第17話 圧する炎量
決闘が始まって最初に仕掛けたのは、古賀荘厳の方だった。
「先手必勝!」
魔力で強化された体躯を疾走させ、一気にリエラとの距離を詰める。彼の体やその重苦しい武装とは裏腹に、速度は中々のものだった。
この学園に所属し、ランキングの一応上位に位置するだけあって、彼も優秀なテイカーであるらしい。
だがそれも、リエラからすれば鈍重を過ぎない。
「見た目通り接近戦が得意、か。なら、近づけなければ良い話」
古賀が半分程まで距離を詰めた段階で、リエラはようやく魔法を発動させた。普通に考えれば遅過ぎるが、彼女の優れた魔法構築・発動速度は、その程度の問題など一笑に伏す。
瞬きの間に現れた十三の炎弾が、走る古賀へと殺到した。
「くっ、だがこんなもので!」
斧を一振り、二振り、炎弾を払う古賀だが、全てを捌き切るには如何せん大振りで隙だらけだ。避けようにも大斧を振るいながらでは機敏に動けるはずもなく、払えなかった四つの炎弾が彼の体に直撃する。
「ぐあっ!」
吹き飛ばされ、地に転がされる古賀。幸い、炎弾は相手を燃やすのではなく硬く固めて打撃能力を重視していた為、身体強化の恩恵もあって火傷はなかったが、それでも身体に幾つもの痣が刻まれる程のダメージだ。
この時点で、古賀が自慢とする魔法の一つ、身体強化は、リエラ相手にはたいした効果を発揮出来ないことが証明されてしまった。
本来ならば彼は、他者より優れた強化魔法によって得た力と防御で、ごり押す戦法を取るテイカーなのだ。遠距離攻撃が得意で無いのも、理由の一つであろう。
「この……まだ、がっ!」
立ち上がろうとした古賀を、炎の鞭が打ち据える。打ち上げられた彼は、たっぷり数秒滞空した後、無様に背中から地面に叩き付けられた。
痛みを堪え、呻き声を上げる古賀を、開始地点から一歩も動くことなくリエラは見下ろす。それは敵を警戒するというより、狩られる小動物を憐れむような眼差しであった。
「どうしたの? あんだけ大口叩いておいて、もうお終い?」
「そんな、わけ、あるかっ。見ろ!」
震える足を押さえ立ち上がった古賀が、魔力を急速に活性化させる。魔力は魔法と成り、非現実的な事象を現実のものとする。
彼の斧を、深紫の魔力が覆い、それに呼応するように空間が軋む。単なる魔力の波動によるものではない、これは、
(もしかして……)
「喰らええ!」
彼が斧を振り下ろすと同時、魔力が刃となって放たれた。いや、それは刃と呼べる程研ぎ澄まされてはいない。言うなれば、破壊の衝撃波。
地を削り、リエラに迫った破壊の権化は、
「ふんっ」
鼻息一つ、展開された三重の魔法障壁に衝突し、僅かな拮抗の後力を無くして空気中に溶け霧散した。
己の渾身の攻撃をこうも容易く防がれたという事実に、古賀の意識が一瞬漂白される。口はだらしなく開かれ、言葉が出てこない。
「単なる衝撃波ではなく、破壊の重力波か。これがあんたの切り札、ってこと?」
無傷のリエラは眉一つ動かすことなく、冷静に彼の力を分析して、
「重力を操る。字面だけ見れば脅威に思えるけど、肝心の出力がこれじゃあね」
「ば、馬鹿な。この俺の攻撃が」
慄く古賀に剣の切っ先を向け、魔法を練り上げた。
出現したのは先程と同じ十三の炎弾に、四本の炎槍。更に、己が頭上に巨大な炎の球を造り上げている。
轟々と燃える熱気に当てられ、古賀の頬を流れる汗が蒸発した。発生した熱風と魔力風が、観客席に居たニーラ達にまで吹き届く。
「まだ魔導真機を使っていないのにこれか」
「流石ですね、リエラさん」
感心する藤吾と綾香を余所に、いつの間にやら彼等の横に腰掛けていたレストは、ニーラが何処からか取り出した飲み物を受け取りながら、
「イイゾー、モットヤレー」
「レスト様、流石に棒読みの声援はどうかと」
「いや、そもそもそれって声援なのか?」
煽っているだけなんじゃあ、と子声で突っ込む藤吾。と、突如起こった爆風に、急いで視線を戦っている二人に戻せば、三度吹き飛ばされる古賀の姿が目に映る。
「ぐあつ!」
「どうやら遠距離攻撃だけじゃなく、障壁も録に張れないみたいね。一応重力の膜は展開したようだけど……薄すぎて一瞬気付かなかったわ」
古賀の戦斧も、重力壁も。放たれた炎の奔流を塞き止めるには、あまりに力不足だった。
服はボロボロに燃え、身体の至る所に打撲や火傷を負い。それでも己が魔導機を支えに何とか立ち上がるものの、最早駆け出す力も無い。
「このっ!」
最後の足掻きとばかりに無理矢理作り出した、魔力を固めただけの不得意な射撃魔法。へろへろと飛翔したそれは、障壁すら展開されることなく、リエラに当たって砕け散る。
彼女が戦闘開始時点から当たり前に展開している極普通の身体強化魔法、特段彼女にとっては出力の高くも無いそれにすら、彼の攻撃は負けたのだ。
「こ、こんな……」
「諦めなさい。あんたの負けよ」
もし通じる攻撃があるとするならば、それは目一杯の強化をした上での大斧の一撃だけだろう。だがそんな真似をするだけの余力は、もう古賀には残っていない。
魔力はまだある。だが、肉体が付いてこない。痛む身体は立っているのがやっとで、走ることすら儘ならない。
仮に一撃打ち込めた所でまともにダメージを与えられるかは、甚だ疑問な様態だった。
「だ、誰がっ」
それでも、魔導機となけなしの意地を支えに立ち上がった古賀を見て、リエラは一度目を閉じる。
そうして開かれた双眸は鋭く真剣で、感じる気迫に古賀の気は一瞬で呑まれた。
僅かに残っていたはずの、抵抗する気概が薄れていく。顔を青白く豹変させていく彼へと、リエラは勝負を決定付ける宣告を下した。
「そう、まだ戦うのね。なら、あんたのその意地に免じて、私も本気で相手してあげる」
言葉と同時、彼女の魔力が急速に爆躍し、場を染め上げる。鳴動する力は古賀の身体を圧し、レスト達の身体を叩き、会場を震えさせた。
呼応し、歪む空間。虚空の彼方より、赤き装甲が飛来する。
「ま、まさか!」
己の相対する敵の情報など何一つとして持ち合わせていなかった古賀は、その光景に今日一番の驚愕を浮かべた。
ありえない、奴が強いのは理解した。だがまさか、あれを使える程なのか。
動くことも出来ずただ硬直する古賀の前で、飛来した装甲は大きく会場を一周すると、剣を掲げたリエラの下に舞い降りる。
「機構融合リベレイト」
魔導機へと装着された装甲は、形を変え、剣を包み、一つの巨大な武器となった。
これぞ、彼女の切り札。
「魔導真機――アルダ・ハインツェリオン」
吹き荒れる暴虐の魔力嵐。その中心に、力の象徴を掲げ、立つリエラ。
魔力の感知が得意でない古賀にも痛い程感じ取れた。彼我の間に横たわる、巨大な力の溝とでも呼ぶべきものが。
魔導機と、魔導真機。テイカーならば誰でも知る絶対の差に、古賀の身体が無意識に震えだす。まごうことなき、それは恐怖であった。
「さ。終わりにしましょう?」
微笑さえ浮かべて宣言し、リエラは魔力を練り上げた。魔導真機へと魔力が集い、新たな魔法を形作る。
巨大な剣に纏わり付く、紅の魔力。その光景には、見覚えがあった。
「あれってもしかして、さっき古賀のやっていた……」
観客達の注目するその先で、魔力は更に増大し、解き放たれる時を今か今かと待ち望んでいる。属性は違えど、それは先程古賀の放った魔力波……いや、それ以上に完成された魔法形。
自分がずっと鍛練して来たその技を、いとも容易く真似し越えられ、古賀は半狂乱になりながら、なけなしの力を振り絞って戦斧を振り上げる。
「ち、ちくしょうがああああああ!」
深紫色の魔力が彼の斧を覆い、魔法を放つ体勢を整える。だがそれは、目の前の業炎と比べれば、何と儚く脆いものか。
哀れみさえ感じる矮小な武器を手に、古賀は叫んだ。
「俺が、この俺が、お前みたいな奴なんぞに!」
「負けるのよ。それが、現実」
低く重い絶叫を無情に切り捨てて、リエラは終の一撃を解き放つ。
「くそがああああああああ!」
対抗して放たれる、重力波。しかしそれは拮抗することすらなく、赤き炎に食い尽くされて。
「う、うあああああああああ!」
炎の波動が古賀に一切の減衰無く突き刺さり、そのまま彼を吹き飛ばした。
諸共に壁にぶち当たり、大きな爆煙が舞い上がる。煙が晴れた時、そこには、
「…………」
崩れた瓦礫の上で倒れ伏す、少年の姿があった。
起きる気配は、無い。当然の実力差から来る、当然の結末。経験から念の為、油断せず構えていたリエラも、彼が起き上がらないことを理解すると気を緩め軽く息を整えた。
そうして暢気にデザートまで食べているレストへと、びしりとその手の魔導真機を突きつける。
「さあレスト、次はあんたの番よっ」
どうやら彼女は、このまま戦うつもりらしい。
「おいおいリっちゃん、休憩位取ったらどうだ?」
藤吾の助言にも、彼女は軽く戦闘で乱れた髪を整えつつ、
「必要ないわ。それよりも、せっかく魔導真機まで出したんだから、早くやりましょう?」
どうやら魔導真機を展開したのは、手間を省く為でもあるらしい。レストは強者であると想定し、テロ事件の時のように侮ることなく初めから本気で勝負する、その為の。
古賀との戦いも、丁度良い準備運動だ。ほとんど動かなかったおかげで体力の消耗は無く、魔力消費も彼女の豊富な魔力総量からすれば雀の涙。
むしろ、身体が温まって余計に調子が良い位である。今なら最高のコンディションで、レストと戦えそうだった。
意気揚々と戦闘に誘う炎のような少女に、レストは食べ終えたデザートの皿を己がメイドに渡した後、
「成る程。まあ、私としては構わないよ。ただ……」
「ただ?」
聞き返すリエラを無視して、平素と変わらぬ平淡な瞳を横へと動かす。視線の先は、
「君はそれで良いのかい? ――ソーゴン君」
倒れたまま動かない、古賀の下だった。
意味が分からず、リエラは眉を顰めた。彼女だけでは無い、レスト以外のこの場に居る誰もが首を捻り、疑問を浮かべている。
確かに決着の宣言はしていなかったが、それでも誰がどう見ても既に勝負は付いている。そもそも、気を失っている古賀に話し掛けても答えが返って来る訳が無い。
その程度のこと、理解出来ていないはずが無いだろうに。それでもレストは、彼に問い掛けるのだ。
「君の戦いは。君の、全ては。これでお終い……かい?」
落胆と、諦めと、期待と、叱咤と、激励と。全てがない交ぜになった、宿敵の言葉に共鳴して。
「……ぅ……」
古賀の指先が、僅かに震えた。
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