第23話 目覚めし炎よ、燃え上がれ

「ハインツェラ!」


 自身の魔導機を呼ぶことで抜けかけた意識を頭に戻し、魔法を発動させ飛翔する。リエラの身体を覆った飛行魔法は、彼女を時速百キロを超える高速の弾丸と化し、無重力の宇宙で自在に行動する力を与えてくれた。

 だがそんな、普通ならば十分過ぎる程の速度でさえ、今はあまりに心許ない。何せそれ以上の速度で以って、百を超える光砲が己へと迫っているのだから。


「どうなってんのよ、あいつは!」


 悪態を吐きながら、迫り来る光条をかわす為身を捻る。至近を掠めた砲撃の余波で、スカートの裾が激しく瞬いた。

 けれどそんなものを気にしている余裕は無い。レストの魔法陣から断続的に放たれる白色の砲撃は、何の捻りも無い唯の魔力砲撃ではあったが、その威力たるや人一人消し飛ばして余りある程だ。

 幸いだったは、全ての魔法陣から一斉に砲撃が放たれている訳ではないことか。クールタイムでも必要なのか、幾つかの魔法陣をローテーションさせて、途切れることの無い弾幕を形勢しているようだった。

 また、一つ一つの砲撃の間は広い為、何とか避けることは出来ている。が、その威力を鑑みれば当然防ぐことも相殺することも不可能な訳で、神経をすり減らしながらの逃避行となっていた。

 飛び続けるリエラへと、無数の光雨が降り注ぐ。偶々斜線上に入ってしまった哀れな小惑星が、がりがりと削られ塵に還っていくさまを見ながら、彼女は懸命に回避に徹した。

 反撃を行いたい所だが、生憎とそんな余裕は無い。現状ですら紙一重なのだ、今下手に攻撃にリソースを割けば、砲撃に絡め取られるのは必定である。

 全力で身体強化を掛け、障壁を展開すれば、一撃位ならば耐えられるかもしれない。だが耐えたとしても、与えられた痛みは少なからずリエラの動きを阻害・停滞させるだろう。

 そうなれば、生まれてしまった隙に放たれるであろう追撃を避けることは、不可能と言えた。どんなに足掻いた所で、今の自身では二撃を耐えることは無理だと、彼女は良く自覚出来ている。

 反撃も出来ず一方的に攻撃され続けるという状況に嫌気が差すが、打開の手は見当たらない。そして、そんなその場凌ぎの攻防が、いつまでも続くはずも無く。


「! しまっ……!」


 遂に砲撃が、リエラを捉えた。咄嗟に障壁を展開するも、砲撃はそんな薄紙のような障害物など何の問題ともせず突き破り、彼女の身体に直撃する。


「がっ……」


 小さな叫びを上げ、リエラは暗い宇宙を飛翔した。今度は自由意志では無く、強制的に吹き飛ばされて。

 音に匹敵する程の速度で吹き飛んだ彼女の身体は、偶々近くにあった小惑星へと激突し、大きな土煙を巻き起こす。

 静かな目を向けるレストの視線の先、土煙の晴れたそこには、小惑星の上で傷つき倒れる少女の姿が。


「どうした。もう、終わりかい?」


 憎たらしい程平淡なその声に、飛びかけていた意識を繋ぎとめ、身体に魔力を巡らせてリエラは無理矢理立ち上がる。ほとんどないはずの重力が、今はやけに重く身体に圧し掛かっていた。

 魔導機を支えに、崩れ落ちてしまいそうな身体を何とか維持する。


「誰がっ……! 私は、まだ」

「強がるのは良いけれどね。そういう言葉はせめて、全力を出してから言ってもらいたいものだ」


 思わず、唇を噛んだ。そうだ、今の自分はまだ全力を出せていない。テロ事件の時のように相手を侮っていたり、効率を考えている訳では無い。ただ、自身の未熟さ、心の弱さが原因だった。


「さあ、どうする? このまま終幕でも、私は別に構わないが、ね」

「っ……レ……ト」

「ん?」


 強く拳を握り締め、追い詰められたリエラは、不安に揺れる心はそのままに、叫びを上げる。


「機構融合リベレイト!」


 彼女の思いに呼応して、虚空が歪み、赤き装甲が飛来する。周囲を取り巻くようにぐるりと一周回った装甲は、振り上げられた魔導機へと落着し、変形して一つとなった。

 装甲は外郭へ、魔導機は芯へ。二つは一つとなり、巨大な剣を形成する。不完全な彼女の魔道真機――即ち、アルダ・ハインツェリオンを。

 ぎゅっと剣を握り締め、リエラは再び飛翔せんとし、


「え……?」


 呆然と、声を漏らした。

 重い。以前は当たり前に震えていた魔道真機が、今は異常な重さを以って己の腕に圧し掛かってくる。

 身体強化の出力が足りないのではない、真機を扱うことへの心理的な拒絶感が原因でもない。まるで真機の重さが十も二十も倍されたかのように、一向に持ち上がらないのだ。


「どうやら、魔道真機の方が君を拒絶したようだね」


 戸惑い、ただ真機を見ることしか出来ないリエラへと、レストは憐憫と共に真実を告げた。

 呆然に呆然を重ね、彼女が信じられない、という表情で此方を見上げてくる。


「何、言って……」

「惚けなくても良い。君とて、既に理解しているだろう? 元より所詮は仮の主。それが自身に対して忌避感を示したというのならば、真機の方とて君を見限り拒絶するさ」

「そん、な」

「まして、今君が居るのはイギリスの魔導学校では無く此処、第一魔導総合学校だ。その真機の仮の主になれる程度の実力の持ち主ならば、掃いて捨てる程存在する。君に拘る必要は、無い」


 リエラの身体から力が抜け、立っていることすら出来ず膝を着く。必死で掻き集めたはずの気概が砕け、どうしようもない無力感が己を苛んだ。

 可能性は、あったのだ。魔導真機が使い手を選ぶというのなら、当然見放されることだってあり得る。けれど、だからといって、こうも容赦なく。


「私は……」

「空しいね。どうやら君は、駄目だったようだ」


 項垂れるだけの彼女を見て、露骨に落胆を顕にするレスト。病室で話したその時は、これで少しは彼女もましになるかと期待したものだが……。


(此処まで、か)


 少々、期待し過ぎていたのかもしれない。そもそも『彼』のように、或いは古賀荘厳のように、此方の求める心を持っている者など、そうそう居るはずも無いのだ。

 同室になったのも何かの縁、と彼女を観察してきた。そして、輝く心に至る、その可能性があると感じた。

 だがそれは所詮、直感に近しい、曖昧なものに過ぎない。この結果は云わば、本来あるべき当然の結末なのだろう。


「いつまでも君のそんな姿を見ているのも忍びない。もう、終わりにしようか」


 軽く上げられた手の後ろで、魔法陣が瞬いた。巨大な光条が、失意のリエラへと直進する。


「っ!」


 咄嗟に、跳んだ。砲撃をかわそうと横っ飛びし、しかし離し切れなかったかつての栄光が足を引っ張る。

 重たい魔導真機を引きずったリエラが動けたのは、精々一メートル。あまりに短い距離だがしかし、直撃だけは一応回避出来ていた。


「がっ、あっ……!」


 かわしきれなかった余波を受け、リエラの身体が小惑星の地表をごろごろと転がって行く。重い真機を持っていて尚、二十メートルは吹っ飛ぶ砲撃の威力。もし直撃していれば、それだけで宣言通り、戦いは終わっていただろう。

 魔導真機に拒絶されていた影響か、身体強化さえ満足に行えなかったリエラは、全身を打ち付けられた痛みに呻きを上げた。

 手足に、力が入らない。受けたダメージのせいだけではない、もう籠められるだけの気力がないのだ。


「無駄に足掻いた所で、意味は無いよ。素直に終わり、出直してくると良い。……それとも、あるのかい? そうまでして立たなければならない理由が、君に」


 うつ伏せ倒れ、ぼやける意識の中で、リエラはその言葉を聞いていた。

 頭の中で、幾つもの思考が交錯し、反響していく。


(理、由? 痛くて、苦しくて、辛くて……それでも立ち上がらなきゃならないような、理由?)


 そんなものが、あっただろうか。どれだけ自分に問い掛けても、それらしいものは見つかってくれない。

 自分の全てを掛けられるような、背負うべき何か。自身の人生を決定付けた、重い何か。

 過去の全てを無理矢理に引き出し、記憶の限りを漁って見るが、どうしても分からない。

 それでもと、ひたすらに探し続ける彼女の脳内は、やがて処理の限界を向かえ、真っ白に染まって行き――


「やはり駄目、か」


 動かない彼女を見て、最後の希望とばかりに掛けた発破が外れたことを悟り、レストは目を伏せた。

 今度こそ無駄に長引かせることなく、確実に終わらせようと、手を振りかぶり。


「……ぁ……」


 砲撃が放たれるよりも早く、魔導真機を握るリエラの手に、力が入った。そのままゆっくりと、真機を引きずりながらも立ち上がる。


「ふむ。もしかして、見つかったのかな? 君にとって、己の全てを賭けてでも立ち上がらなければならないような何か。絶対的な、理由が」


 問い掛ける。そうであって欲しいと、願いながら。

 対しリエラは、時間を掛けながらも何とか立ち上がると、震える手足をそのままに口を開き、


「……ぃ……」

「ん? 何だい?」

「そ…………い」

「? 一体、何が言いたい――」

「そんなものが、あるかぁぁぁぁああああああああああああああああ!!」


 暗き宇宙の一角に、少女の怒声が響き渡った。

 ぱちくりと目を瞬かせるレストへと、彼女は続ける。


「そんな重大な理由だの何だのを私に求められた所でね、ある訳ないでしょーが! 大体テイカーになった理由だって近所の気に入らないガキ大将をぶっ飛ばす為だったし、その後もテイカーを続けたのは才能があるよって周囲から褒められたからとりあえずやってみようかなと思ったからだし、頂点を目指すって言ったのだって、どうせやるからには一番を目指そうって、そんだけの理由だし!」


 それまでの緊迫感なんて何処へやら、ぷんすかと怒りを露にして、彼女は更に捲くし立てる。


「大体ねぇ、どいつもこいつも面倒な理由を引っ提げ過ぎなのよ! やれ死んだ両親がどうだとか、やれ幼い頃に命を救われてどうだとか、お前らは漫画の主人公かってーの! 平々凡々な家庭で生まれてちょっとやんちゃに暮らしてただけの私に、そんな重苦しい理由なんぞあるか!」

「あー……少し落ち着いたらどうだい?」


 しかしレストの提言も無視して、彼女の独り舞台はまだ続く。やおらその手の魔導真機を無理矢理持ち上げたかと思うと、いきなり地面に打ちつけだしたではないか。

 これにはレストも意味が分からず、呆けることしか出来ない。


「というか、あんたもあんたよ! こんの糞魔導真機、散々人を苦しめたくせに、仮の主としか認めてなかったあげく、遂には使われるのも拒否するって……たかが武器のくせに、何様のつもりだー!」


 思い切りぶん投げ地面に叩き付けた魔導真機を、がんがんと踏みつけるリエラ。怒りのボルテージは完全MAX、怒気だけで立ち昇る真っ赤な髪の有様たるや、正に怒髪天を衝く。


「このっ、このっ、このっ! 無駄にお高く留まってないで、あんたは大人しく私に従ってなさい! このっ、このっ、あっ! 逃がすか!」


 あんまりな仕打ちに耐え切れなくなったのか、勝手に宙に浮かび虚空へと帰ろうとする魔導真機を寸での所でひん掴み、無理矢理引き戻そうとする。

 逃げたい魔導真機と、逃がすまいとするリエラ。顔を真っ赤にして意地を張り合うその光景は、まるで小学生の綱引きのようだ。


「おらおらおら、逃げられるものなら逃げてみろー! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

「……流石にその笑い声はどうかと思うよ」


 引き戻すことに成功した魔導真機を再び握り締め、何度も何度も地面に叩きつけながら奇妙な嬌声を上げる淑女の姿に突っ込みを入れるも、全く届いた様子は無い。彼女の行為はエスカレートするばかりである。


「どうしたものか。? この感覚は……」


 と、そんな彼女の奇行に対応を決めかねていたレストだが、ふと感じた魔力に僅かに目を細めた。

 今も魔導真機を苛めながら奇声を上げているリエラから感じる、この魔力の脈動。力強さ。


「これは、まさか――」

「ん? 何か急に真機が軽くなったような……というか何かが流れ込んでくるこの感じ。もしかしてこれが、共鳴?」


 突然楽々持ち上げられるようになった魔導真機を掲げながら、リエラは首を傾げた。しかし徐々に状況が呑みこめてくると、にやりと笑い、


「それで良いのよ全くもう、無駄に手間掛けさせて! 今なら分かる。これが真の魔導真機使い、って奴なのね!」


 自慢げに、ぶんぶんと真機を振り回す。

 レストの方でもまた、しっかりと確認していた。彼女達から発せられるこの独特の感覚は、間違いなく真機の正しい使い手でなければ出せないもの。


「く、くくくくく、はははははははははは!」

「……急に何笑い出してんのよレスト。頭おかしくなったの?」


 先ほどまでの自分の醜態など棚に上げて眉を顰めるリエラを気に留めることもなく、一通り笑ったレストは、心底嬉しそうに純粋な笑みを浮かべ、


「いや、まさかそんな形で真機の使い手となるとはね。分かり合い認め合うのではなく、魔導真機を無理矢理従える、か。ある意味、君らしいと言えるのかもしれないな」

「な~んか馬鹿にされてる気がするんだけど」

「いやいや、そんなことは無いよ」

「嘘付け! 絶対馬鹿にしてるでしょ!」


 地団駄を踏み抗議するその姿にもう一笑いしてから、まるで劇の演者のように仰々しく、わざとらしく、レストは頭を下げた。残念ながら、誠意は一切感じられないが。


「すまない、と謝っておこう。どうやら私は、君を随分と侮っていたようだ」

「……本気で謝ってる?」

「半分位は」


 茶目っ気たっぷりにウインクさえしてみせるふざけた態度に、唯でさえテンションのおかしくなっていたリエラの堪忍袋は、容易く爆発した。


「良~い度胸してんじゃない、この偏屈変体ご主人様! やっぱりあんたみたいなのに、ニーラちゃんを任せておく訳にはいかない! 彼女の為にも、私自身のこれまでの怒りを示す為にも、レスト!」


 ビシッ! と突きつけられる、大剣の切っ先。彼女の身体から、魔力が溢れる。


「あんたのそのすかした面に、一発きついのぶち込んでやるわ!」


 轟々と炎が湧き上がり、冷えた宇宙を熱気が満たす。立ち昇る炎から発せられた輝きが、暗い世界に新たな恒星を生み出した。

 一緒の部屋になってからこれまで、その全ての思いを籠めて怨敵を睨む彼女の顔は、半分不敵に、半分楽しそうに、笑っていた。そこに、余計な重荷を背負った影など微塵も無い。

 見詰める瞳に、迷い無し。行くべき道に、迷い無し。燻っていた火種に追い風が吹く。何より強く、誰より激しく。


 ――炎は今、燃え上がる!


「ああ。この魔力、この力。そうか君は、受け継ぐ者だったのか」


 小惑星を包み更に激しさを増す炎の色が変化していくのを、レストは恍惚の表情で眺めていた。

 真っ赤な炎のその中に、白き輝きが宿っている。単に温度が上がって青くなっただとか、白くなっただとか、そんなちゃちなものでは断じて無い。

 そもそも魔法で出来た彼女の炎の色は、基本的に温度によらず常に赤だ。それは彼女にとっての炎のイメージが、赤が一番強いが為だろう。

 けれど今彼女から噴出する炎には、温かく光る、白の輝きが混じっていた。その光から、そしてリエラ自身から感じる、尋常の魔導真機使いを遥かに超えた力の理由を、レストはよく知っている。


「驚いたな。まだまだ未熟とはいえ、『彼』の無茶苦茶さと、[彼]の力を併せ持つとは。とんだハイブリッドが居た者だ」

「? 何ぶつくさ言ってんのよ、レスト」

「いや。もう一つ、君に謝っておかなければ、と思ってね」


 もう一つ~? と訝しげな目を向ける彼女へと、


「私はね。君がどんなに、どんな風に覚醒したとしても、これから先、一生私に届くことは無いだろうと思っていた」

「おい」

「けれどね、今は少しばかり考えが変わったよ。万が一、億が一、或いはそれこそ那由他の一程の可能性かもしれないが……君は、私に届くかもしれない」


 そう、未来に期待を寄せるレストを見て。リエラのギアが、もう一つ上がる。


「上等じゃない! あんた、よっぽど私に喧嘩を売りたいらしいわね。だったらお望み通り、いつかではなく今、あんたを超えて……ぶちのめしてやるから!」


 炎の勢いが更に増し、彼女の身体に力が入る。今にも飛び掛らんとするリエラへと、レストは彼女と同じ晴れ晴れとした笑みを浮かべて、


「ああ。君の全力で、掛かってこい!」


 今までに見たことが無いほど、意気揚々と宣言し。急速にその数を増す魔法陣と共に、第二ラウンドの幕が上がった。

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