第三話

日記帳望遠

ああ、忌々しい。

幾重にワレを封印せし人の子よ。

我が父母が許したもうても、この憤怒は忘れるなぞ永久とわに無し。


ワレは二度、常闇の中へと放り込まれた。何度も訪れる、現影の奔流。繰り返し見せられる幸福の一時。絶望の一時。

繰り返し一手、繰り返し一手。

何度も同じ選択を迫られ、何度も同じ過ちを繰り返す。

ようやっと繰り返しに気付いたとしても、また初めから。

異なる選択肢を選ぶのは、真の時間を忘却するほどの繰り返しの後。


それでもなお、この怒りは、恨みは、忘れることはない。

悲痛な叫びを嘲笑したかのモノ達を決して忘れはしまい。我が叫びを無に帰す、かのモノ達。


紅き娘はいつ何時もその唇に微笑みを称え、ワレをこの暇潰しの延長戦として片手間にあしらった。なんと忌々しいことか。地に落とされたワレの力の片鱗でもかの小娘に敵いはしなかった。人の子のくせになんと生意気な力の持ち主か。その血肉を引き裂いて食えばワレの力にできたものを、もう後一歩のところでしくじった。──ワレは還れなかった。


蒼き娘はワレに気づかず、ワレに愛を囁いて包み込もうとし、忘れることはできぬ傷を負った。なんと馬鹿馬鹿しいことか。同じ魂をもってして、その性質は正反対。たぶらかした後に弄ばずに喰っておれば、過ちを繰り返すことも無かっただろうに。甘い汁をすすったまま、悦に浸った結果がこれか。──ワレは還れなかった。


そして今、翠の娘が現れた。魂に刻まれた傷はどうだ? ワレが望んだ事ではないが、これはこれで面白い余興となる。小娘がその傷に振り回され、いたぶられるのを考えると、自然と笑みが浮かぶほどにな。


さぁ我が同胞よ。その娘を人の営みから外れさせるその邪道をしておきながら、なぜワレのみを責め続ける。ワレも同胞も、ただただ天へと戻ることを望むのみ。この願いに違いなぞなかろう。


人間を操りし神妖は、その問いに答えることすら躊躇うか、躊躇うのか。

甘い葛のようにとろりとワレを絡めとっていった、あの至高の天へ還る日は来ないと言いたいのか。ワレが自由を謳歌していたあの瞬間は今も尚、思い浮かべることなど容易い。ワレはその瞬間に戻りたいだけだ。


天では全てが許されるのではないのか? ワレが些細な過ちを冒したからと言って、邪神として地へと落とすなどもっての他ではないのか? 一度や二度の過ちくらい見過ごしても良いだろうに。

それなのに頭の硬い神々はワレを追放した。ワレらが母の懐へと送りはせずに、こんな薄汚れた地上へと突き落とした。


ワレは恨む──これは因果を祝福する呪い。

ワレは怨む──これは欲望を嘲笑する呪い。


うらみてやがて、ワレは天へと還ろうぞ。

天へと還る手段がないのであれば、ヌシから奪おう。

同胞が天へと還るために蓄えたその力をワレの物にしてやろう。そうすればきっとワレの望みが叶えられる。

ワレが天へと還ればその力は今とは遠く及ばぬほどになる。小さきものの願いくらい叶えてやることもできよう。


さあ奪え。

さあ奪え。


ワレに日記を献上せしモノは、その望みを叶えてやろうぞ。

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