薬箱の奇跡 5

そしてパッと障子が開いた。

黒い影が飛び出してくる。続いて結姫も現れて、烏之瑪に指示を飛ばした。


「烏之瑪! 式紙使うから、ヤクバコ連れて距離をとりなさい!」

『了解した』

「わあ───!」


普段なら暴れるけど、今は緊急事態だから我慢する。烏之瑪は私を虐めるためじゃなくて、助けるためにくわえて飛んでいるのだ。我慢、我慢。

結姫が鞄から何かを取り出した。空中からよくよく見てみれば、それは光もよく使うリング式の単語カードだった。あの、カードの順番を入れ替えられるヤツ。

私は思わず叫んだ。


「今はお勉強時間じゃないよ結姫ー!」

『黙ってみていろ』


烏之瑪に屋根へと放り投げられた。私はコロコロ転がったけれど、平気! 痛くないもん! ちゃんと立ち上がって結姫を見る。

結姫は緑色のリングの単語カードから一枚紙を千切った。


「式紙の三・かいな・顕現!」


ぱぁっ、と紙から淡い緑色の陣が浮き出て中から何か現れる。うわ、なんかごついよ!?

それは籠手だった。しかも革と金属でできている。イメージ的には武士のそれかなぁ?

それがひたすら大きいのだ。結姫の身長くらいあると思う。


「妖怪ちゃん、あたしに逆らえると思ってるのかしら? 日記を書くためにこんなツンデレな態度をとってるなら許すけど、奪うためなら容赦しないわよ」


結姫が天使のような微笑みを浮かべながら、かなり怖いことを言った。

そして縁側に仁王立ちのまま、呼び出した腕……っていうか籠手? の式紙に指示を飛ばす。


「右から追い込みなさい」

『ぐっ……!』


ぐわりと襲ってきた腕を、間一髪で妖怪は腕を避けた。お返しとばかりに尾で腕を叩くのを忘れずに。

強く叩かれ弾かれた瞬間、腕が煙を出してどろんと消えてしまった。あれれ? どうしたんだろう?

結姫が舌打ちして、もう一度同じものを呼び出す。


「式紙の三・腕・顕現」


現れた腕は再び妖怪を襲いにかかる。妖怪はそれをなんとか避けて以下略。それを幾度も繰り返す。何この耐久レース。

ずっとこの繰り返しでなかなか終わりが見えてこない。一度でも攻撃されると消えてしまう腕に、言葉に出来ないような焦燥感だけが募る。緊張に耐えかねる私は、隣で同じ様にのぞき込んでいる烏之瑪に尋ねた。


「ねぇ、結姫はどうしてあんな事をやっているの? 大技でどかーん、みたいなの出来ないの?」

『お前、考え方が物騒だな』


気のせいだよ。刺激の少ない日々を送ってると大抵は過激な思考に走るものだよ、たぶん。


「そんなことよりどうして?」

『……結姫の手札はアレしかないからな』


烏之瑪は首を一回、ぐるりと巡らせた。私もそれに習う。あんまり下向いてると首が凝ってしまうからなぁ。あ、なんか今の人間っぽいや。

とまあ、それはともかく。烏之瑪は右翼で巨大な腕を示す。


『結姫の霊力ははっきり言って弱い。霊力単体で攻撃できないのだ。だから霊力の依代として式紙を使う。素の依代が小さな紙切れだから、霊力の依代としては心許ないが……。生身で妖と対峙するよりはマシだな』


へー、結姫は弱いのか。その割には強気な発言をしていたけれど大丈夫なのかな?

負けたら光の命が危ないんだよ? 結姫はそれを分かっているの?

私の表情を読んだのか、烏之瑪はふんっと喉をならした。


『何、結姫は考えて戦う知将タイプだ。勝算の無い戦いはしないし、現に式紙も一体しか使っておらん。幾つか別の種類の式紙も用意しているというのにな』

「それならサックリとやっちゃえばいいじゃん」

『あんまり大きな式紙は呼べまい。結姫には結界を張れる力なぞないから、大騒ぎになると厄介だろう』

「烏之瑪がさっきみたいに張ればいいじゃん」

『我のは術というよりは暗示に近い。ここには近づくなと言う警告を発したのだ。人間なら第六感とも言うべきものが働くから、近づかない。我は妖かしではあるがお前達とは生まれが違う故に、お前の知る人避けの結界とは仕組みが違うのだ』

「つまり?」

『……術としての結界は張れぬから、防御には向かん』

「そっかあ」


じれったいなあ。早く決着つかないかな?


『暫くは無理だろう。結姫が封印しようにも、あれだけ黒いのの動きが早いと札が貼れん』

「じゃあどうするの?」

『どうにかしようとしているから、こんな回りくどいことをしているのだろう?』


烏之瑪が言った瞬間、犬っぽい妖怪が腕によってぶっ飛ばされ、空高く舞い上がった。わーお、屋根の上の私たちより高く飛んだや。すぐに下へ落ちて、地面に叩きつけられてるけど。

叩きつけられた妖怪のすぐ側で、結姫の声が響いた。


「式紙の四・はら・顕現」


結姫の髪が風にあおられる。手に持っているのは単語カードだけれど、リングの色が違う。───赤だ。

腕同様、千切られた紙から赤く光る陣が浮き出て、そこから何か巨大なものが出てくる。巨大と言っても大きさ的には腕と同じくらい、つまり人の大きさだ。

現れたのは甲冑。籠手の雰囲気と似たようなものだ。黒光りするそれは、犬っぽい妖怪を覆い隠すように地面へドシンッ、と落ちた。

しばらく例の妖かし封じを構えていた結姫だけど、なかなか甲冑の中身が出てこないのに顔をしかめて、甲冑に近づく。


「よっと」


結姫は、本来なら兜が置かれるであろう首もとから甲冑の中を覗こうとする。でも身長が足りないようで、しがみつく感じだ。すごく可愛いけど、あんな体勢で妖怪から攻撃を受けたらどうするの!

私がハラハラしていれば、結姫は甲冑から離れてこちらへ振り向いた。


「烏之瑪ー、ヤクバコー、こっちへ来なさーい」


パクリと烏之瑪に先ほどのようにくわえられる。ふふん、もうここまで来たら慣れちゃったもんね!

バサリバサリと翼をはためかせて飛び立ち、着地したのは甲冑の首もと。


「わわ、妖怪出てきたら食べられちゃう!」

「大丈夫よ。中を覗いて見なさい」


苦笑しながら言う結姫に促され、中を恐る恐る覗いてみた。真っ暗だなあー……。


「後ろから押さないでよ烏之瑪……!」

『誰がやるか』

「烏之瑪への苦手意識すごいわねー。何やらかしたのよ?」

『ふん、身に覚えがない』


うそつけ!

もちろん心の叫びだから烏之瑪には聞こえないはずだ。聞こえた瞬間、私は食べられてしまうかもしれないし。

で。目を凝らしてよく見てみる。そうすると、ある巾ものが無かった。暗い空間の奥底、ぽっかりとした闇が横たわっていた。


「……いない?」

「影かなんかに溶け込んだのねぇ。逃げられちゃったわ」


困ったように笑ってるけど、それでいいの!?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る