第16話 学内ランキング
全ての授業の終わりを告げるチャイムが鳴ってから十分後。リエラと綾香は、連れ立って指定された模擬戦場への道を進んでいた。
今頃は古賀も、会場に向かっているはずである。或いはもう、着いているかもしれない。
「しっかし、レストの奴はいつの間に模擬戦場を押さえたんだか。ずっと一緒に教室に居た筈なんだけどなあ」
先に行くよー、と言って藤吾を連れてこれから行われる決闘の会場である第七模擬戦場に先行したレストだが、彼がどうやってこんなに良い場所を確保したのかは全くもって謎だった。
総学内に模擬戦が出来る場所は多数存在するが、中でも一から九番までの模擬戦場は広く設備もしっかりとしていて、以前藤吾と戦った時のように誰も使っていない時間帯かつ教師の許可がある訳でもない放課後ともなれば、既に予約で一杯のはずである。
レストがしていた事といえば精々、授業の合間に何処かへと連絡を取っていただけなのだが……それも所詮は三十秒程度で、そもそも模擬戦場の予約は電話一本で出来るものではないはずなのだ。
どうやら彼は、よっぽど有用な抜け道を持っているようである。
「それよりリエラさん、大丈夫なんですか? その、決闘の方は……」
「ん~? 問題ないって。体調もばっちりだし、あの、確か古賀って言ったけ? あいつも、見た目はともかくあんまり強そうな感じはしなかったし」
「一応古賀さんは、学内ランキングでも上位に位置しているのですが……」
「学内ランキング? 何それ」
聞き慣れない単語を耳にして、リエラは訪ねた。勉学のランキング、ではあるまい。強さの話をしている時に出てきたのだから、その内容は当然……
「ああ、そういえばリエラさんはまだ知らないんでしたね。学内ランキングというのは、その名の通り学園内での強さ……即ち戦闘力の高さを順位付けし、ランキング形式に表したものです」
「学園内での、って……まさかこの学校に在籍する十万近い生徒、全部!?」
「勿論です。それどころか、教員や用務員など、文字通り『学園内に存在する』あらゆるテイカーを対象としています」
たいしたものだと感心するが、同時に疑問も浮かぶ。
「あれ? でもそんな重要なランキングなのに、私がこの学園に入る時には何の説明もなかったけど」
「それはそうでしょう。何せこのランキングは、非公式ですから」
「非公式? 学園側が付けているんじゃないってこと?」
「はい。非公式クラブである『み~んな仲良くお手手繋いでテイカー研究会』が、緻密な調査の下に定期的に発行しているんです」
「何そのネーミング……でも公式じゃないなら、あんまり信用は出来ないんじゃない?」
一応調査は行っているそうなので、全くの出鱈目ではないのだろうが、所詮は一クラブの自主発表。しかも十万人規模ともなれば、大味に成らざるを得ないのではないのか。
「いえいえ、侮ってはいけませんよ。弛まぬ熱意に裏打ちされたこの順位は、非常に信頼度の高いものとなっています。その信頼度たるや、教師がこっそり参考にする程です」
「教師が? 良いの、そんなんで?」
「まあ、あまり良くはないでしょうが……何せ参考にしている筆頭が、学園長ですから」
「ああ~、あの学園長か」
だらけ屋で面倒臭がりのこの学園のトップならば、確かに非公式のランキングだろうと、信頼度が高ければ利用するだろう。当然、自分が使っているのだから下の者が使っても注意など出来はしまい。
まあ、信頼度が低くても利用しそうな辺りが、あの学園長の悪い所なのだが……。
「学園中に浸透しているランキングですし、半ば公認と言っても過言ではないでしょう。実際研究会の目標の一つは、このランキングを学園公認のものとすること、らしいですし」
「へー。それで、古賀の奴は何位なの?」
「え~と、前回発表のランキングでは、確か……八千位程だったと思います」
「八千? しょぼっ」
思わず声に出してしまった。が、仕方が無いだろう。上位などと言うからてっきり百とか二百とかその位かと思ったのだが、現実は予想の遥か下を突き抜けていた。
オブラートに包みもしない感想に、綾香は少々冷や汗を掻きながら、
「そ、そんなことはありませんよ? 何せ十万の中の八千ですから、十分上位と言えるかと思います」
「う~ん、確かにそうかもしれないけどさぁ。幾ら総数が多いとは言っても、八千位じゃねぇ」
「気持ちは分かりますが、それを言い出してはそれこそナインテイカーの皆さん位しか、上位と呼べなくなっていまいます」
「ナインテイカー?」
またも飛び出た聞き慣れぬ単語に短く聞き返せば、綾香はそういえばこれも当然知りませんよね、と前置きした上で、
「学内ランキングの、上位九名のことです。この総学の……いえ、全テイカーとして見ても隔絶した力を持った人達で、畏怖と敬意を持ってナインテイカー、と総称されています」
「そんな人達が……。詰まり私の目標を叶える為には、そいつ等を全員ぶっ飛ばす必要があるってことね!」
「……それなんですが」
それまでの和気藹々とした雰囲気から一変。暗く静かな剣幕を纏う綾香に呆気に取られるリエラへと、彼女は続ける。
「リエラさん。貴方は本当に、師匠と戦うおつもりですか?」
「え。師匠って、レストのこと? 何で此処であいつが出てくるのよ」
「貴方が古賀さんとの戦いに勝利すれば、次は師匠と戦うことになります。ですが、それは……」
「それは? ……もしかしてレストって、凄い上の順位に居るとか?」
これまでの彼のとんでもっぷりを思い返せば、古賀などよりもずっと上位に居てもおかしくない。もしかして綾香は、彼が自分に負けて大きく順位を落とすことを心配しているのではないか。
楽観的にそう考えるリエラだが、綾香の纏う重苦しい空気は変わらない。
「その通りです。師匠は……「おーい二人共!」」
言葉は、途中で遮られた。見れば、いつの間にか会場まで着いていたらしい。巨大な入り口の前で、藤吾が元気に手を振り此方を呼んでいる。
「遅いぞー。もう古賀はとっくのとうに到着して、イライラしながら待ってるぜ」
「あっちゃあ。別に待たせても良いけど、一応急ぎましょ、綾香」
「……はい」
走っていくリエラの後を追う綾香の顔は、やはり晴れない。
「師匠の、順位は……」
続く言葉は、赤らみ始めた空に空しく溶け消えた。
~~~~~~
「二人共、用意は良いかな?」
第七模擬戦場の広々としたドーム内に、レストの確認の声が響き渡る。
客席に見下ろされし魔導加工式コンクリートの敷き詰められた決闘場では、数十メートルの距離を置いてリエラと古賀の二人が向き合い立ち会っていた。
「私は問題ないわ」
「俺もだ」
両者短く返し、互いに敵意を高め合う。無意識に放出された魔力が場に満ち、空気が微細に振動する。
その様を眺める観客は、レストを除けばたったの三人。
「いやーしかし驚いたよ。まさかニーラちゃんが居るなんて」
「……レスト様に、呼ばれましたので」
「それよりも私は、他に観客が居ないことに驚きましたが」
藤吾、ニーラ、綾香の三人は、閑古鳥の鳴く観客席で、ぽつりと固まって観戦を決め込んでいた。
あれだけ教室で騒いでいたのだし、それなりに見物客も来るかと思ったのだが、どうやらレストが許可しなかったようだ。
何か狙いがあるのか、それともただの気まぐれか。
「まあ、極個人的な決闘だ。あまり見世物にするもんでもないだろう。おっ、始まるみたいだぞ」
決闘場へ視線を戻せば、レストがふわりと浮いてステージから退き、再び二人の様子を確認した後声を上げる。
「それでは両者、武装を」
二人同時に頷き、
「「機構召喚ゼグリオン!」」
それぞれ、自身の魔導機を虚空から召還する。リエラは赤き長剣型の魔導機、ハインツェラを。対し古賀は、
「魔導機――ゴアガイズ!」
巨大な一本の戦斧を手に取った。
全長は巨漢の彼と比べても見劣りしない程長く、先に付いた刃は大岩をも容易く一刀両断出来そうな力強さを持っている。
古賀荘厳に、これ以上なく似合った武装であるだろう。
「それがあんたの魔導機、か。持ち主に似て、図体だけはご立派ね」
「貴様っ……! 見ていろ、その貧弱な魔導機ごと、叩き潰してくれる!」
重々しい斧を構える古賀は、その身体や人相と相まって威圧感の塊ではあったが、リエラはそれを軽く流して挑発の言葉を投げ掛ける。
容易く挑発に乗った古賀は、激昂と共に一際強く魔力を噴出させた。
「あ~らら、あんなに無駄に魔力を垂れ流して。もったいねぇの」
ちゃかす藤吾を横に置き、レストはゆっくりと手を上に伸ばすと、
「さて。では、始めるとしようか」
勢い良く、振り下ろした。
「決闘――開始」
ブザーの音が会場中に鳴り響き、今、二人の勝負が幕を開ける。
ぶつかり合う彼等を、レストは心の底から期待を籠めた瞳で見詰めていた。
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