第24話 決着

 どんっ、と巨大な破砕音と共に、リエラが大きく飛び上がる。同時、使用された飛行魔法はこれまでとはまるで異なる出力で以って、彼女の身体を飛翔させた。

 音を軽く超える速度にも、リエラは眉一つ動かすことは無い。どころか、更なる速度を求め、新たな魔法を練り上げる。


「はっ、やっぱり今までは相当手を抜いてたって訳ね!」


 次々と数を増し、遂には万を超えたレストの魔法陣を見てそう理解するが、不思議と怒りは湧いてこなかった。むしろ、それだけの力を出すに値すると、そう認められたことを嬉しく感じた位だ。

 宙空に浮く魔法陣は、その全てが等しく発光し、脈動している。どうやらクールタイムが必要だというのも、単なる手加減であったらしい。


「上等!」


 手を抜かれていた事実をも気炎にくべて業炎となし、一斉に放たれた砲撃に合わせて、リエラは魔法を発動させる。

 背中から、炎が溢れた。強大な爆炎を噴出し、彼女の身体が急加速。降り注ぐ光の豪雨の中を、身を揺らし、一気に駆け抜ける。


「まだまだぁ!」


 それでも尚己を撃ち落さんと降り注ぐ光砲に対し、リエラは全身から爆炎を噴出させることで対処した。

 足から発した爆発で急上昇し、目の前に砲撃が来れば身体の横から放出した炎で方向転換。上下左右、あます所無く活用し、あり得ない程無茶苦茶な軌道で万を超える攻撃の中を飛び続ける。

 身体に掛かる負担は、ひたすらに出力を増した身体強化で補った。これまでであれば絶対に不可能であったそんな無茶も、今の彼女ならば何のその。

 高ぶる意気をそのままに、後先など考えず、リエラは宇宙を駆け抜ける。


「そう簡単には行かせないよ」


 降り注ぐ光雨の勢いが、増す。遂には避け切れなくなり、しかし今のリエラに尻込みなど一片たりともありえない。


「っらぁあ!」


 気合一閃、振るった魔導真機で、迫る砲撃をなぎ払う。百を超える光条を一息で消し飛ばし、レストへ向かって距離を詰める。


「そうだ……そうでなくては!」


 魔法陣に籠める魔力を増加させながら、歓喜の声を上げるレスト。その視線の先で、時にかわし、時に打ち払い、砲撃を捌いていたリエラが、新たな魔法を展開する。

 展開されたのは、激しく燃え上がる炎弾の群れだ。白き輝きを内包したその数、実に百二十。直径一メートルはあろうその全てが、振るわれたリエラの腕に合わせ、一斉に射出される。


「行け!」

「甘いよ」


 背部からロケットのように爆炎を噴射し、マッハ三の速度で飛翔した炎弾の全てを、的確に撃ち落すレスト。けれど砲撃が相殺されたことによって出来た空白に身体を滑り込ませたリエラは、彼との距離を一気に詰めることに成功した。


「まだまだ遠い……けどっ」


 間断なく放たれる砲撃の向こうに見える怨敵との距離は、一体どれ程だろうか。広すぎる宇宙空間の中で、周囲に距離の目印となる物も存在しない為にはっきりとは分からないが、少なくとも千キロや二千キロではすまないのは確かだろう。

 普段の自身であれば、転移魔法の一つでも求める所だ。だが、今の自分ならば。この距離とて、踏破出来る。


(とはいえそれも、邪魔がなければの話、か)


 激しくなり続ける魔砲を再度展開した炎弾で相殺しながら、リエラは目をくまなく周囲へ巡らせる。僅かに見える砲撃の隙に身体をねじ込み、道が無ければ切り開く。


「久しぶりよ!」

「ん?」

「こんなにも……戦うのが、楽しいのは!」


 重荷の全てをぶちまけて、自分の心を解放することの、何と心地よいことか。今までの限界を遥かに超えて、成長し、全力で立ち向かうことの、何と気持ちよいことか。

 厳しい戦いのはずなのに、圧倒的な力の差を感じているはずなのに、どうしても……笑みが、消えてくれない!


「楽しい、か。ふふ、私とて同じだよ。やはり私の見立てに、間違いは無かった」

「そりゃああああああああっ!」


 気合の雄叫びと共に振るわれた魔導真機から放出された炎の波が、数多の砲撃をなぎ払う。既に相当の魔力を消費しているはずだが、彼女の力に衰えは見えない。それどころか、時が経つにつれて増している。


(不思議だ……身体の底から、力が湧いてくる。以前はすぐ近くにあったはずの限界が、今は見えないくらいに遠い。戦える……もっと強く、もっと熱く!)


 ぐっ、と左手で胸の辺りをわし掴む。くしゃりと紙が潰れた音が鳴って、心が昂り、炎の温度が更に上昇する。

 感じる思いをそのまま形に、リエラは炎の槍を生み出した。全長三メートルにも及ぶ七十七の炎槍が、指揮棒の如く振るわれた真機に呼応し、飛翔する。

 その全ては、やはり撃ち落され――しかしまたも、詰まる距離。


「どうしたのレスト! あんだけ偉そうにしておいて、あんたの力はこんなもん!?」

「言ってくれる。ならっ!」


 レストから放出された魔力が、追加の魔法陣を形作っていく。しかも今度は、彼の背後では無い。リエラを囲むように三百六十度、隙間の無い完全包囲だ。

 月に匹敵しようかという巨大な魔法陣の球に囚われて、行き場を無くし宙空に立ち尽くすリエラはしかし、自身満々の顔を崩さない。


「行け」


 短い号令に従って、陣から一斉に砲撃が放たれた。

 己に迫る光のドーム。その絶望的な光景を前に、リエラは体内で極限まで魔力を爆縮させると、


「おりゃあああああああああ!!」


 全てを解放し、自身を中心とした巨大な爆発を巻き起こした。

 超高熱・超高密度の爆炎が、全ての砲撃を呑みこんだ。更に収まらぬ炎の嵐は、己を囲む魔法陣にまで到達し、その全てを打ち砕く。


「もう終わり?」

「いや……まだだよ」


 言葉と同時、隠されていた魔法陣が姿を現す。場所はリエラの直下、距離三十キロ。

 直径数キロにも及ぶ巨大な魔法陣から、輝く光柱が立ち昇り――


「ふん!」


 虚空に立つリエラが、右足を高く上げ、思いきり振り下ろす。それだけで光の柱は蹴散らされ、呆気なく役目を終えた。


「甘いってーの」


 不敵に笑うリエラからは、まだまだ余裕が感じ取れる。どうやら彼女を追い込むには、この程度では足らないらしい。


「ふふ。ならもう少し、大きく行こうか」


 再開される魔砲の驟雨。その奥で何かを企むレストに狙いを定め、炎を纏った少女は飛翔する。

 砲撃はより一層苛烈さを増しているが、しかし。


「今さら、こんなもの!」


 彼女の優れた才は、的確にその身体を動かした。周囲の空間の全てを把握し、宇宙に炎を撒き散らし、猛炎と化した彼女は止まらない、止められない。

 既に距離は、初めの三分の一程まで縮まっている。このまま行けば、レストへ到達するのも時間の問題だ。

 しかし脅威を感じるはずの男の方は、冷や汗一つ掻くことなく、冷静な――いや、今は嬉しそうな、か――様子を崩さない。

 攻撃の手を一切緩めないままに、その裏で決して気付かれることなく、静かにある魔法を行使する。

 そうして気付かぬままに距離を詰めるリエラを眺めながら、準備を完了させたレストは、砲撃を止めると静かに右手を振り上げた。

 その姿を見て、何かをする気だ、と警戒するリエラへと。


「私からのプレゼントだ。受け取ってくれ」


 上げた右手を閉じながら、ムカつく程綺麗な笑顔で、彼は微笑みかけた。

 同時、魔法が発動し――レストの手の先に、巨大な影が出現する。


「へあっ!?」


 その巨体を目にした瞬間、リエラは思わず間抜けな声を出していた。それも仕方がないだろう、あんなものを見れば誰とてそうなる。

 丸く大きな青い星。幾つもの大陸や島が模様のように浮かぶ、見慣れた姿。


「ち、地球ーーーーー!?」


 流石に冷静さを崩し、目を向いて大声で叫ぶ彼女を見て、レストは実にご満悦だ。


「安心してくれ。あれは私の創った地球、大きさも質量もそのままだが、生物は住んでいない」

「そういう問題じゃねぇ!」


 取り乱す彼女へと右手を下ろし向け、狙いを定めるように手を開く。


「遠慮するな。さあ、どうぞ」

「ちょっ!」


 狼狽し続けるリエラへと、地球が音を立てて侵攻した。

 レストの魔力を受け、猛烈な勢いで直進する巨大惑星。互いの距離が縮まっていたこともあり、到達までもう猶予は無い。


「こんなでかいプレゼント貰ってどうしろっつーのよ! せめて部屋に収まる位の大きさにしときなさいよね!」


 訴えかけながらも、リエラの脳内では対抗策を探る会議が高速で行われていた。小さなリエラが群をなし、わいのわいのと騒ぎ立てる。


 防ぐ? 出来るわけが無い。

 逃げる? あんな大きな物から、どうやって?


 どうにも建設的な意見は見つからず、次第に大きくなる星の姿を眺めながら硬直していたリエラだが、


「え?」


 ふと、キーンと脳内に機械的な音が鳴り響く。反響するその音の出所が、何故か分かる。感じ取れる。

 それもそのはず、音の元とは現在進行形で共鳴しているのだから。

 何が言いたいのか、と視線を落とし己が手の魔導真機へと目を向ければ、真機は無言のまま答えてくれた。


「……本気?」


 言葉は無くとも、その思いは伝わった。真正面から勝負すれば良いと、いじけたように、挑発的に、真機が強く訴えかけてくる。

 にやりと、リエラは笑った。


「壊れんじゃないわよ」


 挑発的に投げかけて、魔力を爆発的に脈動させる。

 目前にまで迫った星を強く見据え、両手で握った真機を思い切り腰溜めに引き絞る。構えは下段、相手がどんなに大きくても関係ない……下から一気に、切り開く!


「行っ……けええええええええええええええええ!」


 半ば光の帯と化した巨大な炎の鞭が、振り上げられた真機の先から超高速で放出された。

 大きくしなったその鞭は、熱したナイフでバターに切り込むように、いとも容易く地球に食い込むと、そのまま一気に振り抜かれる。

 呆気ない程簡単に、誰もが地に踏み締めていたはずのあの大地が、巨大で重厚なはずのあの地球が、真っ二つに切り裂かれていた。

 どろりと、地殻下のマグマが、マントルが、宇宙空間に溢れ出す。

 星が崩壊し、悲鳴を上げるその中で――しかしレストは、確かに聞いた。


「機構解放ストレイド!」


 瞬間、真っ赤なマグマを突き破り、真紅の炎が駆け抜ける。

 一陣の猛炎となったリエラの手元で、魔導真機が形を変えた。幅広の大剣が中央と左右の三つに分割され、本体から離れた二つの刃は変形しながら彼女の背中に装着される。

 赤き双翼を羽ばたかせ、巨大な長剣を握り締めながら、リエラは飛んだ。翼より放たれし墳炎が身体を急速に加速させ、一万キロはあった距離を二秒で詰める。

 捻られる肉体、あらん限りの力で振り上げられる両腕。極限まで圧縮された炎を纏った魔導真機が、今遥か高い目標を打倒せんと、その力を解放する。


「炎解せよ――アグナダイバー!!」


 極炎の刃が時空を、次元を、因果を切り裂き、レストの展開した障壁と衝突した。

 恐ろしく硬い六重の球形障壁と、万物を溶解する真紅の炎。鬩ぎあう二つの力の余波だけで、周囲の星星が砕け散る。


「っ、あ」


 一枚、二枚、三枚。じりじりと、じりじりと、炎剣が障壁を砕き進軍していく。障壁越しに此方を見詰めるレストの、焦燥感一つ無い冷静な瞳に無理矢理もう一段階ギアを上げ、魔力を心の底から振り絞る。


「こんの、程度ーー!」


 ベキン、ベキンと、鉄板を引き裂いたような奇怪な音と共に、四枚、五枚。障壁が燃やされ切り裂かれ――しかし六枚目を貫けず、進撃は無情に終わりを告げた。

 限界を迎えた炎が欠片も残さず消え失せて、リエラの剣がピタリと止まる。


「残念だった、ね」


 停止してしまった挑戦者へと、レストがそっと手を伸ばす。向けられた左手の先に、浮かぶ小さな魔法陣。

 凝縮された魔力が、砲撃となって解放され――


「そっちこそ」


 ぎり、と音が鳴る程強く、リエラの腕に力が籠もった。

 背の翼から瞬間的に炎が噴射され、障壁とぶつかる真機を起点に、彼女の身体はレストの周囲をぐるりと回転。空を切る砲撃を尻目に、ふわりと髪を羽ばたかせ、彼の背後へ舞い降りる。

 そのまま素早く、左手で掌底を繰り出して。


「無駄だよ。背後だからといって、防御が薄くなっている訳では無い」


 障壁にぶつかり、呆気なく止められた。

 通常、テイカー達の使う障壁は、無意識的に攻撃の来る箇所へと魔力を集中し、強化されていることが多い。

 そして何処かに魔力を集中させているということは、別の何処かは薄くなるはずで――今回のように本命の一撃に意識を向けさせておきながら、別角度から不意打ちを繰り出せば、例え威力は低くても貫ける可能性はある、はずだった。

 だが、レストにそんな一般論は通じない。そもそも無意識に魔力を集中させてしまうのは攻撃を恐れる防衛本能からであり、自身の本能を御せている、或いは攻撃に一片の脅威も感じていないのならばそんな現象、起こるはずが無いのである。


 全方位完全に隙の無い防御を前に、リエラも遂に万策尽き、


(まだ!)


 虚空を踏み締め、身体全体を連動し、駆動させた。

 全身で生み出した力を、障壁へと当てられた左手へ。伝達し、増幅し、破壊の力として解放する。


「両連弧法厘命ジガ・バーラ・二式――」


 脳裏に浮かぶのは、仏頂面したむさ苦しいテロリスト。自身の障壁を破ったあの一撃を、今此処に。


「見様見真似、掌連形!」


 解放された力が、障壁へと激突。バキンと音を立てて、己を遮る壁が砕け散る。

 無防備になったレストが振り返るその様を睨みつけながら、右手に握られた魔導真機を、勢い良く振り下ろす。


「せりゃああああああああああ!」


 人程もある真っ赤な長剣は、狙い違わずレストへと直進し。


「大したものだ。私にこれを、使わせるとは」


 当たり前のように、停止した。

 気付けばいつの間にか、振り向いたレストの眼前に、半透明の青色をした六角形の壁が現れていた。

 見た目は指向性の障壁のようだが、しかし。この壁の本質がその程度のものでは無いと、今のリエラには漠然とだが理解出来る。


(これって、まさか)

「見事なものだろう? 全てを掛けて極めようとしている、私にとっての魔導の全て。自慢の、『盾』だ」


 愛おしそうに、艶かしい指先で盾をなぞるレストの顔には、薄っすらと喜色が滲んでいた。この盾が使えたことが、そしてそこまでリエラが成長したことが、心底嬉しいと示すように。

 『盾』から感じる圧倒的な力。今のリエラには欠片も分からぬ、緻密で精巧な魔法構築。確かに、間違いなく、この盾は……圧倒的な、高みに存在している。


「幾ら力を入れようと、今の君では砕けはしないよ。何せこれは、世界を丸々一つ使って作り上げた盾だ。その強度は、正に世界そのもの……いや、それすらも上回る」

「世界、を?」

「そう。そして……今度こそ、終わりだ」

「っ! やばっ――!」


 告げられた事実にリエラが驚くその間に、レストの背後に出現した魔法陣が鳴動し、光を瞬かせる。

 危機を感じた彼女が慌てて離脱しようとするも、もう遅い。


「君の次の挑戦に、期待しているよ」


 にこやかに手を振る男の背後より放たれた光条は、咄嗟に張られた障壁の全てを貫いて、リエラの身体を撃ち抜いた――。

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