘。これは私の気紛れなのだから。猫の気紛れに一喜一憂する意味はない。

言いたいけど言わなかった。言ったら余計に小娘は悲しみの感情を持ってしまって、私を使ってくれなくなるかもしれない。それは私にとって面白いことではない。

さて、そろそろ眠ろうか。


「小娘、よく考えて使え」


小娘の腕に三味線を押しつける。

はっとして私の方を見た小娘に私は微笑んだ。

ほろほろと私の姿が粒子となって三味線に吸い込まれていく。


「ああ、そうた。私を慕ってた猫達をよろしく頼むよ。それだけが心配だから」

「───分かったわ」

「うむ、ではおやすみ結姫」


初めて小娘の名前を呼んでやれば、小娘は軽く目を見開いてからすぐに微笑み返した。


「ええ、おやすみ猫又」


烏之瑪が小娘を抱き上げるのが見えた。やはり小娘は動けないほどに弱っていたのだな。



それを最後に、私の意識はとろとろとした暗闇に絡まれていった。

───彼女が生きている間に私が起きる事がないことを願って。

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