第12話 打ち抜き、焼き切れ

 燃える、燃える、燃える、燃える、燃え上がる。心が、魔力が燃え上がり、力の奔流を撒き散らす。

 それは即ち無駄な魔力が消費されているということに他ならないのだが、今のリエラにそんな瑣末事に構っている余裕は無い。元より外道なテロリストに対して抱いていた侮蔑は、近しい者を傷つけられたことで憎悪へと変化し、地獄より零れる炎火となってテロリスト達へと襲い掛かる。

 飛来する業炎の弾丸を、ある者は転がりある者はステップで、またある者は僅かに体を開いただけでかわしきる。命中ゼロという悲惨な結果にもリエラは眉一つ動かさず、体勢の崩れた覆面の一人へと、無言のまま爆発と共に踏み込んだ。

 彼女の足元で起こった爆炎が、強化された身体能力に加算され、弾丸をも超えうる速度を実現させる。とても、常人に反応出来る速度では無い。

 けれど狙われたテロリスト、ベリオスと呼ばれた男は、かろうじて反応して見せた。彼女の駆動を見切ったのではない。体捌きや視線、呼吸から読み取った、それは正に積み重ねられた経験の賜物だった。


「――甘い」


 お返しとばかりに至近距離からサブマシンガンを乱射するベリオスを一言で切り捨てて、リエラの腕が霞んで瞬く。

 振るわれた魔導真機が、武器ごと男の腕をへし砕いた。放たれていた弾丸は、全て障壁によって遮られ、彼女へは届かない。

 声も出せず蹲る男へと、リエラが止めの一撃を振り下ろそうとするその直前、三方から襲い掛かる弾丸。だがその全ては、一瞥されることも無く、彼女の張る障壁に遮られて虚しく地に落ちる。

 腕が、振り下ろされる。咄嗟の防御を無意味とばかりに嘲笑い、巨大な鋼塊が男の意識を刈り取った。二本目の腕もあらぬ方向へと曲がっていたが、命を賭けた戦いをしているのだ。その程度、覚悟しておくべき事だろう。

 今までとは違う、圧倒的な魔力出力で以って全てを押し切った魔女は、ぎらつくその目を次の標的へと合わせて告げた。


「次」


 端的な言葉を残し、彼女の身体が再び疾駆する。今度は背から起こした爆発によって加速し、その勢いを殺さず載せて、剣を押し出す。

 足元の爆発を目印にしようとしていた男――アイオン、と呼ばれていた――は、不意を突かれ、その手の銃器を盾代わりにすることしか出来ない。

 だがそんなもので、この巨塊が止められるものか。頑強であるはずのアサルトライフルを先の男の腕のようにへし折り、リエラの豪撃が炸裂する。

 肩甲骨が砕ける音がした。痩身を巡る激痛に、漏れ出る悲鳴を無理矢理押さえ込み、男が素早く腰のホルダーからハンドガンを抜き放つ。

 激痛の走る中でありながら的確にリエラの心臓を狙い打った八発の弾丸はしかし、またも彼女の障壁に遮られ、虚しい音を立てるに終わった。

 魔導真機に魔力が通り、新たな炎を顕現させる。空中に形作られた赤き槍が、重力に従うように真っ逆さまに落下して、男を貫いた。


「が、あっ……」


 幸い加減はされていた為、死んではいない。だが、もう立ち上がることは出来ないだろう。それ程までに炎は苛烈であったのだ、彼女の心に呼応するように。

 ゆらりと、幽鬼と見紛う程に恐ろしい、少なくとも敵対者にはそう見える少女が、次なる標的へと狙いを定める。目線の先はカクリアと呼ばれた男。まずは雑魚から片付ける、という腹積もりらしい。

 リーダーに限らず、その部下達とて本来は、優れた技量の持ち主であるはずなのだが……彼女の持つ力の前では、そんなものは燃えカスにしか成り得ない。

 幾ら戦闘に長けていても、そもそも攻撃が通らないのでは戦いようがないのである。


「リエラさん……」


 障壁の中で人質の治療をしながらも、二重の意味で彼女を心配するニーラを余所に、三度リエラが加速する。

 足元からの爆炎に乗って高く飛び上がった彼女が空中で剣を振るえば、先から伸びた炎の鞭が幾重にしなり標的を襲う。

 一度目こそかわしたものの、二度、三度と振るわれ複雑怪奇な軌道を描く鞭を、いつまでも避けることなど常人に出来ようはずも無い。

 どれだけ経験や見切りに頼っても、物理的、身体的な限界は来るものだ。四度目の攻撃で遂に男は捉えられ、炎鞭に打ち据えられ地に伏した。

 残るは二人、だが――


「私も、戦います」


 妹のように愛しい少女を傷つけた愚かなスナイパーを断罪しようとしたリエラは、その愛しい人の声で我に返った。見れば治療を終えたらしいニーラが、人質達を守る障壁はそのままに、一人佇みスナイパーと対峙している。


「ニーラちゃん……」

「大丈夫です。今度は、負けません。だから」


 じっと、冷たい瞳がリエラに刺さる。くべられ続けていた怒りが萎み、熱が冷まされていく。

 ようやく冷静さを取り戻した彼女に不満気に目を細めながら、ニーラは続けた。


「リエラさんは、さっさとその人を倒しちゃって下さい」


 それだけ言って、視線をスナイパーへと戻すニーラに、少しばかり呆気に取られ。しかしすぐに苦笑を浮かべ、リーダーの男へと向き直る。


(情けない所見せちゃったな……反省)


 実力の問題では無い、心の問題だ。幾ら親しい人を傷つけられたとはいえ、怒りに支配されるようではあまりに未熟。支配されるのではなく支配して、正しく憤怒を燃やさなければ。

 今度は黒く粘ついたものではない、小さくしかし真っ直ぐな炎を燃やして、リエラは己が魔導真機を握り締めた。


「一応聞いておくけど、降参する気はない? もう、あんたらの武器が私に通じないことは分かったはずよ」


 リエラとて、無駄に人を傷つけたい訳では無い。大人しくお縄についてくれるのならば、それが一番穏便な解決方法だ。

 男の回答は、構えられた銃と、衰えぬ殺気。


「そっ、か。なら、力尽くで降参させるまで」


 剛剣を手に、静かに相対する。油断はしない、慢心も。全力を以って、兎を刈り取る。

 獅子と成ったリエラは、背と足元に爆炎を生み出し、これまでで最高の加速と速度でテロリストのリーダーへと突っ込んだ。


 ~~~~~~


 数十メートルの距離を空け、ニーラとスナイパーは互いの隙を探り合っていた。

 手の内のライフルを構え、いつでも動けるように体を整える男に対し、ニーラは今の格好とは似合わないメイド然とした清楚な佇まいで、彼と正対する。

 とてもではないが、咄嗟の回避行動が出来る体勢では無い。戦場に身を置く者としては、あまりに不釣合いだ。

 けれど、スナイパーに油断は無い。一度彼女を制した事実を鑑みれば、多少の心の隙間は出来てもいいものだが、それすら微塵も垣間見えない。

 戦場では例え子供であろうとも見くびってはいけないと、彼は知っているからだ。

 何せ自分には、彼女達テイカーが使うような障壁も、治療魔法も無い。それでいて彼女達の攻撃は、一撃で此方の命を奪い得る威力を持っている。

 スペックでは圧倒的に劣りながら、積み上げてきた己が全てを賭けて極限の綱渡りを繰り返すことで、初めて彼女等を制することが出来る。

 追い詰められているのは、自身。理解ししかし、揺るがず動じず。己はただ忠実な兵士、今必要なのはいかに命令を遂行するか。

 三百六十度気を張り巡らすスナイパーの目の先で、ニーラが恭しく一礼した。見事なその所作に感心するより先に、隙と見た男の指が引き金を引く。

 放たれた弾丸は、しかし彼女の眼前に展開された強固な障壁に遮られ地に落ちる。


「無駄です。もう、貴方には抜かれません」


 人質達を強固な障壁で守りながら、自身にも同等のものを展開する。全くもってたいした魔法処理能力だった。

 そして、彼女はそれだけでは終わらない。それだけしか出来ないようならば、魔法を教えてくれている愛しい主人に、合わせる顔が無い。


「始めましょう。これが私の、戦争です」


 ニーラの背後に浮かぶ、複数の魔法陣。美しい幾何学模様を描くそれらは、鼓動を刻み脈動すると、淡い魔力光を隆起させ、攻撃へと転換する。

 本能が捉えたものに従って駆けだしたスナイパーの後を追走し、魔法陣から放たれた光弾がタイルを砕き破壊の痕を刻んで行く。

 次々と放たれる光弾のどれか一つでも直撃すれば、痣が出来る程度では済まないだろう。危険性を感じ取り、スナイパーは懸命に脚を動かした。

 動きで、視線でフェイントを入れ、魔法を発動させる操者の姿や呼吸からその攻撃の道筋を導き出す。

 高度な技量から来る感嘆ものの技術を、数と魔力にものを言わせた制圧射撃で圧倒する。ニーラの射撃は止まらず、十を数える陣から湧き出す魔の弾丸は、次第にスナイパーを追い詰める。

 足の先に着弾した魔力弾に、男の脚が一瞬止まった。停滞した彼の体に殺到する、三つの光弾。

 手に持つライフルを横薙ぎに払い、ついで三連射。吐き出された弾丸は、ありえない程の正確さで以って、迫る光弾を叩き潰した。


「捉えました」


 ライフルを振り切った男の顔面に、細く艶やかな足が突き刺さる。空中に描いた陣を足場に繰り出されたニーラのとび蹴りが、男の鼻を潰し、その身体を吹き飛ばす。

 望外の一撃にそれでも受身を取って急ぎ体勢を整える男を前に、ニーラはスカートを抑えながらふわりと優雅に着地を決めると、


「さようなら。これで貴方とは、お別れです」


 スナイパーを囲う魔法陣を描き出し、流麗に一礼した。魔力が呼応し、檻の中の獲物へと光弾が放たれる。

 弾切れになったライフルを背後へ放り投げ盾としながらも、スナイパーは素早くハンドガンを抜き出すと、飛び退りながら銃を連射。

 幾つかの光弾が空を切り、幾つかの光弾を撃ち落して、幾つかの光弾を背のライフルが代わりに受けて。しかし、足りない。

 捌き切れなかった数多の魔力弾が男の体に直撃し、全身に走る激痛と骨の折れる音を聞きながら、スナイパーは意識を手放した。


「私の勝ち、です」


 ~~~~~~


 炎剣が舞い、銃弾が踊る。冷静さを取り戻したリエラとテロリストのリーダーの攻防は、片や激しく、片や静かに、幾度となく繰り返されていた。

 巨大な魔導真機を豪快に振り回し一撃必殺を狙うリエラに対し、男は最小限の動きだけで彼女の攻撃をかわし、反撃を撃ち連ねる。

 だがその全ては障壁に遮られ、リエラに届くことはない。


「言ったでしょ、通じないって。もし魔力切れを狙ってるなら無意味よ、この調子で使っても私の魔力は後三時間は持つ」


 魔導真機は使用者の魔力出力を飛躍的に高めてくれるが、同時に多大な魔力消費を伴う諸刃の刃でもあった。だからこそ、リエラは最初から魔導真機を使おうとはしなかったのだ。

 けれど今の彼女は、冷静に魔力配分を見極め、節約することによって、その弱点を補っていた。炎弾や炎の鞭を使っていないのは、それが理由である。

 この男に対しては、それらの魔法は決定打に成り得ないと判断したからでもあった。彼の見切り能力や体捌きは、部下達と比べても飛びぬけていたから。


「はあっ!」


 気合一閃、リエラの剣が男のライフルを弾き飛ばす。飛ばされた銃はばらばらに砕け散った上に焼け焦げており、もう使い物になりそうには無い。

 人とそれを超えた者の絶望的な差が、そこには存在していた。


「これが最後の警告よ。降参しなさい、今ならまだ痛い目を見ずに済むわ」


 彼女の最後通告を聞いたのか聞いていないのか、男は顔色一つ変えずホルダーからハンドガンとナイフを取り出すと、両手にそれぞれ握り構えを取る。

 ここまできて尚抵抗を止めない彼に、リエラの頭に浮かぶ疑問。


「どうしてそこまで戦うの? こんなテロまで起こして……あんた等の目的ってのは、そんなに重要なものなの?」


 心の底から分からない、という表情で問い掛ければ、男は戦闘が始まってから初めて、彼女と会話を交わした。


「……俺達は、ただの傭兵だ。雇い主の目的など知らないし、その重大さにも興味は無い」

「なっ……なら、なんでそこまで」


 金で雇われただけの付き合いならば、さっさと投げ出して逃げてしまえばいい。いやそもそも幾ら積まれた所で、こんな魔法の島の真っ只中でテイカーでもない彼等がたった数人でテロを起こすなどと、危険極まり無い無謀な依頼を受ける意味が分からない。

 彼等の実力ならば、もっと割りの良い依頼は幾らでもあるはずなのに。


「依頼の内容にも、金額にも、然したる意味は無い。ただ舞い込んできた依頼を受け、こなす。それが俺達の生き方だ」

「あんた等は、それで良いの!?」

「愚問だな。既にこの生き方を始めて三十年、他の生き方など知らんし、知ったところで変えるつもりも無い。例え捨て駒にされようと、呆気なく死のうとも。それが俺達の生き方なれば」


 腰を落とし、脚に力を溜め、男の身体から気迫が溢れ出す。それに負けぬよう気合を入れて睨みを効かすリエラへと、彼は、


「行くべき道に、迷いなし」


 ハンドガンを連射しながら、突っ込んだ。

 当然、弾丸は障壁によって防がれる。だが、的確に頭部を狙い打ったそれを目くらましに接近に成功したリーダーは、右手のナイフを勢い良く振りかぶる。


「そんなもの!」


 三重に展開された障壁の一番上に突き刺さり、それだけでナイフは動きを止めた。止められたとはいえ、弾丸を防ぐ障壁にナイフを刺せただけでも、驚嘆に値するだろうが。

 男の足掻きを内心賞賛しながらも、リエラは隙を晒した男へ向かってアルダ・ハインツェリオンを横薙ぎに払って。瞬間、男の右腕に、血管が浮き出る程に力が入る。


「なっ!」


 男は跳ぶと同時、刺さったナイフを機転に身体を大きく弧を描いて飛ばし、彼女の背後へと回り込んだ。獣じみた反応でリエラが振り向けば、ハンドガンを放り捨てた左手が、己が首へと伸びている。


「その程度の、奇襲で!」


 障壁を形作る余裕も無く、仕方なくリエラは身の内の魔力を自身の最も得意とする形……即ち火炎へと変換して、全身から噴出させる。

 伸ばされた手が赤き炎に焼け焦がされ、真っ黒に変色した。間接は動かず、力も入らない。

 稼動しなくなった左腕に素早く見切りを付け、男はナイフを手放し地を踏み締めると同時、残った右手で掌底を繰り出して……あえなく障壁によって遮られた。

 それでも、彼の心に動揺は無い。

 揺るぎの無い障壁に手を当てたまま、男の脚に力が入る。全身を僅かに駆動させ、得られた力を右腕へと集め、手の平から対象物へと破壊の力として伝達する。

 それは平凡な人間達が作り上げた、常軌を逸した存在――即ちテイカー――に対抗する為の技術、その一片。


「両連弧法厘命ジガ・バーラ・二式――掌連形」


 バキン、と鉄板を引きちぎったような音を立てて、障壁が粉々に砕け散る。その事実に心の中で驚愕しながらも、リエラの戦士としての本能は、的確に身体を動かした。

 引き絞られる魔導真機アルダ・ハインツェリオン。同じく引き絞られる、男の右足。互いの全力を以って、二つの力が激突する。


「炎解せよ――アグナダイバー!」

「両連弧法厘命ジガ・バーラ・三式――冬脚弧扇!」


 圧縮した炎熱を纏った大剣と、練り上げられた破砕の気力を纏った蹴撃の衝突。

 軍配は、骨のへし折れる音が教えてくれた。


「っぎ……」


 短い呻き声を上げて、男の右脚が真逆に折れ曲がる。骨が突き出て皮膚が破けるが、血は出なかった。灼熱の炎によって炭化した脚からは、既に血液が蒸発して失われていたからだ。

 左腕と右脚を実質失い、男はバランスを崩して地に倒れた。ぴくぴくと震えるのみで、立ち上がる気配は無い。そもそも立ち上がろうとした所で、今の身体では不可能だろうが。


「ふー……予想以上に強かった、か。もっとしっかりしないと」


 ぐっと拳を握りこみ、気合を入れたリエラが今後の精進を誓う、その背後で。

 男の瞳が、ギラリと光る。


「え?」


 バン、と大きな音と共に床のタイルが砕け散り、男の身体が宙に浮かんだ。二式・掌連形を床に打ち込んだ反動で飛び上がった体躯は、そのまま予想外の事態に呆気に取られるリエラへと吸い込まれるように飛翔して行く。

 完全に気を抜いていた――後悔するももう遅い。男の鋭い瞳が此方を射抜いて、


「両連弧法厘命ジガ・バーラ・四式――点弦王法貴……がっ!?」


 横から飛来した光弾に撃ち落され、壁に叩きつけられた。

 ぱちくりと目を瞬かせたリエラが首を動かせば、背後に魔法陣を浮かばせたニーラが静かな瞳で、気を失ったテロリストのリーダーである男を眺めている。


「油断大敵、です」

「……あ~もう、あれだけもう油断はしない、って決めたのに~」


 自身の醜態にうごごと呻き。ジト目で此方を見るニーラと目が合って、


「「く、あは、あはははははは」」


 戦いの終わりを告げるように、二人笑いあったのだった。

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