第13話 舞い降りる変人
「あ~、疲れた~」「お疲れ様です、リエラさん」
警察からの事情聴取を終えて、ほっと一息。二人は揃って、凝り固まった身体をほぐす。
――リエラとニーラがテロリスト達を制圧してから、少しの時間が経っていた。
彼女達が笑い合ってから、間も無く。署の問題を解決したらしい警察官達が、ショッピングモールへと大挙してやって来た。
人質は無事保護され、テロリストも全員逮捕。一応リエラ達も警察署まで同行して事情を話すことになったが、特に長時間拘束されることも無く、聴取は割とすぐに終わりを迎えた。
テロリストの状態(特にリーダーの)を見た警察官に、少々やりすぎだ、と注意されることにはなったが。
それでも何のお咎めも無く、注意も厳重なものではなかったのは、命懸けの状況下であった事と彼女等の成した功績、そして自分達が素早く駆けつけることが出来なかったという警察側の後ろめたさが合わさった結果だろう。
さて、無事解放されたのは良いが、問題が一つ。
「レストの奴は、一体何処行ったのよ……?」
テロリスト達の本命を叩く、などとのたまって一人ふらりと消えてしまったあの変人の姿が、何処にも見当たらないのだ。警察に聞いても、知らないという。
もし敗北しているようならば、今頃その本命とやらが達成されて大騒ぎになっているはずなので、無事だとは思うのだが。
「もしかしたら、既に寮に帰っているのかもしれません」
「えぇ? 幾らあいつでも、私達に一言も無くそんなことする?」
自分で言っておきながら、あいつなら有り得るかもしれない、と思ってしまう辺り、リエラの中でのレスト評がどんなものかが容易に計り知れるというものだろう。
「とりあえず、帰ってみましょうか」
「そうですね。それが一番かと」
激しい戦闘を終えて疲れていたし、ニーラに至っては今はもう治っているとはいえ肩を貫かれる大怪我を負ったのだ。早く落ち着ける場所でゆっくりと休むべきだろう。
と、あんな騒動があったとは思えない程穏やかな街並みをとぼとぼと歩く二人に突如、影が差す。日の傾きにより出来た影、というにはそれは、あまりに異質な形をしていて。
「やあ。どうやらそちらも、上手く行ったようだね」
その影の正体――上空からゆっくりと降下してきたレスト――を見て、リエラは眉をひくつかせ神妙な顔になり、ニーラは一つ頷いて主を迎えた。
「はい。人質含め、全員無事です」
ニーラにしてみればレストの勝利、及び無事は既に確定していた事項であり、特に心配や安堵を抱くこともない簡潔な返答だった。
すとっ、と軽い音を立てて隣に着地するレストに、リエラが唇を尖らせる。
「随分遅い到着で。自信満々に出てったわりに、情けないんじゃない?」
「ふむ。なんだか棘のある言い方だね」
「そんなことはないけど~。あんたがいつまで経っても戻ってこないせいで、警察への説明が面倒になったのを恨んでる訳ではないし~」
テロリスト達に何か本命がある、という重大情報をまさか報告しないわけにもいかず、素直に警察に話したリエラ達だが、そうなると今度はどうやってその情報を得たのか、という話になる。
そうなるとレストについても話さなければならず、しかし本人は居ない上にその本命とやらに一人突撃をかましているはずなわけで。せっかく事件が解決したと思ったところでまた一悶着起こるはめになってしまったのだ。
何より彼を良く知るニーラはともかく、何だかんだ言って彼のことを良く分かっていないリエラは、レストという存在を説明するだけで四苦八苦の有様であった。
ただでさえ疲れていた所にそれである。多少なりとも悪態をつきたくなるものだろう。
しかしそんな彼女の怒りとも不満ともとれないものを、レストは華麗にスルーする。
「お姉さん、たこ焼き一つ」
「あらやだ、お姉さんだなんて。お兄さんかっこいいし、サービスしちゃう!」
近くの屋台に突撃するレストにジト目を向けながらも、そうだこいつはこういう奴だった、と納得? し、リエラは素直に諦めた。彼に幾ら文句を言った所で、暖簾に腕押しにしか成り得ない。
「おや、そんなに肩を落としてどうしたんだい? もしかして、このたこ焼きが欲しいのかな?」
爪楊枝に刺したたこ焼きを差し出してくるレストを、目を尖らせて睨み……おいしそうな匂いに釣られて、リエラのお腹が催促の声を上げる。
恥ずかしさに顔を赤くしながら、やけくそになったリエラは、差し出された食料に食いついた。
「んぐ、んむんむ……熱っう~~~~!!」
「出来立てなんだから、当然だろう」
口を押さえばたばたと動き回る愚か者を冷ややかな目で見ながら、たこ焼きを口に運ぶレスト。ちゃっかり自分の分は魔法で温度を下げて、食べやすいようにしていたりする。
おいしそうに、見せ付けるように、食事を進める彼に恨めしい目を向けながら、リエラが未だ熱気の残る口を開いた。
「くぅ、この……! それで、あんたの方はどうだったのよ?」
「何のことだい?」
まるで餌付けするようにニーラにたこ焼きを与えながら首を傾げるレストに、無性にイラつきを覚えたが、幸せそうな少女を見て何とか溜飲を押さえ込む。
(こいつの猪口才な行動に、真正直に反応しては駄目だ……!)
己に言い聞かせながら、リエラは答える。
「本命のこと。さっきの口ぶりからしてどうにかしたみたいだけど、結局あいつ等は何が目的で、どんな戦闘があった訳?」
「ああ、それか」
いつの間に買ったのか、飲み物を手にしながらう~んと考え込むレストの脳内に、本日の『下らない戦闘』が思い起こされる。
『ぢぐじょうー! どうなってるんだお前は、何なんだお前は!』
『ありえない! こんな力、ありえるはずが無い!』
『く、来るな! それ以上近づけば、この魔導反応炉を暴走させるぞ! 止めろ、止め――!』
「実に矮小な黒幕だったよ。被った仮面を最後まで維持することも出来ない……どころか、少し小突いただけで簡単に剥がれるような、貫く意志もない男だった」
いまいち良く分からなかったが、リエラの頭の中には映画に出てくるような小物な悪役の姿が浮かび上がっていた。
あの傭兵達の雇い主としては、役者不足だな――とそんなことを思いながら、続く話に耳を傾ける。
「目的も実に愚かだった。曰く、この島を沈めて、自身がテイカーの頂点に立つつもりだったそうだ」
「テイカーの、頂点?」
自分が目指すところと同じ理由を出されて、動揺を浮かべる此方を横目に、ニーラが問い掛ける。
「ということは、その黒幕はテイカーだったのですか?」
「あ、そ、そうよ。反テイカー主義者の親玉なのに、テイカーだった訳?」
「ああ。それなりに実力はあったが、私の敵ではなかったね」
いつも通り自身満々なレストに何処か安堵を覚え、リエラもまたいつも通りの態度に戻り、問い掛けた。
「それで、どうやって島を沈めるつもりだったの? っていうか、どうして島を沈めることがテイカーの頂点に立つことに繋がるのよ?」
「ふむ。まず手段についてだが、魔導反応炉を暴走させ爆弾にするつもりであったらしい」
「魔導反応炉を? でもそれだけで、この島が沈む?」
魔導反応炉は、人工的に多大な魔力を生成出来る機関であるため、世界中様々な場所で動力として使われている。大型の物ともなれば単体で核融合炉に匹敵する出力を誇る程だ。
が、それはあくまでも多様な魔法効果や緻密な制御があってこそ。管理システムを壊して暴走させれば、確かに爆発は起こせるだろうが、破壊範囲は精々数キロ程度に収まってしまう。
それだけでは、この島を沈めるには少々力不足に思えた。
「勿論、一つだけでは不可能だ。だが、複数なら?」
「複数? そんな幾つもの魔導反応炉の制御を奪うなんてこと、出来るの?」
その問いに、レストは教鞭のように爪楊枝を立てて、
「奪う必要はないさ。ただ無理矢理に外部から衝撃を与えて、管理システムを破壊し、暴走させればいい。実際、黒幕が用意していたのは起爆剤となる人間大の魔導反応炉一つだけだった」
「それだけで可能なの?」
「一応は、ね。反応炉自体に細工を施して、暴走した際に巻き散らかされる魔力に、特殊な波長を持たせることに成功したらしい。そうして広がった波動で幾つもの反応炉を共鳴・暴走させ一斉起爆させることで、島を丸ごと破壊しようと画策していたようだ」
「へ~。じゃあ、本気でやばい所だったんだ」
予想以上に大事であったらしい事実に、ちょっぴり冷や汗。
「で、それが成功したとして、何でテイカーの頂点に立てるのよ?」
「それなんだが……此処からの話は、その黒幕の希望的展開予測が多大に含まれることを先に断っておこう」
わざわざこう前置きしてくるということは、その頂点に立つ過程は余程突飛のないものらしい。
ごくりと唾を飲み込むポーズを表面上だけは取り、リエラは話に聞き入った。
「まず、黒幕の起こした数多の爆発により、島中が破壊の嵐に晒される。結果、この島に住むテイカー達が全滅する」
「うん。……うん?」
この時点で、リエラは違和感を感じた。確かに島中を巻き込む爆発ともなれば多大な死傷者が出るだろうが、果たして特異な力を持つテイカー達が、それだけで全滅するものだろうか。
ましてこの島に存在する学園には、世界中から優秀なテイカーが集められているのだ。卒業した後もそのままこの島に住む者も居ると聞くし、世界トップクラスのテイカーも此処には居住しているだろう。
そんな人達ならば、何らかの手段で爆発から逃れるなり、耐えるなりすることも可能だと思うのだが……。
「そして今回の事件をきっかけに、世界中でテイカーとそれ以外の一般人との対立が激化・表層化し……やがてそれは、戦争となる」
「ちょっと待った」
神妙な表情でストップを掛ける。
「なんだい?」
「いや、幾ら何でもおかしいでしょ。どうしてそうなる訳?」
「だから言ったろう? 黒幕の希望が多大に含まれる、と。……彼の吐露した所によれば、今回の事件に関しては完全に反テイカー主義者が起こしたもの、とするつもりだったらしい。その為に、自身の正体を隠して過激派を利用した」
「でも、あいつらはテロだの警察署の襲撃だのをしていただけで、爆弾には関わってないじゃない?」
「確かにね。だが、爆破が成功した時に拡散されるだろう情報について、考えてみるといい」
彼の言葉に従い、リエラの脳内にもしもの未来が描かれる。もし、黒幕の計画が上手くいって島が壊滅したなら。世間一般は、その事件をどう捉えるだろうか。
「……直前に起こっていたテロ事件と、結び付けて考える?」
「正解。島が壊滅すれば、誰が反応炉を暴走させたのか、という真実は丸ごと闇の中だ。しかし、その直前に起きたショッピングモールの占拠や警察署の襲撃、そしてそれらが反テイカー主義者によって行われていたという事実は、既に島外にも大きなニュースとして伝わっている」
レストが爪楊枝を魔法で飛ばし、ゴミ箱に放り込む。
「そんな事件の最中に起こった、反応炉の暴走――結びつけるな、という方が無理な話だ。きっと多くのメディアが、全ては反テイカー主義者達による企みであったのではないか、と予測し報道するだろう」
その方が人々の関心を集められるしね、と皮肉混じりで呟き、彼は続けた。
「そして民衆は、そんな根も葉もない……とは言えないか。一応繋がっていた訳だしね。ともかく、そんな情報に全てでは無いにしろ影響され、様々な思索を巡らせる。というのが、黒幕の想定した第一段階」
「そこから、テイカーとそれ以外との戦争に発展する、と?」
「彼の頭の中ではね。テイカー達は同胞を大量に殺されたことで反テイカー主義者、引いてはテイカー以外の人間全てに敵愾心を抱き、逆に一般人は魔力反応炉の暴走による大被害という事実を重く見て、魔力や魔法、そしてそれらが属するテイカーという存在に強い危機感を抱き、抑制しようとする。二つの思いが反発しあって、次第に情勢は険悪になって行く、という図式さ」
中々に、どころではなく過激な未来予想図であった。可能性としては一応無くは無いだろうが、少々行き過ぎている気もする。
「まあ、現実そう上手くは行かないだろう。今やテイカーは社会の中に溶け込み、世界中、あらゆる国家に存在している。また、身内にテイカーを持つ一般人は幾らでも居るし、その逆も然り。単純に敵対し争い合え、と言われた所で無理な話だよ」
「そうねぇ。それで、黒幕はその戦争を利用してのし上がろう、って?」
彼女の予測に、レストは首を横に振った。
「いや、彼の妄想ではその戦争でテイカーは敗北し、全滅するらしい。そうして『不思議な力』の無くなった世界で、唯一人残ったテイカー……即ち黒幕の男が、超常的な能力者として神の如く君臨する。というのが彼のシナリオだそうだ」
「それはまた、随分とお花畑な思考で」
現実問題、そう上手くことが運ぶ訳が無い。第一、黒幕一人残った所で崇められるのではなく、排除されるだけだろうに。
まさかあらゆるテイカーを殲滅出来る程の戦力に、自分一人で勝てるつもりだったのか。こうしてレストに呆気なく倒される程度の力しかないのに?
(完全に破綻した、妄想家の戯言か)
黒幕が丹精籠めて創り上げたシナリオを、リエラは容赦なく切り捨てた。
当然だ、現実がそんなに思い通りに都合良く進んでくれるのならば、今頃自分は夢を叶えて、悠々自適なお姫様ライフでも送っていることだろう。
残念ながら、人の理想通りに進む程、現実は甘くは無い。
「それでレスト、その黒幕はどうなったの? やっぱり警察に?」
ふと気になり問い掛けたリエラだが、既にそこに彼の姿は無かった。
あれ、と首を動かし探してみれば、居た。
「これとこれと、あとこれもトッピングで」
「あいよ。はいお待ち、スーパーウルトラビッククレープジャンボスペシャル。三千九百八十円だよ!」
「何買ってんのよ、あんたは!」
頭の悪そうなネーミングのクレープを受け取り、ニーラと分け合いながら食べるレストに、リエラはがっくりと肩を落とす。
どうにもこの男は時折、意味の分からない行動をする。いや、意味としては単純に食べたかったから買った、とかなのだろうが、あまりに空気を読まなさ過ぎである。
とはいえ、それがレストの短所であり長所でもある……のだろう、多分。そう思わなければ、この男とは付き合っていけそうに無い。
一緒に居なければ良い? ご冗談を。同じ部屋で暮らしているのに、何処に逃げろというのか。
「おや、そんなに項垂れてどうしたんだい? もしかしてこのクレープが欲しいのかな?」
ぐにゃぐにゃと、何やら得体の知れない物が蠢く巨大なクレープに、リエラの頬が引きつった。
「いや、いらない」
「そう遠慮するな。ほら」
「いらない」
「ほら」
「いらないってば! ちょっ……近づけないで! 何か伸びてきてる、触手っぽいのが伸びてきてる!」
「はっはっは、この子は君に食べられたいそうだ。さあ、どうぞ」
「ぎゃー!」
悲鳴を上げるリエラと、それを追いかけるレスト。飛行の魔法を応用して、立ったままホバーして涙目の少女を追う不審者を、ニーラは無言で見守るだけだ。
彼等の追いかけっこは結局、学園行きの駅に着くまで続いたそうな。
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