第二話
日記帳狭間
───とくんとくんと高鳴る心臓の音。全身に伝わる優しい鼓動に、自分というものが蘇った。
全身に流れる悦びの感情に身震いする。ああ、ボクは今ここに、二度生きることを許されたみたいですね。
しかし悲しいかな。
自分が目覚めたということは、かつての封印がほどかれてしまったということ。愛しき人が命を賭けてまでも紡いだ力が尽きたということ。またあの、とろけるような力の本流に押し込まれてみたいと思うけれど、それは叶わないことなんでしょうね。
目覚めたからには、己が主に従わなければなりません。かつてボクが犯した罪を、二度も許す主ではないのだから。
何年、いや何百年経ったのか。目覚めてすぐに外の世界を見渡したら、かつて見た景色など何もなくて。山は削られ、平地にはおびだたしい程の建物が建ち並ぶ。
目覚めて間もない、未だ不安定な主に力を貢ぐため、そんな世界を見渡していたら。
ささやかなすれ違いにさえも、魂がときめいた。
やっと、やっと会えました。ボクの親しき友。空からそっと見下ろした貴女の姿は、昔と変わってしまっていたけれど、それでも魂に刻んだボクの贈り物が、そこにしかとありました。
でも、今生でも私と貴女は敵なのですね。寂しくはあれども、分かっていたこと。
貴女が日記帳を持っていたから。
烏之瑪と一緒にいたから。
信じたくはなかった。目を疑いたくもなった。
しかしそれが真実であり、変えることのできない彼らの関係だと知っていました。
貴女が一人で、孤独の世界を旅してまでも。手に入れたいものは何ですか。神の眷族であるボクにさえも叶えれないものなのですか。
それとも、ボクが邪神に仕えているからですか。
何度、夢見たでしょうか。主と見る浅い夢の中で、ボクは貴女との思い出ばかり見てました。淡い、淡い、泡沫の時。
ボクの初恋は幼い貴女。
そう、初恋だったのです。
人間の戯言と思っていた感情を、自分が知り得るとは。長くて浅い夢の中で、これこそボクの初恋だったと気づいたときには、貴女はこの世から去ってしまった後なのだろうことも分かっていました。
なのに。
現世でボクは、貴女を見つけてしまったのです。
この淡い感情を貴女に見ることは違うと思っても、ボクが愛した人と同じではないと思っても。この、魂に刻んだ波動がボクに知らせてくるのです。貴女はボクが愛した人なのだと。
これが因果というものなのでしょう。ボクと貴女がいる限り、貴女が烏之瑪といる限り、世界はこんなにも残酷に必然的な巡り合わせを産み出すのです。
いえ、ボクはその事を嘆いたりなどしません。会えないと思っていた人に会えるのですから、こんなに嬉しいことはないのです。
ただ一つ、哀しむべきことがあるのだとしたら。
もう、ボクの付けた名前では呼べないということ。
そして、今の名前さえも、呼ぶことを許される日はこないのだということ。
皮肉なものです。
貴女が一言、ボクに来て、と。
それだけ言えば、ボクは主さえも裏切れるでしょうに……
ボクが目覚めたということは、主もまた目覚めたということ。今世の貴女に害を及ぼすのも目に見えておりますが、それもまた一興。
そうなればまた、ボクと貴女にもう一度縁が生まれる。ボクは貴女の前に堂々と姿を現せられる。
そう、悪いことばかりではないのです。
主には内緒ですが、ボクはもう一度、貴女に封印されても良いとさえ思っているのですから……
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