第4話 大冒険? 大冒険!

「そんじゃ、とりあえず順番は時計回りに俺、レスト、リっちゃん、あやっちで良いか?」


 特に文句は出ない。このゲームについてまだ良く分かっていない以上、所持者であり唯一このゲームを正しく理解しているはずの藤吾に先陣を切ってもらい様子を見よう、というのが満場一致の見解だった。

 同意を得たと見て、早速サイコロを軽く転がす。


「え~と、数は……六か。幸先良いな。んじゃ、お先っ」


 とんとん、と藤吾が自分の駒を進める。


「で、マスに書かれている内容は……食中毒に遭う、一回休み~? いきなりついてねぇな」

「というかこのゲーム、一体どういう世界観で出来てるのよ?」

「さあ? 公式には色々設定されているらしいけど、良く分かんね。まあ、良くある中世ファンタジーみたいなもんだと思っておけば良いんじゃねえの」


 適当な返答に呆れるリエラだが、彼は特に気にした様子も無く、次の番手を促した。


「さて、それでは私か」


 レストがちらりと視線を向ければ、サイコロは独りでに宙に浮かび落とされ、机の上を転がり出す。


「ちょっと、魔法使うのはありなの?」

「別に、不正はしていないよ。あくまで振っただけで、特定の目を出すような操作はしていない」


 本当かどうかは不確かだったが、まあこんなお遊びで一々面倒な不正など、流石に行わないだろう。

 そう納得したリエラ達の前で停止したサイコロの目は、四。レストの駒がまたも独りでに動き、四つ進む。


「ふむ。たまたま助けた女の子が、この国の姫だった。報酬として『宝剣テリミナウス』を貰う」

「はあ!? 何それ、いきなり凄すぎない?」

「そう言われても、あくまでもサイコロの出目しだいだしね。それに私としては、どうせなら剣より魔法関係の方が良かったのだが……」


 ちょっとずれたレストに、何だかなあと思いながらも、次の番であるリエラがサイコロを振る。もちろん魔法ではなく、手で。


「出目は三。屋台で大食いし過ぎて吐いた、店主に怒られる? ……何これ?」

「ああ、それは所謂スカ、何も無いマスだな」

「だったらこんな紛らわしい文章書くな!」


 突っ込むリエラを置いて、綾香がサイコロを振った。出た目は五。


「通りがかった馬車に乗せて貰った。三つ進む、ですか」


 駒を更に三つ進める。進むや戻るの指示で移動した場合、移動先のマス目に書かれたことは無視するルールなので、これ以上は何も起こらない。

 順番が一巡し、再び藤吾の番……は休みなので、レストの番に。


「目は六。風呂屋に行ったら、標識が間違っていて女湯に突撃してしまった。女の子に騒がれるも無事逃げおおせる。二進む」

「次は私ね。そりゃっ……一か~。えっと、今日も良い天気、一日頑張ろう! ……また外れ?」

「次は、私の番ですね」


 綾香の振ったサイコロは、三で止まった。


「タクシーを拾った。五、進む」

「ちょっと待って」


 冷静にストップを掛けたのは、リエラだ。


「世界観おかしくない? 何、タクシーって」

「いやいや、そんなことないって。現代的なやつを想像するからおかしいだけで、昔からその手の仕事はあったんじゃないか?」

「そうかもしれないけど……」


 確かに藤吾の言うことも間違ってはいない。何だか不穏な空気を感じ取り始めたものの、一先ず納得して素直に先に進めることにした。


「んじゃ、ようやく俺の番だな。それっ……一かよ。モンスターと戦う、大怪我をした。二回休み。またかよ~」


 項垂れる彼を置いてサイコロを振ったレストが出したのは、


「五……女の子とぶつかって押し倒し、胸を触ってしまった。決闘を挑まれるも勝利し、何だかんだで惚れられる。仲間が一人増えた」

「さっきからあんた、妙に女の子と関わってない? で、私は……私も五か。洗濯物が良く乾いた、何だかとってもいい気分。……何か、外ればっかりなんだけど」

「まあまあ、そういうこともありますよ。えっと、二。王都行きの新幹線に乗った、八進む」

「ちょっと待てー!」


 再びストップ。


「やっぱおかしいでしょ! 何で中世ファンタジーに、新幹線が出てくんのよ!?」

「だってファンタジーだぜ? 魔法で走る新幹線があったって、おかしくは無いだろ?」

「いや、それにしたってご都合主義すぎでしょ!」


 しかし彼女の訴えは流され、ゲームは継続された。休みの藤吾を飛ばして、レストがサイを振る。


「三。女の子ばかりの魔法学園に入ったら、何の因果か女子と同室になってしまった。裸を見てしまうも、褒めたら落ちた。仲間が一人増え、この先は学園ルートに進む」

「まるでリエラさんみたいですね」

「私は褒められてないし、落ちてもいなーい!」


 怒声を上げながらサイコロを振るリエラ。出た目は、


「六、買い物にいったら偶々セールをしていた。ラッキー♪ ……だから、冒険をしろ!」


 段々とテンションのおかしくなってきたリエラを宥めながら、綾香がサイを振る。


「一、ですね。ジェット機に乗って別の国へ。十二進む」

「だからおかしいって言ってるだろぉん!?」

「落ち着け、リっちゃん! 魔法なら空だって飛べる!」


 ぎゃあぎゃあ騒がしい彼女等を置いて、未だ休みの藤吾を飛ばしたレストがサイコロを振った。出た目は、四だ。


「偶然同じ学園に通っていた幼馴染の少女と再会するも、喧嘩してしまう。殴られ吹き飛ばされた先が女子更衣室で皆の裸を見てしまうも、たった一人の男ということもありモテモテの僕は、怒られるどころか喜ばれた。やったぜ。……どういうことだ? この学園の女子は、皆痴女なのか?」


 割りと真剣に悩むレストを置いて、ようやく少しは落ち着いたリエラが、サイを投げた。


「四。きゃっ、歩いてたら男の子とぶつかっちゃった。でもこの男の子、すっごく格好良い。この先は恋愛ルートに進む……何か恋愛ドラマが始まったんだけど、冒険はどうした?」

「私の番ですね。えいっ……三です。宇宙船に乗った、この先は宇宙ルートに進む」

「宇宙、だと?」


 最早突っ込むことすら出来ない。このゲーム、明らかに狂っているのでは……?

 愕然とするリエラを置いて、久しぶりの手番を得た藤吾は、気合を入れてサイコロを振って、


「よっしゃ、六だ。え~と? 何だこのモンスター、強すぎる! 早く皆に知らせなければっ……! しかし逃げられなかった。残念君は死亡した、スタートに戻って三回休み。嘘だろっ!?」


 信じられなかったがしかし、何度見てもそこに書かれている事実は変わらない。しょんぼりと肩を落とした藤吾は、泣く泣く駒をスタート地点に戻すと、溜息を吐く。

 そんな彼を放って相も変わらず思考の海に沈んでいたレストは、自信の番が巡って来たことを認識すると、まあ良いかと悩みを放り捨てサイコロを振った。


「二か。突然謎の敵に襲撃され大ピンチ、しかし眠っていた力が目覚めて、見事に大勝利。撃退報酬で聖なるペンダント『アスティミオ』を貰う。……おかしいな、ルールブックによればこの主人公は、どこにでも居る平凡な一少年という設定ではなかったか?」

「そんな細かいことは良いから、次私ね。えーと、一。隣に引っ越して来た家族の中に、今朝ぶつかった男の子の姿が。もしかして、これって運命? ……で? 何も貰えないの?」

「私の番ですね。目は、六。ワープ航法で一気に別の銀河へ、十五進む」

「……もう何も突っ込まないわよ」

「どんどん進めてくれよー。俺三回も休みなんだから、このままじゃあゴールできるかも怪しいぜ」


 続く不運に不貞腐れる藤吾の促しを汲み取り、レスト達は次々とサイコロを投げては、駒を進めて行った。あっという間に時間が過ぎ、皆ゴールへと近づいて行く。

 そうして、およそ三十分。二時限目も終わりが間近になってきた頃になってようやく、レスト、リエラ、綾香の三人はゴールへと辿り着いた。残る藤吾も、もうほんの数マスでゴールである。


「いやー、我ながら良くここまで巻き返したもんだ」

「内容はすんごく平凡だけどね~。そこらのモンスターと戦っては怪我をして、戦っては怪我をして……何の山場も特別な戦いや展開も無いまま、ゴール目前まで来ちゃったし」

「うっせーな、お前らがおかしいだけだろうがっ。レストは何人もの女の子に囲まれてハーレム作った上に世界まで救っちゃうし、リっちゃんは男二人との三角関係の大恋愛の末、結婚して子供も二人生まれるし。あやっちに至っては何だよ、宇宙皇帝って。規模がおかしいだろう、規模が」

「所詮は一宇宙、一世界の王だ。大したものでは無いと思うが」

「お前のぶっ飛んだ現実を持ってくるな、レストっ……!」


 最終的に成したことの大きさで勝敗を決する、というゲームのルール的に言えば既に敗北が確定したも同然な藤吾は、悔しそうに呻きながら最後のサイコロを投じた。

 ころころと軽い音を立てて机の上を転がったサイコロは、三の目を上にして停止する。


「ぴったりゴール、と。はー、やっと終わった~! これでようやくこの苦行からも解放され……「へぇ、それは良かったわね」え?」


 万歳、と思い切り手を挙げ伸びをしていた藤吾は、背後から聞こえた声に動きを止めた。

 聞き覚えがある。この、美しく力強い、女性の声には。いやしかしありえない、彼女が此処にいるはずが無い。仮に見回りだとしても、彼女の管轄に自分達の教室は含まれていないはずだ。

 ぎぎぎ、とぎこちない動作でゆっくりと首を動かせば、そこには、


「自習中にボードゲームとは、随分な御身分じゃない?」

「エ、エミリア先生!?」


 楽しそうに笑みを浮かべた、ありえるはずの無い教師の姿があった。

 ぱくぱく、と陸に上げられた魚のように呆然と口を開閉させる。目の前には彼女の大層ご立派なお胸様が二つ、圧倒的な質量を持って存在していたが、今の藤吾にそれを喜べる余裕など微塵も無い。

 美しくも恐ろしいその教師は、にやりと笑みを意地悪なものへと変貌させると、


「それで? 一人でボードゲームなんてして一人で盛り上げっていた藤吾君は、どんな釈明をするのかな?」

「そ、それは……って、へ? 一人?」


 慌てて振り向けば、既にそこには自分以外の三人の姿は無かった。急いで辺りを見回せば、三人共にそれぞれの席に着いて、何かしらの教科書とノートを広げている。

 レストに至ってはくっ付けられていた机を離した上、不自然にならない為にか冒険ゲームが一つの――即ち、藤吾の――机の上に納まるよう、その大きさ自体を縮小させている程である。どうやったかは定かでは無いが、ほぼ間違いなく魔法によるものだろう。

 結果として見れば、藤吾が一人で遊んでいるようにしか思えない状況の出来上がり、という訳だった。


「お、お前ら、ズルイぞっ!」


 三人に向かって呼びかけるが、もう遅い。彼等は皆揃って素知らぬ顔で勉強に励むのみ。救いの手を差し伸べる者など、一人として存在しない。


「教師が来たら教えてくれって言っといたじゃねぇか! 何で教えてくれなかったんだ、レストっ!」

「……君は何を言っているんだい? 私はずっと真面目に自習していたよ。いや、私だけじゃない、このクラスの誰もがそうだ。遊び、騒いでいたのは君一人。そうだろう、皆?」


 レストが呼び掛ければ、やはりいつの間にかきっちり自分の席に着いて勉強態勢に入っていた他のクラスメイト達が、首を揃えて頷きを返す。

 元よりきちんと自習をしていた面子はまだしも、そうでない者達は藤吾を生贄に捧げることで、難を逃れようとしているのだ。

 クラスメイト達を味方にされた今、レスト相手に幾ら反論しても無駄骨といえた。勿論、リエラや綾香も同じ様にかわすだろう。

 逃げ場なし。完全無欠の四面楚歌である。


「ま、別に良いんだけどね」

「へ?」


 しかしあっさりとそう言って、エミリアは本来教師として注意しなければならないはずの問題児の横をするりと抜ける。そうしてその横に居座る、此処に来た本来の目的足る人物へと声を掛けたのであった。


「レスト。ちょっと一緒に、来てくれる?」

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