第2話 副会長という少女
さて、そんなこんなで気付けばお昼時。お腹を空かしたレスト達四人組は、皆で一路、学園の食堂を目指し歩いていた。
寮に帰るという手もあったのだが、距離的には此方のほうが断然近い。幸い休日でも、部活動を行う生徒や雑事を片付けている教職員達のため、学園の食堂は開かれている。
普段はお弁当のレスト、リエラ、綾香、そして基本購買で済ませる藤吾はあまり学園の食堂は使わないのだが、こういう時には便利で重宝する。味も良いし値段も安い、と文句も無く優良であるし。
欠点があるとすれば、混雑が酷いこと位だが、それも生徒数の少ない今日ならばそこまで問題にはならないだろう。何せ平日の食堂といったら、立ち食いする者まで出る始末。それが嫌で彼等四人は、いつも食堂を使わない程なのだ。
「だからさ、やっぱり竹中の里は最高の……ん?」
と、好物の菓子について熱く語っていた藤吾の足が、突然止まった。他の三人もまた釣られて止まり、どうしたのか、と彼の目の先に視線を向ければ、
「こんにちは、皆さん。奇遇ですねぇ」
そこには、お嬢様然とした一人の少女の姿があった。
金色のセミロングの髪は良く手入れされ、白い肌には染み一つ無い。垂れ目気味の蒼き双眸は流麗で、何より注目すべきはその肢体だ。
スイカかメロンでも詰め込んでいるのでは無いかと錯覚する程膨らんだ双丘、行き過ぎない程度に程よくくびれた腰つき。ロングスカートタイプの制服を着ている為判然としないが、この分ならば臀部も相当なものに違いない。
総合的に言えば、貴族の令嬢のようでありながら、その実男ならば誰もが欲情する見事な身体と美貌を持った少女、であろうか。リエラ達とそう年は変わらないはずだが、しかし醸し出される色気を考慮すれば、少女というよりは女性と呼んだ方がしっくり来るかもしれない。
そんな少女はにこやかな笑顔で小さく手を振ると、そのまま此方に歩み寄ってくる。その姿に、リエラは覚えがあった。そう、あれは確か――。
「おおっ、副会長じゃないですか! こんな所で出会えるなんて、いやーほんと奇遇ですね!」
ばっ、と藤吾が一歩も二歩も前に出る。そうして鼻の下を伸ばし、嬉しそうに何やら話し掛けている彼を置いて、リエラの脳内に一筋の閃光が走る。
「そうか、生徒会副会長」
「はい。初めまして、リエラ・リヒテンファールさん。私、九条くじょう 礼菜れいなと言うんですよぉ」
微笑むその顔に、また一つ記憶が重なる。ついこの間あった全校集会の時、彼女は壇上で何か話をしていたはずだ。最も、前夜またレストと騒いで寝不足気味だったリエラでは、その内容までは記憶出来ていなかったが。
ともかく、彼女はこの学園の生徒会、その副会長であるらしい。
「あの、どうして私の名前を?」
「あら、その位当然ですよぉ。転校生の情報には生徒会役員として一応目を通していますし、それに転校して間も無く、噂になってましたからぁ」
「噂……? あっ」
思い出した。そういえば転校して間も無く、男レストと同室になったって、噂になっていたんだっけ。
特に周囲に騒がれることも無く過ぎて行った為、すっかり記憶から抜け落ちていた。しかしまさか、副会長の耳にまで入っているとは。
うろ覚えだが、彼女は三年生だったはず。これだけの人数が在籍する学園で、学年を越えてまで伝わるものなのか、自分の噂は。
別段良くも無い自身の噂が予想以上に広まっているという事実に、リエラはから笑い。その様子に小首を傾げながらも、礼菜は残る二人へと目を向ける。
「レストさんと綾香さんも、お久しぶりですぅ。最近あまり話せなかったもので、少々寂しかったんですよぉ」
本当に残念そうに肩を落とす彼女を見て、リエラは思わず二人に向き直った。予想通り、レストは平淡な顔でそうかい、と一言だけ。
問題は、綾香の方だ。
「……そうですか。私は二度と、貴方になど会いたくはなかったのですが」
いつもの穏やかな顔つきとは違う、険しい表情であった。それも以前見たような、レストに近づく女性を排除しようとする、行き過ぎた嫉妬や狂気によるものではない。
もっと真っ直ぐで、もっと単純な――これは、嫌悪だ。
(どうして、そこまで……?)
リエラには理解できなかった。まだ僅かにしか接していないものの、その柔らかな物腰や何処か気品のある態度からは、特に嫌うべき点は見受けられない。彼女の美貌に同じ女性として嫉妬や羨望を抱くことはあったとしても、こうも露骨に嫌悪する理由は無いと思うのだが……。
最も、そもそも彼女と綾香がどういった関係なのかも知らない自分では、そうそう理解出来る訳も無いのだろうが。
隠すことなく、最早憎悪すら滲み出し始めた綾香に対し、礼菜は困ったように苦笑いするばかり。どうやら、この険悪な関係は一方的なものらしい。
「行きましょう、師匠、皆さん」
やがて、そう言って綾香はレストの手を引いて礼菜の横を無言で抜けると、そのまま歩いて行ってしまう。レストも特に止めるつもりは無いらしく、されるがままだ。
「あっ、ちょっと綾香!」
「お、おい待てよ! すいません副会長、また今度ゆっくりお話しましょうっ」
慌てて後を追う二人。小さくなって行くその背中を、礼菜は立ち止まったまま、残念そうに視線で追い続けていた。
~~~~~~
副会長との邂逅から間も無く、レスト達御一行は無事食堂へと到着した。
予想通り混雑はそこそこといった所で、席も確保出来ないということはなさそうだ。それぞれ適当に食券を買い、食事を受け取ると席に着く。
「ねぇ、綾香」
と、頼んだカレーを食べようとしていた手を止め、リエラは切り出した。相手は、テーブルを挟んで正面に座る少女、二条綾香。
購入したA定食に手をつける気配も無く俯いていた彼女が、ゆっくりと顔を上げる。その表情は、相変わらず暗い。
「あの副会長とさ、何かあったの?」
それでもしり込みせず、リエラは率直に問い掛けた。正直迷いはしたのだ、果たして聞いて良いことなのだろうか、と。
だが、このままではいつ彼女がいつものように戻るか分からないし、何よりリエラ自身の真っ直ぐな性格が、この問題をただ曖昧なままにしておくことを良しとしなかったのだ。
彼女等の座る広い食堂の一角だけ、僅かに空気が重くなる。暢気にうどんを啜っていた手を止め、藤吾が若干気まずい顔になった。
ただ、その重い空気を生み出している綾香の隣に腰掛けているレストだけは、全くもって平常通りであったが。
両手に持ったナイフとフォークで、目の前の『名状しがたき定食のようなもの』という名の食物かどうかも疑わしい何かから出ている触手と軽く刃を交わしては、切り取った蛍光色のぬめぬめした物体を口に運んでいる。
そちらに余り目を向けたくないという理由もあって、リエラと藤吾は揃って綾香へと注目した。躊躇いながらも、彼女が口を開く。
「……別に、話す程のことではありません。ただ、どうしてもあの人とはそりが合わないというか、相容れないのです」
「でも副会長って、皆に人気で、人望もあるぜ。何も男子に限った話じゃなくて、女子にもさ」
だからこそ、彼女は副会長という地位に居るとも言えた。現在の会長と選挙で争い、惜しくも敗北したものの、その高い支持率を考慮して副会長へと任じられた程なのだから、その人望たるや推して知るべしというものだろう。
「俺なんてファンクラブの二桁会員だけど、副会長についての悪い噂は聞いたことないけどなぁ」
「ファンクラブ? そんなものまであるの?」
「ああ。ついこの間、会員数が一万人を突破した所だぜ。流石だよなー」
確かに、それはたいしたものだ。とはいえ、人の好みや相性など千差万別。多くの人々が過ごすこの学園においては、礼菜に反発する人間もそれなりに居るのではないか。
そう考え、綾香もその一人では無いのか、という思いを乗せて彼女を見たリエラは、しかし漠然と違うと判断した。
何故なら視界に入った彼女の顔は、もっと確固たる理由……或いは事情があって、礼菜を嫌悪しているように見えたからだ。
いつもお淑やか(レスト関係は除く)な彼女からは考えられない、地に唾でも吐き捨てそうな表情。
(これは、あんまり踏み込むべきじゃないかな)
幾らリエラでも、その程度の分別はある。友人とはいってもまだ出会って一月程。何でもかんでも聞ける訳では無い。
「まあとにかく、私はまだ副会長について良く知らないし。彼女については、自分の目で見て、自分の頭で判断することにするわ」
話を無理矢理締めるようにそう言って、カレーに手を付ける。綾香と藤吾も、それを見てこの話題の終わりを悟ったのか、各々の食事に手を付けた。
重い空気を払拭するように、藤吾が明るい声で新たな話題を提供し、二人もそれに乗って話し出す。
若干冷めた昼食は、それでもやはり美味しかった。
「そりゃっ」「ブシィぃルルッルウェアあアあア」
蠢く定食から上がる悲鳴のせいで、いまいち盛り上がり切れなかったが。
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