第3話 不真面目自習時間

 昼食を終えた頃には一行に漂っていた陰鬱な空気もすっかり消え去り、気を取り直した彼等四人は早速第七模擬戦場へと戻ると、再度特訓に汗を流した。

 それから数時間。陽が暮れる頃までたっぷり訓練を積んだ彼等は今、揃って寮への帰路についていた。

 交わされる会話の中心は、当然と言うべきか今日の模擬戦の内容についてだ。


「今まであんまり気にしてこなかったけど、補助系の魔法って結構重要なのね。綾香に補助を掛けてもらったら、すっごい身体が軽くなったし、魔法も強力になったし」

「私は、直接戦うような魔法はほとんど使えませんから。その分、補助魔法には自信があるんです」

「だからってよぉ、二人で共謀して俺をぼこることは無いだろうに」

「別にそれ位良いでしょ。レストに遊ばれた私よりはマシじゃない。前みたいな力は出せない、って言ってるのに、何が『追い詰められたら真の力を発揮するかもしれない』よ。だからって普通あそこまでする?」

「普通じゃないからあそこまでするんだよ、こいつは」

「そんなに大したことはしていないと思うが」

「どの口が言ってるんだか。単純な物理・魔力攻撃だけならまだしも、まるで意味の分からないへんてこな攻撃や防御までしだすし」

「理解出来ないのなら、君はまだ未熟だということだ。少なくとも、一世界に内包されるものに左右される程度では、私には一生勝てないよ」

「ぐぬぬ……」


 夕陽に照らされるオレンジ色の通学路に、談笑の声と暖かな風が流れて行く。普通ならば季節はずれの、しかしこの島のこの区画では当たり前の、六月の桜が僅かに花弁を散らせて彼等の未来を彩った。

 桜色の空間を突き抜けて、四人は巨大な我が家へ辿り着く。相も変わらず縦も横も、終わりが見えない学生寮。

 その中に入ってすぐに、彼等は三つに別れた。広すぎるこの寮では、部屋の場所によっては専用の転移魔法陣を使用しなければ、移動に時間が掛かりすぎてしまう。


「では、また明日」

「じゃーなー」


 藤吾と綾香はそれぞれ中央の入り口からでは遠い位置に自室が存在する為、笑顔で手を振った後、自室近くに通じている転移魔法陣へと入っていった。

 一方残ったレストとリエラは、そのまま目の前のエレベーターに乗ると、一気に階層を駆け上がる。魔法の効果により高速で、しかしほとんど違和感も無く、気付けば二人は目的の階に着いていた。

 そうして長い廊下を幾らか歩き、扉のロックを解除して自室に足を踏み入れれば、出迎えるのはちょこんと頭を下げる小柄な少女。


「おかえりなさい」

「ああ、ただいま」「ただいま~ニーラちゃんっ」


 ばっ、とリエラがクラシカルなメイド服に身を包んだ少女、ニーラへと飛びつく。彼女の褐色の肌に頬ずりし、嬉しそうにえふふだのあへへだの蕩けた声を出している。

 傍から見ればちょっと引くかもしれない姿や行動だが、幸いニーラは嫌がっていないようだった。もう慣れたというのもあるし、彼女自身リエラを少なからず慕っているからでもあるだろう。

 そんな彼女等をやはりいつものこと、とばかりにスルーして、レストはするりと居間に入り込むと最近仕入れた『ふかふかそふぁ~』に座り込む。

 手洗い? うがい? そんなもの彼には必要ない。軽く魔法を掛けるだけで、全ては即座に解決だ。

 深々と、柔らかなソファーに沈み込む身体。心地よいその感触に満足気に目を細めて、そのまま目蓋を静かに閉じる。

 段々と近づいて来る少女達の喧騒をよそに、ゆっくりと意識は眠りに落ちて行った。


 ~~~~~~


 聞きなれたチャイムの音が、授業の開始を学園中に告げる。

 短い休みを経て再び多くの学生にとって憂鬱な月曜日を向かえた此処、九天島の第一魔導総合学園は、今正に二時限目の授業の時を迎えていた。

 レスト達二年A組の教室にも、当然教師がやってくる……はず、だったのだが。

 授業時間にもかかわらずざわざわと騒がしい教室に、大人の姿は無い。あるのは生徒達の姿と、黒板にでかでかとチョークで書かれた真っ白な『自習』の文字。

 何でも、担当の教師が体調を崩したんだとか。既に今度の試験に出る範囲は終わっていたこともあり、好きにテスト勉強でもしろという話になった訳だが、そこは高校生。誰もがまじめに勉強するわけでは無い。

 実際教室を見渡してみれば、きちんと勉学に励んでいる者とそうでない者との割合は、半々といったところか。特に遊んでいる者は、戦闘系のテイカーが多い。

 これは、彼等のテストの重要比率が実技に傾いているからである。勿論ペーパーテストもあるのだが、基本的に戦闘系テイカーの成績は戦闘実技の結果が八割なのだ。逆に、開発系や特殊技術系などの戦闘以外の分野を主とするテイカーにとっては、ペーパーテストは無視できる程軽いものでは無い。

 そんな訳で、この狭い教室で戦闘魔法の練習など出来る訳が無く、多くの者達が雑談に興じる結果になったのだ。無論、戦闘系のテイカーの中にもまじめにテストに向けて勉強している者も存在してはいるが。


 そして此処にも、不真面目な集団が一つ。


「いきなり自習になっちゃったけど、私達はどうしよっか」


 リエラ、レスト、綾香、藤吾の四人である。男二人の机をくっつけて出来た長机に、それぞれ椅子を持ち寄って顔を突き合わせている。

 テスト前なのだから勉強しろよ、と思うかもしれないが、少なくとも彼等の内三人にとってそれはほとんど必要ない事柄であった。

 何せ戦闘系統の生徒に出される筆記テストの内容は、実に基礎的な、言ってしまえば簡単極まる内容なのだ。

 忘れているかもしれないが、リエラは天才とまで呼ばれたテイカーである。実技だけでは無い、座学においてもその才能は存分に発揮されている。正直今回の筆記テスト程度ならば、余裕で満点を取れるのだ。

 綾香に関しても、普段からしっかりと予習復習に励んでいるし、そもそもの頭の出来が良い。焦って自習しなくても、十分満点を取れる範囲内である。ちなみに彼女は直接戦闘はあまり得意では無いが、戦闘魔法系補助型という補助専用の試験を受ける為、やはり実技重視の側だった。

 藤吾? 彼はその基礎的なテストでさえ、いつも赤点ギリギリである。今勉強しないのは、単に彼が不真面目なだけだ。

 そして、残るはレストだが……。


「私は別に、勉強しなくても問題ないけど」

「私も、特に今は困っていませんが……」

「俺も俺もー。そもそも何処を勉強したら良いのか、分かんね」


 若干一名致命的な人物が居たが、とにかく三人は特に勉強に励むつもりは無いようだ。

 続けて、レストが返す。


「私も問題ないよ」

「師匠はこれまでのテストで、一度も満点を逃したことがありませんしね」


 綾香の補足に、更に補足し返す。


「当然だよ。既存の技術や事柄については全て把握しているし、こと魔法技術という点においては私がこの世界の誰よりも抜きん出ている。満点を逃す理由が無い」

「あ~はいはい、いつものいつもの」


 こういったレストの逸脱した発言にも、もう慣れたものである。というかどうせそんな所だろうと、リエラには最初から予想出来ていた。

 何せレストとの決闘から暫く、世界中の様々なテイカー・及びその使用魔法について調べてみたのだが、彼ほどぶっ飛んだ力を持った者は歴史を遡っても存在しなかったのだ。いるとすればそれは、記録にも正確に残っておらず、しかし彼と並び得ると分かっている者。

 即ち、ナインテイカーのみ。


「そういえばあんた以外のナインテイカーって、魔法使いじゃないんだっけ」


 学内ランキングに乗っていた簡易的な情報を見る限りでは、そうだったはずである。最も、最上位の連中は力の規模が違いすぎて、ランキングを作っている『み~んな仲良くお手手繋いでテイカー研究会』の会員でもその力を録に計れていないため、正確な所は分からないのだが。


「ああ、そうだよ。有名な所で言えば八位の練夜君は剣術一本だし、六位のグリウス君は超能力とでも呼ぶべき力だ。後は……九位に関しては私に近しいが、魔導機科学という少々毛色の違うジャンルになる。純粋な魔法という点では、やはり私一人、ということになるね」

「魔導機科学? って、魔導機とか魔導真機とかの?」

「そう、といえばそうだが……あの人の場合、通常のそれとは大きく違う「そんなことより!」」


 妙に真面目な方向に向かいかけていた二人の会話を、藤吾が断ち切る。

 不良、というわけではないが、程ほどに高校生男子らしく不真面目な彼には、面倒で興味の無い技術だの何だのの話は退屈なだけだった。

 また、ナインテイカーの凄さというものは、単に伝え聞いただけで真に理解出来るものでは無い。完全にではなくとも、己自身の目で見て、体感してこそ、一定の理解を得られるのだ。

 それをレストの友人として、そしてこの学園に既に一年在籍している生徒として良く見知っている藤吾は、今此処で彼等の力に関して詳しく話したところでしょうがないだろう、と考えたのであった。

 本音を言えば、暇だっただけだが。


「そんなことより、何だい?」

「こんなこともあろうかと、用意していた物があるんだよ!」


 言って、彼は自身の魔導機が収められている虚空の空きスペースから、何かを取り出した。出て来たのは、丸められた大きな平紙。

 ポスターか? と予測する皆の前で、藤吾は意気揚々とその紙を広げると、机の上に置いて見せ付けた。

 幾つも小さなマス目が並び、その中になにやら細々と文字が書かれている。きっと誰もが一度は見たことがあるであろう、その姿。


「これ……双六?」

「正確には、『最新! 第三十六代目冒険ゲーム』だ!」


 冒険ゲーム? と女性陣が揃って小首を傾げる。レストはというと、僅かに記憶を探るような素振りを見せた後、


「サイコロを振って駒を進め、架空の冒険をこなしながら最終的に成したことの大きさで競い合う、というゲームだったか」

「その通り! これはあんまり長くないやつだし、今から始めても余裕でこの授業中に終わるだろ」


 またもや虚空から取り出した、小さなルールブックと六面体のサイコロ、そしてチェスのポーンにも似た簡易な駒を机の上に置く藤吾。駒の数はぴったり四人分だ。

 随分と用意の良いことだがしかし、問題が一つ。


「いや、流石にこんなので遊んでるのがばれたら、まずいんじゃない?」


 眉を顰めるリエラに、しかし藤吾はぐっと親指を立てて、


「心配いらないって。隣も、そのまた隣のクラスもこの時間は移動教室で居ないし、多少騒いだってばれやしない。もし万が一何らかの事情でこの教室に先生が来るようなことがあっても、その時は――レスト!」

「分かった分かった。私が事前に察知して知らせれば良いんだろう?」


 今度は、レストに親指を立てる。呆れたように肩を竦める彼だが、藤吾の提案を受け入れる辺り、結構乗り気らしい。


「そういうことなら、心配はいりませんね」


 そしてあの男が乗り気なら、当然彼女が乗らない訳が無い。

 これで残ったのは、リエラ一人だ。


「う~ん……しょうがないか。良いわ、私も参加する」


 皆が楽しくゲームに興じている所を一人寂しく眺めているなど、幾ら何でも御免である。怒られる心配が無いのなら、ゲームに参加することもやぶさかでは無い。

 全員の承諾が得られたことで小さくガッツポーズし、早速藤吾は駒をスタート地点に配置するとゲーム開始を宣言した。


「さあ、冒険の始まりだ!」


 ――二時限目終了まで、残り三十九分――

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